第34話 達紀の休息
「そう、ですね……顔面の骨の一部が損傷している可能性がありますね」
蓮見達紀はタクシーで病院を訪れており、個室にて担当の先生と向き合うような形で椅子に座っていた。
「え……? いつ頃までに治りそうですかね?」
「そうですね。先ほど撮影したレントゲンを見る限り、一か月は様子を見る必要があるかもしれませんね」
男性の医師は眼鏡をかけており、その手にしているレントゲン写真をまじまじと見ていた。
「い、一か月ですかッ? ……んッ⁉」
達紀は思いっきり口を開けた事で、さらなる痛みを感じてしまう。
「あまり大きな声で話さない方がいいと思いますよ」
「そうですよね。気を付けます」
「それと、これから治療に入りますので、一応服を着替えてもらいますね」
「……」
達紀は無言で頷いた。
達紀は専用の服に着替え、手術室へ向かう。
室内に設置されたベッドに横になり、先ほどの医師を中心とした合計三人の医療関係者に囲まれ、体の一部に麻酔をかけられたのだ。
数分もすれば、顔面の感覚がなくなってくる。
達紀は瞼を閉じた。
手術しているところを見たくないからである。
そこから次第に意識がフワッとなり、感覚が遠のいていくようだった。
「……ん……」
気が付いた頃には、達紀は病院のベッドで寝ていた。
何時かもわからないが、部屋に設置された窓から見える景色は明るい。
まだお昼を過ぎた頃合いかもしれなかった。
「お目覚めですか? 大変でしたね」
「……」
達紀は声を出せなかった。
「手術が終わったばかりなので、あまり声を出さない方がいいと思われますよ」
白衣を身につけた女性看護師から言われ、達紀は仰向けで横になったまま頷いた。
「でも、こんなにも酷い怪我をするなんて。部活でもやってるんですかね?」
達紀の状態を鑑みて、看護師は独り言のような話し方をする。
学生である事を踏まえると、部活でもやっているかと思われるかもしれないが、実は違う。
昨日の夜の道端で、突然、スポーツ経験のある男性から思いっきり殴られたのだ。
その影響により、今に至る。
達紀からは何も話せない状態であり、そういった経緯を話せないのだ。
「それとですね。蓮見さんは、一日入院してもらう事になりましたから。実際に手術をしてみたら、かなり骨が傷んでいたみたいなの」
そんなにヤバかったのか、俺って……。
一夏の言う通り、早い段階で治療を受けてよかったな。
「蓮見さん、今はお昼を過ぎた時間帯なんだけど。食事は出来そうかな?」
達紀は首を横に軽く動かす。
「昼食は難しい感じね。でも、何も食べないわけにもいかないから。口を動かせるようになったら、ナースコールを使ってもいいですからね。その時に食べるかどうかを聞きますからね」
再び、返答するような形で首を縦に動かすのだった。
「……?」
看護師が病室から立ち去って二時間ほど経過した頃合い、達紀は唇を少しだけ動かせるようになっていた。
体もある程度動かせる状態であり、ベッドから上体を起こす。
「何とか……口を動かせるようになったか……」
口を無理に動かしていても、あまり痛みは感じない。
麻酔の影響もあるかもしれないが、手術はちゃんと成功したようだ。
達紀はベッド近くの机に置かれてあった折り畳み式の鏡を見てみると、鼻と顎のところに包帯が巻かれており、ミイラみたいな状態になっていた。
「この様子じゃ、大きな声も出せないよな……そういや、明日ってバイトか。どうしようかな。誰かに変わって貰うしかないか」
達紀は鏡で自身の姿を見ながら独り言を呟く。
かなり痛々しい外見であり、まさか、ここまで酷い状態になるとは思ってもみなかった。
まだ、本格的に体を自由に動かせる状況ではなく、今は安静にしておこうと思ったのだ。
「そういえば、俺のスマホとかは?」
達紀は辺りを見渡す。
それらしきモノは見当たらない。
達紀はナースコールを使ってもいいと担当の看護師から言われていた事で、早速使ってみる事にした。
三〇秒ほどで部屋の中に、先ほどの看護師がやって来たのである。
「どうなさいましたか?」
「少しだけ話せるようになったので。それとスマホはどこにありますかね?」
「スマホなどですね。そちらの机の引き出しに入れてありますよ」
達紀は少し体を動かし、引き出しを開けてみる。
そこにはスマホや財布があった。
机の下の引き出しには、病院に訪れた時に身につけていた私服が綺麗に畳まれて置かれてあったのだ。
「ありがとうございます、親切に」
「いいえ。それと丁度おやつの時間なので、お菓子をお持ち致しますか?」
「はい、お願いします」
達紀は少し考え後、その看護師に頼む事にした。
達紀は看護師から持ってきてもらったお菓子の袋を開ける。
お菓子は、ポテトチップスのようなミニサイズのヤツだった。
少しずつ口を動かしながら食べ、一人での時間を過ごす。
今いる病室にはベッドが四つほど設置されているが、現状、達紀しかいないらしい。
一人しかおらず、ポテトチップスを食べる音しか聞こえなかったのだ。
「お兄ちゃん!」
夕方五時を過ぎた頃合い、達紀がいる病室に妹の一夏が入ってきた。
「達紀先輩、大丈夫ですか? 一夏から先輩が入院してるって聞いて」
一夏と一緒に津城唯花も入ってくるのだ。
「そんなに大げさな事じゃないから」
二人は、ベッドで上体を起こしている達紀の元へ近づいてくる。
「でも、お兄ちゃん、ミイラみたいだね」
「それ、俺も思った」
兄妹らしく、分かり合えることがあるらしい。
「お兄ちゃん、今は大丈夫なの?」
「今のところはね。ちゃんと麻酔を打って治療してもらったからさ」
「なら、よかったぁ。病院からは手術して入院するって聞いてたから。大事件かと思ったよ」
達紀と会話している内に、一夏の表情がやんわりとなってくる。
現状を理解し始めて、ホッとしている感じだった。
「先輩、無理はしなくてもいいですからね」
「ああ。ん、アレ? そういえば、二人は部活じゃなかったのか?」
達紀は疑問口調で、ベッド近くにいる二人を交互に見る。
「達紀先輩が一大事なのに、部活には行っていられませんから」
唯花はしっかりと達紀の事を見つめていた。
「お兄ちゃんの方が優先だしね」
「俺の事は気にせずやって来ても良かったのに」
この頃、二人には迷惑をかけっぱなしである。
「先輩が入院してたら、料理に集中できないですよ。早く良くなってくださいね」
「お兄ちゃん、顔の包帯が取れるのはいつ頃になるの?」
「えっとだな、数時間前に聞いたんだけど。確か、二週間後だったかな。完全に直るのが、一か月後だってさ。その間に、定期的に病院に通わないといけないらしいけどね」
達紀は事の経緯を説明するのだった。
「そうだ。お兄ちゃんのために病院の売店で何か買ってくるね。何がいい?」
「お茶とかでいいよ」
「私、お菓子を買ってきますね、先輩!」
一夏も唯花も、達紀のために行動したいらしい。
「でも、廊下は走らないようにな」
二人は、達紀の近くのベッドに通学用のバッグを置くと、早歩きで病室から飛び出して行くのだった。




