第39話 唯花との思い出作り
「達紀先輩、お待たせしました」
街中の公園に、津城唯花がやって来た。
「いいよ。昨日はかなり夜遅くに帰ってしまったんだし。体調は大丈夫?」
「はい、しっかりと休めましたので」
「それなら良かったよ。じゃあ、約束通り、行こうか」
「はい!」
唯花は笑顔で言う。
蓮見達紀は彼女と共に公園から目的地となる場所へと歩き始めた。
今から向かう場所は、街中から離れた郊外にある公園である。
郊外には大きなデパートはないものの、二人で買い物する事が今日の目的ではない。
「先輩、いきなり誘ってすいませんでした。私の方から誘っておいて遅れてしまうなんて」
「いいよ。実は俺も寝坊して焦ってたんだ。ギリギリ間に合ったって感じだから」
「そうなんですね。なんか、一緒ですね」
唯花は愛想よく笑ってくれた。
「唯花。少し寄りたいところがあるんだけど、いい?」
「どこに寄るんですか?」
「この先にホームセンターがあるから、そこで絵の具を買いたいんだ。今日の朝、去年の美術の時間に使っていた絵の具を確認してたらさ、一部の色が無くて」
「そうなんですね。そういう事なら寄ってもいいですよ」
「ありがと」
二人は道に沿って歩く。
一〇分ほど歩いていると、少々大きめなホームセンターの看板が見えてきた。
殆どお店がない場所だからこそ、遠目で見ても、その建物を発見しやすかったのである。
二人が店内に入ると、土曜日という事もあってか、少々混んでいたのだ。
店内のBGMを聴きながら、二人は店内を移動し始めるのだった。
「絵の具って、色々な種類があるんですね」
「そうらしいね」
今、二人がいる店内のエリアには、色々な絵の具のセットが棚に置かれていた。
達紀は今欲しいと思っている絵の具のセットを探す。
「達紀先輩はどんな絵の具を使ってるんですか?」
「俺は……これかな」
達紀が手にしたのは、アクリル絵の具だった。
高校一年生の時、美術の時間に購入したモノと大体同じ商品だ。
達紀はその絵の具セットのデザインを眺め、どんな色が入っているか確認していた。
アクリル絵の具は、アクリルカラーとも呼ばれている。
アクリルガッシュと呼ばれる絵の具もあるが、アクリルカラーとは違って不透色で、すでに描かれている色を隠してしまう性質がある。
アクリルカラー場合は、すでに描かれている絵の上に塗っても、下の絵が見えやすい性質を持っているのだ。
アクリルカラーを選んだ理由としては、今までそれしか使ってこなかったから、何となく利用している感じだった。
水に溶かして使う系の絵の具だが、すぐに乾きやすい特性を持つ。
個人的には、この絵の具がしっくりくるのだ。
それ以外にも、ポスターカラー、油絵の具、透明水彩系など、細かく分けていくと他にもある。
達紀は本格的に絵を描くようになったのは、つい最近であり、美術の時間に絵の具を使う程度だった為、そこまで詳しくはない。
こういう絵の具もあるんだなぁと感じているくらいであり、これから本格的に絵の勉強をしていくなら、絵の具についての知識も必要だと感じていた。
「先輩はそれ以外には買わないんですか?」
「まあ、いいかな。他のは全部このリュックに入ってるから」
唯花から問われた達紀は、背負っているリュックを指さす。
いつも通学する時に使っているリュックよりも一回り大きいサイズだ。
その中にスケッチブックや、折り畳み式のパレットが入っている。
「唯花はどうする?」
「私は特にないですかね。でも、スケッチブックは買っておこうかな」
唯花の要望通りにスケッチブックが売られているエリアへ移動する。そこで達紀も新しくスケッチブックを購入する事にした。
スケッチブックは大体が黄色と黒のデザインが多い。
唯花は、アニメキャラが描かれたスケッチブックを手にしていたのだ。
二人は各々が購入したいモノを選んだ後、レジカウンターへと向かう。
そこで会計を済ませた後、目的地となる公園へと歩き始めるのだった。
「結構人が集まってますね、先輩」
二人は目的となる郊外の公園に辿り着く。
普段はそこまで人がいないと思われるが、キッチンカーが数台ほど営業している事もあって、公園には多くの人が集まっていた。
たこ焼きや、焼きそば。クレープ系やアイス系のキッチンカーもあったのだ。
今日は山で遊ぶ事をメインにした小学生向けのイベントが開催されているらしく、子供連れの家族の姿が多く見受けられた。
「人通りが少ない場所で絵を描きたかったんだけどな」
静かな場所で描くため、郊外までやって来たのに、少々活気がありすぎると思った。
「しょうがないですよ、私もここでイベントがあるとは思っていなかったですし。私、お弁当を作って来たんですけど。クレープを見てしまうと、どうしても食べたくなっちゃうんですよね」
「確かに、それはわかるな」
「先輩もクレープ好きなんですか?」
「好きというか、売っていたら買って食べる程度だけどね」
「では、買いますか?」
「そうだな。今は、自分らの場所を確保しないとな」
二人は大きな公園内を移動し始めた。
丁度、ちょっとした坂になっている場所を見つける。
そこからは全体の景色を見渡す事が出来、絵を描くなら程よい環境だと思った。
達紀はシートをその場所に敷き、二人は隣同士で座る。
ピクニックをしに来ているような状況であり、外の風も心地よく感じられていた。
達紀はリュックをシートの上に置き、その中からスケッチブックを取り出す。
まずは自然あふれる場所での風景を眺めながら簡単に描いてみる。
「先輩、上手いですね」
「まあね、人以外であれば簡単に描けるんだけどね。人を描くのはまだ不慣れで」
「でも、昨日貰った先輩の絵、素晴らしかったです。私、昨日の内に飾りましたから」
達紀の右隣に座っている唯花は、ワクワクした気持ちで言っていた。
達紀が今手掛けている絵をまじまじと観察するように見ていたのだ。
「先輩、昨日もお願いしていましたが、後で私の絵も描いてくださいね」
「わかった、そういう約束だったもんな」
達紀は彼女の話し声を右耳で聞きながら、描くことに集中していた。
「はい! 先輩は昨日、私のお姉さんを中心とした絵を描いておられましたので、私も単体で描いてほしいんです。でも、背景は、ここの公園にしてもいいですからね」
「了解。今の絵はあと少しで描き終わるから。描いてほしいポーズがあるなら、今のうちに考えておいてくれ」
達紀は集中しながら、首を縦に動かし承諾する。
「はい! でしたら、クレープを持ってるシーンでもいいですか?」
「いいよ」
「では、買ってきますね。ついでに先輩の分も買ってきますけど、何がいいですか?」
「俺は……普通のチョコバナナ系でお願い」
達紀は一旦手を止めて、唯花の顔を見ながら注文する。
「承知しました。では、いってきますね!」
唯花は元気のある声で返事をすると、シートから立ち上がってキッチンカーがある場所まで駆け足で向かって行くのだった。




