64話 好意
最近色々と慌ただしかったので家でゆっくりしていると、突然来客があった。
誰だろうかと疑問に思いながら出てみると、オリヴィエ様とそのお供2人がいた。
とてもびっくりしたが、頑張って冷静に対応しようとした。
「オリヴィエ様、一体何のご用でしょうか? 今日は空いているので、それなりに付き合えるとは思います」
オリヴィエ様はぼくの様子を見てつまらなそうな顔をする。びっくりしている顔を見せた方が良かったかな?
まあでも、不機嫌さは見えないから、ぼくに被害が出ないことを祈ろう。
「くくっ、自分に用がある前提とはな。まあ合っているのだが。ユーリ、今日は貴様の周囲の人間を見て回ろうと思ってな。こやつらもついでに連れてきたのよ」
「急な訪問で申し訳ありません、ユーリ殿。ですが、殿下は自分のご意思を曲げられぬ御方ですので、ご寛恕のほどを」
「久しぶりだな、ユーリ。お前も元気そうで何よりだ。俺は調子が良くてな」
リディさんとイーリスは普通に挨拶をしてくれるけど、オリヴィエ様は相変わらずだ。
まあいい。ぼくもオリヴィエ様が丁寧な対応をしてくれるだなんて思っていない。用があるときに無理矢理入って来られなかっただけマシだと思おう。
オリヴィエ様はぼくの周りの人を見たいというし、まずはこの家にいるオーバースカイの皆を紹介すればいいかな。前にも顔は見ていると思うけど。
「じゃあ、まずはこの家のみんなを紹介しますね。それにしても、転移装置という物は簡単に作れるものなんですか? カーレルの街は重要な拠点とは思えませんが」
「まあ、王家ならばそう難しい事ではないな。大っぴらになると困るから大々的に使っていないだけだ。狙ったモンスターを出現させることの方がよほど難しいだろうよ」
まあ、転移を軽々しく使えるとなれば、誰が使うかとか、どこまでの移動を許可するかとか、いろいろと問題があることは分かる。
それよりも、狙ったモンスターを出現させることが難しいって、じゃあミストの町の学園の装置は?
当たり前のように弱いモンスターを出現させていたけど、転移より難しい事なのに、あんな田舎で?
それともぼくが知らないだけで、転移装置は簡単に作れるものなのか?
いや、王家ならば簡単だということは、一般の市民では難しい事のはずだ。
一体なぜ、そんなに難しい事ができる装置がぼくの故郷に?
まあ、考えて分かる事のはずがないか。オリヴィエ様との会話に集中しよう。
「そうなんですね。では、転移装置の存在はあまり知られていないんですか?」
「そんなところだ。貴様は余の物になるのだから、王家の事はよく知っておくとよいぞ」
そういえば、ぼくは王家の事は全然知らないな。オリヴィエ様の事は知っているし、国王のマクイル様も知っている。
他の事はぜんぜん知らない。オリヴィエ様の物になるかどうかは兎も角として、知っておいて損はないかな。
「ぼくは王家の人をマクイル様とオリヴィエ様くらいしか知りませんが、他にどんな人がいるのですか?」
「その程度しか知らぬのか、貴様は。まあよい。このオリヴィエ以外の顔と名前など知らずともよい。それよりも、余がもっとも偉大な存在であることだけは覚えておけ。王家が持つ力のすべては余の物だ。その力を貴様はこれから知っていくのだ」
「殿下の言葉は大きく間違ってはいませんが、人の顔と名前は覚えておいて損はないですよ。ユーリ殿は小生たちの名前は覚えておいでで?」
勿論覚えている。この小柄な近衛がリディさんで、もう片方のドラゴニュートがイーリスだ。
イーリスがドラゴニュートということは、リディさんの能力は炎という事だろうか。
「リディさんとイーリスでしたよね。ところで、リディさんの能力は炎ということで良いんですか?」
「ええ、合っております。リザードマンとの契約とは比較にならないほどの炎、ユーリ殿にもいずれ御覧いただきたいものですね。ユーリ殿の能力ほど汎用性は高くありませんが、強力ですよ」
リザードマンはほとんどトカゲの人間という感じだけど、ドラゴニュートは鱗がある以外は人っぽい。
モンスターとしての強さはドラゴニュートの方が圧倒的に格上だけど、能力もそうなんだな。
「ユーリはマジで強ぇからな! スライム使いがあんなに強くなるなんてな。水で俺の炎を防げる奴なんて他に居ねえだろ」
今のメルセデスたちには難しいだろうな。
あの水の膜も結構強くなってきていて、身体強化を使わない普通の剣くらいなら止められるけど、イーリスの炎が直接当たったらメーテルは危険だろう。
当然、メーテルから生み出されるだけの水が限度だろうメルセデスの水の膜でも厳しいはず。
アクアには当たっても大丈夫みたいなことを言っていたけど、超高温にも耐えられるのだろうか。スライムの弱点じゃなかったっけ?
まあ、弱点が多いより少ない方が良いか。アクアにもしもの事がある可能性は少ない方が良いに決まっている。
「ぼくはスライム使いの中では群を抜いて強いらしいですね。それでもアリシアさんには敵わないんですけど。強い能力というのがどういう物かは気になりますね」
「当然、余の能力が最強だ。それはユーリも良く知っているだろう。リディの能力も大したものだぞ。総合力ではユーリに及ばんだろうが、火力については目を見張るものがある」
火力が高いのにぼくに総合力が及ばないとなると、何が足りないのだろう。
汎用性が低いと本人は言っていたけど、それだけでぼくより総合力が低くなるものだろうか。
「ユーリ殿は小生の能力が気になっているようですね。火力だけでしたらイーリスの炎よりも強いのですが、小生は身体能力が低いので、固定砲台のような役割しかできないのです。ユーリ殿ならば、その隙を突けると殿下は判断なさったのでしょう」
リディさんは見るからに小柄だし、そういう所が影響しているのかな。
そうなると、リディさんの他に、リディさんに近付けさせないための人が必要だろう。それはイーリスなのだろうな。
「つまり、イーリスが接近戦も担うということですか?」
「おう! 俺は中々に強いぜ。今度ユーリとも戦ってみてえもんだな。いい勝負ができるだろうぜ」
「ぼくは王都の大会よりも強くなっているけど、それでも?」
イーリスは少し驚いた顔をした後、とっても楽しそうで興奮したというような顔になる。
多分これは戦いを想像しているよね。ちゃんと手加減してくれるのかな、イーリスは。
「それは楽しみだな。俺はアリシアにも負けねえとは思うが、いい勝負ができる相手が近くに居なくてな。リディは俺の望む戦いは出来ねえからな」
「アリシアさんはぼくよりも強いですけど、それでもですか?」
「相性の問題だな。アリシアの風では俺の耐久を超えられねえはずだ。ユーリも似たような物のはずだが、俺の直感はいい勝負になるって告げてきやがる。今からでも勝負しねえか?」
イーリスは今すぐにでも攻撃してきそうな雰囲気だけど、ここで暴れられたら困る。
ぼくが困っていると、オリヴィエ様がイーリスを睨みつける。
「それはまたの機会にしておけ。今は余がユーリの周囲を見て回る時間だ。イーリス、分かっておるな?」
「仕方ねえな。オリヴィエ様、だったら俺にも転移装置を使わせてくれよ」
「よいだろう。リディ、貴様もそれに着いてゆくがよい」
リディさんはため息をついて、こめかみのあたりを抑える。この人はとても苦労していそうだな。
ぼくはリディさんの事が心配になっていた。絶対にこの人はオリヴィエ様に振り回されている。
「かしこまりました、殿下。ですが、殿下の護衛はしっかりと用意してください。そうでなければ、イーリスをここへ連れてくる事はできません」
「わかっておる。適当な騎士を護衛にしておくから、安心してユーリと親交を深めておけ。余の物達で距離を詰めることも良いであろう」
ぼくはもうオリヴィエ様の物になっているのかな、この人の中では。
まあいい。オーバースカイのみんなとステラさんを紹介しよう。
オリヴィエ様たちをステラさん達のところへと連れていく。
オーバースカイのみんなは前にも会っていた事もあり気づいたみたいだけど、ステラさんは分かっていない。
当たり前のことだけれど、オリヴィエ様は機嫌を損ねたりしないよね? 頼むよ、オリヴィエ様。
「ほう? 貴様、ユルグ家の者か。ユーリの奴に指輪を渡したのだったな。あれがあれば契約技使いの上澄みになることなど簡単だったろうに、酔狂なことだ」
「はじめまして。ステラと言います。ユーリ君に指輪を渡したのは、私にモンスター使いの適性が無かったからですよ」
「名乗っておらんかったな。余はオリヴィエ。この国で最も尊きものよ。ステラ、ユーリをうまく育てたようだな、褒めて遣わすぞ」
ステラさんは目を見開いたが、すぐにいつもの顔に戻る。
いきなり王女様が目の前に現れたらそれは驚くよね。即座に気を取り直すだけでもすごい事でしょ。
「これは失礼致しました。オリヴィエ様はユーリ君に御用なのでしょうか。ユーリ君は見た目通り繊細ですので、あまり御無体をなされませぬよう、お願い申し上げます」
「分かっておる。こやつは親しいものを失うことに耐えられぬだろうさ。だから、それなりの配慮をしてやるまで。余の物になるのだから、それなりには可愛がってやろうぞ」
ぼくが親しい人を失ってしまったら、どうなるだろう。オリヴィエ様の言う通りに耐えられないのだろうか。
そんなことを考えるより、失わなくて済むように全力を尽くそう。それしかできない。
それより、オリヴィエ様の物になることはもう決まっているのだろうか。みんなと離れ離れにならなくて済むなら、それでもいいけど。
ステラさんとの話を切り上げて、オリヴィエ様はオーバースカイのみんなのところにも向かっていった。
その時には、オリヴィエ様は彼女に渡された武器の使い心地を確認していた。
みんなあの武器の運用はうまく出来ていたから、オリヴィエ様は満足げだった。
それからオリヴィエ様はアリシアさんとレティさんとも会話をしていた。
今回はオリヴィエ様の機嫌を損ねそうな話題にはならなくて、ぼくはほっと息をついた。
サーシャさんはお互いに良く知っているようで、リディさんやイーリスとも会話が弾んでいた。
サーシャさんの畏まった姿は前にオリヴィエ様が来たときにも見ていたけど、やっぱり新鮮で、見ていて楽しさのような感じがあった。
メルセデスたちのところへオリヴィエ様を連れていくと、メルセデスがオリヴィエ様の顔を知っていて、騒ぎになりかけた。
ぼくが慌ててメルセデスの口を塞がなかったらどうなっていた事か。
メルセデスは渡された武器の出所を知って手が震えていた。
メルセデス、この武器を使わない方が恐ろしい事態になると思うから、頑張って慣れてね。
最後にぼくとオリヴィエ様たちだけで話をしていた。
「くくっ、今日は楽しかったぞ、ユーリ。それにしても、貴様は女に囲まれているな。存外好き物だったりするのか?」
「とんでもないです。でも、女の人相手の方が会話は楽かもしれませんね。男の人で親しい人ってちょっと思いつかないので」
「ユーリ殿からは下心のようなものは感じませんから、安心感があるのでしょうか。オリヴィエ様に良からぬことを考える様子はないので、良しとしましょう」
「ユーリは女にがっつくタイプには見えねえからな。でも、オリヴィエ様にはいずれ惚れちまうんだろうぜ」
リディさんとイーリスの言い分をカタリナ風にすると、ヘタレって事にならないかな?
それでもいいか。大切な人と一緒に居られるなら、情けないと思われていようが構わない。
オリヴィエ様に惚れるぼくはあまりイメージできないけど、仮にオリヴィエ様を好きになっても、みんなを大切にできるぼくでいたいな。
「ではな、ユーリ。今日は楽しかったぞ。次はイーリスとリディと親睦を深めておくといい。余の物どうし、交流も必要だろう」
「ユーリ殿、またいずれ。殿下のお気に入りどうし、お互い苦労するでしょうが、慣れて頂きたい」
「またな、ユーリ。今度は楽しい戦いにしようぜ」
オリヴィエ様たちはそのまま去って行った。オリヴィエ様といると疲れるな。
でも、それを悪く思わないぼくもいる。惚れているわけでは無いけど、オリヴィエ様の事を結構好きになっているような気がする。これから気を付けた方が良いだろうか。




