第30話 闇夜に紛れて、それは襲い掛かってくる
夜七時半くらいの時間帯だと電灯の明かりしかなく、目を細めても遠く方はなかなか見えない。
コンビニから離れた車道隣の歩道を歩いている三人。
自宅に向かっている最中、蓮見達紀は前の方を歩いている二人を後ろから見ていた。
今日はお泊りという事もあってか、津城唯花は楽し気に一夏と会話している。
入学してからあまり時間が経過していないものの、二人は仲良しに見えるのだ。
一夏に唯花を紹介して正解だったと思う。
「じゃあ、唯花は夕食を食べた後は何する?」
「少し課題をやらないといけないから。今日のチョコクッキーについての考察とか」
「そうだね。私もそれをやらないと。料理部って料理するだけかと思ったら結構やることが多いよね」
「うん。でも、私は楽しいかな。始める前と比べて色々な事を学べてるし。少しだけは成長できたかなって」
「唯花は入部した時よりもかなり上達してるよ。今日のチョコクッキーだって、出来が良かったんだし」
「ありがと。でも、私、動物の形をとるだけだったし。次はもう少しできる範囲を増やしていかないとね」
唯花は明確な目標を抱いている。
目標を持つ事は良い事だと思う。
達紀の場合は、そこまでハッキリとした目標とかはなかった。
早く何かしらの目標を決めたいと、達紀は二人の会話を聞きながら、顎に手を当てて考えていたのだ。
「そういえば、お兄ちゃんも一緒にやろ」
「え? な、何を?」
「だから、料理部としての課題だよ。お兄ちゃんも全然終わってなかったでしょ」
「あ、ああ。あの課題の話な」
「そうだよ。でも、お兄ちゃんは実際に作ってないから、殆ど書くところはないかもしれないけどね」
「確かに。俺、皿洗いしかしてなかったしな」
達紀は途中からの入部であり、仕方ない部分もある。
「明日は一緒にやろうね。ハンバーグ作り!」
「私、期待しているので」
一夏も唯花も振り返り、達紀の事を見ていた。
「わ、分かった。任せてくれ……」
本当は全然作ったことがないとは言い出せず、やはり、今日中にハンバーグの作り方をネットで調べて、予習しておこうと強く思う。
確か……。
達紀はスマホを片手に、検索をかけてみる。
ハンバーグとは、合い挽き肉、玉ねぎ、パン粉、卵、牛乳、サラダ油に、コショウを一つの調理用ボウルに入れ、適当にかき混ぜること。
適当といっても雑にやる適当ではなく、状況に応じて程よく行う方の適当である。
程よく混ぜあった状態で、ハンバーグの形を作るのだ。
大体、お店で取り扱っている大きさは、基本縦一四センチ、横七センチくらいである。
それくらいいの大きさが、一番お腹が満たされやすいサイズらしい。
達紀はバイトしているファミレスで提供しているハンバーグの味は知っていた。
後は、その味に近づけられるように工夫するしかないだろう。
他にやるべき事は、ソース作りだ。
ソースは、ケチャップとウスターソースを混ぜたモノを使うらしい。
達紀は歩きながらスマホを片手に見ている。
辺りが暗かったとしてもスマホの画面は明るく、ハッキリとレシピや、その作り方を確認できていた。
「ねえ、唯花。課題が終わったらゲームでもしよ。トランプがあるんだよね」
「いいね。やりたい」
「じゃ、そういうことで、早く課題は終わらせよ」
「うん」
二人の会話に区切りがついたところで、達紀はスマホを制服のポケットへしまう。
そんな中、歩道を歩いていた三人の近くに、なぜか乗用車が停車する。
その車はハザードランプをつけ、赤と黄色に輝き、辺りを照らし始めるのだ。
そして、その車の扉が開き、その中から人が出てきた。
「あれから探したんだが、唯花。ここにいたんだな」
比較的、温厚そうな口調だった。
「え?」
唯花はドキッとした顔を浮かべ、後ずさる。
出てきたのは、唯花の兄である津城武尊だったからだ。
「俺さ、この前から探しまくっていたんだ。唯花の事をさ」
怯えている唯花の前に立つ一夏。
「というか、あの時のお前も一緒だったんだな。まあ、今は唯花が必要なんだ」
「な、なんで」
唯花は言葉を零していた。
その声は震えていたのだ。
「俺、プロの選手から拒絶されてさ。あとは、お前を連れていく事でしか、達成できないんだ。唯花、何も出来ない兄より、プロで活躍している兄の方が良いに決まっているだろ?」
「そ、それは……私、もうお兄さんとは関わりたくないから」
「は? なんだよ、昔はあんだけ俺の意見を聞いてくれてたのに。どうして、いざという時には何もしてくれないんだよ!」
温厚そうだった話し方が急に激しくなる。
一夏の後ろに隠れている唯花に手を出そうとしていたのだ。
「本当に止めてください!」
一夏が真剣に、武尊と向き合い、拒絶する。
「面倒な奴だな、お前! 勝手に邪魔しやがって」
「もう諦めた方がいいのでは?」
二人が困っているところを、いつまでも黙って見ているわけにもいかず、達紀は割り込んで話しかける。
「ん、またお前か。前回も前々回も俺の事を邪魔しやがって。ん? まさか、お前、あの女に、イベントのポスターを渡したのはお前なのか?」
「はい、そうですね」
達紀は笑顔で返答した。
「それと、付き合っていた女性とも別れたんですよね?」
「は、は? な、なんでそれを? 適当な発言だろ、それ。思い込みで言ってるだけなんだろ、お前さ」
達紀のセリフに、武尊はハッとした焦った表情を浮かべていた。
「いいえ、直接見てましたよ。あのイベントで」
「え? あの会場にいたのか?」
「はい、そうですが。あの時は大変でしたね。でも、俺から彼女を奪った事は許した覚えも
ないので。それとこれ以上続けるなら、サッカーすらも出来なくなるかもしれないですね」
「は?」
達紀のセリフに、武尊が顔を歪めた。
「俺、これから警察に連絡するかもしれないので、今の状況だと誘拐扱いになるかもしれませんし。家族に捕まった人がいるとわかれば、津城家の方々もあなたとは絶縁するかもしれないですよ」
「そ、それは困る。今のところ、援助してくれる人なんて殆どいないから……」
「だったら、もう諦めてください」
達紀は宥めるように言う。
次第に、武尊が温厚になったと感じていた。
が、それは間違いだったのだ。
武尊は急に豹変し、達紀の顔を殴ってきた。
達紀がその場に尻餅をついてしまい、それからも殴られる事となったのだ。
武尊の方が、スポーツ経験が豊富であり、圧倒的な力の差がある。
「お、お兄ちゃん⁉ な、何してるんですか! やめてください」
「う、うるさい。ここまで来たら、こうやるしか」
一夏が、必死に武尊の動きを止めようとするが、なかなか達紀への攻撃をやめようとはしなかった。
武尊は完璧に我を失っており、殺意に満ち溢れた顔つきになっていたのだ。
現状を目にした唯花が、怯えながらもスマホを片手に警察へと連絡を入れる。
それから数分後には、静かな夜を切り裂くようにパトカーのサイレンの音が鳴り響き、四人がいる現場へとやってくるのだった。




