ベベとカール、本当に相手を思っていたのはどっち?
幼馴染を題材に一話完結の話を書きました。
前の話とは何の関係もありません。
ベベとカールは生まれた頃から一緒だった。
両親達が働いている間、二人は一緒のベッドに入れられ、子守に面倒を見てもらっていた。
私の方が、一ヶ月早く生まれたのに、歩くのはカールの方が早くて、文字と計算は私のほうが早く出来るようになったのに、畑仕事はカールのほうが重要な仕事を任せられた。
重要な仕事を任されたカールが羨ましくって、ちょっとだけベソをかいた。
両親は「男と女では違うのよ」と言ったけれど、私とカールの違いなんて、殆どなくて、言っている意味も分からなかった。
カールの体が私より二周り大きくなった頃、男と女の違いを否応なく知ることになった。
小さな違いはもっと小さい時から知っていた。
カールはズボンを履いていたし、私はスカートを履いていた。
子供の目からもその境目は大きなもののように思えた。
カールが花を摘んでいて「どうするの?」と聞いたら「いいだろ!ほっとけ!!」と私に怒鳴って、私を追いやった。
それからも何度かカールは花を摘み、それをどうするのか気になったので、私はカールの後をつけた。
三ブロック向こうに住んでいる、ラーニャが木陰で立っているのを見つけて、カールは走る足を急がせ、ラーニャに摘んだ花をプレゼントしていた。
ラーニャはもらった花束の香りを嗅いで、嬉しそうに笑い、カールとキスをした。
私は見てはいけないものを見たような気になって、慌てて自分の家へと急いだ。
カールはラーニャが好きで、ラーニャもカールが好きなんだと知ってしまった。
カールは私のものだと思っていた。
私の一部だと。
好きな人が出来たのならどうして教えてくれないのだろう?
何故?どうして?
必死に考えて、考えて、気がついた。
ああ、家が隣同士で、両親が仲が良くて、一緒に育ったといっても所詮は他人なんだと。
その日から私はカールと一線を引いた付き合いをするようになった。
踏み込まないように、踏み込まれないように、かまわないように、かまわれないように。
両親に「カールと何かあったの?」と聞かれた時、なんと答えていいか解らなくて「何もない」としか答えられなかった。
その頃からカールはいつも私には不機嫌になった。
他の人と笑顔で話していたのに、私を見ると不機嫌になり、舌打ちをするようにもなった。
一線を引いた付き合いを続ける内に、私にも花をプレゼントしてくれる人が現れた。
初めてプレゼントしてくれたのは、ヨーク。
隣町の子だった。
家は商家らしく、荷車で生活の必需品を売りに来ている子だった。
ヨークがくれた花束はこの辺では見かけない花が何本も入っていて、ここに来るまでに咲いているんだと言って、私にプレゼントしてくれたのだ。
私は嬉しくて「ありがとう」と伝えると「また花のプレゼントをしてもいいか?」と聞かれ「うん。待ってる」と答えた。
私はこの時知らなかったが、交際を申し込まれて、それを受け入れたことになるのだと、花を持ち帰った家で、両親に説明された。
両親は「直ぐに断りなさい」と言ったけれど、断る理由もなかったので、そのままにした。
。
ヨークが帰っていくのを見送って「来月を楽しみにしている」と約束したけれど、ヨークは次の月には来なかった。
行商のおじさんに聞くと、ヨーク達が別の町へと行っている時、運悪く熊と出会ってしまい、襲われて亡くなってしまったんだと聞かされた。
ベベはこの一月の間、ヨークが新しい花を持ってきてくれるのを心待ちにしていた。
勘違いから交際を受け入れただけだったけど、ヨークを恋しく思ってその日は泣き続けた。
両親に「行商人達は本当に危ないの。だから行商人には心を許してはいけないわ」
そう説明され、私は何度も頷いた。
思う心がもっと大きくなる前で良かった。
両親はそう思っていたけれど、ベベはヨークへと心を捧げてしまっていた。
次にベベに花をプレゼントしてくれたのは一つ年下のダンダだった。
ダンダに好きだった人が死んだと説明して、花は受け取れないと断ると、苦い笑いを浮かべて「捨てるのはもったいないから受け取って。返事が駄目だって解ったから」
ベベは「ありがとう」と言って受け取った。
花束を持って家に帰っていると、カールが私の持つ花束に目をやって「尻軽」と言って走って行ってしまった。
両親に「尻軽って何?」って聞いたら「どうしてそんな言葉を知ったの?」と聞かれ「カールに言われた」と伝えると、父は隣の家へと向かっていった。
尻軽の意味は教えてもらえなかったけど、翌日カールは左の頬を腫らしていた。
父が叩いたのだと思い、尻軽は悪口なのだと思った。
それからはカールとどんどん距離が離れていった。
私はカールと出会いそうになると道を変えたし、忘れ物をしたと装って家に帰ったりした。
私にとってカールは自分の半身だと思っていたけど、カールにとっては違うのだと骨身にしみた。
私が十五歳になり、来年には結婚をするべき年になる。
花をプレゼントをしてくれる人はそれなりにいるが、全てお断りしていた。
カールはラーニャといつの間にか別れていて、ラーニャは別の人と結婚するらしかった。
私はラーニャに「カールと結婚するのだと思っていたわ」と言うと「そんな関係ではなかった」と言った。
「男女の関係は難しいのね。私にはまだ難しいわ」と皆の前で嘆いて見せた。
皆に笑われて、私はヨークがくれた花束を思い出していた。
村に獣の出没が増え、騎士団へと討伐の依頼を出すと、十人の騎士団の人達がやって来た。
騎士団の人達は垢抜けていて、とても格好良かった。
騎士団の人達は軽い気持ちで女の子たちに声を掛け、何人かは騎士団の人と関係を持ったと自慢していた。
それが自慢になるのかが解らなくて、両親に聞くと「それは恥であって、自慢ではないわね。その子達が幸せな結婚を出来るといいけど」と憂いていた。
獣の討伐も十匹を越える頃、一人の騎士の方が怪我をして、たまたま側にいた私が、世話をすることになった。
その騎士の方は数日間熱を出して、とても苦しそうだった。
肩から、胸にかけて獣の爪痕が痛々しく、私は丁寧に消毒をして、熱冷ましの煎じ薬を飲ませた。
看護のかいあって、十日ほどで熱は下がり、傷口は膿むことなく塞がっていった。
やっと固形物を食べられるようになり、騎士様は驚くほどに回復していった。
騎士様はハールと言う名前で、元は農村の出身なのだと話してくれた。
今、用意できないけど、花束を受け取ってくれるかい?と聞かれて、私は「本当に花束が用意されたら考えるわね」と答えた。
騎士様が立ち上がれるようになり、本当に花束を用意してくれた。
それは森の奥深くにしかない花束で、私はどうせ帰ってしまったらそれっきりになる関係だと解っていたので、私は花束を受け取った。
「ありがとう、凄く嬉しい」
怪我をしていない方の手で、抱きしめられ、男の人の大きさを初めて知ってその腕の中が安心できる場所なのだと知った。
私が騎士様と呼ぶとハールは不機嫌になり、ハールと呼ぶと、とびきりの笑顔を向けてくれた。
ハールは私の両親に挨拶に来て、討伐が終わる時、私を連れて帰りたいと言った。
両親は「騎士様の気まぐれで娘はやれません」と断ったが、ハールは、帰るその日までずっと私の両親を説得しに通ってくれた。
それでも両親は許さず、ハールは時間切れとなって、村から去っていった。
ハールの背中が見えなくなった途端に涙が溢れて止まらなくなった。
それは何日も続いて、私はハールのことを本気で好きだったのだ。
カールが私を鼻で笑い「騎士にそそのかされた馬鹿な女」と言い捨てて、走って逃げていった。
ハールから時折手紙が届く。
ベベが好きだと。来月、纏まった休みがもらえることになったから、迎えに行くと書かれていた。
私はほんの少し期待して、来てくれなかった時にがっかりしないよう、自分に言い聞かせた。
いくら言い聞かせてもハールが来てくれると信じる心は日に日に大きくなった。
ハールは本当に迎えに来てくれて、両親に結婚の許しを願った。
両親は、ため息とともに「娘を幸せにしてくれますか?」と聞いて、ハールは「努力します」と答えた。
私はその日の内に荷物を纏めて、ハールと旅立つことになった。
カールは川に魚を取りに行っているらしく、いなくて、おじさんとおばさんに「お世話になりました」と伝えて、ハールと手を繋いで荷馬車に乗った。
街につくと、驚くほどの沢山の人に、沢山の建物に驚いていると、ハールも初めて来た時、同じように思ったと教えてくれた。
ハールの家は小さな家だったけれど、ベッドだけは二人で寝ても十分な大きさがあった。
ハールは「べべの事を考えてこの家を借りたんだ」と教えてくれる。
騎士団の独身者は皆、寮住まいで、妻帯者だけが寮から出られるのだそうだ。
「ここにあるものは私のために用意してくれたの?」
「まだまだ足りないけどな。これから一つずつ買い足していこう」と約束した。
騎士の生活は規則正しい。
決まった時間に決められたことをして、朝番、昼番、夜番があって、夜番には家に帰ってこれない。
私は農家の仕事しかしたことがなかったので、直ぐに仕事を見つけるのは難しかったけれど、団長さんの知り合いの料理のお店の店員として雇ってもらえることになった。
慣れるまではじゃがいもの皮むきや、洗い物をしていたが、慣れるごとに仕事が増え、今では注文も取れるようになった。
村から出て一年が経っていた。
家の中に足りないと思うものがなくなり、私が働かなくても生活が出来るだけの稼ぎはハールにはあった。
ハールがそろそろ子供が欲しいと言い出し、今までは妊娠しないように気をつけていたけど、これからは妊娠するように頑張ろうと二人で決めた。
数カ月後、店の料理の匂いで気持ち悪くなり、妊娠に気がついた。
店主に妊娠したかもしれないこと、匂いで気分が悪くなることを伝えると「出来ることだけしてくれたらいいよ」と言ってくれて、私はじゃがいもの皮むきと皿洗いに戻ることになった。
ハールに妊娠を伝えると、ものすごく喜んでくれて、仕事をやめたほうがいいんじゃないかと心配された。
無理せずぼちぼちすると約束して、仕事も半日だけにしてもらった。
お腹がせり出してきて、はち切れそうになってから、子供が生まれた。
小さなとても元気な男の子だった。
家で子供の面倒を見ながら、ハールと楽しい毎日を送っていると、カールが突然訪ねてきた。
私の顔を見るなり「これだけ好き勝手やったらもう十分だろう?いい加減帰ってこい!!」と怒鳴った。
「何を言っているの?」
奥からハールが子供を抱いて出てきて「お客さん?」と聞いてきた。
「村の家のお隣さん」
「へー・・・いらっしゃい。何か街に用事があったの?」
子供が泣き出して「お乳の時間ね。カールごめん、ちょっと席を外すわ」
呆然としているカールをその場において、私は可愛い息子にお乳を咥えさせた。
ハールとカールが何を話したのか知らないけれど、カールは二十分も家にはおらず、帰っていった。
「ハール、カールは何の用だったの?」
「さあね。ベベの幸せを見て満足したんじゃないか?」
「そう?」
私はハールと口づけして、窓の外を眺めた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
カールはベベに会って驚いた。
あまりにきれいになっていたことも、もう子供が生まれていることにも驚いた。
それに俺のことをただの村のお隣さんだと言った。
俺が居ない間に騎士に連れさられたと知って、ベベの未来は暗いものだと村の皆が思っていた。
騎士に弄ぶだけ弄ばれて、それで捨てられると思っていた。
だから、俺がベベを助けるのだと息巻いて街までやって来たというのに、騎士は子供をあやしていて、ベベは騎士に対等に接していた。
子供の頃、ベベは俺の半身だった。
何も言わなくても互いのことは解り合えていたし、互いのことを思い合っていた。
年頃になった時、ベベに迂闊に手を出すことは出来なくて、ラーニャへ手を出した。
ベベに見つかっていないはずなのに、その頃くらいからベベの俺への態度が変わっていった。
俺の半身は半身でなく、ベベという一人の人間になってしまった。
手の届く距離に居たはずのベベに、手が届かなくなり、ベベは俺に手を伸ばすことも、顧みることもしなくなった。
ベベが日に日に綺麗になって、胸の膨らみや、スカートの裾から見える素足が眩しくて直視できなくなっていった。
村の同世代が集まると、ベベの服を脱がす話になったりするので、不愉快で仕方なかった。
ベベが初めて男から花束をもらって、それを受け入れたのだと気がついて、つい腹が立って「尻軽」と言ってしまった。
俺がラーニャにしていることは、もっと尻軽だった。
自分のことを棚に上げてベベを責めたことに、反省をせざるを得なかった。おじさんにもげんこつで殴られたし。
日に日にベベは綺麗になる。
ベベが俺に見向きもしなくなる。
でも、心は繋がっているはずだ。俺達は生まれたときからずっと一緒に居たんだから。
そろそろ婚約の話も出てくるはずだ。
ベベも俺を選んでくれると思っていた。
ラーニャとはちょっと揉めたけど、別れることが出来た。
ベベに花束をいつ渡そうかと思っていると、獣退治に騎士がやって来て、それに夢中になっている間に、騎士にベベの心を奪われてしまった。
どうせ直ぐにいなくなる相手だと高をくくっていたのに。
騎士は本当にベベを迎えに来てしまった。
俺の手の届かないところに行ってしまって、肩を落としていたら、ラーニャが「ベベはきっと街で幸せにはなれないわよ。迎えに行ってくれば」と言ってくれた。
俺はベベのために意気揚々と街へと向かった。