第26話 俺の事を振った彼女の様子が…
「これはいらないか。そうだよな、こういうのがあっても使わないよな。こっちの方はまだ使う時があるかもしれないし、取っておくか」
夕食を終えた蓮見達紀は再び二階の自室に戻っていた。
部屋に引きこもりながら、断捨離の続きを行っていたのだ。
いるモノと、いらないモノで分けて考えていた。
基本的に、茜との思い出のモノはすべて捨てようと思う。
達紀は迷うことなく、桜井茜との思い出であるアルバムをガムテープで巻き、開けない状態にしてからゴミ袋の中に入れる。
「んー、これもいらないよな」
去年。茜と一緒に水族館に行った時に、スタッフから撮影してもらった写真だ。
夏休みだった事を鮮明に覚えている。
消したい記憶が思い出として頭に残っているからこそ、逆に心苦しく感じるのだ。
いっそのこと、茜との記録をリセットしたいとさえ思う。
達紀はその写真を両手に持ち、目を瞑って破り捨てたのだ。
過去なんて、もうどうだっていい。
茜とは今後の人生で殆ど関わる事なんてないのだ。
心を無にし、茜と関連するすべてのモノを機械的に捨て続ける作業を行うのだった。
「お兄ちゃん、入るね」
「いいよ」
達紀が返事をすると、自室の扉がゆっくりと開く。
扉から妹の一夏が顔を覗かせていたのだ。
妹は首元にバスタオルを巻いていた。
「お兄ちゃん、どれくらい終わった感じ?」
「全然終わってないよ。写真が視界に入ると、過去の事を思い出してしまって全然作業にならなくて」
「まあ、そうだよね。捨てるにしても写真は目につくよね。それでお兄ちゃんはいつお風呂に入るの?」
「え? 一夏は入って来たのか?」
「うん、だって一〇時を過ぎてたからね」
「一〇時⁉」
達紀がスマホの画面を確認した時には、一一時になっていた。
妹は一時間ほどお風呂に入っていたらしい。
「どうする?」
「んー、でも、こんなところで作業は中断できないし。今日はいいよ、パスで」
「お風呂はキャンセル?」
「そういうこと。どの道、明日もこの作業を続けるつもりだし。お風呂に入るにしても、明日にするよ」
「わかったわ。じゃ、脱衣所の電気を消してくるね」
一夏から元気のよい反応が返ってくる。
「お願い」
「またね、お兄ちゃん。私、電気を消したら休むね」
「うん」
達紀はあっさりと返答すると、一夏は扉を閉める。
部屋の外からは、妹が階段を下って行く音が響いてくるのだった。
「これで大体片付いたな」
達紀は掃除機で、部屋の床に散らばっている埃を取り除く作業をしていた。
床が見えなくなるほどの昨日の状況からは一変し、いつもの部屋の状態の戻っていたのだ。
達紀はやり切った感じに、額の汗を持っていたタオルで拭う。
掃除機のコンセントを抜くと、達紀はいらないモノが入っているごみ袋の口を縛る。
かなりの量であり、大きなサイズの袋が六つも部屋にはあるのだ。
今からこの袋を持って外に出る必要性があった。
明日がゴミ回収の曜日である。
朝、学校に行く時間帯に出しても遅くはないが、いつまでも家に置いておきたくないのだ。
かなり重いが、達紀は少しずつ持ち、一先ず自宅の玄関先まで向かう。
「お兄ちゃん、ようやく終わった感じ?」
階段を移動する達紀に気づいて、一夏がリビングから玄関先へ出てきたのだ。
「ああ。かなり大変だったけどな。これで、すっきりとしたっていうか。新しいスタートを切れそうだよ」
「それなら良かったね。それと、今から買い物に行かない?」
「買い物?」
「うん、今日の晩御飯を買いにスーパーにね。私もごみ袋を運ぶのを手伝うから」
「もう、そんな時間なのか?」
現時刻は午後の三時だった。
昨日、達紀は日付が変わる前に就寝し、今日の朝から今の時間まで作業を続けていたのだ。
時間を気にせず、作業を続けていると時間の感覚なんて全く感じない。
「でも、スーパーに行く予定なら、俺、シャワーを浴びてくるよ」
「私も外に出る準備をするから。外に出る準備が終わったら、またここに集合ね」
「わかった。また後でな」
二人は玄関先で別れ、達紀は脱衣所へ。
妹は二階の自分の部屋へと向かって行く。
今日の夜は、一夏とスーパーで購入してきた一二個入りの寿司を食べ、一日を終えるであった。
部屋は片付き、自室の押し入れには必要なモノしか入っていなかった。
断捨離行為が、良い気分転換になったと思う。
翌日。
達紀は気分が整ったまま、妹の一夏と共に通学路を歩き、学校へ向かう。
妹とは昇降口のところで別れ、教室に辿り着いた達紀は席に座る。
教室内にはいつも通りの光景が広がっていたのだ。
でも、普段と違うところもあった。
それは教室の後方の席に座っている桜井茜の様子である。
彼女はいつもの友人らと一緒に会話しているが、どこかつまらなそうな顔を浮かべていたからだ。
達紀が教室の後ろの方を少しだけ見ていると、後ろ側の席の茜と丁度視線が合ってしまう。
達紀は咄嗟に視線を逸らし、何も見てないと言わんばかりの態度で黒板の方角を向いて、スマホを弄る。
数秒ほどそのような姿勢でスマホを弄っていたが、背後から彼女が近づいてくる気配もない。
達紀がホッとしていると、教室の前の扉から担任教師が入ってくる。担任教師は壇上机に資料を置くなり、二分ほど早めの朝のHRの開始を宣言するのだった。
「ねえ、あんたさ。今から時間ってある?」
放課後。
部活の影響で殆ど人が教室からいなくなった頃合い。
席に座って帰宅準備をしている達紀の元へ茜がやって来たのだ。
「な、なんで俺なんかに話しかけてきたの? いつもの友達とかは?」
達紀は手を止め、その場に佇んでいる彼女の顔を見上げた。
「今日は断ったわ」
「そうなんだ」
「あと、この前の事だけど。あんたが私にイベントのポスターを渡してきたじゃない」
「そうだね」
「一応、あのイベントに行ったの。そこで自分なりの感情をぶつけてやったわ。でもね、イベントから帰った後も少しモヤモヤしていたんだけど。休みの日、ずっと部屋に引きこもって考えていたの。そしたら、本当に大切なことがわかって」
「大切な事とは?」
達紀は、若干不安そうな声を漏らす。
「達紀って、必死に私の事を考えてくれていたんだよね? 私のことを思っていたから、あのポスターを渡したんでしょ」
「え? いや、それは……」
達紀は冷や汗をかきながら言葉を濁す。
嫌な予感しかしない。
達紀は唾を呑むのだった。




