54話 アリシアと
今日はアリシアさんと2人で出かけることになっている。明日はレティさんとだ。
水刃という2つ名がついたご褒美とのことだけれど、その中でいろいろな遊びを教えてくれるらしい。
待ち合わせ場所へと到着すると、すでにアリシアさんがいた。
普段は戦闘のための格好をしているアリシアさんだけど、今日はおしゃれをしていて、少し見惚れてしまう。
結構肌が出ている格好で、目のやり場に困る感じかもしれない。
「おはよう、ユーリ君。そんな顔をしてくれるなら、珍しいことをした甲斐があるという物だよ。今日は私にエスコートされて、普段の息抜きにでもするといいよ」
「わ、わかりました。今日の事を楽しみにしていたので、しっかりその分を楽しんでいこうと思います」
「ふふっ、ユーリ君がそう言うのなら本当に期待していたんだろうね。ユーリ君、今日はよろしくね」
アリシアさんとあいさつを終えると、アリシアさんに手を引かれて移動をすることに。
アリシアさんの手は思っていたより柔らかくて、強い戦士といえど女の人なのだと感じて結構照れる。
ぼくの手は、たぶんゴツゴツしてるんじゃないかな。剣を普段振っているわりにはボロボロではないと思うけど。
最初に連れられたのは広場のような場所だ。ただ広いだけで何もない空間のように感じる。ここでアリシアさんは何をするつもりなんだろう。
「ユーリ君、私達はお互い契約技使いだ。それを遊びに使ってみるのも面白いんじゃないかと思ってね。こんな遊びはどうかな」
アリシアさんが説明してくれたところによると、頑丈なボールを用意したので、それをお互いの契約技を使いながら押し合うということらしい。
ある程度陣地を設定しておいて、その範囲に入ったら1ポイント入って仕切り直しという形だ。
直接ボールに触れずに契約技のみでボールを動かすことになるので、衣装は恐らく汚れないだろうとのことだ。
1度試しに遊んでみたところ、アクア水でボールを包み込むことは禁止になった。アクア水の上から風でボールを動かすことができないからだ。
それからも何度か試してルールを調整していった結果、契約技の大きさをある程度絞って、技を同時に使える数はお互い同時に5個まで。
その中で契約技をボールにぶつけたり、契約技同士で妨害しあったりして遊ぶという形になった。
ルールが決まった後からの遊びはとても白熱した。契約技を出しておいて相手の動きを誘導してみたり、何もないところに急に契約技を出してみたり。
ボールを直接狙うこともすれば、相手の動かすボールを自分の設置しておいた契約技の場所へと誘導もする。
とても熱中してしまってかなりの時間がたって、次の試合が最後ということになった。2点先取が時間的にちょうど良くて、最後はそのルールで遊ぶことに。
「単なる思い付きだったけど、ここまで楽しい物になるとはね。それに、契約技の使い方の訓練にもなるかもしれない。我ながら良いことを思いついたものだよ。
最後の試合だからね。しっかり勝たせてもらうよ、ユーリ君」
「アリシアさんが相手でも、勝ちは譲りません。勝って楽しい思い出で終わらせますよ」
ボールを上に吹き飛ばして、着地した時が試合の始まりだ。お互い、真上にボールを飛ばすことくらいは安定して行えた。
ボールが地面に着いた瞬間、ぼくはアクア水の1つをボールへ向けて飛ばし、残り4つを自分の陣地の近くで陣形を組ませるという戦術をとった。
アリシアさんは風をまとめて5つともボールへ向けて動かしている。初動はぼくが不利で、かなり手前にまで押し込まれてしまう。
だけど、陣形を組んでいたことが功を奏して、いきなり自分側の陣地に入られてしまうことは避けられた。
そのまま中央まで押し返すことに成功すると、陣地同士を繋ぐ線とは垂直にボールが吹き飛ばされてしまい、アクア水ではボールに追いつけなくなる。
即座に風でボールを動かしたアリシアさんが先に点を取る。
失敗したな。ボールに追いつこうとするんじゃなくて、陣地を守っていればよかった。
次はアクア水でボールを吹き飛ばしあって軌道を読めなくする作戦を試してみたところ、前に進もうとしていただけだとアリシアさんに対応されていた。
そこで、後ろや横にボールを動かすと、うまくアリシアさんが対応できなくて、1点を返す。
最後の1点でも同じ戦術を取ろうとすると、アクア水のいくつかに風を張りつかせてぼくの動きを誘導したアリシアさんに破られる。
それでも、アクア水を消して別の場所へ出現させたり、捨て駒としてのアクア水を用意したりした。
いったんはアリシアさんの動きが遅れたが、また対応されていく。どんどんぼくの陣地の方へ押し込まれていった。
何か手はないかとずっと考えていると、ある手段が思いつく。
それは、ボールの周囲に同時にアクア水を出現させて、どれかに当たったらボールを吹き飛ばしてアクア水をすべて消し、また同じことをするというものだった。
ある程度アリシアさんの陣地のそばにその手で押し込むと、アリシアさんはボールだけに集中して風を出し始める。
ボールの周囲は風で囲まれていたが、いったんアクア水を外すとボールが大きく動き、お互いの契約技の影響を受けない形に。
そこにまとめてアクア水をぶつけて一気に加速させると、アリシアさんの風では押し返しきれずに、アリシアさんの陣地へとボールが入っていった。
これで2点先取。ぼくの勝ちだ!
「ふふっ、結構本気だったんだけどね。負けてしまったよ。でも、本当に楽しかった。ユーリ君はどうだった?」
「とても楽しかったです。契約技を遊びに使うというのもいいですね。中々遊び相手は見つからないでしょうけど、似たようなことは、またやってみたいです」
「それは何よりだよ。せっかく手に入れた力なんだから、戦闘だけにしか使わないというのは勿体ないよね。人を楽しませることも出来るんだから、良い力だよ」
アクア水はとても役に立つ技だけど、遊びに使っても楽しいというのは考えていなかったな。
まあ、競技のようなことをするのはとても難しいだろうから、アクアやほかのみんなと遊ぶことは厳しいかもしれないけど。
次はアリシアさんと食事をしていた。立ち歩きながら色々と食べていて、アリシアさんの好みが肉と野菜を同時に食べられるものだということも知った。
「ユーリ君は魚料理が好きなんだよね。そういう店に連れていけないのは申し訳ないね。でも、結構美味しそうに食べていて安心したよ」
「魚料理が好きなことは確かですけれど、嫌いなものはほとんどないですから。それに、アリシアさんの好きな料理をアリシアさんと一緒に食べるのって、とっても楽しいです」
「レティじゃないけど、ユーリ君は本当に可愛らしいね。こんなに懐いてくれる人って見たことが無いけど、とても気分が良いものだよ」
懐くって言い方だと犬猫みたいな感じに思える。アリシアさんが大好きで、よく甘えてしまっているのは事実かもしれないけど。
でも、ぼくの態度でアリシアさんが喜んでくれるなら、それでいいか。アリシアさんも穏やかな表情をしてくれているし。
そのまましばらく歩いていると、ちょっとしたトラブルに見舞われることになった。
アリシアさんに男が寄って行って口説こうとし始めたのだ。
「よう、姉ちゃん。俺とどっか行って遊ばねえか? いい思いさせてやるぜ」
「はぁ。人と一緒に居るのが見えないのかな? じゃまだから、さっさとどこかに行ってくれないかな」
「こんな坊主より、よほど俺の方が良い男だろうぜ。こんな奴はほっといていいだろう?」
適当に流している様子のアリシアさんが、その言葉で雰囲気を変える。
「そこらの有象無象が、彼を超えられるとでも? それに、私が知り合いを放って男遊びにふけると思われるのも不愉快だ。今のうちなら痛い目を見せないであげるけど?」
「痛い目って、女ごときに何が出来るってんだよ」
アリシアさんはその言葉を男が言うと同時に男を風で吹き飛ばす。とても冷たい目で男を見ながら言葉を続ける。
「さすがに殺すつもりはないが、腕の1本や2本くらい折ってしまっても構わない。お前のようなつまらない虫けらに口説ける女じゃないんだよ、私は。……さっさと消えろ」
男は慌てて逃げていく。アリシアさんは底冷えしそうな雰囲気のまま男を見送っていた。
少しどころではない位に怖い雰囲気のアリシアさんだけど、ぼくとの時間を邪魔されたから機嫌を損ねているのだと感じて、嬉しくなった。
アリシアさんはこちらを見ると、すぐに優しげな雰囲気になる。
「ごめんね。怖がらせてしまったかな。でも、せっかくの楽しい時間を邪魔されたんだから、あれくらいは許してくれると嬉しいな」
「いえ、とんでもないです。ぼくとの時間を楽しいと思ってくれているのなら、それで十分です」
「ありがとう、ユーリ君。ユーリ君みたいないい子の弟子ができて、本当に嬉しいよ」
アリシアさんはとてもきれいな笑顔を見せてくれた。この顔が見られたのなら、さっきのつまらない時間には十分な見返りだよね。
「そうだ、君には私たちの家を紹介しようと思う。明日にもどうせ来ることになるだろうけど、一応ね」
そのままアリシアさんに手を引かれてアリシアさんたちの家へと向かう。
アリシアさんたちの家は風刃という名前に見合わないくらいの大きさで、結構小さいと感じた。
「君たちの家に比べれば質素なんだろうけど、大きい家は管理が面倒だし、他の人間に管理を任せる気にもならないからね。これくらいで丁度いいんだ」
ぼくたちの家も、ステラさんが管理してくれなければ大変だろうし、それは納得できるかもしれない。
そのままアリシアさんたちの家へと入っていく。
「ようこそ、私達の家へ。レティは今は外してもらっているから、2人きりだね」
そう言われると少し照れてしまう。そんなぼくを見たアリシアさんは微笑みながら話し続ける。
「まあ、あまり物がないから、もてなしは上手く出来ないだろうけどね。私の部屋へ入るといい」
アリシアさんについて行って、同じ部屋に入る。
アリシアさんの部屋はあまり物がなくて、趣味があるのか怪しいと感じるくらいだった。
「ユーリ君、君は柔軟はしている? いや、やっているよね。あれだけ動けるんだし」
「まあ、最低限は。何か教えていただけるのなら、聞いてみたいです」
「いや、そういう訳じゃなくてね。2人で柔軟でもやってみない? 1人だとできない事もあるし、レティは体の構造が違うからね」
「わかりました。お願いします」
アリシアさんと柔軟をしていると、アリシアさんの体としっかり触れ合うことになってしまい、少し緊張していた。
そんななか、アリシアさんのお尻に強く触れてしまうことがあった。
アリシアさんはスレンダーなイメージだったけど、お尻は大きくて柔らかいな。いや、そうじゃない。
「ご、ごめんなさい。手が滑りました。緊張しちゃって……」
「別に気にしてなかったのに。……いや、そうか。ユーリ君、女所帯で性欲をうまく解消できている?」
とんでもない事を聞かれてしまう。どう答えればいいのかな。
というか、ぼくの顔は真っ赤じゃないのかな。アリシアさんの言葉を聞いて、先ほど触れてしまったお尻に目を向けてしまう。
「ふふっ。ユーリ君は私を見てそういう気分になるんだ。情欲の目を向けられる事は不愉快なだけだったけど、それは相手がどうでもいい奴らだったからみたいだ。今は少し面白いくらいだよ。
ユーリ君、どうしても我慢できなくなったら、私が手伝ってあげるよ。チームメンバーにそういうことは言いづらいだろう?」
「そんなことをしたら、子供ができてしまうんじゃ……」
「そこまではしないよ。部屋を貸してあげたり、見ていてあげたりってくらい。私の事を見たいならそれでもいいよ」
それって、アリシアさんの前で、色々するってことだよね。そんなの耐えられそうにない。
「え、遠慮しておきますっ。い、いえ、アリシアさんの事が嫌なわけでは……」
「わかっているよ。でも、その問題にはしっかり向き合った方が良いよ。じゃあ、またね、ユーリ君」
アリシアさんはそのままぼくを家へと連れて行ってくれた。アリシアさんの意外な一面をいろいろ見ちゃったな。でも、アリシアさんは優しい人だと再確認できた。




