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第41話 今まで伝えたかった、本当の気持ちを――

『闇バイトの実行犯が捕まりました』


 朝。自宅リビングのダイニングテーブル前の席に座り、蓮見達紀(はすみ/たつき)一夏(いちか)と食事を取っていると、テレビから物騒な話題が聞こえてくる。


「闇バイトってこの頃多いね」

「今の時代が不況だからね」

「そうだけど、私たちはちゃんと生活しないとね。勉強もやって将来の事も決めないと」


 一夏は味噌汁を飲んでいた。


津城武尊(つしろ/たける)、十九歳。自称スポーツ店勤務。とある高齢の家に侵入し、暴行した疑いがかけられております』

「え?」

「ん?」


 テレビから聞こえてきた声に、二人は食事する手を止めた。


『話によりますと、容疑を否認しているようで――』

「えっと、津城武尊って、あの?」

「う、うん……多分ね」


 達紀は頷く。


「なんか、この頃、あの人見かけなくなってたけど、あんなことになってるなんてね」


 一夏は目を点にし、席に座ったままテレビ画面を見ていた。


「あの人、落ちるところまで落ちたんだな」


 達紀はテレビを見ながら、鮭をおかずにご飯を食べる。


 彼は多方面から拒絶され、仕事先もなくなり、お金を稼ぐ手段もなくなった事で、悪あがき的な感じで闇バイトに手を染めてしまったのだろう。


 なるべくして成ったようなもので、もはや同情の余地もない。


 達紀はテレビ画面に映っている武尊の姿を見ながら、リモコンを手に、チャンネルを変えたのだ。




 食事を終えると食器を洗い、二人は学校へ行くための準備を始める。

 達紀は制服に着替え終えると、玄関先で靴を履いていた。それから数秒後に、準備を終えた一夏が二階から降りてくるのだ。


「お兄ちゃん、ちょっと待ってて。一緒に行こ!」


 達紀が靴を履き終えた頃合い、妹が靴を履いていた。


「よし、準備終わり」


 一夏は、達紀へ笑顔を向け、愛想よく笑っていた。


「じゃあ、行こうか」


 達紀は扉を開け、妹と共に外へ出る。

 玄関扉を施錠した後、二人で学校へ向かって歩き出し、新しい朝のスタートを切るのだった。




「お兄ちゃん、唯花。ちょっと待ってて」


 その日の放課後。

 一夏は、部活終わりの家庭科室に残っており、席に座って課題に取り組んでいた。

 今日作ったのはカレーライスで、妹はその報告書を書いている最中だったのだ。

 提出は明日の昼休みまででいいのだが、あと少しで終わりそうな状態であった為、妹は急いで仕上げ作業に取り掛かっていた。


「あと何分?」


 達紀の問いかけに一夏は。


「あと一〇分くらい!」


 一夏は家庭科室の椅子に座り、シャープペンを片手に課題ノートと向き合っている。

 二人の方を見ることなく、真剣な顔を見せていたのだ。


「あと一〇分ね。じゃあ、唯花はどうする?」


 隣にいる彼女に問いかけた。


「んー、そうですね。一緒に帰りたいので待つことにしますけど」

「じゃあ、一夏。俺ら、昇降口のところで待ってるから」

「うん、ありがと。早く終わらせるね」


 一夏からの返答があった後、達紀と唯花は身の回りを片付け、家庭科室を後にするのだった。


 家庭科室は別校舎にあり、二人は本校舎と繋がっている廊下を歩いて昇降口まで向かう。

 薄暗い廊下を歩いてると、隣を歩いている津城唯花が、達紀の制服の袖を掴んでくるのだ。


「少し暗いですよね」

「もう七時半くらいだからね」

「……達紀先輩は、これからも料理部で活動してくれるんですよね?」

「今のところはそう考えてるけど」


 隣を歩いている唯花は頬を軽く紅潮させていた。

 廊下の窓からの月明りで、達紀はそんな彼女の表情を横目で見ていたのだ。


「先輩が元気になってよかったです。これからも一緒に活動していきましょうね」


 達紀は彼女の想いに答えるように頷いていた。


 今、達紀は唯花と二人きりなのだ。

 このチャンスを生かし、伝えたい事を口にした方がいいと思った。今週中に伝えようと考えてはいたが、今しかないと思い、達紀は心の中で決心をつける。

 内心、気恥ずかしさを感じていたが、いつまでも心に留めておいてはいけないのだ。


「あ、あのさ……唯花」

「え? は、はい。急に改まってどうしたんですか?」

「少し話したい事があってさ」


 達紀は誰もいない廊下で立ち止まると、辺りを確認した後で、隣にいる唯花の方へ体の正面を向けたのだ。


 達紀の急な真面目な顔つきに、唯花も驚いていた。


「俺さ。唯花と芹那さんから言われていたことがあっただろ……」


 緊迫した状況に心臓を震わせながらも、達紀は彼女の姿を真正面から見て話す。


「どっちと付き合うかについての件ですか?」

「そう、その話な。それでなんだけど……」


 達紀は、誰かがこの場所に来るような気配に襲われ、縮こまってしまう。

 心が委縮しながらも、勇気を持って再度彼女の方を見やる。


「俺……この前の絵の応募で。唯花と一緒に郊外の公園に行った時の絵を美術の先生に提出したんだ」

「そ、そうなんですか。私が描かれた絵を?」

「それでさ、俺。唯花の絵を描いてて。やっぱり、唯花の事を考えてしまうことが多くてさ。俺、唯花を選びたいと思ってるんだ」

「え、え⁉ 本当ですか?」

「あ、ああ……唯花の方はどう思ってるかわからないけど、俺、唯花の気持ちを知りたくて。唯花はどうかな?」


 達紀は彼女の目をしっかりと見つめ、自身の気持ちをストレートに伝えたのだ。


「先輩……私の方を選んでくれたんですね……」


 唯花は少々俯きがちになり、頬を紅潮させていた。


「私で本当にいいの?」

「いいから、今、話しかけたんだけどね。唯花はどうしたい?」

「私も、同じ気持ちかも」

「じゃあ、これから正式に付き合う形でいい?」

「うん」


 唯花は嬉しそうな表情で首を小さく縦に動かす。

 彼女からの正式な返答があった。


「俺、さっきから緊張してたんだよ」


 達紀はホッと胸を撫で下ろす。


「そうなんですか? そんな感じはしていなかったですけど。それより、今日からよろしくお願いしますね」

「ああ、俺の方も」


 唯花から手を差し伸べられ、達紀もそれに応じる。


「先輩、この前の応募に私の人物画にしたんですよね。どんな感じに仕上げたんですか?」

「それに関しては後で見せるよ。今日はもう暗いから。休みの日に俺の家にくれば見せるし。欲しいなら、前回と同じく印刷するけど」

「はい、お願いします」


 唯花は笑顔で答えてくれた。

 彼女の素直な表情を見ると、洗礼された気持ちになる。


 今まで抱えていた想いが解放され、気分的にも楽になり、今日、告白してよかったと思った。


「お兄ちゃん、唯花。なんでここにいるの?」

「「⁉」」


 突然の声に二人は驚く。


 近くには、課題を終わらせた一夏がいたからだ。


「二人とも昇降口にいるって言ってなかった? なんで、ここにいたの?」

「まあ、色々あってさ」

「はい、そうです」


 二人は、一夏からジト目を向けられていた。


 二人は本当の事を言うことに気恥ずかしさを感じ、適当に誤魔化していたのだ。

 妹は首を傾げていたが、早く帰ろと二人の背を押して、昇降口まで急いで向かう事となったのである。


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