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13 身分違い

「ねぇ。あなた名前は何ていうの?」


 下働きに来た屋敷のお嬢様にそう声を掛けられて、俺は答えていいのか解らなくてオロオロとした。

 俺達がお目にかかることもないような綺麗なドレスを着て、肌は透き通るように白い。


 お嬢様の背後から声がかかり俺はホッとした。

「お嬢様が声を掛けていいような相手ではありません」

 背後から来たメイドがお嬢様をたしなめているが、お嬢様は俺にまた「名前は何と言うの?」と聞いてきたので仕方なく「ヴィックです」と答えた。


「そう、ではヴィックは何歳?」

「八歳です」

「まぁ!私と同じ年なのね。それでもう働いているの?」

「はい」


「これをヴィックにあげるわ」

 差し出されたものを見て、背後に立つメイドに目をやると一つ頷いたので「ありがとうございます」とお礼を言って受け取った。


 それは俺では食べることが出来ないビスケットだった。

 俺は家に持ち帰って家族と一緒に少しずつ分けて食べた。

 それはとても甘くて美味しいものだった。



 それからもお嬢様は庭に出てきては俺を探してはお菓子のおすそ分けをしてくれた。

 執事のグレイさんが俺にお嬢様に失礼がない程度にと、気づいた時に言葉遣いや立ち居振る舞いを教えてくれるようになった。


 それからも週に二〜三度お嬢様は俺を探してはお菓子をくれて、色々と話しかけられた。

 お嬢様はビアンカ様というお名前で、大好きなお兄様と六歳年が離れていて、お兄様が学園という場所に行っていて寂しいのだと俺に話した。


 俺はグレイさんにお嬢様のお相手をしてもいいが、決して自分の立場を忘れてはいけないと教えられた。

 初めは緊張してお嬢様に会った後は崩れ落ちる程疲れたが、それが何度も続くと緊張しなくなり、お嬢様に慣れていった。



 十六歳になって直ぐ、お嬢様の婚約が決まった。

 相手は侯爵家でお嬢様よりもまだ身分が高い人だそうだ。

 ガールバルト様という方でお嬢様より一つ年上だった。


 当たり前だが、貴族の令息然とした偉そうな態度を取る男だった。

 大人のいるところと、いないところでは態度が変わる男でお嬢様はガールバルト様が好きではないと言っていた。


 庭師の仕事を手伝っている時にお嬢様とガールバルト様が温室の花を見ていたとき、いきなりガールバルト様がお嬢様を突き飛ばしたのが見えた。

 俺は走って「お嬢様大丈夫ですか?」と声を掛けた。


 お嬢様は手に擦り傷を作っていて「大変だ。グレイさんを呼んでくる」と俺がいうとガールバルト様が「ちょっと転んだだけでそんなに慌てる必要はない!!」と俺に向かって怒鳴りつけた。


「申し訳ありません。ですが、お嬢様が怪我をしていることはとても大きな問題です。治療していただかないといけません。執事のグレイさんを呼んでまいります」

「必要ないと言っているだろう!!」


 そう言って俺を蹴りつけた。

「ヴィック!!」

 お嬢様が悲鳴のような声を上げてその後叫び声を上げた。

「きゃぁぁぁぁぁぁーーーーーっ!!」

「なっ?!静かにしろ!!」

 お嬢様に手をあげようとしたので慌てて俺は間に入った。

 俺は頬をたたかれたが、お嬢様を守れたことで痛みなど感じなかった。


 お嬢様の叫び声に近くにいたメイドやグレイさんが出てきたので、俺はお嬢様のとの間に倒れ伏して「申し訳ありません」と何度も謝った。

 グレイさんが近くに来た時に「いくらでも私を蹴ってくださってかまいません。ですがお嬢様に暴力を振るうのは止めてください!!」と大きな声でガールバルト様に伝えた。


 それだけでグレイさんにはお嬢様が暴力を受けていることが伝わるだろうと俺は思った。

 メイドに助け起こされたお嬢様が「お願いですからわたくしの大事な使用人を傷つけないでください」とガールバルト様に伝え、グレイさんに怪我をした手を見せていた。


 それからどうなったのか知らされたのは三日後だった。


「ヴィック!!怪我は大丈夫?!」

 俺の頬にお嬢様が触れる。

「な、なんともありません。お嬢様こそ大丈夫でしたか?」

「大丈夫よ。あの時はありがとう!!おかげで婚約解消できたわ!!」

「良かったですね。ですが婚約解消というのはお嬢様にも傷がつくのではないのですか?」


「そうね。無傷というわけにはいかないけれど、悪いのはガールバルト様だもの。平気よ」

 とても嬉しそうにお嬢様は話される。少し心配顔になって俺のお腹を見た。

「ヴィックは蹴られたお腹は本当に大丈夫だった?」

「あれくらいは平気です」

「わたくしの為にごめんなさいね」

「お嬢様のためだからいいですよ」

「ありがとうヴィック」


 俺はお嬢様を守ったということで治療費という名目で給金が倍額になっていた。

 グレイさんにも旦那様にも褒めていただいたし、それだけでもありえないほどの幸運だった。


 

 俺が庭師見習いと認められるようになった頃にお嬢様は新しい婚約者が決まった。

 ジョセイン侯爵の嫡男でアウレイヤ様と仰る方で、とても穏やかで、お嬢様にも優しく接してくださっていた。

 それでもお嬢様の顔は浮かない顔に俺には見えた。



 お嬢様の結婚式が近づいて屋敷の中はどこか浮かれて慌ただしかった。

 お嬢様一人がその浮かれた雰囲気から取り残されている。


 久しぶりに花壇に現れたお嬢様が心配で声を掛けた。

「どうかされたのですか?」

「ヴィック・・・私、ずっとこの家にいたいわ」

「不安なのですか?」

「あちらのお屋敷に行ったらわたくしを守ってくれるヴィックが居ないのだもの・・・」


「お嬢様・・・」

「わたくしはヴィックが大好きだわ。だからずっと一緒にいたいの」

「ありがとうございます。私も優しいお嬢様のことが大好きです。これからは旦那様がお嬢様を守ってくださいます。幸せになってください」


「ヴィック・・・」

 お嬢様が俺に一歩近づくので俺は一歩後退った。

 お嬢様は少し悲しい顔をして目を伏せた。


「ヴィック、今日を最後に簡単に会えなくなるわ。だからこれは今までの感謝の気持を込めてプレゼントよ」

 手にしていた袋を俺に差し出した。


「私がいただいていいのですか?」

「ええ。ヴィックのために用意したものなの」

「ありがとうございます」

 俺は袋を受け取って「ちょっと待っててください」と言って花壇の奥へ行って一輪のコスモスを切ってお嬢様に差し出した。


「私が種から育てました。今が一番綺麗なときです」

 お嬢様は俺の手からコスモスを受け取って「ありがとう」と「さようなら」と言った。


 俺は仕事の終わりにお嬢様に斬ったコスモスを自分のために一輪カットして押し花にした。

 お嬢様からいただいたのは、お嬢様から初めていただいたビスケットとひまわりの種だった。



 お嬢様の結婚式はそれは美しい花嫁だったと教えてもらった。

 お嬢様が幸せなら俺も幸せだと思った。 

ひまわりの花言葉は『あなただけを見つめてる』だそうです。

もちろんヴィックはそんな花言葉は知りません。

ですが、来年の夏にはヴィックの家の庭に大きな向日葵が咲くと思います。

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