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第28話 唯花にとっての成功体験

「あの人が、達紀先輩と一緒に付き合っていた人ですか?」


 蓮見達紀(はすみ/たつき)が在籍している教室に今いる唯花が問いかけてきたのだ。


「まあ、そんな感じかな」


 津城唯花(つしろ/ゆいか)には変なところを見られてしまったと思い、少し恥ずかしかった。

 それに、唯花と付き合っている発言を、唯花の前で言ってしまったのだ。

 茜に見せつけるためだとは言え、変に緊張してきて、隣にいる唯花を見やる。


「でも、これで正式に別れられたんですよね?」


 唯花は明るい表情で言う。

 さっきの告白染みたセリフを耳にしてどう思ったのだろうか。

 気にしていないのか、そのセリフに対して、彼女は深く追求してくる事はなかった。


「そ、そうだと思うよ。あんな状況になったんだ。あっちの方から話しかけてはこないと思うけど……」


 (あかね)の事だから、後々何かをしてきそうな感じもする。

 後の事は様子を見るしかないと思い、達紀は手にしていた通学用のリュックを背負う。


「唯花は部活なんだよね」

「はい。先輩はどうするんですか? このまま帰宅ですか?」

「そのつもりだけど」

「暇なら、料理部に来ませんか?」

「んー……そうだな。だったら、今日も行こうかな」


 達紀は承諾するように頷く。

 今、学校から帰ろうと思っても、茜と遭遇してしまう可能性だってあるのだ。


 達紀は一切れの板チョコを食べた後、制服姿の唯花と共に料理部へ向かうのだった。




「唯花、遅いよ。どこに行っていたの?」

「ちょっとね」


 唯花は、調理室にいるエプロンとバンダナ姿の一夏から指摘されながら入る。

 達紀も彼女の続くように足を踏み入れるのだ。


「お兄ちゃん! 今日も来たの?」

「唯花から誘われてさ」

「そうなんだ。もしや、料理部に入りたくなったとか?」

「それはどうかな。今のところはまだ決めてないんだよね」

「えー、こんなに料理部に訪れるなら一緒にやればいいのに」


 料理する手を止めた一夏が、達紀のところまでやってくる。


「まあ、気が向いたらな。今日も見学ってことでいいか?」

「それは部長に聞かないと――」


 一夏は、女子部長の方を振り向いて話しかけていた。


 その頃には、唯花はエプロンとバンダナを身につけ、手を洗い、料理する前の準備を整えていたのだ。


 一夏から問いかけに反応するかのように、他のテーブルで部員らにアドバイスしていた部長が近づいて来て、一夏の前で少し考え込んでいた。


「んー、そうね。前回は見学期間中だったから受け入れていたけど。部に在籍していない人に料理を行わせるわけにはいかないわ。いっその事、入部届を提出するか。料理をせずに見ているだけになると思うけど。あなたはどちらがいいのかしら?」


 達紀は部長から見られながら、その二択を迫られていた。


「えっとですね……」

「どうするのかしら?」


 達紀が悩んでいると、部長から次なる言葉を告げられたのだ。


「入部しないとエプロンも貸せないし。それに、何もしない人が調理室にいられても困るから。どっちかって言えば、入部届を出してほしいわ」

「……わ、分かりました、今すぐ書いて出します」

「そういう事なら、職員室に行けば入部届を貰えるはずだから、一旦行ってきて。それと、今日は料理部の担当の先生が不在だから、今日中に提出するなら私に出してね」

「はい、わかりました」


 達紀は素直に頷く。


「これから達紀先輩とも一緒に部活が出来るんですね」


 準備万端なスタイルになっている唯花が、はにかんでくれた。


 これはこれで良かったのかもしれない。


 達紀は調理室を後に、本校舎の職員室へ早歩きで向かって行く。




「これでいいですか?」


 再び調理室へと戻って来た達紀は、女子部長である先輩に一枚の入部届を渡す。


「アレ? 去年は別の部活に入っていたのね?」


 達紀から渡された入部届を見て、難しい顔を浮かべて質問してきたのだ。


「そうですね」

「すぐに辞めてしまった感じ?」

「自分に合わないなと思って。ちゃんと見学していなかった自分が悪いんですけど」

「一応聞くけど、続けられるかしら?」

「……はい」

「まあ、あなたの妹さんや、知り合いの子もいるし。すぐには辞めないとは思うけど。せめて一年はやってもらうからね。そういう覚悟で」

「は、はい。わかりました、そういう覚悟でやらせてもらいます」


 見学期間中の女子部長は温厚そうだったのに、今では怖さを感じるほどだ。

 料理と真剣に向き合っているからこそ、そういった信念を持ち合わせているのだろう。


 達紀は一抹の不安を感じながらも、女子部長からエプロンを渡される。


「今はそれを使いなさい。先週から入部した子も仮のエプロンをつけてやってるの。あともう少ししたら、個人のエプロンとかを自腹で買って貰う事になると思うから」


 部長はそう言って立ち去って行く。


 達紀は調理室の壁の方へ移動し、そこでエプロンとバンダナを身につける。

 それから手洗いを済ませ、一夏と唯花がいるテーブルへ向かうのだった。




「お兄ちゃん、遅いよ」

「私たちのところ、もうオーブンで焼くだけなんですよ」

「じゃあ、ただ試食をするだけになるのか」


 達紀は準備を整え終えたのだが、その頃にはチョコクッキーも完成に近づいていたらしい。

 唯花は天板を持っている。その天板にはクッキングシートが敷かれており、その上に黒色で動物の形をしたお菓子が綺麗に並べられてあったのだ。

 そのお菓子こそが、オーブンで焼く前のチョコクッキーなのである。


 三人でオーブンの前へ向かい、一七〇度に予熱したオーブンの中に入れるのだ。

 大体、一二分から一五分ほど焼くのが基本らしい。

 オーブンは音を響かせながら、中が次第に赤くなっていく。


 後は出来るまでの間、使ったモノに洗剤をつけて洗ったりする作業を行う。

 殆ど何もしていない達紀が、それを担当し、一夏と唯花はオーブン近くで様子を伺い、会話しながら待つ事となったのだ。


 チョコクッキーをオーブンに入れてから大分時間が経過した。

 一夏が大丈夫だと判断したタイミングで、鍋掴み手袋をつけてオーブンから取り出す。


 一夏が手にしている天板の上には、しっかりと焼けたチョコクッキーが置かれてあったのだ。


「元々が黒いから焦げてるか分かりづらいけど、多分、大丈夫みたい」


 一夏がまじまじと見て確認していた。


「美味しそう!」


 唯花は、その出来上がったクッキーを見て笑顔になっていた。

 料理がそこまで上手ではない唯花からしたら、物凄い偉業を達成したかのような表情だ。


「達紀先輩も皿洗いが終わったら一緒に食べましょう!」

「わかった、あと少しで終わるから」


 達紀は洗い終わった食器などを、布で拭いていた。

 すると、一夏と唯花がやって来て、食器を棚に戻す作業を手伝ってくれたのだ。


「では、そろそろ大丈夫そうですね。皆さんのクッキーも出来上がったと思うので、実食をしてみてください。その報告書は明日のお昼休みまでに提出してくださいね」


 調理室の前に立つ女子部長が、皆に指示を出していた。

 どういう手順で報告書を書くかについては、部長の後ろにある黒板に記述されてあったのだ。


「では、いただきます」


 部長のセリフと共に、テーブルごとに座っているチーム同士で作ったチョコクッキーを、各々食べ始めるのだった。


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