05 頭をぶつけた時は動いてはいけません。
僕が三歳の頃、レニーは遠くの街からやってきた。
詳しい理由は知らないけれど、街で生活するのは大変なのだと両親達が話していたのを聞いていたような気がする。
レニーは僕よりひとつ年下で、少し歩いては転がって、笑っている、ような子だった。
僕がついている時に、いつものようにレニーが転がって、いつものように笑うのかと思っていたら、大きな声をあげて泣き始めた。
僕は慌ててレニーのところに行って「どこが痛いの?」と聞くと、痛い場所に手が届かないのか、頭の部分をペシペシと叩いた。
「痛いなら、叩いたら駄目だよ」と言って、レニーが示すあたりを見ると、血が滲んでいて、僕はびっくりして「ここで絶対動いたらだめだ!!」と強く言い聞かせて、大人を呼びに行った。
おじさんとおばさんがすぐに見つかったので、頭を打ったこと、血がちょっとだけ出ていることを言うと、おばさんはレニーの所に向かい、おじさんは家に救急箱を取りに行った。
レニーは言われたとこでシクシク泣きながら「アーチャ!アーチャ!」と僕の名を呼んでいた。
「レニー!!ここにいるからね。動いちゃ駄目だよ!!」
「あい!」と返事するレニーのもとにおばさんが駆け寄った。
「どこが痛い?」とおばさんが聞くと、僕にしてみせたのと同じ仕草を繰り返し、血が滲んでいる所に石がくっついていた。
おじさんとおばさんが手当をして、そっとレニーを抱き上げて、家へと連れて帰った。
僕はおじさんに「ありがとうな。アーチャのおかげで助かったよ」と頭を撫でられた。
家に帰ってから、今日あったことを両親に話すと「なんともなければ良いけど・・・」ととても心配していた。
「頭を打った時は絶対動かしたら駄目だよ」と何度も聞かされてたことをまた聞かされて「動かしたらどうなるの?」と聞くと「酷い時は死んじゃうよ」と聞かされて、僕は恐ろしくなった。
それでなくてもレニーはよく転んでいるのだ。
「レニー死なないよね?」と聞いても、両親は大丈夫とは言ってくれなかった。
三日ほどすると、レニーは何事もなかったように僕の側まで来て「アーチャあそぼ」と言った。
僕は心配でおじさんとおばさんを見たけど「もう大丈夫よ」と言ってくれたので、ホッとした。
それからもレニーはしょっちゅう転がっていた。
頭を打たないように気がついた時には僕の手で頭を支えたりしたけれど、守りきれない時もあって、レニーが泣くこともしょっちゅうあった。
レニーがだんだん大きくなって、転ばなくなると、今度は男が寄ってきて、それを払うのが僕の仕事になった。
「レニーは僕のなんだから、近寄るなっ!!」
って言うと、レニーはとても嬉しそうにしていた。
年頃になり、少し僕は両親達に素直になれなくなっていたけど、レニーだけは特別だった。
十三歳になった時「レニーがお嫁さんになれる年になったら結婚して欲しい」と言うとレニーは嬉しそうに「うん!!」と言ってくれた。
それからは僕達は特別になり、両親にも、「レニーがお嫁さんになれる年になったら結婚する約束をした」と伝えると、僕達の両親は喜んでくれた。
レニーに特別な何かを渡したくて、特別な何かを探した。
特別な何かは、何か解らなかったけれど、結婚の約束の特別なものだと僕は時間のある時は必死に、何かを探した。
僕は川の中で、キラキラ光るきれいな石を見つけて、それに丁寧に穴を開けて、綺麗に磨き、革紐を通して「レニーに結婚の約束の印」と言って、首にくくりつけた。
レニーは喜んでくれて「大事にする!!」と言ってくれた。
畑の手伝いをして、二人で住む家の用意も始める。
生活の場は僕の両親達とおなじになるが、家だけは別に構えることにした。
僕のところもレニーのところも兄弟が多いから。
恥ずかしいけど、ベッドの用意をして、レニーが十六歳になるのを待つばかりになった。
二人で指を折って「後何日」と数えていた。
すごく幸せだった。
結婚用の白いワンピースも用意ができた。
明日が結婚式という日、二人で歩いている時にレニーがふらついて、それを支えきれずに僕がひっくり返った。
運悪く、大きな石に頭をぶつけた。
大した痛みも感じなかったので「なんともない」と立ち上がろうとしたけど、レニーが「頭ぶつけた音がした!!動かないで」と言って、僕は石を枕に寝転がっていた。
両親がやってきて、お医者さんまで呼ばれて、皆に「動くな!」と叱られた。
聖魔法が使える人が村に来ていると医者が言い出し、レニーが呼んでくると「あぁ・・・このままだと明日には死んじゃうね」とその人に言われた。
僕は「明日結婚式なんです!!助けてくださいっ!!」と頼むと「ここに居たことがなにかの縁なんだろうね」と言って、僕の頭に掌を向け、呪文のようなものを唱えて、手から暖かい光が降り注いだ。
特になにかが変わったきはしなかったけれど、光が収まると「もう立ち上がっても大丈夫だよ。今度からは気をつけてね」と言われて、僕はそっと立ち上がり、聖魔法を使ってくれた人に「明日の結婚式に来てください」とお願いした。
聖魔法を使ってくれた人はビュッタという人で、結婚式の中で一番食べて、一晩飲んで、一番僕達の結婚を喜んでくれた。
結婚式が終わると、ビュッタは「次の街に行くよ」と言うので、袋に食べ物の残りを詰めて渡した。
「本当にありがとうございました」
「フッフッ・・・。幸せになるんだよ」
僕とレニーは手を繋いで「はい」と言って、顔を見合わせた。
本当のところ、ビュッタの治療に意味があったのか、なかったのか、僕達には解らないけど、ビュッタに感謝した。
子供が生まれると、ビュッタの話を聞かせた。
ビュッタのおかげで、子供達が生まれたのだよと教えて育てた。
最初に生まれた子は、聖魔法が使えることが六歳の時に判明して、それと同時にビュッタが現れて「ごめんね。僕の力を使うと、必ず、聖魔法が使える子が生まれてしまうんだ」
「そうなんですか?!」
「うん。その才能を伸ばすために、この子は魔法の学校に行かなくてはならないんだ」
「もしかして今すぐですか?」
「うん・・・そうなんだ。本当にごめんね」
「いえ、僕の命を助けてもらった上に、子供にこんなに特別な力を分けてくださるなんて、感謝しかありません。この子はビューインといいます。この子のことをよろしくお願いします」
「確かに預かるよ。立派な聖魔法師にして、村に帰すからね」
「はい。楽しみにしています。ビューイン、ご迷惑をかけないようにね。辛くなったら帰ってきていいんだからね」
ビューインは旅立つことが解っていたかのように、笑顔で僕達に手を振って、ビュッタと手を繋いで行ってしまった。
ビューインは一度も戻ることなく、十二年が経つと「結婚したんだ」と言って、帰ってきた。
僕とレニーは二人を今までの分もと抱きしめ続けた。