裏 フィーナ
ユーリがフィーナと出会ったとき、フィーナはすでにアクアによって操られていた。
アクアは他者の支配を拡大する中で、世を儚んでいるフィーナを見つけた。
ユーリならば、きっとこういう時は放っておけないのだろうと考えたアクアだったが、アクアにとって、フィーナはどうでもいい他者でしかなかった。
ただ、フィーナが自身の異能を使っている姿を見て、これは使えると考えたアクアは、フィーナを乗っ取って、ユーリのためにこの力を使おうと考えた。
説得するという考えも頭には浮かんでいたが、ただの他人であるフィーナのためにそこまでする価値をアクアは見いだせなかった。
そのまま、アクアは即座にフィーナを乗っ取った。フィーナはほとんど何も気づかないうちにアクアに支配されることになった。
フィーナを支配したアクアは、どうやってオーバースカイのメンバーとしてフィーナを加えるか考えた。
ユーリの事だから、少しばかり恩を売れば直ぐにフィーナを仲間にしたくなるだろうと考えたアクアは、以前から考えていたモンスターの発生の制御の実験と同時に、フィーナにユーリを助けさせることにした。
一定の空間内に、ある種の成分を一定量発生させればモンスターが発生する。強いモンスター程、その成分の影響が大きく、また、体内にもその成分が多い。強いモンスターが多ければ多いほど、モンスターというものは発生しやすくなる仕組みだった。
アクアはその成分を操作する手段を思いついた。それによって、自在にモンスターを発生させることが出来るはずだ。
いきなりユーリのそばで試すことはユーリの安全のために控えていたが、ある程度制御できるようになった段階で、ユーリの周りにモンスターを発生させることにした。
予定通り、力を発揮していない自分たちをかばうために、ユーリは必死になっていた。ユーリの事は何があっても傷つけさせないために、モンスターはある程度操作していたが、ユーリがアクアたちを守るために必死になっている姿には、昂るものがあった。
アクアはユーリに気づかれないようにひそかに興奮していたが、それを振り払い、フィーナをちょうどいいタイミングで登場させて、ユーリの事を助けさせた。
当然のごとくユーリはフィーナに恩を感じていたし、フィーナに絆されている様子だった。フィーナの力はユーリにとって得体のしれないもののはずだったが、ユーリはフィーナを素直に受け入れていた。
やっぱりユーリは優しい。アクアはユーリの事がもっと大好きになっていた。
アクアは故意にユーリに説明していなかったが、フィーナの力の正体は知っていた。
人間の胎児が母体の中にいる際に、特定の種のモンスターを摂取するなどして、モンスターを発生させている成分を胎児が受け取ると、まれに契約技のようなものが使えるようになる。そうして生まれたのがフィーナだった。
フィーナはその力によって周りに迫害され続けていたため、生きる希望を完全に見失っていた。
ユーリのような、自分の力を知りながら受け入れてくれる人に出会うことは、フィーナの悲願であった。
フィーナの記憶を読み取ってそれを知っていたアクアは、ユーリの力になることは、フィーナにとっても本望だろうと考えていた。
それから、フィーナの能力をフィーナとしてユーリに説明した後にユーリが語った言葉、たとえ化け物だったとしてもフィーナの事を受け入れる。
そのような意味の言葉によって、フィーナではなく、アクアが救われたような心地になった。アクアは自分の事をただの化け物と自覚していて、だからユーリに相応しくないかもしれないという疑いを、ほんの少しだけ抱いていた。
化け物である自分の本性を知っても、ユーリは自分を捨てないのかもしれない。アクアにとって、そんな希望が湧いてくるような気分だった。
アクアは自身がオメガスライムであると考えていて、オメガスライムは伝説に残るほどの化け物だ。
だから、ユーリに自分の正体を明かすようなことをする気には今もなれないでいたが、もし仮にオメガスライムであることがユーリに知られても大丈夫ではないか。そう考える時間が増えることになった。
それから、ユーリはフィーナをパーティメンバーとして本格的に受け入れることにした。
フィーナをユーリのパーティに入れることで、ユーリたちが取れる手段は大きく広がった。
もともと、アクアはそれが狙いでフィーナを操作することに決めていたわけだが、予定通りにはまった形だった。
フィーナとしてユーリにかけている言葉は、フィーナならおそらくそう言うだろうという物ばかりだった。別にフィーナはユーリと初対面なのだから、好き勝手なキャラクターを演じても問題はないはずだった。
なのに、アクアはフィーナの言いそうなことを言う事を選んだ。アクアは自覚していなかったが、フィーナの事を、自分が辿るかもしれなかったもしもの姿のように考えていた。
アクアはユーリと出会えたから幸せを知ることが出来たし、感情がどういうものかを知ることが出来た。
もし、ユーリではない別の誰かが飼い主だったり、そもそも飼い主がいない状態だったなら、ずっと空虚なまま過ごすことになっていただろう。
何も希望を抱いていない様子のフィーナの姿が、ユーリと出会えなかった自分の姿のようだと、そう感じていたのだ。アクアは自分では気づいてはいなかったが、フィーナに同情していた。
ユーリと出会ってから、幸せでいっぱいだったアクアだったが、ユーリと離れる可能性を想像していたからこそそうなった。
アクアがカタリナを乗っ取ってから生まれた罪悪感が、ユーリと離れる未来を想像させていた。
アクアはユーリは自分を嫌わないとは言い切れないことをしたと自覚していたから、ユーリと離れる事だけは絶対に嫌だという思いを強める形になっていた。
ユーリがいない世界は、どれほどつまらない物だろうか。アクアは想像するだけでも、とても強い寒さが襲い掛かってくるような心地でいた。
ユーリとずっと一緒に居られるなら、他に何を失ってもいい。自身の力も、他の人も、何でも。
アクアはそう考えていたから、オメガスライムという自分の正体は最悪気づかれてもいいが、カタリナを支配したことだけは気づかれたくないと考えていた。
カタリナとユーリといる未来は失われてしまったが、ユーリだけは何があっても手放さない。その覚悟を決めていた。
もしもの事があれば、ユーリの記憶を書き換える。そんな考えがアクアの頭に浮かんでいた。ユーリがユーリらしく生きてほしいと思っていたが、ユーリと離れることになる未来に、きっと自分は耐えられない。そう考えたアクアは、大切なユーリを別のものにしてしまうかもしれないという懸念と、ユーリと離れ離れになる恐怖の間で葛藤していた。
ユーリは優しいから、大抵の事では身近な人を嫌わない。でも、自分のしたことはきっと大抵の事には入らない。
カタリナを解放するという考えは、アクアの中で小さい物になっていった。ユーリとずっとそばに居る事だけは、絶対に達成して見せる。
そのために、カタリナとの未来を捨て去るしかないのなら、捨て去ってみせる。アクアは自分の未練も理解していたが、振り払おうと努めていた。最悪の未来の恐怖から目をそらすように。
それから、アリシアとレティもフィーナの事を受け入れていた。もしもの時はアリシアとレティを乗っ取ることも考えていたが、その展開は無いようで、アクアは少しだけ安心していた。
アリシアとレティはユーリにとって大切な人だから、できるだけ歪めたくないと、大勢の人を操っている今でも考えていた。ユーリのそばに自分がいることが第一だが、ユーリに幸せになってほしいというのも、アクアの本音だった。
作られた人形劇のような幸せより、本物の人間関係の中に生まれた幸せの方がユーリにとって良い事だろうと考えていた。自分が何をしているのか、その時のアクアは考えないようにしていた。
ユーリが自身と触れている時や、アクア水と触れている時に心地よさを感じるようにユーリの体を調整していること、アクアがユーリの周辺の人物を操っていること。それらから目をそらしていた。
結局その日アクアは、ユーリが自分のそばに居る時の多幸感をユーリにも与えるという考えのもと、ユーリが自分の一部と触れている時にもっと心地よく感じるように、自分の体を調整した。
ユーリを操作することでユーリに自分を心地よく感じてもらうことは、その時は避けることにした。
その後、フィーナとしてユーリとともに過ごしている間のセリフには、フィーナが言いそうなことと、自分の本音が混ざり合うような形になっていた。
ユーリの好みが気になるというのは、きっとユーリと出会ったフィーナも感じる事だろうが、アクアにとっても大事なことだった。自分がユーリと結ばれる未来もあってほしいと考えていた。モンスターは人と子供を残せないから、ユーリにそれを受け入れてもらうか、どうにかする手段を考える必要があるだろう。
でも、ユーリの恋人、あるいは、ユーリの妻。ペットである今が不満という訳ではないが、心が躍る響きのように思えていた。ユーリに愛を向けられることはどんな心地がするのだろう。アクアは想像に胸を膨らませていた。
アクアは愛を理解していなかったから、単純に触れ合う機会やパターンが多くなるくらいの考えであったが。
それからも、フィーナの心とアクアの心が混ざったようなセリフを、フィーナとしてユーリと出かけている間ずっと言い続けていた。ユーリのあるがままがいいと、ずっと考えていたアクアだったが、ユーリに自分の好みに寄せてもらうという考えが出来ていた。
無論、ユーリを無理矢理操るつもりはない。ユーリと接する中で、周りの言葉や行動で、少しずつ誘導していくつもりだった。ユーリは自分に自信がないのがもったいないと感じていたし、ユーリから積極的に他者に触れ合うことがしないことは寂しいと感じていた。
だから、それらを変えてもらうために、まずは言葉から入ることにした。ユーリは素直にフィーナの意見を受け入れているような様子だった。
これからのユーリは、もっと魅力的になる。アクアは幸せな未来を思い描いていた。




