15 幼馴染みの無神経さに腹が立っただけ。
私はアルクに恋人だと紹介されたシューナとアルクを見て目を見開いた。
「恋人なの?」
「そうなんだ。シューナのことをいいなって思っててさー、思い切って告白したらシューナも俺のことを好きだって言ってくれたんだ。だからアイリに紹介しておきたかったんだ」
ヘラヘラしているアルクが見ていられない程に気持ち悪い。
「そう・・・」
「アイリ、シューナと仲良くしてやってくれな。もうシューナの両親には挨拶してきたんだ」
「挨拶まで・・・」
「シューナもアイリとは仲良くしてくれよ!俺の大事な幼馴染みだからな!!」
なんだか真面目に相手にすることが馬鹿らしくなった。
私は家に帰ると両親にアルクに恋人を紹介されたことと相手の女性の家にはもう挨拶をしていることを伝えた。
「お父さん。私、今まで我慢していた王都へ行ってもいいでしょう?」
「ああ。仕方ない・・・。寂しくなるが、行ってきなさい」
「ありがとう」
一週間で王都へ旅立つ準備を整えて、私はお世話になった人にだけ挨拶して、生まれ育った小さな村から旅立った。
王都までは歩いていくと三ヶ月以上掛かる。
歩いて、たまに馬車に乗せてもらったりして二ヶ月半掛けて王都に着いた。
王都に入るための長蛇の列に並び、姉の住所が書かれた手紙を確認する。
自分の番がやってきて、姉の手紙を見せながら王都に住む許可が欲しいと申し出た。
別室へと連れて行かれ、姉が呼び出される。
一時間ほど待っただろうか?
三年ぶりに会う姉が「よくお父さんが許してくれたわね?」と抱きついてきた。
私もしっかりと姉を抱き返す。
それから姉が身元保証人になってくれて、私は王都に住むための保証金を支払って王都に住む許可が出た。
村では考えられない人、人、人。
キョロキョロとしていると姉に「イイカモだと思われるわよ」と笑われて視線だけを忙しく動かす。
姉がクスクス笑いながら姉の部屋へと連れて行ってもらった。
日が暮れると姉の旦那様であるゼインが帰ってきて、初対面の挨拶をする。
姉は王都に行きたいと十六歳になって直ぐに言い出して、父と大喧嘩をして家を出ていった。
それっきり村には一度も帰ってきていない。
そしてこの王都で旦那様となるゼインに出会い、恋に落ちて結婚した。
姉の一通目の手紙は結婚の報告だった。
母と私で『おめでとう』と返事を出すとそれからは半年に一度は欠かさず手紙を送ってきてくれていた。
私が王都で生活をしたいなら受け入れることが出来るとも書いていてくれた。
私は姉に誘われて初めて王都に行きたいと思った。
それから村で些細な手伝いや針仕事なんかをしながら王都へ行くための旅費を貯めた。
必要だと思う旅費が貯まる前に、私を手放したくなかった父がアルクと私を婚約させた。
アルクの両親も私とアルクの婚約は大賛成で私達が十八歳になったら結婚することが決められた。
ただの口約束ではなく、既に教会に届けも出されている正式なもので、婚約を解消するには両親四人のサイン、アルク、私の六人のサインが揃わないと婚約解消はできないものだった。
ただし一つだけ抜け道がある。
村の教会では手続きが取れないけれど、王都の教会では私一人のサインだけで婚約解消が出来る。
これにもただしという条件がつく。
アルクの誕生日のほうが後だったので、アルクが十八歳になったら結婚をすると届けが出された。
だからアルクの誕生日から一年が経っても婚姻の届け出が出されなかった場合だけ、王都の教会に申し立てればアルクか私のどちらかのサインさえあれば婚約解消が出来るというものだった。
結婚自体は十六歳になればいつでも出来る。
けれど、十八歳より前の結婚は流産の危険が多いため、なんとなく結婚は十八歳からと思われている。
アルクは簡単にはシューナと結婚はできない。
アルクが十九歳になっていて王都まで来て教会に届けるか、それまでに結婚したいなら私を探し出して婚約破棄の書類に六人のサインを貰うかしなければならない。
そう、アルクはどちらに転んでも王都まで足を運ぶか、手紙で私を説得できない限りは婚約解消はできないのだ。
そして残念なことにアルクは私の居場所は知らない。
けれど私は王都に住んでいるので、アルクが十九歳になってさえいればいつでも婚約解消が出来るのだった。
別にアルクに恋したり愛したりなんてことはなかったので、婚約解消は直ぐにしても構わなかったのだけれど、婚約に縛られて村を出られなかった私の恨みと、婚約者に堂々と恋人を紹介する無神経さに思い知るがいいと思ってしまっただけだった。
私がそれを後悔する日はたった半年で訪れてしまった。
私は姉が住んでいるところからスープの冷めない距離で、給料は比較的よく安定した仕事があり、住み込みで働ける仕事を見つけることができた。
針子職人の仕事だった。
私が縫った物を見せると即戦力だと言ってもらえて、翌日から働きに来てくれと言われた。
あてがわれた部屋は村の私の部屋と同じくらいの広さがあり、家具は備え付けられていた。
中古のお店でシーツなどの布類を安く購入することが出来て洗濯をしてその日は終わってしまう。
翌朝から仕事へと向かわなければならない。
村で色んな仕事はしていたけれど勤めるのは初めてで、少し緊張していた。
同じ針子さん達に紹介され、私に直接指示を出す人にも紹介された。
どの人もさすが王都住まい。
着ているものの質なんかは私と変わらないのに、どの人もおしゃれで美人さんばかりだった。
早速渡された小物をチクチクと縫っていく。
目が不揃いにならないように気をつけて。
小物から始まって、少しずつ大きなものを任されるようになるらしい。
私は一日で小物十個仕上げると、検品された。
どれも綺麗な仕上がりだと褒めていただけて、明日は少し大きなものを縫ってもらうと言われた。
姉の家に行って洗濯物を取り入れて、与えられた部屋へと持ち込む。
まだまだ足りない物はあるけれど、王都での自分の部屋を満喫した。
食事の用意ができたと教えてもらって食べに行く。
ここでも名前を名乗り「これからよろしくお願いします」と挨拶をする。
空いている席に腰を下ろして食事を始めた。
どこから来たのかとか、何歳?などの質問に丁寧に答えていく。
私の話から他のことへと話が移っていき、王都の色々なことを教えて貰う。
休みの日に遊びに行く約束までして、食事は終わった。
毎日の変化はあまりない。
縫うものが少し変わる程度のことだけだ。
合わせる顔も毎日同じ。
たまにお得意様からの差し入れがある時は珍しいものが食べられる。
三ヶ月もすると、王都でも村でも代わり映えしないなと思うようになった。
見える景色はとても狭いけれど。
私もちょっとは垢抜けたかな?
そう思うとクスリと笑えた。
王都の行ってはいけない場所を覚えた頃、糸と生地を納品に来た人と出会った。
心臓がトクリと鳴る。
ドキドキと心臓が早鐘を打つ。
目が離せなせない。
相手も同じように思っていてくれることが解った。
商品を取りに行って戻ってきたら小さなメモを渡された。
『次の休みの日、十時。中央広場。カッツア』
と書かれていた。
私は小さく頷く。
ニッコリと微笑まれて私は真っ赤になった。
姉の服を借りて十時より早く着くように寮を出る。そこにはカッツアが既に待っていてくれた。
私を見つけると嬉しそうに笑った。
『都会の人に騙されては駄目よ』
そう言った姉の言葉を思い出すけれど、カッツアの魅力の前では頭の隅にも残っていなかった。
「私はアイリと言います。もうすぐ十八歳です」
「俺はカッツア。十九歳だ」
少し距離を開けて広場のベンチに腰を下ろす。
屋台で買ったジュースを手渡されて礼を言って一口飲む。
初めはポツンポツンとしか弾まなかった会話が昼ご飯の時間の頃には喋り疲れるほどになった。
昼ご飯を食べに行こうと誘われ並んで歩く。
昼ご飯を食べながらも話は途切れない。
互いの仕事の話、出身地の話、今興味があるもの、色々話した。
日が暮れ始めて私が住む寮まで送ってくれる。
「次の休みにも会えるかな?」
「喜んで」
日が経つ毎に関係は深まっていく。
姉夫婦に紹介して、カッツアの弟妹にも紹介された。
互いの両親にはちょっと距離がありすぎて会えそうにない。
「真剣に二人の未来を考えている」
そんな風に言われて舞い上がった。
そして姉にアルクとの婚約のことを言われて私はまだ婚約していたことを思い出した。
両親からの手紙ではアルクは私と婚約していたことを思い出したらしい。
慌てて婚約解消のサインをもらおうと私を訪ねてきたけれど、私はもういなくてアルクは頭を抱えたらしい。
教会に相談に行って、私との婚約解消方法は王都に行くしかなくて、王都を往復するだけの旅費が用意できなくて困っているらしい。
まぁ、アルクのことはどうでもいい。
カッツアに話さなければならない。
どんな反応をされるか少しだけ怖い。
カッツアに「聞いてほしいことがあるの」と真面目な顔をして伝えるとカッツアも緊張した。
「何かな?」
「実は・・・」
カッツアは話を聞き終わると一つ息を吐いた。
「そのアルクっていう人のことは好きでもなんでもないんだよね?」
「うん。ただの幼馴染み。ちょっと無神経さに腹が立っちゃっただけで・・・、私が誰かに恋に落ちる可能性なんか考えたこともなかったから・・・」
「そっか。解った。じゃぁ、アルクっていう人の誕生日から四十五日後、結婚しよう」
「・・・なんで四十五日後?」
「一ヶ月後じゃアルクって言う人の誕生日から一ヶ月後だったっていつまでも思っちゃうからね」
「そっか・・・そうだね」
「それまでしっかりお金を貯めよう」
「うん!!」
アルクは十九歳の誕生日が来ても会いに来なかった。
だからアルクの誕生日に私はカッツアと二人で婚約解消の手続きに行った。
そして四十五日後にカッツアと二人で婚姻の届け出を出した。