37話 ライバル
ぼくはオリアスと戦ってからは特に苦戦することはなく勝ち進めていた。
ミーナも勝ち進んでいて、ぼくたちは決勝で当たることになった。
ミーナはオリアスより動きが鋭いような感じがする。もしかしたら、身体強化系の契約技なのかな。
決勝が始まる前に、オリヴィエ様が壇上に立ち、話し始める。
「本当に今回の大会は面白い。スライムとの契約者と、一般参加の者。どちらもこれまではろくな成績を残したものがいない。余はすでに大いに満足しているが、最後がつまらなければ興ざめだ。両者とも、しっかり励めよ。余の勲章を賜る栄誉、滅多なことでは味わえぬぞ。
だが、面白い試合になったならば、敗者にもそれなりの褒美を与えようではないか。余を失望させぬようにな」
オリヴィエ様は前よりも近くで試合を見るようだ。少し緊張するような気もするけど、せっかくのミーナとの試合だ。しっかり楽しまないとな。
とても楽しみだけど、せっかくここまで来たのだから、ミーナにも勝って、最高の形でこの大会を終えよう。
ぼくとミーナは決勝の舞台で向かい合う。何か話しかけようと思ったが、その前に実況が始まった。
「水刃のユーリと、終の剣ミーナ。今、両者が向かい合う! オリヴィエ様もおっしゃっていたが、スライムとの契約者、一般予選からの参加者、そのどちらともが決勝に来るものは前代未聞! いつも熱い戦いを見せてくれる今大会だが、今回ばかりは目が離せ無いぞ!」
終の剣か。ミーナはこれまでの試合でも何度かそう呼ばれていたけど、何か由来があるのだろうか。ぼくの水刃はとてもいい名前をもらったものだと思うが、ミーナはどうだろう。
「ミーナ、終の剣なんて呼ばれているんだね。ぼくは水刃なんて少し大げさな気がするけど、アリシアさんと似たような名前なのは嬉しいよ」
「君は風刃のアリシアに弟子入りしたんだって? すごいじゃないか。でも、きっと僕も負けてはいないよ。終の剣というのは、僕が自分で考えたんだ。全ての敵はこの剣の前で終わるって決意を込めてね。
実際に今まで君以外には負けていないよ。さすがに今はオリヴィエ様には勝てないんだろうけどね。僕はユーリ、君に勝つために本気で訓練してきたし、ヴァネアとも契約した。
今日は君に勝って、あの時のリベンジを果たさせてもらう。ユーリ、君の試合は全部しっかり観察させてもらったよ。それで分かった。君は本当に強い。あの日の君はきっと実力の半分も出せていなかったんだろう。でも、だからこそ、その本当に強い君に勝って、僕は最強の剣士に1歩近づくんだ! ユーリ、覚悟してね」
ミーナはこれまでの試合でも全く苦戦することはなく勝ち進んでいた。そのミーナが今は勝てないって言うなんて、オリヴィエ様はどれくらい強いんだろう。
ぼくは正直世間には疎いところがあるので、オリヴィエ様についてもあまり詳しくない。
それは今はいいか。それよりミーナだ。ミーナはきっと剣技だけならぼくの届かないところにいるかもしれない。そんなすごいミーナにライバル視をしてもらえるなんて、嬉しい話だ。
でも、ぼくにはアクア水がある。アクアがくれたアクア水で、ぼくは冒険者の頂点に立ってみせる。ミーナはすごい人だ。でも、ぼくはミーナにも負けない!
「ミーナ、ぼくは今回こそ誰にも恥じない形できみに勝つよ。そして、ぼくのアクアが最高なんだって証明してみせる!」
ミーナはそれを聞いて構えた。ぼくもそれに合わせて構える。さあ、いよいよだ。
「さあ、両者ともに構える。絶対に見逃せない決勝戦が今始まるぞ! 試合……開始!」
すぐさまミーナが動き出す。やっぱり速い! ぼくは最初から水を体にまとい、高速で移動する。アクア水で補助しているスピードに、ミーナは難なくついてくる。
やはりミーナは強い。そのまま何度も剣をぶつけあう。スピード勝負ではミーナが上回った。
だけど、ぼくのアクア水はこれだけではない。ぼくはアクア水を空中にたくさん出して壁のようにすることでミーナの持つ剣の動きを制限する。そうすることで、ようやくまともに打ち合うことができた。
「ふふっ。剣士としては僕の勝ちかな。でも、君の全部を打ち破らなくちゃ意味は無いんだ。まだまだこんなものじゃないよ。ぼくの訓練の成果はね!」
ミーナはそう言って空中にあるアクア水の上から剣を叩き込んでくる。アクア水で押し返そうとするも、アクア水を抜いてこちらに剣を通してきた。ぼくは慌てて剣で防御する。
重い! 思わず唸りそうになるが、ぼくはアクア水ごと後ろに下がり、剣をいったん受け流す。
たくさんアクア水を出して壁にしても無駄になりそうだな。なら、別のやり方にするだけだ。
ぼくはミーナの剣に、最低限の防御を残した残りのアクア水をまとわせ、ミーナの剣の動きを妨害する。ミーナの力は強く、完全には制御できないが、ミーナの剣の動きは鈍った。これなら打ち合うことはできる。
そのまま剣を打ち合っていると、ミーナはぼくの動きに慣れたみたいで、ぼくの妨害をうまく受け流してくるようになった。
「目にもとまらぬ攻撃の応酬、だが、ミーナ選手が一歩優勢か!?」
「まだまだ僕は行けるよ! ユーリ、君だってここで終わりじゃないだろう!」
そのままミーナはぼくと打ち合いを続ける。だんだんミーナの剣を妨害できなくなって、また追い詰められたぼくは、今度は完全に自分の動きを補助することだけにアクア水を使うことにする。
さっきは全身を同じ方に動かすだけだったが、今度は別々の方向にアクア水を動かすことにする。失敗したら手足が変な方向に曲がってしまう、危険な技だ。それでも、ここまでしなければミーナには対抗できない。
全神経をアクア水の操作に傾ける。そうしなければこの動きを使いこなすことなんてできない。だが、その甲斐あって、ぼくの剣はミーナと拮抗していた。
「ミーナ選手もユーリ選手もとても素早い! こんな試合はこれまでに私は見たことがありません! 一瞬も目が離せない!」
「ユーリ、契約技で剣技をそこまで高めるなんて! 本当に最高だよ、君は! なら、ぼくの契約技を、本当の意味で見せてあげるよ!」
そう言ったミーナは先ほどまでより明らかに鋭く剣を振ってきた。回避も間に合わず、アクア水での防御も抜かれて、ぼくの腕は軽く切り裂かれた。
血が吹き出そうになるが、アクア水を傷口にまとって血を止める。なんて鋭い剣だ。オリアスより明らかに強い。
いったん僕はミーナから全力で距離を取り、腕の止血を自動で行えるようにアクア水を調整する。
即座の判断が要求されるようなアクア水の動きでは決してできないが、単純なことならぼくは全く意識せずアクア水を使えるようになっていた。
これも指輪の力のおかげだ。ステラさんには感謝してもしきれないな。
「おおっと! ユーリ選手大打撃! このまま決まってしまうのか!?」
「なんて力だ……これは、身体能力の強化? でも、これまでの身体能力強化者は猫型モンスターと契約していたはず。どういうことだ?」
「ふふっ、困惑しているみたいだね。でも、君のいう事は正しいよ。ぼくの能力は五感の鋭敏化。その力を最大限に使って、誰よりも正確に全身を操ることで、身体強化している人並みの力を発揮したんだよ。もちろん、これ一回きりじゃないよ」
ラミアの契約技はそういう方向性なのか。
でも、それが分かったところでこんな単純な能力に分かりやすい対策は無い。大きな音を出すとかはありかもしれないが、ぼくはその準備をしてきていない。
それにしても、五感の鋭敏化だけでこれだけの力を発揮するなんて、ミーナはとんでもないな。
そのままミーナは連続で攻撃を仕掛けてくる。先ほどのように突然ではないので、かろうじてダメージを受ける事は避けられていたが、このままではじり貧だ。
難しいが、ミーナの妨害と自己の補助を同時にやるしかない。ぼくはミーナの剣にアクア水をまとわせての妨害と、ぼく自身の動きをアクア水で補助することを同時に行った。
そこまでして、ようやく互角の戦況だった。ただ、ぼくの消耗はとても激しい。このまま我慢比べをしたなら、負けるのはぼくだ。
だから、次の一手を打つことにした。ぼくとの打ち合いに集中しているミーナの後ろから水刃を放つ。これが当たってくれれば! そう願うも、ミーナは全く見もせずに水刃を回避してしまう。
「なんと! ミーナ選手、一切目を向けずユーリ選手の水刃を避ける! 一体どういうことなのか!?」
「君が前の戦いで水刃を使っていたからね。これが初めてだったら危なかったかもしれない。さっきは言っていなかったけど、ぼくの契約技はあれだけじゃないんだ。周囲の熱を感じ取ることもできてね。
水刃をいつ撃ってきてもいいように、常に警戒していたんだ。君が手札を隠したまま負けるなんて事、あるはずがないからね。ユーリ、そろそろしんどくなってきたんじゃないかい?」
実際ミーナの言う通り、ぼくはかなり追い詰められていた。このまま時間をかけていても負けるだけなのは分かっていた。
だから、ここから短い時間ですべてを出し尽くす。そう決めて、先ほどまでのぼくの動きの補助とミーナの剣の妨害、そして複数の水刃を同時に出すことに決めた。
そうしてミーナにぶつかっていくと、ミーナは回避に専念していた。余裕のある方はミーナだ。このまま凌いでいるだけで、ぼくの方が負けるという判断だろう。
ぼくは何が何でも勝つと決めて、最後の手段に出ることにする。
ミーナの動きを水刃と剣にまとわせたアクア水で制御し、若干の隙ができたところで全力の一撃を叩き込む。
ミーナは剣で受け流そうとするが、ぼくの剣をアクア水で扱うことに切り替え、ぼくはミーナの剣を持つ腕に殴りかかる。ミーナはそれを避けようとするが、普通の動きに対応できる範囲だ。
ぼくは無理矢理アクア水で腕の軌道を変え、ミーナの腕に攻撃を与えた。
ミーナは思わず剣を離してしまう。ぼくの左腕はもう使い物にならないけど、アクア水でぼくの剣を動かしてミーナに突き付ける。
「ふふふ……今回こそは勝てたと思っていたんだけどね。君がどういう性格なのかを忘れていたよ。ユーリ、おめでとう、君の勝ちだ。さすがはユーリだよ。僕の運命のライバル。でも、本当に悔しいな……」
「決まったー! ユーリ選手の優勝が決まりました! ミーナ選手も素晴らしかったが、健闘及ばず! だが、両者ともに素晴らしい試合を見せてくれた! 本当にありがとう!」
そのままぼくたちは握手して、ぼくは右腕を突き上げる。これまでで一番大きな歓声が沸いた。その後、オリヴィエ様が壇上に上がり、今回の試合を総評する。
「ユーリ、ミーナ、双方とても余を楽しませてくれた。ユーリには勲章を、ミーナには相応の褒美をくれてやろう。だが、ユーリは勲章を受け取れる状態にないな。人を送る故、後日勲章を受け取りに来るがよい。貴様ら、見事だったぞ。褒めてやろう」
そう言ってオリヴィエ様は下がっていく。今日は本当に疲れたな。ゆっくり休もう。
ぼくは宿へと帰っていった。アクアはぼくの優勝を本当に喜んでくれたし、ステラ先生には心配の言葉をもらい、その後いっぱい褒めてもらった。本当に頑張ってよかった。




