裏 ノーラ
ノーラというモンスターは、アクアによって生み出された存在である。
アクアはユーリヤを作ったことにより、何かを作り出すという楽しみに目覚めた。
そして、様々な目的を果たすための存在としてノーラを作り上げた。
その目的の一つとして、自立した思考を持つ端末を用意するという事があった。
アクアは何人かの人間を操ったり、自分の分身を生み出したりしてそれらを操作していた。
その限界がどのあたりに在るかが分からなかったので、念のために自動で動く存在としてノーラというモンスターを実験に使っていた。
ノーラの思考を制御するための方式として、アクアはノーラにいくつかの禁止事項を設定していた。
ユーリを傷つけることは絶対に許さない。ユーリの周囲を出来るだけ守る。ユーリの幸せを邪魔しない。
何かを実行するという形で設定するより、そのやり方のほうが自立している意義を感じたから、アクアはそうした。
それ以外に、アクアはノーラに対してユーリへの好意と、その何分の一かのカタリナへの好意を植え付けていた。
それが功を奏してノーラはユーリにとても懐いており、ユーリはノーラをとても可愛がっていた。
アクアがノーラに近づいたときには、ノーラはアクアに本能的な恐怖を感じており、ノーラの思考を念のために常に覗いていたアクアも疑問を感じるほど恐れていた。
ただ、ユーリに対して一切の害意はない事がはっきりしていたので、安心してユーリのペットとしてノーラを勧める事ができた。
ユーリが名付けたノーラという名前もとても本人は喜んでいるようで、ノーラはユーリにとっていいペットになるだろうとアクアは判断した。
念のためにユーリに自分が一番のペットだとアピールしたが、ユーリはそれを素直に受け入れていたので、ノーラをユーリが可愛がる姿も落ち着いて眺める事ができた。
それはそれとして、ユーリに可愛がってもらっているノーラは羨ましかったので、アクアはユーリに可愛がってもらう事をねだった。
ユーリはとても楽しそうにアクアを可愛がっていたので、アクアはとても満たされていた。
ノーラを生み出したことで、新しいユーリとの遊びができるようになった。
ノーラを作った目的はほとんど達成されていないが、アクアはすでにノーラを作成したことに満足していた。
それからしばらくしてノーラがモンスターと戦う機会があったが、アクアの予定通りにノーラの強さを発揮できていた。
ユーリの役に立てるためにノーラを強くすることは決まっていたが、どの程度の強さにするかアクアはとても悩んだ。
結局、進化することでとても強くなるという方針に決めたアクアだったが、進化前でもユーリたちと組んでもある程度活躍できるように調整した。
ユーリはノーラの進化前でもノーラの強さを素直に受け入れており、ノーラを可愛がり続けていた。
それが、アクアが全力で自分の性能を発揮するという方針を検討するきっかけになった。
結局は未だに本気を出していないアクアだが、自分の強さがユーリに知られることへの恐れはずいぶんと減った。
その点において、アクアはノーラにとても感謝していた。
それからもノーラはユーリとずっと一緒に居ることで、ユーリの生活の一部になっていった。
ユーリはノーラと一緒に過ごすことで幸せが増したようにアクアには見えていた。
ユーリが幸せそうで嬉しいし、ノーラを構うとついでに自分も構ってもらえて嬉しい。
アクアはノーラを大切な仲間のように感じていた。
またしばらく経って、ノーラが進化する日が訪れた。
アクアはノーラが進化することによって出来るようになることをいくつか計画していたので、ノーラの進化を待ちわびていた。
アクアは自在にモンスターを進化させるところまではたどり着いていなかったので、どのタイミングでノーラが進化するかは分かっていなかった。
ノーラが進化した時期はユーリたちにとってちょうど良いころだった。
ユーリが強くなったことでカタリナが実力不足気味となっていたころに、ちょうどカタリナを強化できるという、考えられる限りで最良に近いものだった。
なので、アクアはノーラの進化をとても歓迎していた。
ノーラはアクアの目の前でユーリにとても甘えていたが、アクアがユーリに近寄るとすぐに離れていった。
言葉で譲ってもらおうとしたが、脅そうと考えていなかったアクアは若干傷ついていた。
ノーラはアクアの事を嫌っていないことは考えを読んでいるから分かっているが、それでもノーラはアクアをとても恐れていた。
ノーラがアクアにユーリを奪わないでくれと頼んだ時にも、アクアはノーラからユーリを奪う事は全く考えていなかった。
ユーリにとってすでにノーラは大切な存在であるから、引き離せばユーリが傷つく。
それに、アクア自身もノーラのユーリを大好きな姿勢は案外気に入っていた。
ノーラはユーリを幸せにするために本気で行動できる。アクアはそう信じていた。
それから、予定通りにノーラはカタリナと契約することになった。
ノーラと契約することによって、カタリナは強力な契約技を覚える事ができた。
カタリナに契約させることを前提にアクアはノーラを生み出していたので、計画通りに進んだことに安心していた。
アクアはノーラの契約技がカタリナにとって丁度良いものになるように調整していて、だからカタリナの弓と相性の良い契約技が生まれた。
ユーリはそれにとても喜んでいたので、アクアは改めてノーラを作った喜びを感じていた。
ユーリはノーラをとても大切に思っている。だから、ノーラをとても可愛がっていたが、ノーラを可愛がることで、ユーリはアクアへの好意を思い出しているようだった。
ノーラの感情は自分に伝わっているし、ノーラの分の喜びと自分の分の喜びで2度おいしい。
アクアはユーリといる幸せを満喫していた。
そんななか、ノーラがアクアの事を呼び出す。
ノーラの考えは分かっていたアクアだが、それを表に出さずにノーラの話を聞いていく。
「アクア様。アクア様は一体どれだけご主人の周囲を操っているのだ?」
ノーラがその疑問をアクアに発するまでに、ノーラの中で大きな葛藤があった。
ノーラは進化することで、進化する前よりも強い知性を手に入れていた。
それと猫型モンスターの鋭い五感が合わさることで、アクアがユーリの周囲の人間を操っているという考えにたどり着いた。
ユーリの周りの人間の一部からは、何故かアクアの匂いがする。
それについて疑問を抱いたノーラは仮説をいくらか考えていた。
そもそもアクアの匂いのする人は人間ではないという説、アクアが契約のような何かをすることで匂いがついているという説。
その他にもいろいろと考えていたノーラだったが、ユーリの発言などから考えた結論として、アクアがユーリの近くの存在を操っているという結論に至った。
アクアが進化する前からユーリと一緒に居るはずの存在からもアクアの匂いがするから、人間ではないという考えは否定される。
契約技のようなものを身に着けている様子はないから、契約のような関係ではないはず。
そのような考えから順番に答えの候補を絞っていった結果だ。
自分の考えが正しいとすると、ユーリにそれが知られてはならない。ノーラはそう考えて、ユーリから遠い場所にアクアを呼びだした。
もしかしたらこの質問でアクアに殺されてしまうかもという恐れもあった。
だが、ユーリの幸せな未来のためには避けては通れない質問だと考え、ノーラはアクアに問いかけることに決めた。
その質問に対して、アクアはどう答えるか悩んでいた。
ノーラの考えからして、ユーリに事実が伝わることは無いとアクアは考えていたから、ある程度の情報は渡すつもりでいた。
それでも、どの程度の真実を告げるかは悩ましいと感じていた。
結局アクアは、段階を踏みながらノーラに答えていくと決めた。
「全員ではない。実際にノーラも操ってはいない。それで、ノーラは誰の事を心配しているの?」
「当然、ご主人だ。ご主人が幸せでない未来を迎えることは避けたいからな」
ノーラのその言葉は本気だと、ノーラの思考を読んだアクアは判断した。
ノーラはアクアがユーリの周りの人間を支配することで、ユーリの幸せが失われることを心配していた。
それに、ノーラはアクアとカタリナが幸せになれない事も懸念していて、だからこそ、恐れを抱きながらもアクアに相対していた。
その考えを受けて、ノーラの事を信頼することに決めたアクアは、おおよその事実を語りだす。
「ステラはアクアがオメガスライムだと気づきそうだから支配した。カタリナはアクアの嫉妬心に負けて操った。ユーリヤはそもそもアクアが作った。サーシャはユーリを利用していたから操作した。フィーナは最初からアクアが動かしていた。ミーナとヴァネアはユーリを傷つけようとしたからそれを止めた」
「カタリナの事をそんな風に……アクア様、それでアクア様は幸せなのか? うちのカタリナへの好意は、もとはアクア様の物だろう?」
ノーラは自分の正体にある程度たどり着いていた。自分からアクアの匂いがすること、アクアがユーリヤを作ったという言葉からたどり着いた答えだ。
自分に最初からユーリへの好意があったのもアクアが原因であるはずで、同時にカタリナへの好意を持っている事もアクアが原因だろうと。
だからこそ、アクアはカタリナが好きなはずで、ノーラはアクアの心情を慮っていた。
アクアはそれらの思考を読み取って、自分の幸せを思い返した。
自分の答えは最初から決まっているはずだ。アクアはその考え通りの言葉を返した。
「ユーリがそばに居てくれる。それだけでいい」
「それはうちも同じだ。ご主人さえいてくれれば幸せだろうさ」
ノーラは口にしていなかったが、アクアのやり方ではだれも幸せになれないだろうと考えていた。
代わりの案が思いつかないので、何も言わないでいたが。
そんなノーラの考えを読んだアクアは、ノーラにいざという時に自分を止めてもらおうと考えた。
ユーリが本当に不幸せになる選択を自分がしたときに、ノーラならば気づくだろうと。
「ノーラ、ユーリが不幸になりそうなら、アクアを止めて。ノーラの言葉ならちゃんと聞くから」
「わかった。うちはご主人にも、アクア様にも、カタリナにも幸せになってほしい。だから、みんなで幸せになるためにうちも力を尽くす。アクア様も考えることを止めないでくれ」
「分かった。ユーリの幸せのために、頑張ろう」
「ああ。もとはアクア様に植え付けられた物かもしれないが、うちのご主人が好きという気持ちはうちだけのもの。たとえアクア様でも、それは奪わせないぞ」
「それでいい。ユーリを大好きなままでいてくれるなら、アクアはノーラを信じる」




