43話 家
ぼくは組合からステラさんの家へと向かっていた。ステラさんの家に近づくにつれてだんだん帰ってきたという実感がわいてきた。
もうミストの町の家ではなく、ここがぼくの家なのだと思えた。カタリナやユーリヤに久しぶりに会うのも本当に楽しみだった。
ぼくの居場所はここなんだ。素直にそう思えた。
ステラさんの家に着くと、ユーリヤがすぐに出迎えてくれた。満面の笑みを浮かべていて、その笑顔を見て、ぼくは本当に嬉しくなった。
王都での日々も悪くなかったが、やっとここに帰ってこられた。ずっと会いたかった人に会えて、迎えてもらえるのがこんなに嬉しいなんて。
その後ろでカタリナが様子を見ていたが、ぼくの姿を見つけると、少しだけ嬉しそうな顔をしていた。カタリナもぼくとの再会を喜んでくれているようで、嬉しかった。
カタリナなら、もしかしたら平気な顔をしているかもしれないと思っていたが、ぼくの思い違いだったようだ。
「ユ、ユーリさん、おかえりなさいっ。あなたのユーリヤは、ユーリさんをずっと待っていましたよっ」
「あんた、ちゃんと元気そうね。良かったわ。あんたはあたしが面倒見てないと死にかねないし、少し心配だったのよ。ま、それはいいでしょ。あんた、王都で大活躍だったみたいね。褒めてあげるわ」
ユーリヤは勢いよくぼくに抱き着いてくる。ユーリヤの声を聴くのも、顔を見るのも久しぶりなので、素直に受け入れることが出来た。
ユーリヤを抱き返していると、カタリナがつまらなそうに声をかけてくる。
「別に、あんたがいちゃいちゃしてようがどうでもいいけど、あたしの目の前でしないでくれる? それで、ステラさんは分かるけど、そのモンスターは何よ?」
「この子はノーラ。ぼくの新しいペットだよ。出来れば、これからパーティに組み込みたいんだ」
ぼくの紹介を聞いてノーラは一鳴きする。カタリナは少しノーラを見て目を細めていたが、すぐにこちらに向き直ってくる。
「あんた、アクアはいいの? その子は確かに可愛いけど、だからって、アクアをないがしろにするんじゃないわよ。アクア、嫌なら嫌って言いなさいよね」
「別にいい。ノーラはアクアに逆らえない。それに、ユーリはアクアを1番に可愛がってくれる」
「そ。ま、いいわ。それで? パーティに組み込みたいってんだから、少しは強いんでしょ? あんた、その辺、どうなのよ?」
「キラータイガーよりは強いと思う。相手を選べば、人型モンスターにも勝てるんじゃないかな」
カタリナはノーラを見ながら目を見開く。やっぱり驚くよね。ぼくもとても驚いたし。
それからカタリナはぼくにジトっとした目を向けてきた。
「あんた……そんなのをペットにするのね。ま、あんたには懐いてるのは確かみたいだけど。確かにそれなら、連携がちゃんとできれば、足手まといにはならないわね。別にいいわよ。その子を連れて行っても」
ノーラはそっけない態度をとられているのに、カタリナの方に擦りついている。カタリナは特に何も返してはいないが、まんざらでもなさそうだ。
この分なら、カタリナは大丈夫そうかな。ユーリヤはどうだろう。
「ノーラちゃんって言うんですね。ノーラちゃん、これからよろしくお願いしますねっ」
ノーラはカタリナに擦りつきながら、ユーリヤに鳴き声で返事をした。ユーリヤは特に気にしていない様子で、ニコニコと微笑んでいる。
うん。ノーラは十分に受け入れられていると思っていいかな。
「ユーリ君、ノーラちゃんが受け入れられているみたいで、よかったですね。ユーリ君、ノーラちゃんを本当に可愛がっていましたから」
ステラさんはそう言った。まあ、ぼくがノーラを可愛がっているというのは間違いない。
だからこそ、カタリナやユーリヤにノーラが嫌われるという事態は避けたかったが、この分だとうまくいきそうで、本当に良かった。
「さて、ユーリ君。いろいろと疲れたでしょうから、今日はゆっくりしていてください。ただ、皆さんユーリ君を待ちわびていたでしょうし、少しだけカタリナさんとユーリヤさんに時間を作ってあげてください。そうすれば、2人とも喜ぶでしょう」
「ユーリ、そうしてあげて。カタリナも、ユーリヤも、寂しがっていたみたい」
ということらしいので、部屋に帰った後にぼくは部屋で休みながら、2人を待っていた。まず来たのはカタリナだった。
「あんた、調子はどうよ? あんな遠出ってあんたは初めてでしょうし、少しは疲れたんじゃない? 少しくらいなら、あたしに弱音を吐いても許してあげるわよ」
カタリナは今日は珍しく優しいな。でも、別に今は大丈夫かな。カタリナと会えなくて寂しかったとか、さすがに本人の前では言いたくないし。
「いや、大丈夫だよ。強いて言うなら、大会で少しケガをしたけど、すぐに治っちゃったしね。あ、今回の大会で、カタリナも知っている、あのエンブラの街で戦ったミーナとまた戦うことになったんだよ。知り合いに会えると思ってなかったから、本当に嬉しかったんだよね」
「あたしに会えなくて泣きわめきました、くらい言ってみなさいよ、もう。で、あのミーナさんに再会したのね。あんたが優勝したってのは聞いてるから、もちろん勝ったのよね。良くやったわね。褒めてあげるわ」
泣きわめきはしなかったけど、カタリナに会えなかったのはつらかったかな。
一緒に居るのが当たり前の人と離れることが、あんなに寂しい物だとは思ってなかった。
ミーナやオリヴィエ様のおかげで少しはましだったけど、それがなかったらと思うとぞっとする。
帰りはノーラも居たし、本当に運が良かった。
「ありがとう、カタリナ。カタリナと会うのも久しぶりだよね。せっかくだから、いろいろ話がしたいな」
「別にいいけど、あたしが話をするのか、あんたが話をするのか、はっきりさせなさいよね。あたしはいつも通りだったから、近況なんて特に話すことはないわよ」
「じゃあぼくが。ミーナ、ラミアと契約していたらしくて。ヴァネアって言うんだけど、大会の予選を見学していたら隣にたまたまいて、それがミーナの契約モンスターだったから、お互いとても驚いたんだよね。
それで、偶然は他にもあって、ミーナとは決勝でぶつかることになったんだ。エンブラの街に続いて、2回目だよ。ミーナが前に運命を感じてしまいそうって言ってたけど、今回ばかりはぼくもそう思ったね。あんな偶然、滅多なことでは無いでしょ。知り合いを遠くの地でたまたま見つけるって、本当に嬉しい事なんだって、ミーナのおかげでよくわかったよ」
カタリナは特に表情を変えていないけど、しっかりと聞いてくれる。もしかしたら興味がないのかもしれないけど、それで嫌な顔はしないから少し対応に困る。
「そ。良かったじゃない。それで、ミーナさんは強くなってたわけ?」
「本当に強くて。ぼくも一歩間違えただけで負けていただろうね。契約技が五感の鋭敏化と、周囲の熱探知らしいんだけど、身体強化の契約技を持っている人より動きが良かったくらいで。ぼくも全力で対抗したけど、本当に危ない勝利だったと言っていい。ぼくももっと精進しなくちゃと思わされたよ」
「ミーナさん、結構元から強かったのにね。でも、そんなに強かったのなら、いい経験になったんじゃない? もっとあたしの役に立てるようになったと思っていいのよね。あんた、しっかりあたしに尽くすのよ」
「はいはい。でも、実際のところこれ以上ない経験だったと思うよ。あの戦いの中だけでも、ぼくは数段成長できたような気がする。嫌なこともあったけど、王都での大会に出れたのは良かったと思うよ」
ぼくに対してカタリナは優しく微笑んでくれる。いつもはぼくをにらむような目を向けてくることも多いカタリナだけれど、こういう顔は本当に魅力的だよな。ずっとこうならドキドキしすぎるかもしれないから、今のままでいいけど。
「そ。あんた、ちゃんと頑張ったのね。褒めてあげるわ。また、何か料理を作ってあげるわよ。なにがいいかしら?」
「カタリナの料理は本当に美味しいから、結構悩むね。でも、そうだな。魚なんかを油で煮込んだ奴が良いかな。あれが一番好きだったかな」
「わかったわ。じゃあまた、休みの日にでも作ってあげるわ。楽しみにしてなさいよね」
「うん。本当に楽しみだよ」
「じゃ、あたしはこのくらいで。ユーリヤさんも待ってるでしょうしね。あんた、しっかり対応してあげるのよ」
そう言ってカタリナは去っていった。そう時間の経たないうちに、今度はユーリヤがやってきた。
「ユ、ユーリさん。王都での活動、お疲れさまでしたっ。久しぶりのユーリさんをしっかり堪能させていただきますねっ」
そう言ってユーリヤはぼくの膝の上で寝転ぶ。そのまま頬や頭をぼくの膝にぐりぐりとする。ステラさんにしてもらったことはあるけど、人にするのってこんな感じなのか。結構恥ずかしいし、それなりに疲れる。
ステラさんはこんなことをしてくれていたのか。ぼくはステラさんに改めて感謝していた。すると、ユーリヤは少し不満げになった。
「もう、ユーリさん。だめですよ。ユーリヤと2人っきりなのに、他の女の人の事を考えていたら。そんなユーリさんにはこうですっ」
そう言ってぼくにくすぐりを仕掛けてくる。結構くすぐったくて、ぼくは大きく悶えていた。そんなぼくの姿を見たユーリヤは満足げになって言う。
「わたしと一緒に居るのに、他の女の人の事を考えていたらこうですからねっ。もちろん、冒険中は構いませんけどっ。ユーリさん、分かりましたか?」
「分かった、分かったから。ユーリヤ、それで、久しぶりに会ったんだから、何かしてほしいことがあれば聞くよ」
「なら、今度はわたしの膝に座ってくださいっ。ユーリさん、わたしがやったように、わたしの膝、しっかり堪能してくださいねっ」
ちょっと待ってほしい。さっきのユーリヤみたいにって、膝に頭や頬をぐりぐりするのか? さすがにそんなことをしたら、ぼくの方がもたない。素直に横になるだけで勘弁してくれないかな。
ぼくはとりあえずユーリヤの膝に横になることにする。
「ユーリさん。王都での活躍を聞きましたよっ。本当に、お疲れさまでした。ユーリヤにいっぱい甘えて、存分に疲れをいやしてくださいねっ。ほら、その一歩です。ユーリさん、ぜひユーリヤの膝に、もっと顔を押し付けてみてくださいっ」
本当にやらなくちゃいけないらしい。ぼくは覚悟を決めて、ユーリヤの膝に顔をこすりつける。
ユーリヤは、柔らかいし、暖かいし、いい匂いがして、ぼくは変な気分になりそうだった。
すぐに限界が来たぼくは、ユーリヤから離れていく。
「ふふ。そんなものですかっ。残念ですね。もっと堪能してくれても良かったのにっ。わたしもユーリさんをしっかり堪能できましたから、今日はこの辺にしておきますっ。では、また」
そう言ってユーリヤは去っていった。その後、アクアとノーラがやってきた。
ノーラはぼくの部屋で寝ることに決めたようで、寝る時には、アクアが左側に、ノーラが右側にひっついていた。可愛いペットに囲まれて眠れるなんて、最高だな。そう思いながら眠りについた。




