第25話 閉ざされていた、去年のアルバム
蓮見達紀が、桜井茜と出会ったのは、中学生の頃だった。
実際に彼女と同じクラスになったのは中学三年生の時であり、一年を通じて仲良くなっていった感じである。
中学最後のクリスマスの日には、同学年の主催者に誘われ、参加する事になったのだ。
そのクリスマスイベントには、茜もいたのである。
そのクリスマス会で茜と一緒に会話したり、来年一月の高校受験の事についても話していたのだ。
茜とは同じ高校に通うことになっており、一緒に受験をしに行こうと約束を交わしたりもした。
その時の茜は派手な格好を好むというより、清楚系で至って普通の子だった。
クラスでもそこまで目立つ方ではなく、友人関係の狭い達紀にも優しく接してくれたりして、好感度高めの女子であり、一緒にいて楽しい存在だったのだ。
そんな子と高校受験を乗り越え、一緒に入学する事が決まり、達紀のテンションは高まっていたのだ。
本当は達紀の方から告白するつもりで脳内シミュレーションをしていたのだが、彼女の方から告白してきた事で、それを受け入れる形で正式に付き合う事となったのだ。
「そういえば、こんな事もあったよな」
イベント会場で大きな修羅場を目撃した日の夕方。
達紀は自室の押し入れを開け、その中を整理していた。
その押し入れから、昔、茜と一緒に撮った写真や遊園地などで購入したキーホルダー。それから、記念のお菓子の箱が見つかったのである。
懐かしいと思う反面。早く捨てたいという衝動に駆られていた。
床に座っている達紀の隣には、大きなごみ袋が置かれてある。
達紀は押し入れの中から大量の荷物を取り出し、久しぶりに整理整頓をしていたのだ。
押し入れの中に入っている半分くらいが、多分いないモノだと思う。
特に茜との思い出はもういらないと感じていた。
「……これも不要だな……」
そんな中、達紀が押し入れから取り出していた大きな段ボール箱から、大きなアルバムが見つかったのだ。
一応、確認のためにページをめくってみる。
このアルバムには、高校生の時に撮影した写真の多くがファイリングされてあったのだ。
高校一年生の時は、夏休みまでが一番楽しかった。
夏休みが開け、九月の終わり頃から茜の様子がおかしかったのだ。
話しかけても上の空というか。
今思えば、その頃から予兆があったのだ。
その時点で気づくべきだったと、達紀は一瞬その事が脳裏をよぎるが、首を横に振ってなんでもないと思う事にした。
「やっぱ……これもいらないよな」
そう思いつつも、達紀は気が付けばアルバムを眺めていたのだ。
ページをめくり、過去を思い出すように振り返っていた。
脳裏には、過去の記憶が映像のワンシーンのように浮かんでくる。
高校一年生の春から秋頃までの出来事が写真に収められているのだ。
秋頃からの写真は目に見えてわかるほどに少なく、冬となってから殆どなかった。
あっても一、二枚程度。
茜の自宅の庭で記念撮影をしたり、茜の家族からこたつに入っている瞬間を撮られたモノだけである。
「そういや、こんな時もあったな。これ、去年の話だもんな」
去年の十二月から大分時間が経過したのだ。
その間に多くの出来事を経験し、今となっては、その事でさえ昔のように感じるから不思議だった。
「……楽しかったよな。あの出来事までは……」
でも、どこから変わってしまったのだろうか。
何が原因だったのかわからないまま、達紀は少しだけ悩んでいた。
アルバムを持ってボーッと眺めていると――
「お兄ちゃん、夕食の準備が出来たよ!」
突然、自室の扉が開かれる。
ノックも無しに、妹の一夏が入ってきたのだ。
「え、な、なんで急に」
達紀は妹の登場に飛び跳ね、その場に立ち上がる。
「お兄ちゃん、かなり部屋が散らかってるね」
妹は部屋を見渡していた。
「そ、そうだよ。断捨離みたいな感じだから」
「へえ、掃除する事にしたんだね。でも、その量だと今日中には終わらなくない?」
「そうだな。明日の夕方までかかるかもな」
「でも、切りのいいところで終わらせてよね。今日は唐揚げだから温かい内に食べないとね」
「ああ、わかった。後五分したら行く」
「あと、五分? 本当?」
一夏がジト目で見つめてくる。
「私、料理部としてちゃんと夕食を作ったんだから。お兄ちゃんには美味しい瞬間を食べてほしいの。本当に五分だよ」
「あ、ああ」
一夏から念を押され、達紀は激しく首を縦に動かして約束を交わすのだった。
「はい、お兄ちゃん、ちゃんと五分後には来てくれたね」
「当たり前だろ、約束は約束だからな」
達紀は一階リビングのテーブル前の席に座る。
さすがに五分ではどうにもならず、今、達紀の部屋はかなり散らかっていた。
ある程度片付けないと、今日部屋で寝るスペースもないのだ。
そんな事を考え、達紀は箸を手にするとテーブルの中央に置かれている唐揚げへと箸を向かわせたのだ。
その熱々の唐揚げを頬張り、左手にはご飯茶碗を持ち、口内で二つを混ぜ合わせるように咀嚼する。
「ん? 一夏って料理の腕が上がったか?」
「当たり前じゃない。料理部に入部して一週間が経ったんだよ。それなりに上達するよ。どう、私が作った少し辛めの唐揚げは」
「丁度いいね。いい出来具合だと思うよ。ご飯と絶妙にマッチしていてさ」
「なら、良かった。かなり試行錯誤したの。丁度良い辛さになるようにね」
一夏は笑顔で唐揚げの説明をしてくれた。
妹もテーブルに置かれた大皿の上のピリ辛唐揚げを箸で掴み、それを口へと向かわせ、頬張っていたのだ。
嬉しそうに食べている。
「まだあっちにもあるからね」
一夏は箸を持っていない方の手で、キッチンの方を指さしていた。
「え? テーブルの大皿だけじゃなくて?」
「うん、そうだよ。キッチンの方に結構あるんだよね。二〇コ以上あるはずだよ」
「そんなに? 食べきれるのか?」
「いいじゃん、今日は高校に入学して一週間が経った記念ってことで」
「そっか。そういや、入学祝も全然していなかったな」
「でも、お兄ちゃんの都合の良い時でいいからね。お兄ちゃんは今まで大変だったんだから」
「もしかして、俺の事を気遣って何も言ってこなかったのか?」
「そうだよ」
「なんか、ごめんな」
「いいよ。お兄ちゃんが元気になったわけだし。それだけでも嬉しいかな」
一夏は元気よく唐揚げを食べ始める。
それから口直し程度に、味噌汁を飲んでいたのだった。




