71話 メルセデスと
ぼくは今日、メルセデスと出かける約束をしていた。
メルセデスが言うには、師弟で親睦を深めるとのことだったけど、その理由だとなぜメーテルがいないのだろう。
まあいい。メルセデスともっと仲良くなって、オーバースカイにメルセデスたちが加入した時にうまくやっていく事を目指そう。
しばらく待ち合わせ場所で待っていると、予定の時間の少し前にメルセデスがやってきた。
「ユーリさん、お待たせして申し訳ないっす。今日ははよろしくお願いします」
「時間には間に合っているから、気にしなくていいよ。ぼくの方こそ、よろしくね」
今日のメルセデスはいつもの冒険の時の格好と違って、随分おしゃれをしている。
上も下もレースのような生地で、胸元に大きい切れ込みが入っていて、スカートも短くて、全体的に色気が強い。
いつもの動きやすさを考えているような恰好とだいぶ違って、ちょっと見惚れてしまった。
「ユーリさん、いやらしい目をしてるっす! おさわりしても別にいいっすけど、その時にはオーバースカイに入れてくださいよね」
とんでもないことを言ってくるな、メルセデスは。どこまで本気なんだろう。
まあ、いやらしい目をしているというのは完全には否定できない。見惚れてしまっているわけだし。
それよりも、メルセデスは自分の事を大切にしているのだろうか。簡単におさわりを許すような生き方をしているのでは?
そうだとすると、止めた方が良いのだろうか。メルセデスがそれを楽しんでやっているのなら良いけど、苦しんで処世術みたいに思っているのなら止めたい。
でも、うかつな聞き方をすると、メルセデスが傷つくだけになりかねない。今は流すのが正解かな?
「メルセデスはちゃんとした仲間にしたいから、そういう事はしないよ。あ、メルセデスに魅力がないわけじゃ無いからね。あくまで、メルセデスの事を雑に扱いたくないからだよ」
「ユーリさん……やっぱり、無条件でおさわりしてもいいっすよ。ユーリさんが相手なら、嫌じゃないっす。……なんちゃって。本気にしたっすか?」
メルセデスの目は本気に見えたから、結構ドキッとした。メルセデスの本音がどこにあるにしろ、冗談と言ってくれてよかった。
ぼくはメルセデスの事を大切に思っているし大好きだけど、男女の関係になりたいわけじゃ無いから。
メルセデスたちがオーバースカイの仲間となって、一緒に冒険をすることを楽しみにしているのだ。
その時には、きっとメルセデスたちは頼りになることだろう。その瞬間が待ち遠しいな。
「あはは……メルセデス、本当に自分の事を大切にしてね。もうメルセデスはメルセデス1人だけの物じゃないんだと思って。ぼくにとっても大切な存在なんだ」
「お前は俺の物ってことっすか!? まさかユーリさんからそんな男前なセリフが出るなんて、予想外っす!」
確かにそう捉えられてもおかしくない言い回しをしてしまったかもしれない。
メルセデスは狙っていないと思うけど、曲解にならないラインをうまく突いてくるな。
メルセデスはわざとらしい表情を作っているから、ぼくの意図は分かっていると信じよう。
「そんなに普段のぼくは格好悪いかな……ちょっとショックなんだけど」
メルセデスが冗談を言っているので、悲しそうな顔を作ってこちらも合わせてみる。
それにしても、ぼくが冗談を言うなんてこと、昔は全然なかったよね。やっぱりぼくも色々と変化しているんだな。
アクア水を手に入れてから強さは増したと思うけど、こういう所でも変わっているのかもね。
「い、いや、ユーリさんはいつも格好いいっすよ! だから、弟子にしてもらって嬉しかったし、オーバースカイに入るために頑張ってるっす!」
メルセデスはとても困った顔をしている。
ちょっと楽しくなってしまう。メルセデスがぼくをからかう気持ちが分かったかもしれない。
まあ、これ以上困らせても仕方ないし、ネタばらしをするか。
「ありがとう。でも、冗談だからそんなに慌てなくても大丈夫だよ」
「そうなんっすか!? ユーリさんにはすっかり騙されちゃったっす。ユーリさんってば、悪い男っすね。あたいの事をどうしちゃうつもりっすか?」
「そうだね。可愛い弟子から、可愛い彼女にとか? なんてね。メルセデスが一人前の冒険者になれるようにしたいね。もうちょっとだと思うけど」
「ユーリさんの彼女なら歓迎っすよ。あんな事やこんな事をしちゃうっす。ユーリさんはきっと彼女にはデレデレっすね。あたいも可愛がられちゃうのか~」
メルセデスはなんだかクネクネしている。これはどういう反応なんだろう。
まあ、メルセデスが本当に彼女になったらきっと楽しいよね。でも、今はぼくには誰かと付き合う余裕はないと思う。
きっと冒険を優先してしまうし、他の女の人と距離を取ることもできないから、誰かと付き合ってうまく行く姿がイメージできない。
「メルセデスの事は今でも相当可愛がっていると思うけど、それじゃ足りない?」
「ユーリさんは分かってないっすね。そういうのと今可愛がってもらってるのとは違うっすよ。やっぱりイチャイチャが大事っすね。それは付き合ってない今でもできるっすから、今からやるっすよ」
そう言ってメルセデスはぼくと手をつなぐ。メルセデスは体温が高いのか、とても暖かい。
ぼくもしっかりと握り返していると、メルセデスはとても明るい顔をしてくれた。
「ユーリさんも乗り気みたいっすね。なら、もっとイチャイチャするっすよ」
メルセデスは手のつなぎ方を変え、指と指が絡み合うような形にした後、ぼくの腕にもう片方の腕も組みついてきた。
メルセデスの柔らかい感触が伝わってきて、すごくドキドキしてしまう。
でも、メルセデスの顔を見ると真っ赤になっているから、緊張しているのは、ぼくだけじゃないな。
「ユーリさんってば真っ赤っすよ。照れちゃうユーリさんも可愛いっすね」
「赤いのはメルセデスもだけど、可愛いところも同じだね」
ぼくがそう言うとメルセデスはさらに赤くなってしまう。ちょっと恥ずかしいことを言っちゃったかな。
でも、メルセデスの姿は本当に可愛くてきれいで、ずっと見ていたい位だ。
「ユーリさんはいつの間にそんな口説き文句を覚えたっすか。あたいは教えてませんよ。まさか、ユーリさんはデートマスターだったっすか?」
「デートマスターって何なのさ。せっかくメルセデスと一緒に居るんだから、楽しむ姿勢は大事だってだけだよ。ぼくはメルセデスと一緒なら何でも楽しいと思うけどね」
「ユーリさんは思った以上に強敵だったっす……ユーリさんはあたいの事が大好きってことはよく分かって嬉しいっすけど」
これまでのぼくなら、こういう言葉は言わなかっただろうな。
でも、周りの人に好意をしっかりと伝えると決めたんだから、全力でやらないと。
メルセデスにもぼくの大好きな気持ちが伝わっているみたいだから、上手く行っているはずだ。
それから、2人でいろいろ見て回って、次は食事をすることになった。
メルセデスのお気に入りの店があるらしくて、そこに連れて行ってもらう。
連れて行ってもらった店は、屋台が家に固定されたような見た目の店だった。
「ここっすよ。おっちゃーん、空いてるっすか?」
「空いてるぜ。メルセデス、そいつがお前の恋人っていうユーリとやらか?」
いつの間にぼくはメルセデスの恋人になったんだろう。
まあ、悪い気分ではないけど、あまりこの話が広まったら困っちゃうな。
でも、どうせ他の人と来るような店ではないだろうから、ここは合わせておくか。
「メルセデスがよくお世話になっているみたいで、ありがとうございます。今日はよろしくお願いしますね」
「いつもの2人前でよろしくっす! 今日はあたいの好物を恋人に食べさせるっすよ」
店主は元気よく返事をして厨房へと引っ込んでいく。食事を待つ間、ここがどんな店なのか聞いてみるか。
「ここってどんな料理が出てくるのかな? 店主に顔を覚えられてるくらいなんだから、よく来ているんでしょ?」
「それは料理が来てからのお楽しみっす! でも、きっとユーリさんも気に入るっすよ」
「そうなんだ。ところで、メルセデスの好きな食べ物って何かあるかな?」
「野菜が好きっすね。特に葉っぱは大体好みっすよ。根っこや茎も嫌いじゃないっすけど、やっぱり葉っぱっすね」
となると、野菜を使った料理が出てくるのだろうか。
ぼくは魚が好きとはいえ、嫌いなものはあんまりない。たぶん何が出てきても料理に失敗していなければ食べられるはず。
メルセデスがお気に入りという位なんだから、そういう駄目な料理ってことは無いだろう。
しばらく雑談をしながら待っていると、料理がやってくる。
野菜炒めのような物がいっぱい出てきた。とても大盛りだな。冒険者をしているぼくにとって食べられない量ではないけど。
メルセデスは結構な健啖家なのかもしれないな。まあ、いっぱい食べられるだけ稼いでいるみたいだから、安心できる。
野菜炒めを食べてみると、結構味が濃い。でも、野菜の味が感じられないというほどでも無いから、これがちょうど良いのかもしれない。
メルセデスはとても勢いよく食べている。ぼくはそんなに早く食べられないので、いつも通りのペースで食べた。
すぐに食べ終えたメルセデスがこちらに話しかけてくる。
「あー美味かったっす。あれ、ユーリさん、まだ半分も食べてないじゃないっすか。まずかったっすか……?」
「いや、美味しいと思うよ。ただ、速く食べるのに慣れていないだけだから」
メルセデスはその言葉を聞いて不安そうな顔を元に戻す。それからは楽しそうにこっちに話しかけてきた。
ぼくは食べながらその話をずっと聞いていて、食べ終わるころにメルセデスの話が終わった。
メルセデスはぼくの食べるペースに合わせて話をしてくれたのかもしれないな。感謝しておこう。
それから、再びいろいろと回って、そろそろお開きにしようと言う時間になった。
「メルセデス、名残惜しいけど今日はそろそろ帰ろうか。送っていくよ」
「ユーリさんってばあたいの宿を知りたいっすか? 夜這いならいつでも歓迎するっすよ」
「そんなことはしないよ……メルセデスも冒険者だから自分の身は自分で守れるだろうけど、一応ね」
「ありがとうございます。ユーリさん、今日は楽しかったっす」
それからも話をしながらメルセデスの宿に移動した。宿の前でお別れをする。
「じゃあね、メルセデス。またこういう機会があったら嬉しいな」
「今度はユーリさんから誘ってほしいっす。今度はメーテルも一緒ってのも悪くないっすね」
メルセデスはそのまま去って行く。ぼくから誘うのはなかなか勇気がいるけど、メルセデスはその勇気を出してくれたんだよね。なら、ぼくもそれに応えないとな。
今日は本当に楽しかった。メルセデスともっといろんな時間を過ごせるように、ぼくも頑張ろう。




