53話 主従
しばらくオーバースカイとして活動する中で、チームでの連携の実力が停滞していた。
なので、いったん何か思い浮かぶことを期待して、休憩をとることに決めた。
朝起きてすぐに、アクアと手を繋ぎながら朝の支度をする。両手を使わないとどうしようもない時は、アクアは後ろから抱き着いてきていた。
ノーラがついてこようとしていたが、アクアが目線を向けると逃げていった。ほんと、ノーラはアクアに頭が上がらないみたいだ。
アクアはずっとぼくに引っ付いたままで、ぼくはいろいろと撫でまわされたりしていた。
くすぐったい時もあったけど、アクアが楽しそうだったので、すべて受け入れることにした。
「ユーリ、気持ちいい? それともくすぐったい? アクアはユーリを堪能できて楽しい」
「くすぐったいかな……でも、アクアが楽しいならぼくも嬉しいよ」
「なら、もっとユーリを味わってあげる」
その言葉通り、アクアはぼくの全身を包み込んで咀嚼のような動きを始めた。
体の表面に刺激が与えられ続けて、それが少し気持ちいいような気分になった。
ちょっとぼくは変態みたいなんじゃないかと危機感があったけど、アクアとのコミュニケーションを楽しんでいるだけだと自分に言い聞かせる。
しばらくアクアにされるがままになっていると、アクアはぼくを包み込んだまま会話をしようとしてくる。
「ユーリ、アクアに食べられちゃう? アクアの栄養になって、アクアと1つになってみる?」
アクアは冗談で言っているのだとすぐに分かったけど、ぼくはその様子を想像してしまう。
アクアと1つに……ちょっとだけ魅力的かもしれないと思ってしまった。
もしぼくの意識が残ってアクアと意思疎通できるというのなら、試してみたいような、恐ろしいような……。
ぼくの意識が完全に取り込まれてしまうと、アクアを感じることは出来なくなってしまうから、できれば意識は保っていたい。
そうなれば……アクアの考えがぼくに伝わって、ぼくの考えがアクアに伝わる。
そして、アクアの思うがままにぼくは動かされてしまうのだ。
アクアを通してしか周りを見られないし、アクアが動かそうとしなければぼくの体は動かない。
ぼくはアクアに何をしてほしいのか祈ることしかできなくて、アクアの気分次第で叶えられるかどうかが変わってしまう。
ぼくは完全にアクアのおもちゃになってしまう事だろう。
もしぼくがアクアと2人で生きているだけなら、本当にうなずいてしまったかもしれないと思う程度には魅力を感じていた。
だけど、ぼくにはみんながいる。みんなを悲しませることになるはずだから、アクアに食べられてしまうわけにはいかない。
ああ、それにしても、ぼくは自分がいなくなったら誰かが悲しんでくれると信じられるようになったんだな。間違いなくみんなのおかげだ。
アクアがいたからぼくは強くなれて、みんなと出会えた。みんなが大切だと思えるのも、アクアのおかげだ。
ぼくはみんなにも、アクアにも、とても強い感謝を抱いた。
そうだ、アクアに返事を返さないと。
アクアの体の中で、ぼくの口の中にも水が入っているような感覚だったけど、返事は問題なくできた。
「アクアと1つになるにしても、ぼくはアクアをずっと覚えていたい。アクアとふれあっていたい。
だから、もしもぼくを食べてしまうなら、ぼくの意識を残したままがいいな。
でも、昔だったらもっと乗り気だったかもしれないけど、今はアクア以外にも会いたい人がいるから、それは受けられないかな」
「そう、残念。ユーリを食べてしまうことも、きっと楽しいのに。
でも、ユーリと会話したり、遊んだりできる今の方が絶対に楽しいから、ユーリの事は食べたりしない」
アクアの声に真剣味があって、少しだけ怖さを感じた。やっぱりスライムは人とは違う。
でも、だからこそぼくたちは最高のペットと飼い主になれるはずなんだ。
だって、アクアは人とは違うままぼくたち人間に寄り添ってくれている。
それってつまり、ただの人間同士が一緒に居る事より、ぼくたちの関係はもっとずっと尊いってことだ。
ぼくも人として、スライムのアクアにしっかり寄り添っていこう。ぼくたちは全く違う生き物だけど、絶対に通じ合うことができるんだ。
「あはは……食べられちゃったら、手を繋ぐこともできないからね」
「そう。ユーリと触れ合うことはとっても大切。でも、ユーリ。生きることが嫌になったら、アクアが食べてあげるね」
これは冗談ではないな。今のぼくには生きることが嫌になるイメージはできないけど、死ぬときにアクアの一部になれると思うと、悪い死に方ではないだろうな。
ぼくにとって一番いやな死に方は、1人で誰にも気づかれずに死ぬことだ。最後の瞬間くらいは大切な人と一緒が良い。
どうしても助かりそうにない時は、アクアに食べてもらうこともいいかもしれないな。本当に。
「アクアがいてくれる限り、死にたいとは思わないと思う。
だけど、ぼくが助かりそうにない状況で、近くにアクアがいるのなら、アクアに食べられて死にたい。アクア、その時はお願い」
「大丈夫。アクアがいる限り、ユーリは死んだりしないから。アクアが絶対に守ってあげる。
だから、ユーリ。アクアとずっと一緒に居よう」
アクアの声がぼくの全身に響いて、アクアが守ってくれることを強く意識した。
アクア水にしろ、アクア本体にしろ、本当にぼくを守ってくれているから、アクアがいる限り大丈夫だと信じることはできる。
それでも、ぼくはアクアを支えてあげたい。
アクアにとってぼくと一緒に居ることがとても大切だということははっきりと分かるから、アクアを守るために死んだりはできない。
だから、戦闘で無茶をするんじゃなくて、アクアに幸せを感じてもらうという形で、アクアを支えていこう。
まずは、アクアを大切に感じているこの思いを、はっきり言葉にすることからだ。
「もちろんだよ。ぼくはアクアとずっと一緒に居る。アクアの事が大好きだから。
これからも、手を繋いだり、こうして取り込まれたり、一緒にいろいろな遊びをしようね」
「ユーリ……! うん! アクアもユーリの事が大好き。ユーリとアクアが幸せになれるように、頑張るから!」
「ありがとう、アクア。でも、今アクアやみんなと一緒に居るだけでもぼくは幸せだから。あまり無理はしないでね」
「大丈夫。アクアに限界なんてない。それに、無理をしたらユーリと遊ぶ時間が減っちゃう」
それが理由だなんて、本当に頼りになることだ。それに可愛らしい。
でも、アクアがそこまで求めてくれているんだ。これからも、しっかりアクアと遊んでいこう。
それから少しして、ぼくはアクアの外に出された。アクアはとっても満足そうな顔で、ぼくも嬉しくなる。
アクアに取り込まれる感覚にもずいぶん慣れて、前より気持ちよさが増したかもしれない。この感覚に溺れてしまわないように気を付けよう。
アクアに取り込まれていて気づいたけど、ぼくは連携しようとばかり考えて、相手に合わせることを意識しすぎていたかもしれない。
結局、連携がうまくなることが最大の目的じゃなくて、ぼくたちみんなで生き延びることが最大の目的なんだ。
これからも連携の練習はするけど、敵を倒せさえするのならば、連携がうまい戦いが正解ってわけじゃない。
落ち着いて自然体を大事にする。アクアの中でゆっくりしていたからこそ気が付いた。
「アクア、ありがとう。アクアに取り込まれていたおかげで、悩みが少し解決したような気がする」
「それは偶然。でも、ユーリの悩みは気になる」
「連携がうまくいかないことに悩んでいたんだけど、こだわり過ぎるのも良くないかなって。
みんなが無事でいられるのなら、それが正解なんだよ、きっと」
「そう。でも、ユーリ。アクアには全力で頼ってくれていい。ユーリのためならどれだけだって強くなってみせる」
アクアはとてもまじめな顔をしているから、本当にそう考えていることがよくわかる。
どれだけでも、か。伝説のオメガスライムくらい強くなっちゃいそうなくらいの気迫があるよね。
本当にそんなに強くなってしまうと、ぼくが何もしなくても全部解決してしまいそうだな。アクアに頼ってもらえることはなさそうだ。
「ふふっ、どれだけ強くなってもいいけど、それでぼくの居場所が無くなっちゃったら困るかもしれないね」
「ユーリの居場所はアクアのそば。たとえ戦闘で役に立たないとしても、絶対に離してなんてあげない」
アクアはそう言ってくれる。
そうだよね。アクアとぼくは2つで1つ。アクアが役に立たない存在だったとしても、ぼくがアクアを捨てるなんてことを考えるはずがない。
アクアも同じように考えてくれていることが伝わってくる。
だから、アクアの絶対に離してあげないという言葉がとても魅力的に感じて、もうぼくはアクアから離れることはできないと確信した。
「そうだね。アクアに捕まっちゃってるよ、ぼくは。
でも、それが心地いい。こんなに幸せなんだから、アクアと別れることはできないね」
「ユーリの心、捕まえちゃった。なら、体も捕まえる」
アクアは体を変化させて、手枷や足枷のようにぼくを拘束してしまう。
全く動けないようになったぼくだけれど、アクアに捕まっていると思うとなんだか楽しくて、全く逃げる気にはならない。
「身も心も捕まっちゃったね。どんなひどいことをされちゃうのかな?」
「ふふ。全身くすぐりの刑」
その言葉通り、アクアに捕まったまま全身をくすぐられてしまう。
ぼくは笑いをこらえきれなくて、ずっと笑いっぱなしになってしまった。
そのまま、されるがままになっていると、苦しくなる直前くらいにくすぐりから解放される。
手足は解放されないまま、アクアは人型の部分と手枷足枷の部分に分かれて、ぼくの全身を軽く噛んでくる。
「アクアに美味しく食べられちゃうー。だれか、たすけてー」
「助けなんて来ない。ユーリはアクアに美味しくいただかれる」
しばらくそんな感じでアクアとじゃれあっていた。
その間ずっとアクアに拘束されていたけど、なんだか心地よくて、ぼくはアクアからもう逃げられないと確信した。
「ふふっ、アクアが世界を滅ぼす怪物だとしても、もうアクアからは離れられないや。ぼくをこんな風にしちゃったんだから、ずっとそばに居てね」
「当たり前。何があっても逃がさない。ユーリ、覚悟して」




