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第35話 人生が上振れし始めている!

 治療を受け始めてから一か月が経過し、蓮見達紀(はすみ/たつき)は顔に巻いていた包帯から解放され、呼吸しやすい状態になっていた。

 病院を退院するまでにはそこまで時間はかからなかったものの、定期健診として一週間に一度通院する必要があったのだ。


 今日がその定期健診の日であり、先ほど最後の健診が終わった事で、達紀は病院を後にしていた。


「達紀くん!」

「芹那さん、バイト終わりですか?」

「ええ、そうよ」


 病院を後に街中へ向かって歩いていると、道端で津城芹那(つしろ/せりな)とバッタリ遭遇する。


「達紀くんは、病院からの帰り?」

「はい。何とか治りましたけどね」

「それは良かったね!」

「最初は顔が痛くて大変でしたけど」

「ごめんね、あの人が原因で」


 隣を歩いている芹那は、申し訳ない表情で言っていた。

 芹那は、達紀が武尊(たける)から殴られた事を知っている。

 彼女の妹である唯花(ゆいか)から、その話を聞いていたからだ。


「そういえば、あの人って、どうなったんですか?」

「噂で聞く限りは、一応釈放されたみたいだけどね」

「そうなんですね」

「ああ見えて、意外と初犯って扱いらしいから。被害届がないからだと思うけどね。本当は裏の方で色々とヤバい事をしてるんだけどねぇ」

「そうですよね。そういえば、芹那さんは、あれから問題はないんですかね?」

「私の方では何もないわ。一回警察に連行されたのが効いたんじゃないかしら?」

「そうかもしれないですね」


 今の武尊はプロから見捨てられ、頼みの綱だったコネもなくなり、悲惨な状態に陥っている事だろう。


「そういえば、達紀くんって、ファミレスのバイトを辞めたんでしょ? 店長から聞いたよ」

「はい。顔面を怪我していて大声とか出せないので。店長と話し合った結果、辞めることにしたんですよ。でも、人手不足なのに申し訳なかった気もしますけど」

「いいんじゃない? 私も今月末で辞めるけどね」


 芹那はあっさりとした口調で言った。


「あのバイトを? どうしてですか?」

「この頃、大学とのスケジュール合わせが難しくて。それも一つ要素なんだけど。私が入っている大学のサークルで、一先ずビジネスを始めてみる事になったの」

「そうなんですね。ビジネスですか、いいですね。大学に在籍しながらお金を稼ぐって事ですよね? 大学生でそういう事をする人って一定数いるって聞きますからね」

「そうよ。大学にいる時から、先を見据えて行動しないと後々大変でしょ?」


 社会人になってからでは遅い事もある。

 学生である内に、自分自身の得意分野を見つけて行動する事も大切なのだ。


「そうですよね」


 達紀は、芹那からそういった話を聞くと、自分はどうしようかと将来の事について悩んでしまう。


「まあ、だからさ、達紀も早く決めなよ。色々とね」

「え、あ、はい……」


 達紀は促され、頷く。


 唯花か、芹那。

 そのどちらと付き合うかについてである。


 将来の他にも色々と考えないといけないことだってあるのだ。


 達紀は、唯花にしようとも考えていたのだが、通院している際に、芹那と関わる時間も増え、今のところどっちも選べない状況に陥っていた。


 どちらと付き合うかについての結論は、もう少し先の事になるだろう。




 翌日の放課後のこと。

 料理部の部活は休みだった。


「お兄ちゃんはどうする? 一緒に帰る?」

「一夏と一緒に街中に行くことになってたんですけど。先輩はどうしますか?」


 達紀の教室前までやって来た二人から呼び出され、廊下に出ていた。


「ごめん。今日はもう少し学校に残らないといけなくて」


 達紀は申し訳なさそうな態度で断った。


「えー、何かあったんですか?」

「お兄ちゃん、もしや、居残り?」

「違うよ。美術の先生から呼び出されていて、それで今から職員室に行く事になってるんだ」


 達紀は二人に事の経緯を話す。

 美術の先生から呼び出されること自体が珍しい。

 どんな話をされるのか少々悩んでいる最中だった。


「まあ、そういう事だから」

「それならしょうがないね。頑張ってね、お兄ちゃん」

「また休みがあったら、その時は一緒にお願いしますね」


 一夏と唯花は廊下を駆け足で立ち去って行く。

 達紀は教室に戻り、支度を終えた通学用のリュックを背負う。


 達紀が教室を後にしようとした時には、茜が自身の席に座っていた。

 彼女は今日までの課題をやっていなかったらしく、担当の先生から残るように言われていたのだ。

 教室には、茜の他に数人いる。

 茜は他の視線を気にしている為か、以前の事で達紀に因縁を付けてくる事もなく、比較的に大人しかったのだ。




「ようやく来てくれたようね」

「はい。先生、どんな要件でしょうか? 課題とかですかね?」


 達紀は校舎一階の職員室に入り、椅子に座っている美術の女性教師へと問いかける。


「いいえ。先月にあなたの作品を応募しておくって言っていたでしょ?」

「そうですね。あの作品はどうだったんでしょうか?」

「あの作品なんだけど。審査員の中で結構受けが良いらしくて。もしかしたら、受賞するかもしれないって」

「受賞ですか?」

「ええ。でも、金賞か、銀賞か、それはわからないけど。いい線行ってるらしいの。結果発表は今日の夜七時ぐらいで。もし何かしらに入選していたら、明日の美術の時間に結果発表してもいいかしら?」

「は、はい……でも、あの作品が評価対象って凄いですね」

「ええ。私もそう思うわ。蓮見さん、期待しておいてね」

「はい、分かりました、ありがとうございます」


 達紀は、先生の前で頭を下げる。

 内心、物凄く嬉しかった。


 今までどこかの賞に応募した経験が無く、他人からの客観的な評価を貰ったことがないのだ。


 どんな賞になろうとも、一応入選できている事が分かっただけでも喜ばしい事だった。

 達紀は笑顔になる。


「それとなんだけど、もう少し蓮見さんの実力を見てみたいから、何か新しい作品を描いて来てくれない? お題はなんでもいいわ。蓮見さんが好きな絵でもなんでもいいから」

「はい。いつ頃までに提出すればよろしいでしょうか?」

「そうね、今回はちゃんと描いて来てほしいから。一週間くらいでどう?」

「一週間ですね。わかりました」


 達紀は先生から期待されていると思うと、ますますやる気が湧いてくる。

 これから気合を入れて取り組んでいこうと思ったのだ。


 達紀は気分よく学校を後にする。

 今日はなんか良いことがありそうだと、ワクワクした気分のまま自宅まで向かう。


 自宅には到着したが、妹の一夏はいなかった。

 まだ街中で唯花と一緒に遊んでいる頃合いだろう。


 達紀は、一夏が帰ってくるまで自室に引きこもり、以前本屋で購入したイラスト関係の本を読もうと思った。

 本で分かりづらいところは、動画配信サイトの動画を見て視覚的に学ぶしかない。

 今はチャンスが回ってきているのだ。


 達紀はスマホの動画アプリを起動する。

 それから本棚にある本を取り出す。


 今から全力で取り組もうと、達紀は自室の勉強机に座り、本のページを開く。真剣な眼差しで読み始めるのだった。


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