第24話 終焉の始まり
「ねえ、武尊さん! どういう事なの?」
怖い形相で武尊の前にいる茜からは死神のオーラが放たれているようだった。
「え? な、なんでここに、お前が⁉」
「これを見たからよ!」
「そ、それって、今日のイベントのヤツか」
津城武尊は表情を歪めていた。
突然、イベント会場に現れた桜井茜の存在に動揺を隠しきれない様子だ。
茜から見せつけられた用紙を前に、後ずさる。
「というか、なんでこれを持ってるんだよ!」
武尊は周囲の視線が向けられている状況で声を荒らげる。
「クラスメイトから貰って、それで知ったの」
「そうかよ」
「ちょっとさ、なんでこの前から電話に出なかったの?」
「それは俺にも都合ってものがあるんだよ……」
武尊は、茜の問いかけに渋い顔をしていた。
彼は現実逃避をしたいらしく、茜と視線を合わせることが出来ずに顔を背けているのだ。
「ねえ、あんたさ。この前、別の人と関係性はないって言ってたじゃん。あれ、嘘だったの?」
「いや、あれは本当で」
いつも付き合っている女性からも問い詰められていた。
「本当? じゃあ、その子は何なの? 付き合ってたんじゃないの?」
その女性による、さらなる追撃が始まったのだ。
「それは別れたんだけどさ。こいつがしつこくて」
武尊は全て茜のせいにし出したのだ。
「なんで私のせいになるの。私、武尊さんが他の人とは付き合ってないって。そう言ってたじゃない!」
「そ、そんなのずっと前の話だろ」
「でも、そんなの酷いし。私の時間はなんだったの?」
「それはまあ……というか、俺。お前の事なんてさ。最初っからただの友達くらいにしか思ってなかったけどな」
その場にいる武尊は開き直っていた。
付き合っていたという情報さえも、なかった事にしようとしているのだ。
「そんなのずるいよ! 武尊さん、私が高校を卒業した時の約束もしてくれたじゃない。起業したり、プロでも活躍するからって」
「う、うるさいな。そういう発言をしてくるから、お前とはもう離れたかったんだ。だからさ、お前の電話には出なかったんだよ! お前はただの友達。簡単に言えば、遊びだったんだよ。俺の人生にとっての暇つぶしだったってこと!」
武尊は険しい顔を見せながら、茜を追い払おうと必死だった。
何が何でも、茜の勘違いだという設定にしたくてしょうがないようだ。
「え? そういう事なのか?」
「あいつヤバい奴だな」
「それだと人としても選手としても終わってんだろ」
武尊が全て言い切り、胸を撫で下ろしている最中に周りから声が聞こえてくる。
それらはすべて、武尊に対する批判的なセリフばかりだったのだ。
「あんたさ、最低ね。やっぱり、浮気してたんじゃない」
現在進行形で付き合っている女性からも、ため息交じりのセリフをはかれていた。
その女性は武尊のことを軽蔑した視線を向けているのだ。
「え? 俺は浮気なんて。あいつの勘違いで」
「は? 勘違い? 先週もそうだったけど本当は浮気してたんでしょ! 前回は許したけど。浮気相手がこうしてこの場にいるなら、私はあなたの事を見限るわ。そもそも、こんな奴だとは思わなかったわ。チャラそうだけど、ある程度世間の事を知ってると思ってたから、多めに見ているところはあったんだけどね。ほんと、ここまで最悪な奴だとはね。私の見る目がなかったかもね」
女性は腕組をし、目の前にいる武尊の事を睨んでいた。
その眼光を前にした武尊は、弱小動物のように怯えていたのだ。
「私、もういいですから!」
「え⁉」
茜の発言に、武尊は目を丸くしていた。
茜は周りにいる他のお客をかき分けるように、少々俯きがちに走り始める。
彼女は、達紀の近くを通り過ぎ、走り抜けていく。
茜は、蓮見達紀が近くにいる事に気づいていない様子だった。
茜が立ち去った会場は、大きなイベントなのに関わらず、一同が奇跡的に静かになっている。
お通夜みたいな状況に陥っていたのだ。
「私も帰るわ。こんな状況でいられないしね」
女性は愛想をつかして立ち去って行ったのだ。
武尊の周りで様子を見ていたお客も通常通りに動き始める。
会場内が次第に騒がしくなっていく。
「えっと、すいません。こんなことになってしまって」
武尊は書き終えたアンケート用紙を、そのプロ選手の男性に渡そうとする。
「申し訳ないが、プロの契約は見送らせてもらえないか?」
「え?」
「さっき、あんだけ騒ぎになったんだ。さすがに私のところでも面倒は見切れないよ」
「そ、それは」
「まあ、君は選手としては優れているかもしれないけど。社会人としては難しいかもね」
「え……」
プロの選手の目線から見ても、武尊の存在は場違いであると判断されていたのだ。
アンケートの用紙を受け取る事もせず、これ以上の契約話は打ち切りだと言わんばかりの態度で、その選手はブースの中へと戻って行く。
他のお客の接客で忙しく、改めて武尊と会話しようという素振りは見せなかったのだ。
武尊の周りには誰もおらず、大勢の人が会場内を回って歩いている中、彼だけが孤独を感じ、その場で跪く。
武尊は唖然とした顔になっていたのだ。
その姿からは、すべてを失った者の末路を感じるのだった。
「まあ、アレでよかったんですかね?」
二人はイベント会場を後に、午後一時くらいには街中のアーケード街を歩いていたのだ。
「そうじゃない? まあ、私たちが下す事無く、自滅していった感じだったけど。結果的には効率が良かったのかも。達紀くんが、あの子にポスターを印刷して渡していたことが致命的になったと思うわ」
「という事は、実質、俺の成果ですかね?」
「そうかも。まあ、あそこまで他人からボコボコにされたら、さすがに懲りるでしょ。せめて、昔のように謙虚になってくれればいいんだけどね」
「そうですね」
人は環境の変化を受けやすいと聞く。
武尊は、サッカーができるあまり、悪い人とまで繋がりを持ってしまったのだろう。
だから、今日までずっと傲慢さを貫き通してきたのだと感じる。
一気に立場を失い、現実と向き合えず、自暴自棄になってしまう人もいるのだ。
後は、津城姉妹への報復みたいな事が無ければいいと、達紀は心の中で神に祈るしかできなかった。
二人がアーケード街を歩いていると、先ほどから周囲の視線を強く感じる。
達紀はチャラそうな恰好をしており、津城芹那は紳士的なテールコートを身に纏っているのだ。
一般的な服装とは異なり、変に注目の的になっていたのである。
互いに顔を見合わせた。
「えっと、芹那さん、早くどこかで着替えませんか?」
「そうだね。朝と同じく私のアパートに来てくれない? お昼ご飯については後で考えましょ」
二人は急ぎ足で、街中から立ち去って行くのだった。




