74話 喜び
ぼくは新しくなったオーバースカイでモンスターの討伐へと向かっていた。
メルセデスたちとは同じ家で済むことになったので、こういう時にもすぐに用意する事ができた。
今回は結構遠出をしているんだけど、本音としてはマナナの森で特にメルセデスたちの動きをもう少し慣らしたかった。
まあ、一刻を争う事態らしいのでそうも言っていられないのだけど。
モンスターが異常発生していて、現地の人材で倒すことはまず無理だろうとの話だ。
サーシャさんによると、ぼくたちならば大丈夫らしいけど正直不安だ。
その土地の人なんてどうなっても良いだなんて口には出来ないけど、オーバースカイの仲間に危険が迫るなら見捨てるかもしれない。
無事に解決できるのならそれが1番だけど、見知らぬ人と仲間の安全なら、ぼくは仲間を選ぶ。
まあ、量が問題なだけでそこまで強いモンスターは確認できていないのは幸いかな。
これで人型モンスターがいるとかなら、さすがに断っていた。ちゃんと連携できるか怪しい状況で挑んでいい相手じゃないからね。
アリシアさんたちは別の仕事があるらしい。アリシアさん達がいてくれるなら安心できたんだけどな。
モンスターの出たという草原に向かうと、実際に弱いモンスターばかりだった。それでも、数は百よりずっと多いように見える。千はいないと思うけど。
この地の人間では駄目だというのは手数が足りないからだろうか。
何でもいいか。ぼくたちだけでも倒せる相手に感じるから、余計な足手まといがついて来ないのは助かる。
サーシャさんが気を使ってくれたのか、ぼくたちだけで動くことになっているのだ。
「これくらいなら、あたし達でも問題なく処理できそうね」
カタリナもぼくと同じ意見みたいだ。ある程度モンスターの数を減らしたら、新しい動きを試してもいいかもね。
いや、油断は禁物か。イレギュラーの起きない状況で試す方が良いに決まっている。やめておこうか。
「みんな、予定通りにいこうか」
開けた場所にモンスターが集まるだろうことは事前に得た情報に有ったので、作戦はすでに考えていた。
「あたいとユーリさんの共同作業っすね! 目いっぱい楽しむっすよ!」
ぼくとメルセデスがお互いの契約技で壁を作って敵の行動を制限する。敵の左右にこちらを頂点とした三角形の辺のように壁を用意した。
メルセデスが3割でぼくが残りの7割の壁を用意している。
メルセデスと出会ったときには今の十分の一すら用意できなかっただろう。
それを考えるとメルセデスの成長ぶりがよく分かって、戦闘中にもかかわらず笑ってしまいそうになった。
メルセデスが単なる弱者だなんて、もう誰も言えないはずだ。スライム使いだから弱いなんてこと、メルセデスをみたら絶対に言えないよ。
メルセデスは散々馬鹿にされてきたみたいだけど、その人たちを見返せる位にはなってくれたはず。
メルセデスたちとの出会いのきっかけを作ってくれたあの大会にはとても感謝している。ミーナやヴァネア、オリヴィエ様にノーラとまで出会えたんだから。
ぼくたちが壁を用意したことで敵はぼくたちの正面から来ることしかできなくなった。いくら数が多くても、囲まれないようにできるなら対処は楽なものだ。
前にフィーナに助けられた時には既に囲まれていたからできなかったけど、今回は事前に準備できているのだから前と同じ展開になど絶対にさせない。
「あたしの新しい力を見せてあげる。フィーナもいくわよ!」
「任せてください……ここで敵を減らします」
カタリナは契約技をいくつも周りに置いた矢を放つ。1本の矢を放つだけで、今のカタリナにとっては数十本の矢を放つこととほとんど同じ効果を得る事ができる。
その上、今は射線上に味方がいなくてカタリナは味方への誤射を気にしなくていいので弓を連射できている。
さらにフィーナが衝撃を放ってカタリナとは別方向に攻撃する。フィーナの衝撃はもともと多数の相手に適していたけど、訓練によってさらに範囲を広げていた。
カタリナはノーラと契約したことで別人になったかのように強くなった。
ぼくもアクア水を手に入れたおかげで強くなったけど、本当に契約技というのはすごい力だ。
カタリナがこの力を手に入れてくれたおかげで、強いモンスターと戦うとしてもカタリナを戦力に数えられる。
そのおかげで、カタリナと離れて任務を受けるという事は考えなくて良さそうで、とても嬉しい。
はっきり言ってただの弓では対処できない敵と戦う機会はきっと増えるだろうから、カタリナを無事でいさせるために置いていく可能性はあったからね。
その時はきっと苦渋の決断だっただろうから、カタリナが強くなってくれた事でその未来を回避できたことが喜ばしいのだ。
そしてフィーナもとても頼りになる。もともと強い力を持っていたフィーナがしっかり訓練をしているおかげでさらに強くなったからね。
フィーナが力を使うことに前向きになっている事がよく分かるのも気分が良い。
自分の力を嫌っていたフィーナはもういないのだろうと思える。フィーナにとってもぼくと出会えたことが良いきっかけになっていると感じられるのが嬉しかった。
2人の活躍でモンスターはどんどん倒れていく。それでもある程度のモンスターはこちらに向かってくる。
さすがに数が多いから当然ではあるけれど、その状況にも準備はしている。
「ユーリさんのもとへ辿り着けはしませんよ。わたしがいるんですからっ」
「うちを忘れてもらっては困るぞ。ご主人の前でしっかりと活躍しないとな」
ユーリヤもノーラもとても素早い動きでこちらへと向かってくるモンスターを始末していく。
ユーリヤは手に持った短剣や靴に仕込まれた針、鉄でできた糸などを利用して流れるように敵を倒していく。
敵を倒したときには既に次の敵に対してどう動くか決まっているようで、とても滑らかな動きをしていて見惚れそうなくらいだ。
ノーラはユーリヤとはだいぶ感じが違って、単純なスピードと強い力で敵の頭などを吹き飛ばしていく。
ぼくには出来ないだろう姿勢でも平気で攻撃していて、体の柔らかさとしなやかさを感じる。
それでも武術の動きというよりは野生生物らしい豪快な動きといった雰囲気で、まだ成長の余地があるかもしれない。
ユーリヤを最初に助けた時には強い人だなんて全く思わなかったのに、今ではこんなに戦えるようになっているんだもんな。
ユーリヤもカタリナと同じようにぼくたちの戦いについて来られなくなる可能性があったけど、これなら心配しなくてもいいよね。
前にレニア山でユーリヤが死んだと誤解した時のような思いはもうしたくない。
ぼくがユーリヤやみんなを守るために全力を尽くすのは当然だけど、それでもある程度強い方が守りやすいし、ぼくがみんなを守るために動けない状況もあるかもしれない。
それに何より、ぼくだけが誰かを助けられるなんてことは無い。ユーリヤがカタリナを助けるような場面だってあるはずだ。
そのためにも、みんなが強くなって助け合えるようになる事は歓迎すべきことだよね。
それにノーラもとても強くなった。アクアの時も感じていたことではあるけど、やはり進化するとその前とは別の何かとすら感じる。
それでも、甘えてくる姿や戦っている時の動きなんかからノーラらしさを感じるから進化の寂しさを忘れられた。
ノーラと話せる今の状況はとても楽しいけど、猫として接する時間だってとても楽しかった。
昔を恋しいと感じることもあるけど、ノーラの変わらない部分が昔と今を繋いでくれているような気がするんだ。
ノーラが進化してとても強くなったことでチームとしての戦力は上がったし、カタリナも契約技で強くなることができた。
それを素直に喜んでいられるのも、ノーラはやっぱりノーラだと感じられるおかげなんだ。
「みんなが活躍するのは嬉しいけど~。私たちが暇なのは少し悲しい気もするわ~」
「ユーリたちが無事でいられるのならそれでいい。ユーリ、アクアが皆を守ってあげるね」
メーテルとアクアにはみんなを守る役割についてもらっている。
ぼくも水刃などを放てるだけの余力を残しているけど、2人がいるおかげで安心感は段違いだ。
メーテルは初めて出会ったときの頼りない姿とはまるで違ってしっかりみんなを守れる強さがある。
あんなに弱かったのにここまで強くなったのだから、メルセデスともども相当努力したのだろう。
うっかり攻撃が当たったら危なかったころの面影をまるで感じないほどに堅い防御を持っている。
メルセデスもそうだけど、今ぼくたちと一緒に冒険出来ている事が嬉しい。
アクアと同じスライム種として見ると、アクアと随分と違う所があって、モンスターの生体の不思議さを感じたものだ。人間だったらあり得ない位の違いだと思うよね。
なにせ、人間が体を鍛えてどうにかなる範囲とは全然違う差があったわけで。
剣を平気で受け止められるアクアに対して、殴ったら普通にダメージを受けていたもんね、メーテルは。
アクアはいつもぼくを守ってくれている。キラータイガーとの戦いから始まって、これまでずっと進化したアクアには支えられてきた。
アクアが守ってくれている相手は傷つかないと信じられるくらい、アクアの防御は上手くなっている。
初めてキラータイガーと戦ったときにはぼくも危ない瞬間があったけど、今のアクアならキラータイガーが何体もいても1人くらいなら守ってくれるだろう。
アクアと出会ったきっかけは覚えていないけど、アクアがいてくれたから今のぼくのすべてがある。
アクアとの出会いはぼくにとって何よりも大切な宝物だ。アクアだって間違いなくそう思ってくれている。
だから、アクアの事を思うと力が湧いてくるんだ。
「ユーリさん、ほとんどモンスターは居なくなったっす。後は楽勝っすね!」
「警戒を怠らないようにね。平原とはいえ、ぼくたちが気づいていない敵がいるかもしれないんだから」
メルセデスにはそう言ったけど、それから特に問題が起こることは無くモンスターを討伐できた。
ずっと前のぼくたちなら逃げるしかなかった相手だと思うけど、今なら余裕すら感じる。
ぼくはみんなに支えられているし、きっとぼくがみんなを支えることもできている。
冒険者になってよかった。はっきりとそう感じられたのは初めてかもしれない。




