男に愛情はなくても女は嫉妬し、二人の邪魔をする。
リンダ・マルチス十五歳に、ユージン・オウルカ、十五歳と婚約しないかと打診があった。
初めての顔合わせで、嫌なものは感じず、二度目の顔合わせでも、友人たちの話を楽しそうにしているユージンにリンダは好意を持った。
ユージンは婚約者候補だと言って、会わされたリンダを可愛いと思った。
二度目に会った時は、俺の話を楽しそうに聞いてくれて、笑顔で頷く姿に好意を持った。
二人が両親に、ユージンが、リンダが、婚約者でいいと言ったことで、婚約することに決まった。
婚約のための書類に手が震えたのは、互いに秘密だが、ふたりとも緊張していたため、相手のことにまで意識は向いていなかった。
婚約のための書類を両家で届け出て、二人は婚約者となった。
その日は互いに恥ずかしくて、照れていて、話は思うように進まなかったが、二人はそれでも十分満足していた。
ユージンは婚約者になったリンダになにか特別なことをしたくて、色々考えて、少ない小遣いから露店で売っていた、リンダに似合いそうだと思ったブレスレットを一つ買った。
リンダは喜んでくれるだろうか?とドキドキしながら、次に会える日を楽しみにしていた。
リンダはユージンのことを王子様のように妄想を膨らませていた。
友達に「夢を膨らませすぎては駄目だ。クラスの男子と何も変わらないのだから」と言われて、納得してしまい、夢を見るのはさっぱりと諦めた。
クラスの男子たちの馬鹿さ加減を身をもって知っていたからだった。
初めて二人だけで会う(勿論、侍女や近習はついている)日、リンダにはもう夢を見る乙女心はなくなっていた。
けれど、ユージンは婚約の記念にと言って、可愛らしいブレスレットをプレゼントしてくれた。
「今はまだ、露店のものしか買えないけど、大人になったら、もっと素敵なものをプレゼントする」
そんな約束をしてくれて、リンダは夢見る乙女の気持ちが沸き上がってきた。
ユージンはもしかしたらクラスの男子たちとは違うのだと思い始めていた。
「とっても嬉しい。大事にしますね」
そう言ったリンダの飛び切りの笑顔が可愛くてユージンはくらくらした。
手をつなぎたいと思ったけど、いくらなんでも早すぎると自分に言い聞かせ、お茶を一口飲んで、自分を落ち着かせた。
「ブレスレットを着けて欲しい」とリンダに望まれ、ユージンはほんの少し触れるリンダの肌の温もりを一生忘れない。と心の中で叫んでいた。
二人見つめ合い頬を赤く染めている姿は、周りにいる人達を微笑ませた。
そこには貴族らしさはなく、年頃の男の子と女の子がいただけだった。
ユージンは何か話題をと考えて、幼馴染の話をした。
カウル、ヨンラ、ブーテン、ミミリー、リリーの話を。二人は女の子だったけど、あまりにも小さい時からいたので、女の子として意識したことはなかった。
どちらかと言うと粗暴で、容赦なく殴ってくる野蛮な幼馴染だと説明した。
二度目、・・・八度目に会ったときにも幼なじみたちの話をしていた。
リンダの顔が少し引きつっているような気がしたが、その理由が分からなくユージンは内心慌てていたが、幼なじみたちと遊んだ話をするしか、話題を見つけられなかった。
この頃からリンダは貴族らしい微笑みを顔に張り付かせるようになっていった。
リンダは、ユージンの話にうんざりしていた。
毎回、話の内容は幼馴染のことばかりで、それも女の子二人の話が多くて、もう、聞きたくないと思っていた。
ただ、相手の話に合わせなくてはと必死に笑顔でユージンの話に頷いていた。
ポロッと「いつかお会いしたいわ」と意味はなく伝えると、ユージンは「なら、今度は皆を連れてくるよ」と言い出した。
一度くらいは会っておくべきだと思い、了承すると、次に会う約束はいとも簡単に決まってしまった。
ユージンが幼馴染を連れて来た日、初対面の挨拶をして愛想で「仲良くしてください」と伝えた。
男の子たちはリンダを見て頬を赤くしていて、それを見た女の子たちは面白くない顔をしていた。
リンダは女の子たちの感情は手に取るようにわかったので、男の子たちより、女性の方に意識を向け、仲良くしようと頑張った。
けれど、一度抱いた不快感は払拭できなかったようで、女の子たちの態度ははっきり言って悪いと言えるものだった。
ユージンは男どもがリンダに見惚れているのに腹が立って、蹴り飛ばしていたが、女の子たちには意識は向いていなかった。
女の子たちはやたらと、前はこんなっだった、とか、あの日は楽しかったよねなど、楽しかった過去の話を色々リンダに話してくれていた。
リンダは、貴族らしいほほ笑みを浮かべて「そう、そんな事が?楽しかったのですね?」と楽しそうにしていたのでユージンは胸をなでおろしながら、男どもも会話に参加させ、幼少の頃からの話を、身振り手振りを付けてリンダに話して聞かせた。
別れ際、ユージンの幼なじみたちに「また会いましょう」とリンダは言ってはみたものの、二度と会いたくはないと思っていた。
リンダのその言葉を真に受けたユージンはじゃぁ、次も皆で会おうと言い出し、次もまた全員出会うことに決まってしまった。
リンダは別れてから、大きなため息を吐いて次に会う日のことをすでに憂鬱に思っていた。
ユージンはリンダが自分の幼馴染と仲良くしてくれることに満足していた。
女どもがリンダにわからない話ばかりをするのには苦言を呈し、もう二度としないで欲しいと頼むと、心良く了承してくれた。
六人で帰っていると、女の子たちからリンダの悪口が溢れ出てきた。
男に色目を使う女。だとか、男と女の前では人格が変わるタイプの女だとか言い出した。
ユージンはリンダが「何かしたか?」と聞くと「何もしていないわ、ただそう思っただけよ」とけんもほろろな態度だった。
男共にリンダがなにかしたか?と聞いても、可愛かったとか、ミミリーやリリーとは大違いだと褒める言葉ばかりが出てきた。
ユージンはリンダはもしかしたら女子から嫌われるタイプの女の子なのかも知れないとこの時、初めて思った。
それからもユージンと会う度に幼なじみたちとも一緒に会うことになった。
二人で会うことは皆無と言っていい。
話題はリンダがわからない、過去の楽しい話や、いたずらをして先生に怒られた話だった。
リンダは必死で笑顔を取り繕い、貴族らしく対応した。
ユージンと会うのが億劫になり、会っても疎外感を感じるばかりの会話に嫌気が差していた。
五回に一度断るようになり、それが三度に一度になり、ついには二度に一度断るようになった。
ユージンはリンダに避け始められていることに気がついていたけれど、その理由はさっぱり解らなかった。
カウルと話していて、最近決まったカウルの婚約者が「毎回、幼馴染を連れてのデートだったら、私も断るわ」と言い「リンダはいつも楽しそうにしていた」と言うと「貴族らしく対応しただけでしょう」と言われ、そう言えば、婚約者と二人だけで会ったのがいつだったか思い出せないことに気がついた。
ユージンはリンダに手紙を送り「今度の星祭りに二人で行かないか?」と誘うと「幼馴染の方々と行くほうが楽しいでしょうから、私は遠慮させていただきます」と返事が来た。
カウルの婚約者に「そらみたことか」と言われユージーンは「二人だけで会いたい」と手紙を送り返した。
あまり気が進まないようだったが、二人ならばとデートを取り付けられて、ホッとして、幼なじみたちに話した。
「星祭りは二人きりで会いたいから」と言うと「私達が邪魔だというの?!」と女の子たちが憤り「何がそんなに気に入らないんだ?」と聞くと「リンダ本人が嫌いだ」と言った。
ユージンはその言葉にショックを受け、リンダが女の子に嫌われるのは間違いないんだと思い込んだ。
リンダは二人だけのデートだとほんの少し心をときめかせ、待ち合わせの場所に行くと、ユージンが先に待っていたので「遅れてしまったかしら?おまたせしてごめんなさい」と謝った。
約束の時間までにはまだ十分はあった。
不機嫌なユージンにリンダはどうしていいのか解らなくて「何か気分を悪くさせるようなことをいたしましたか?」と尋ねてもユージンは何も答えず、先へ先へと歩いていった。
リンダは仕方なく後を追いかけ、もうはぐれてしまおうかと考えた。
侍女に「この人混みですから、はぐれた時はその場で解散ということにしましょうとユージンの近習に伝えてくれる?」とお願いして、伝えてもらった。
これではぐれたら帰れると安心したところに背後から、もう何度も聞いたことのある声がした。
ミミリーとリリーの声で、いつもの幼馴染と知らない女の子が一人いた。
不機嫌だったユージンの機嫌が、瞬時に良くなり、幼馴染たちと楽しそうにしている。
リンダはため息をついて、すぐにはぐれることにした。
ユージンは女の子と仲良く出来ないリンダに不満で一杯だった。
可愛いディドレスを着ているのを見ても心が浮き立たない。
不機嫌なままリンダと相対して、不機嫌なまま一人で歩いた。
馴染みのある声が聞こえて、振り向くと、幼馴染たちで、その瞬間不機嫌だった気持ちが吹き飛んで、幼馴染たちと祭りを楽しんだ。
いつの間にかリンダが見当たらなくて、焦った。
リンダを最後に見た記憶が、幼馴染たちと会った時以降、全くなかったのだ。
「リンダは?」と幼馴染たちに聞くと、いつの間にか居なくなっていたと言い、近習が「この人混みなので、はぐれると会うことは難しいので、そこで解散にすると伺っております」
カウルと婚約者を見ると、婚約したのは最近なのに、二人は手を繋いで、微笑み合っていた。
ユージンはリンダを探すことを諦め、幼馴染たちと楽しむことにした。
正直、リンダとはぐれたことをホッとしていた。
翌日、カウルから「リンダとのことは、全てお前が悪いよ」と言われ、反射的に「女の子に嫌われるリンダが悪いんだ」と答えると「ミミリーとリリーは僕の婚約者の悪口も陰で言っているよ」と言った。
「ミミリーとリリーは俺達にお姫様のように扱われないと気がすまないんだよ。リンダは可愛いから、俺達みんなリンダに見とれてしまうからね。それが気に入らなくて、リンダを嫌うんだよ」
「そんな・・・」
「ユージンはどうしたらリンダと仲直りできるか考えたほうがいいんじゃないか?」
ユージンはリンダの通う学校の校門でリンダを待っていた。
リンダは女友達に囲まれ、時折男子にも声を掛けられ、楽しそうに笑っている。
ユージンが知っている貴族らしい笑顔ではなく、心から楽しんでいる笑顔だと思った。
ユージンは愕然として、楽しそうなリンダを暫く眺めて、会わずに帰った。
リンダはユージンとの関係をやり直すことは出来ないと考えていた。
婚約解消や破棄は簡単なことではないが、父に相談することにした。
ユージンは幼馴染の誰かが好きなようで、私といると不機嫌なのだと。毎回幼馴染全員と一緒の行動は、リンダにとって楽しいものではないことなので、ユージンを自由にしてあげるためにも、婚約解消をしたいと父に伝えた。
父は婚約解消をするとは言わなかったが、先方と話し合ってみる。と言ってくれた。
大人たちの間でどんな話し合いがあったのか解らないけれど、婚約解消には至らず「デートをしなさい」と忠告された。
ユージンからデートの誘いはあるけれど、行く気にはならない。
都合が悪いので、用事があるので、などともう六度連続してお断りしている。
すると、父から強制的にデートの日が決められ、侍女に無理やり用意させられて、ユージンと会うことになってしまった。
久しぶりに見るリンダはやっぱり可愛くて、親を通してでも会えたことに感謝していた。
「リンダ、星祭り以来だね」
「そうですね」
貴族らしい笑顔でリンダは答える。
元気だったかと聞いても、簡単明瞭な回答を答えるような返事があり、会話が続かない。
リンダから「少しお話があるのですが・・・」と切り出され、私は一も二もなくその話に飛びついた。
「わたくし、婚約解消をお父様に申し立てたのですが、何故か、聞き入れてもらえなくて、その理由をユージン様は知っておられますか?」
というものだった。
「婚約解消・・・?」
「ええ。ユージン様はミミリー様かリリー様とおられるときが一番楽しそうなので、わたくし身を引きたいのですが、今回、強制的に会わされることになってしまって戸惑っております」
「ちょっと待って、私はミミリーやリリーのことを好きだと思ったことはない!」
「あら、そうでしたの?なら、わたくしのことが嫌いだったのですね?至らなくて申し訳ありません。ユージン様からも婚約解消をしたいとおじ様にお伝えしてくださいませ」
「嫌だよっ!私はリンダのことが好きなんだ」
「わたくしも憎からず思っておりましたが、わたくしを大事にしてくださる方と結婚したいと思っております。ユージン様とはそれは望めないとはっきり解りましたので、婚約解消をしたいと思っております」
「私はリンダのことを大事に思っているよ!!」
「それは幼馴染の次、以下ですよね?」
「そんなことはない!!」
「話し合っても無駄なのでしょうね。ユージン様はわたくしを大事に思ってくださっているとのことですが、わたくしは大事にされたと思ったのはブレスレットをいただいたあの時だけでした。星祭りの時、私がいないことに、いつ気が付かれましたか?私がいなくて星祭りは楽しいものだったでしょう?私とお会いした時はそれはもう、嫌そうでしたもの」
「それはっ!!」
「ユージン様がどう思ってくれていても、すれ違った思いはもう、重なることはありません。私が伝えたいことは以上です」
「やり直せないのか?」
「やり直す何か、すらなかったと思います。幼馴染の方達と仲良くなさってください」
暫く待っても、ユージンからなんの返答もなかったので、わたくしは「これで失礼いたします」と言ってその場を辞した。
ユージンは幼馴染とその婚約者達とリンダとの会話を話して聞かせた。
男どもは、俺を労る目で、女どもは「早くに相手の本性が解ってよかったじゃない。さっさと婚約解消すればいいのよ」と言った。
「ミミリーとリリーが婚約した時、うまく行かないようにしてやるから覚えていろ」
「なっ!なんで私達なのよ?!」
「ミミリーもリリーも大事な友だちとして紹介したんだ。大切な婚約者だから、仲良くしてほしくて」
「嫌な女だったじゃない!!私は男にもてるのよって顔をして、ここにいる全員あの女の顔を見てボーッとしちゃって!!」
「もう、お前達とは友達でいられないわ・・・」
「私達より婚約者を取るっていうの?」
「違うよ、友達だと思えなくなったんだ」
「悪いけど僕も」とカウルが言い出した。
「僕の婚約者にも酷いこと言ってたよね。友達の婚約者を悪く言う相手とは友達でいられないよ」
「カウルっ!!」ミミリーとリリーがカウルを責める。
「もう、幼馴染のときのように話しかけないでね。じゃぁ、僕達は行くよ」
カウルと、その婚約者は背を向けて去っていった。
私も立ち上がり「私もカウルと同じ気持ちだ。じゃあな」
ヨンラ、ブーテンも私の後に続き、その場から立ち去った。
リンダの望み通り、婚約解消になった。
どちらにも責はなく、婚約はなかったことに。
「いい子だったろう?」と父に言われたが「わたくしを大事にしてくださらない相手と、幸せになることは出来ませんわ」
「まぁ、そうだろうが・・・新しい相手を探さなくてはならないな」
「あぁ、最後にこれを送り返してくださいませ」
「ブレスレット?」
「ええ、婚約の祝にとくださったものですので、お返ししてくださいませ」
「わかったよ」
「そうそう、新しい婚約者には、幼馴染がいらっしゃる方はご遠慮してくださいませ。もう懲り懲りですわ」