61話 来訪
ここしばらくの間、カーレルの街が騒がしくなっていた。
何か新しい建物が建つようで、それを建てる人を中心に大勢が集まり、今の騒がしさになっている。
エルフィール家も関係しているようで、サーシャさんも忙しそうにしていた。
それからいくらか経って、建物が完成した。とても立派に見える。
サーシャさんに連れられて、オーバースカイのみんなで建物の前へと来ていた。組合というよりはエルフィール家としての用事のようで、ぼくたちも正装をしていた。
建物から人が現れると、言われていた通りにぼくたちは膝をつく。そのまま待っていると声をかけられた。
「久しいな、ユーリ。余の物になる準備はできたか? まあ、貴様にそこまで急なことは期待していない。今日は貴様らに良いものをやろうと思ってな」
この声に口調、間違いない。オリヴィエ様だ。それでサーシャさんは忙しそうにしていたのか。
それにしても、ここまで移動してくるような馬車なんかは見当たらなかったけど、どういう事だろう。
「オリヴィエ様、この度は転移装置の完成、おめでとうございますわ。エルフィール家の代表として、切にお祝い申し上げますわ」
転移装置って、あの物語とかに出てくる転移装置の事で良いのか? 完成って、まさかここが最初だったりしないよな? オリヴィエ様ならあり得てしまいそうで恐ろしい。
「そう畏まらなくともよい。ユーリを余のものにしようと思えば、あまり高圧的な姿を見せてはよろしくないであろうからな。それに、余と貴様の仲であろう、サーシャよ」
「恐れ多い事ですわ。ですが、オリヴィエ様。ユーリ様はそのような事でえり好みされるお方では無いかと。周囲の人間を傷つけさえしなければよいと存じますわ」
褒められているのか、誰でも好きになると思われているのか、ちょっと気になる。
オリヴィエ様が高圧的なくらいで嫌いにならないというのは確かだろうけど。今更だし。
「くくっ、皆の者、頭をあげても良いぞ。せっかくだ。余の近衛を紹介しておこう。リディ、イーリス、来い」
くすんだ金髪をした小柄な女の人と、大柄なトカゲの鱗を持った女の人がやってきた。
契約者と契約モンスターだろうか。ドラゴニュートかな? そう考えていると、ドラゴニュートらしき人がアクアに向かって炎を放つ。
慌ててアクア水で防御すると、アクア水が蒸発した。こっちに蒸気が来そうになると、風で蒸発したアクア水が散らされる。
この風は、アリシアさんも来ていたのか。ちょっと焦ったけど助かった。
ぼくはアリシアさんに感謝しつつ、ドラゴニュートらしき女を睨む。
「お前が契約技で防御するものだから焦っちまったぜ。あのスライムにこの程度の炎が通じるものかよ。お前、案外相棒の力を分かってないのか?」
「反省の言葉より先に言うことかな、それが? 近衛という割には品性がないらしい。主の程度も知れるんじゃないかな?」
アリシアさんは怒ってくれているようだけど、その言葉を聞いて焦ってしまう。オリヴィエ様を貶したら大変なんだよ。アリシアさん。
アリシアさんに何もないように祈りつつも様子を見ていると、オリヴィエ様が笑い出す。
「アリシアよ。貴様の言葉はそう間違ったものではないな。余がイーリスを制御できていないように見えてもおかしくはないからな。だが、ユーリの手前でなければ、貴様は許されんことを言ったのだぞ? 感謝することだ、ユーリにな」
もう一人の近衛であるリディさんと言うであろう人が苦しそうな顔でオリヴィエ様に物申していた。
「殿下、そのような態度では敵意を抱かれてしまいます。殿下が強いことは疑っていませんが、不死では無いのですから、無用な敵を作ることはお控えください」
「敵をいくら作った所でこれまで余を害せたものなど居ないのだがな。まあよい。許せよ、アリシア。貴様にも良い物をくれてやろう。ユーリに侍るものも飾っておくのは悪くないからな」
オリヴィエ様はそう言って、周囲の空気は軽くなった。でも、ぼくはまだイーリスとやらを睨んだままだった。
いくらアクアが無事になる威力だとしても、アクアを攻撃したことは許せない。この人の事は好きになれそうにないな。
「ユーリ。アクアは大丈夫だから。あんな小さな火ではやられたりしない。それより、自分の事を心配して」
「だろうな。俺の炎を見ても顔色一つ変えたようには見えねえ。余裕そうな顔してやがるぜ。お前、本当にハイスライムか?」
アクアは確かに恐怖などは感じていなかったように見える。でも、こいつは全く反省していない。
こんなことが次もあって許せるはずがないのだから、痛めつけておくか? できないとは思えない実力に見える。
「悪かったよ、ユーリ。モンスターをそこまで大切にしているとはな。所詮契約モンスターなんぞ道具としか思って無い奴じゃないんだな。気に入ったよ」
イーリスはぼくの背中を楽しそうに何度か叩く。雰囲気は明らかに和らいでいるし、これ以上ぼくが空気を悪くするわけにはいかない。
「ぼくじゃなくてアクアに謝ってください。それでしたら許します」
「ははっ、それはその通りだ。悪かったな、アクア。こんな相方なんて居るもんじゃ無えから、大切にしろよ」
「当たり前。イーリスは相方にに恵まれなかった?」
「いや、こいつは最高だぜ。俺より弱いが、とにかく能力をうまく使いやがる。契約した甲斐があったってもんだぜ」
アクアとイーリスの会話は和やかだ。アクアが気にしていないのなら、許すべきだろうな。
多分この人は良くも悪くも素直だから、アクアにはもう攻撃はされないはずだ。
「イーリス、あなたの勝手な行動で迷惑を被るのはこちらなのです。殿下の名誉にもかかわる以上、軽率な行動はやめなさい」
「わーったよ。ユーリ、オリヴィエ様に気に入られた以上は苦労するだろうが、無理はするなよ。オリヴィエ様でも慈悲の心はあるんだから、ちゃんと無理なら無理って言え」
「ユーリ殿、貴殿は小生と同様に振り回される運命でしょうが、殿下は近くの物は大切に致します。失礼のないように気を付けている限り、今後は安泰でしょう」
イーリスとリディはお互いにオリヴィエ様に苦労させられているようだ。
それにしても、イーリスは最初の態度とは大違いだ。最初の攻撃は何だったのだろう。
「そろそろ良いな。ユーリ、お前にはこれをくれてやろう」
そう言ってオリヴィエ様に渡されたのはミーナと同じような剣だ。これもドラゴンシルバーなのだろうか。
「貴様はこれを知っているようだな。ドラゴンシルバーの剣など、そうそう手に入るものではないぞ? 感謝することだな」
感謝はしようと思うけど、唐突過ぎて感情が追い付かない。ぼくが困惑しているうちに、オーバースカイのメンバーとアリシアさんたちに同様の武器が渡されていった。
カタリナは弓でユーリヤは糸と仕込み武器、フィーナは剣を。
アリシアさんとレティさんにも短剣が渡されていった。
「そういえば、貴様は弟子を取ったというではないか。その者の分もくれてやろう」
そしてもう1本剣を受け取る。メルセデスにこれを渡すのはいいけど、こんなに貰ってしまって大丈夫なのか? オリヴィエ様はとんでもない取り立てをしてきそうで怖いんだけど。
「くくっ、疑り深い顔をしおって。これも貴様が余の物となるための布石の一環よ。そう無体なことをするわけでは無いのだから、少しは安心せよ」
どういう狙いでこういう事をしているのだろう。恩で雁字搦めにするとか? 断っても怖いし、受けるしかないか。
「ありがとうございます、オリヴィエ様。しっかり役立てていきます」
「それでよい。ではな、ユーリ。また会いに来るから、その時までに男を上げておけよ?」
そう言ってオリヴィエ様たちは去って行く。
いきなり来て慌ただしいだけだったな。それにしても、とんでもない借りが出来てしまったかもしれない。結構怖い。
オリヴィエ様たちが去った後、みんなでオリヴィエ様たちについて語っていた。
「あれがオリヴィエ様か。初めて会ったけど、とてもユーリ君に執着しているように見える。ユーリ君、気を付けてね」
「そうだね、アリシア。ユーリ君たちと冒険が出来ないようになるのは嫌だからね。ユーリ君、身の安全は大切にね」
まあ、単なる珍しいものに対する対応としては過剰に見える。
でも、オリヴィエ様は気分次第でとんでもない事をしでかしそうな人に見えるから、そういう気分なのかもしれない。
何にせよ、アリシアさんたちに被害がいかないように、そしてアリシアさんたちと冒険が出来るようにしなくちゃね。
オリヴィエ様の物になってしまってはそれが出来なくなっちゃうからね。
「ほんと、とんでもない人たちだったわね。まあ、せっかく貰ったものだから、ありがたく使わせてもらうけど。あんた、王都で知り合ってたのならあたしに伝えておきなさいよね」
「び、びっくりしちゃいました。でも、流石ユーリさんです。王女様にまで気に入られてしまうなんてっ。それでも、ユーリヤを捨てないでくださいね……?」
「わたしもそれは困ります……。ユーリさんとわたしはずっと一緒に居るんですから……」
「大丈夫だよ。絶対に捨てたりはしない。ぼくはみんなが大好きだから」
当たり前のことだけど、オーバースカイの方がオリヴィエ様より大切だ。
でも、オリヴィエ様はオーバースカイの事も大切にしてくれるかもしれない。
アリシアさんたちやメルセデスたちまで含めたみんなでなら、オリヴィエ様の物になることも必ずしも悪いことでは無いんだけどね。
みんなと離れ離れになることだけは嫌だから、その予定ならオリヴィエ様の物になる訳にはいかない。
「ユーリ、アクアを心配してくれてありがとう。でも、アクアのために無理はしなくていい。アクアは絶対に大丈夫だから、自分のために頑張って」
ぼくがイーリスに攻撃しようとしていたことは気づかれているな。アクアを心配させないためにも、ぼくが危険になるような真似は出来るだけ避けていかないと。
それからしばらく話した後に解散した。サーシャさんはこれからも忙しくなるみたいだ。
メルセデスたちに剣を渡すととても驚かれた。誰に渡されたのかはメルセデスたちが落ち着くまでは伝えないことにした。剣だけで大声を出していたから、もうちょっと段階を踏みたい。
それにしても、オリヴィエ様がまた来るかもしれないのか。怖くもあり、楽しみも感じてしまう。
オリヴィエ様の事を嫌いになれたら楽なんだけど、ぼくにはそれは出来ないみたいだ。




