裏 妬心
カタリナは今日も、アクアに支配された身体の中からユーリを見続けていた。
カーレルの街で冒険者を始めることになって、ユーリがステラとまで一緒に暮らすことに腹を立てていたが、ステラはアクアが操っていることを思い返し、結局前のようにアクアと同居しているだけかと思い直した。
冒険者組合において、サーシャという新たな女と関わり始めたり、ユーリの師としてアリシアとレティがともに依頼に向かうことになり、自分だけのユーリがアクアに支配されている間に奪われかねないという思いが浮かばなくもなかったが、できる事はなかったので、心の歯を食いしばりながら我慢した。
(それにしても、アリシアさんとレティさんの言葉って、お世辞じゃなかったのね。あいつもなんだかんだで成長しているのよね。アクアのおかげってのは業腹だけど。
ステラ先生はすでにアクアの餌食になってたわけだけど、こいつらも既に餌食になってるってことはないわよね……? アクアの強さなら、ありえない話じゃないわ)
ステラがユーリに渡した指輪の話になったとき、指輪がステラにとって大切なものであることが分かったが、その指輪を渡したのはステラなのか、アクアなのか、とても気になった。アクアならばまだいい。
だが、ステラがそこまで期待していたとなれば、アクアがステラの体を返したとき、ユーリがステラに奪われることもあるかもしれない。
アクアがステラに体を返す可能性がどれほどあるかは分からなかったが、ユーリはステラだけは他の先生と違う扱いをしていた。万が一ステラの側に気があれば、ユーリがなびきかねないと思う程度には、ステラに対して危機感を抱いていた。
本当の自分ならば、絶対にステラにも勝てると言いきれたが、今は自分の身体をアクアが操作している。ユーリは気づいていないようだが、やはり魅力は落ちるだろうと思っていた。
アクアの気まぐれ如何によっては、自分が何かを出来るようになる前に決着がつきかねない。自分が体を取り戻したときに、ユーリが誰とも関係を持っていなければ、絶対に自分が勝つ。カタリナはそう確信していたが、もし誰かとユーリが関係を持ってしまえば、ユーリの義理堅さから、自分が奪い取ることは出来ないだろうと思っていた。
(ユーリ……お願いだから、あたしのこと、ちゃんと待ってなさいよ。他の奴にあんたを渡したくなんてないわ。あんたのことを一番幸せにできるのはあたしなのよ……アクアでも、ステラ先生でも、その他の女でもないわ。だから、だから、あたしのものになるのよ。それがあんたにとっての一番の幸せなんだからね)
ユーリがアリシアとレティとの依頼の中で、モンスターを簡単に倒していったとき、カタリナはユーリの成長を改めて実感した。本当に昔からずっとユーリの事を守っていたので、感慨深さのようなものがあった。
その直後にキラータイガーの大群が現れた時は驚いたが、アクアが焦っているような様子はなかったので、アリシアとレティがいなくとも大丈夫だったのだろう。
それは別の事として、アリシアとレティの強さを見た時、ユーリと同様にカタリナも本当に驚いていた。ユーリとともに冒険者として成り上がることを目指していたが、本当に強い冒険者というものがどういうものなのか、カタリナはこの時初めて実感した。
だからこそ、ユーリがアリシアとレティの強さを見ても折れることなく、アリシアとレティを超えると言って見せた時、感動のようなものを抱いた。あまつさえ、アリシアとレティに期待しているとまで言われたのだ。自分のユーリがここまでになったのだと、誰かに言いたいような気分だった。
(あんた、あんたは本当に大きくなったわね。それでこそ、あたしのユーリだわ。いつか絶対、あたしとユーリで最高のパーティになってみせる。アクアからあたしの身体を取り戻してね。
あんた、それまでの間にちゃんと強くなるのよ。あたしだって、身体を取り戻したらすぐにアリシアもレティも追い越してやるんだから)
依頼を終えて組合に戻った後の報告で、モンスターの異常発生は強大なモンスターによるものだと聞いたとき、カタリナには腑に落ちるものがあった。
それならば、急に学園にキラータイガーが現れたことも、自分が危険な目にあったモンスターの異常発生も、それによるものではないか。今回キラータイガーが異常発生したことにも辻褄が合う。
おそらく、アクアが原因なのだ。アクアが進化してからすぐだった。キラータイガーが現れたのは。それに、今回キラータイガーが現れたところにもアクアがいた。
だとすると、アクアはハイスライムなどではない。もしかしたら、あのオメガスライムかもしれない。
そう思い至ったとき、カタリナは不安でいっぱいになった。オメガスライムほどの相手から、どうやって体を取り戻すのか。いや、それはそもそもアクアの気まぐれに期待するだけだった。それよりも、アクアが世界をどうにかしてしまうのではないか。そんな予感がカタリナを襲った。
(あんた、気を付けて。本当に気を付けるのよ。そこにいるのはかわいいペットじゃなくて、恐ろしい化け物かもしれないのよ。あたしを乗っ取るだけでも十分化け物だけどね。これは、アリシアさんやレティさん位ならどうにもならないかもしれないわね。
でも、アクアがユーリを好きでいる間は、ユーリは安全かもしれないわね。オメガスライムに勝てるような人間なんていないんだし。モンスターだって怪しい物だわ。適度にアクアを大切にするのよ、ユーリ)
それからしばらくして、ユーリにたいしてケンカを売った冒険者がいた。ビッグスライム使いだ。普段なら腹立たしかったかもしれないが、カタリナはむしろその冒険者に同情していた。
あのアクアが、ユーリの敵を無事で済ませるわけがない。スライムなどと侮った結果、藪をつついてドラゴンを出したようなものだ。結局そいつはユーリに手も足も出なかったが、それくらいの事でアクアが手心を加えるとは思えなかった。
(こいつの寿命はあと何日かしらね。ま、いいわ。ユーリに害のある奴が1人減ったと思っておきましょう。どうせろくな奴じゃないし、ただの他人だものね。どうなったところで、知ったことじゃないわ)
それから、またユーリに襲い掛かる者たちがいた。まるで品性の感じられない、つまらない下衆だ。多少はできるようだったが、自分1人だったとしてもどうとでもできそうな存在だった。
あまりにも態度が悪いこともあり、同情する気もおきなかったが、その程度の存在でも名を知られているらしいことにあきれ返っていた。
こんな奴程度にもおびえているということで、程度の低さが知れるようだった。
(それにしても、知らないってことは幸せなことよね。ユーリは殺さないようにしたみたいだけど、結局アクアが何もしなくても死ぬんでしょうし、そっちの方が幸せでしょう。よかったわね。アクアが何者か知らないままでいて。少しは希望も持てるでしょう)
その後、サーシャの家で食事会をする日、サーシャがエルフィール家の秘密をペラペラとしゃべっている姿を見て、カタリナは危機感を抱いた。
まさか貴族の令嬢が色恋に溺れて機密を話しているわけではあるまい。ユーリを何らかの陰謀に巻き込もうとしているのではないか。そう疑っていた。
(あんたはどうせ、サーシャさんが優しいくらいに思っているんでしょうけど、どうせそいつも何か企んでるのよ。ま、まずい企みならアクアがどうにかするでしょ。はぁ。体を取り戻したら、こういう事もユーリに教えてやらなきゃいけないのかしらね。教えたところで、ユーリに人を疑うなんてことができるのかは怪しいけどね)
それからの話で、ユーリに襲い掛かった奴らが死んだと聞いて、カタリナはアクアの仕業か、サーシャの仕業かを考えていた。どちらでもおかしくはないが、なんにせよ、ろくでも無い死に方をしたようだ。
行方不明者が出ているという話では、真っ先にアクアを疑った。だが、行方不明者を出す理由が思いつかなかったこともあり、とりあえずその疑問はよそへと置いていた。
それよりも、カタリナはサーシャのユーリへの好意が本物だったらどうしようかを考えていた。どうせ妙な企みがあるならアクアがどうにかするだろうし、そちらを考えていた方がましだった。
(あんた、女との関わりなんてほとんどなかったからね。押しの強い女にほだされても不思議じゃないわ。でもね、結局貴族と平民なんだから、生活が合わないわよ。その辺、しっかり考えておくことね)
それから、ユーリヤという女がさらに増えて、カタリナはご機嫌斜めだった。
(なによこいつ。助けられたからって、そこまでになるものなの? 一目ぼれだったりするのかしら? ユーリの顔は、まあ、悪くはないけど。なによ、べたべたして。アクアもアクアだわ。何でこんな奴に好き勝手させてるのよ。あたしの身体を奪ってまで、ユーリのそばに居たかったんじゃなかったの? あなたの思いは、結局その程度だったの?)
結局ユーリヤとパーティを組むことに決めたユーリだったが、カタリナはユーリヤに警戒していた。
(こいつ、明らかにおかしい。何でこんなにうまく連携できるのよ。あたしだって、ユーリと初めて組む時には苦戦したってのに、ほとんど初対面のこいつがここまで? こいつ、ユーリの何を知ってるのよ)
それからしばらく後、ユーリがサーシャやユーリヤとデートしている時間に、カタリナは1人の時間をユーリの顔を思い描くことで耐えていた。
(ユーリなら、あたしがデートしようって言ったらもっと喜ぶでしょ。どうせエスコートは下手でしょうけど、そこはあたしが補ってやればいいか。あんたは、あたしの後ろをついてくるのがお似合いなのよ。ちょっと色っぽい格好をしてやれば、すぐドギマギするんでしょうね。その時の顔、きっと見ものよね。ユーリ、早く帰ってきなさいよ……あたしが待ってるのよ……)
カタリナを操るアクアととユーリが二人で出かけている時、アクアがデートの事を口にしたことで、カタリナは、神聖な自分とユーリのデートが汚されたような気分と、サーシャやユーリヤからユーリの目を奪い返せるような気分の間で悩んでいた。
(あたしとユーリの初めてのデートをアクアに奪われたくない。でも、他の女にユーリを奪われるのも嫌。どうすればいいのかしら……まあ、このユーリの顔なら、あたしがユーリの一番なのは間違いなさそうね)
結局アクアが冗談だといったとき、カタリナはユーリとデートでしたいことを考えていた。ユーリの全部を自分のものにする。その決意を改めてしていた。
(サーシャさんとしたことも、ユーリヤさんとしたことも、ステラ先生としたことも。全部全部あたしが上書きしてあげるわ。楽しみに待ってなさいよ、ユーリ?)




