11 遠回りした幼馴染
一つ歳下の隣の家の男の子カーシュのことが好きで仕方なかったのだけれど、カーシュは隣村の女の子のことが好きになってしまって十七歳になった年、隣村の女の子と結婚してしまった。
カーシュの結婚式の日「おめでとう!!」と言いながら、心の中では祝えなかった。
結婚式の後、私は子供の頃にカーシュと一緒に遊んだ森の川べりに行って一人で泣いた。
両親は私がカーシュを好きだったことを知っていたので今までは何も言わなかったけれど、私はもう十八歳で行き遅れと言われる年齢に足を踏み入れていた。
両親が三つ先の村から、我が家に婿入してくれる私より一つ歳下のユージュンを連れてきて「結婚しなさい」と言われて婚約期間たった一ヶ月で結婚することになった。
カーシュ夫婦のすぐ隣に私達の家が準備され、私はユージュンの妻になることになった。
結婚式にはカーシュ夫妻も来てくれて無邪気に私の結婚を喜んでくれていた。
結婚式の夜ユージュンに抱かれて私は涙が溢れた。
ユージュンはわたしのことを心配してあたふたしているのが可愛らしかったので、抱きついて「幸せだから涙が溢れて・・・」と伝えた。
するとユージュンははにかんだ笑顔を浮かべて私を抱きしめて「幸せになろうな」と言って頭や背を撫でてくれて、私はユージュンが好きと自分に言い聞かせた。
所帯を持ったと言っても、昼間することは何も変わらない。
畑に出て額に汗をかいて、時間が来たら昼食の準備を両親の家でして、食事をして、また畑に出て夕方になったらまた両親の家で夕食の準備をして、食べ終わったら自分たちの家へ帰る。
それが日常だった。
カーシュ夫妻も私達と同様で、夕食の帰りに時折出くわしたり、畑も隣同士なのでしょっちゅう顔を会わすことになる。
ユージュンとカーシュは直ぐに仲良くなり、時折どちらかの家で二人でお酒を飲んでいたりした。
初めの頃は気にならなかったのだけれど、半年も経った頃私が居る家で飲むより、カーシュの妻が待つ家で飲むことのほうが多い気がした。
気になり始めると回数を数え始め、我が家で一回飲むことがあったら、十回はカーシュの家で飲んでいた。
ユージュンにどういうつもりでカーシュの家へ行っているのか尋ねると「ただ酒にありついているだけだよ」と言ったので、なんとなく納得して時折酒のつまみを持たせて行かせるようにした。
よく考えると私は一人の時間が長いことに感じて、好きなことができると、喜んでいた。
酒を飲んでいるせいか、カーシュの家に行った日はユージュンがしつこく私を求めるので、それに応えていたある日カーシュの妻の名前をユージュンが寝言で呼んでいるのを聞いてしまった。
ユージュンまでもがカーシュの妻を選ぶのかと情けなくなり、次の日私は畑の仕事をサボって森の川べりに行くことにした。
川べりで足を水に浸けて泣いていると、ガサリと音が鳴って人の気配がしたので振り返ると、カーシュが立っていた。
「どうしたんだ?」
「なんでもないわ」
「なんでもなくて泣いたりしないだろう?」
私は逡巡したけれど、伝えることにした。
「・・・ユージュンをカーシュの家に呼ぶのは止めたほうがいいかもしれないわ」
「どういう意味だ?」
「寝言でカーシュの奥さんの名前を呼んでいたの。奥さん可愛らしいから、気をつけてね」
カーシュは真っ赤な顔をして怒りを顕にしていたけれど「落ち着いて、寝言で名前を呼んだだけなんだから、誰に何かを言えるような話じゃないわ」
「それはそうだけど!!」
「もうここから立ち去って、誰かに噂されても面白くないし」
そう伝えるとカーシュは踵を返して帰っていった。
その日からユージュンがカーシュの家に呼ばれることはなくなり、私たち夫婦は一緒に居る時間が長くなると次第に仲が悪くなっていった。
ユージュンが私を求めることはなくなってしまったし、寝言でカーシュの妻の名前を呼ぶことが増えた。
母親にそのことを伝えると「一時の気の迷いならいいんだけどねぇー」とため息を吐いた。
いつの頃からか、私たち夫婦は口を利かなくなり、カーシュの家では怒鳴り声がしょっちゅう聞こえるようになっていた。
どちらの夫婦にも子供ができず、ある日突然私は夫がカーシュは妻が荷物を纏めて姿を消した。
二〜三日で戻るかと思っていたけれど、一ヶ月経っても帰ってこなかった。
双方とも離婚届にサインをして出ていったので私は離婚届を早々に提出した。
その話をカーシュにすると、カーシュも離婚届を出して「あぶれ者同士一緒になるか?」と聞いてきた。
「カーシュはそれで幸せになれるの?」と聞くと「不幸にはならない」と私に言って口づけてきた。
私はカーシュの口づけを受け入れ、カーシュが私を抱こうとしたので「それは結婚してからでないとできない」と伝えると、互いの両親に話を通して結婚することにあっさりと決まってしまった。
一ヶ月後、私の家の方にカーシュが住む形で結婚生活が始まった。
たった一ヶ月で子供ができて、両方の両親が大喜びしていた。
「畑が二世帯分あるから、二人以上子供を産むのよ」
と産む前から望まれて私は少し照れくさかった。
産み月になり、大きなお腹を抱えていると、ユージュンとカーシュの妻は悪びれもなく帰ってきた。
言った言葉が「悪い夢は覚めた」だった。
馬鹿にされているのかと思った。
カーシュはもう結婚していることと、出ていった人間を受け入れる気はないことを二人に伝えて追い出した。
私はカーシュに元妻のことを吹っ切れているのか聞きたかったけれど、聞くのが怖くて聞けなかった。
カーシュは「ユージュンを俺の勝手で追い出したけど、良かったか?」と聞いてきた。
「うん。元々好きで結婚したわけでもなかったし、ユージュンには何の気持ちも持っていないの」
カーシュは椅子にへたりこんで「よかった」と言った。
今なら聞いてもいかも知れないと思って「カーシュこそ前の奥様のことを追い出してよかったの?愛していたんでしょう?」
「結婚した当初はもちろん愛していたけど、段々と違うって感じていたんだ。たしかに小さくて可愛らしくて守ってあげたくなるような女だったけど、ただそれだけだった。俺は今が一番幸せだと思ってる」
「カーシュ・・・私も今が一番幸せだわ」
二人で見つめ合って「なんだか俺たち回り道したみたいだよな」と言われて本当にそうだと思った。
「カーシュ、これからも幸せになろうね」
「ああ」
ユージュンとカーシュの元妻は暫く私達の家の周りをうろついていたけれど、私達の親に追い払われていた。
ユージュン達が顔を見せた十日後私は産気づき、女の子を産んだ。
カーシュによく似たとても可愛い赤ん坊だった。