31話 カタリナと
ぼくは今日、カタリナと装備を整えるための買い物に来ていた。
ある程度お金もたまったことだし、そろそろ装備を更新しようとチームのみんなで相談して決めた。
ユーリヤの武器はほとんど新品同然だったので、今回はカタリナと二人で来ることにしていた。まずはカタリナの弓と矢を見るつもりだ。
ぼくたちは武器屋で弓と矢を見ながら相談していた。弓はある程度良い物を買うつもりだが、矢をどうするかは悩みどころだった。
あまり高い物を使うと、どんどんお金が減っていくことになるので、収入が減ったときのことを考えるか、高い成果を出すための出費と割り切るか。そのバランス感覚が求められていた。
いろいろ矢を見ていく中で、いろんな矢が見つかった。
爆発物がセットされており、当たった相手にさらにダメージを与えるもの、モンスターの素材が使われており、それに応じた効果が発動できるもの、毒が仕込まれているもの、油が仕込まれており、火矢に使えるもの。
確かに便利なのだろうけど、値段も考えるとどれもしっくりこなかった。
切り札にすることも考えたが、ずっといろんな種類を持ち込めば、不便なだけだろうという判断になった。
悩んでいると、カタリナがこちらに矢を持ってくる。
「これなんかどうよ? 矢の先に仕掛けがあって、矢の中に入れておいたものが、命中した時に出てくるそうよ。
見た目の割にいろいろ入るみたいだから、アクア水と一緒に何か入れておいて、アクア水ごと操作できたら便利そうじゃない?」
カタリナから提案された矢を見てみると、矢の後ろ側に何か入れられるようで、入れた後は閉め切れるようだった。
当たったときに矢の先から仕込んでおいたものが出る構造になっているらしい。値段も手ごろで、モンスターの素材を使っているものよりも、はるかに安かった。
でも、矢の中に入るサイズで、アクア水と一緒に動かせるものか。何があるかな。粉状の物か、液体状の物に限られるよね。
まあ、毒を入れておいて、アクア水で敵の体に入りやすくするだけでも最低限の仕事はできるか。それ以上のことは、何か新しく思いついた時でもいい。この値段なら、それでも損はしないだろう。
いや、アクア水が入れられるのなら、矢が外れそうな時でも操作できるじゃないか。カタリナが撃つ速度よりアクア水で矢を速くすることもできる。
アクア水なら、一日くらいは置いておいても問題なく操作できる。これはかなり便利じゃないか? ぼくはこの矢を買うことに決めた。
「カタリナ、これならいろいろと使えそうだよ。これ、買っておこうか。あるだけ買ってもいいんじゃないかな」
「何か思いついたようね。ま、あんたがそこまで気にいるのなら、1回くらいは買ってやってもいいわよ。せいぜいこれを使ってあたしの役に立ちなさい」
結局、普通の矢以外は先ほどの矢だけを買うことにした。弓はどうするかな。カタリナに全部任せてもいいけど、それなら別のものをその間に見ておきたい気もする。
まあ、カタリナとこうして二人でいるのも久しぶりな気がするし、一緒に見るのも悪くないかな。
それからしばらくカタリナが弓を選んでいるのを見ていると、カタリナは木製の弓と金属製の弓で悩んでいるようだった。
どういう所で悩んでいるのか気になったので、カタリナに聞いてみる。
「カタリナ、何について悩んでるの? とりあえず話してみるだけでもどうかな」
「あんたには分かんないでしょうけど、ま、いいわ。あたし、金属製の弓って使ったことがないのよね。ちゃんと管理すれば、木製の弓より持つらしいし、射程も長いそうよ。
ただ、引くのに相当力がいるらしくて。木製の弓はいつも使っているんだけど、良い物があったとしても、結局そう長いことは使えないのよね。だから、どちらを買おうか悩んでいるのよ」
「だったら、両方を買ってみてもいいんじゃないかな。それくらいの予算はあるよ」
「使わない方の手入れもしなくちゃいけないなんて、あたしは嫌よ。でも、今回きりならいいかもしれないわね。次からは金属製か木製かで悩むことは無いでしょうし」
せっかくの機会だから、カタリナには新しい道具を試してもらうといいかな。カタリナも興味があるから悩んでいるはずだし、1度くらい失敗してみてもいいだろう。
「金属製がだめだったら、木製にするってことでいいんじゃないかな。一度実際に使ってみないことには分からないでしょ。練習だけだと実際に分からないことも多いんだから」
「ねえ、あんた。金属の錆をアクア水でとれたりしないのかしら? それだったら、あたしも少しは楽になるかもしれないわ」
どうだろうな。アクア水で物の1部分だけを操作したことはないような気がする。
別れているものを操作することには慣れているけど、錆と金属は別々のものではない気がするから、いきなりは無理だよね。
「どうだろうね。まさか実際に弓を錆びさせるわけにもいかないし。まあ、今度何かで試しておくよ」
「そ。じゃあ、あたしがちゃんと管理するしかないわけね。はぁ、今から気が重いわね」
「あはは……でも、素人のぼくが手伝うわけにもいかないからね。頑張って、としかいえないかな」
「そうでしょうね。あんたもちゃんと覚えてくれたら、あたしも楽ができるんだけど。ま、あんたには荷が重いか」
実際はどうなんだろう。カタリナが楽できるというなら、覚えてみたいとは思うけど。
ただ、カタリナはかなり細かく弓の調整をしているみたいだからな。そう簡単ではないか。
結局2つとも買うことにしたぼくたちは、次は防具を揃えに行く。カタリナはいつも通り軽装にするつもりのようだ。
「あんた、攻撃にはアクア水があるんだから、防御をしっかり考えた方が良いんじゃない?
あたしはそもそも攻撃を受ける立ち回りをするのが間違っているわけだから。最低限は装備するけど、動きやすさの方が大事なのよね。
あんたは接近戦もするんだから、それなりに防御を固めてもいいでしょうよ」
どうだろうな。アクア水を攻撃に使うとなると、いろいろ持ってはおきたいところだし。
それに、剣と盾も持っていくんだから、どうしても装備は重くなる。防御を固めたところで、まともに攻撃を受け続けるようならあまり意味はないからな。悩みどころかもしれない。
それからいろいろ防具を試してみるけどなかなか良い物が見つからない。動きを阻害しなくて、防御力があるものか。そんな都合のいい物があるだろうか。
そう思いながら商品を眺めていると、砂を入れたらしき袋が見つかる。これを重りにしたりするらしい。
なんとなくそれを見ていると、あることが思いつく。
そうだ。アクア水を防御に使えないか? アクア水を体にくっつけておいて、常に防御できる状態にしておくというのはどうだろう。アクア水で攻撃を妨げることが出来ることは分かっている。それを何とか応用できないか?
思いついたアイデアを確かめるために、店主に武器を使う許可を得る。
アクア水を空中に出し、それに向けて全力で剣を振る。アクア水は常に外側に向けて物を操作する感覚で使ってみた。その結果、剣を押し返すことに成功する。
アクア水を服の中に入れておいて、同じことをすればどうだ? ある程度効果を見込めるんじゃないだろうか。
店主に思いついたアイデアを話してみると、先ほどの内容に応じた防具を作ってくれるらしい。予定では、少し分厚い服くらいの感覚で着られるらしい。今からその防具の完成が楽しみだ。
「あんた、あたしの意見も役に立ったでしょ? ま、アクア水を使うとは思わなかったけど」
「そうだね。カタリナの言葉があったから、防具をどうするか考えたわけだし。助かったよ。ありがとう、カタリナ」
それからは武器と防具を見繕うことはやめて、2人で適当にぶらついていた。最近はアクアもつれていくことが多かったから、こうしてカタリナと2人なのは久しぶりだな。
「あんた、サーシャさんともユーリヤさんともデートしたのよね。どうだったのよ?」
「そうだね。サーシャさんとは公園に行って雑談をして、サーシャさんのおすすめの料理を食べさせてもらって、それから服屋で服を買ってもらったかな」
「雑談って、何を話したのよ? どうせあんたのことだから、いい雰囲気にはならなかったんでしょうけど」
いい雰囲気にはなっていないと思う。でも、サーシャさんと前より親しくなるきっかけくらいにはなったかな。
「詳しくは言えないけど、サーシャさんの契約技についてかな。ほら、サーシャさん、モンスターと契約しているらしいし」
「ほんと、あんたってば、せっかくデートに行ったのに、そんな色気のない話しかできないなんてね。それにしても、サーシャさん、そんなことまで教えてくれたのね。契約技なんて、内容を知ったら対策することが当たり前でしょうに」
本当にね。サーシャさんの能力にどう対応するかはすでにいろいろと考えてしまっている。サーシャさんと敵対するつもりはないけれど、ついどういう手が効果的かいろいろと思い浮かべてしまう。
「そうなんだよね。一応、あまり人に伝わってもいけないから、出来ればパーティメンバーにも話さないつもりだよ」
「ま、妥当なところでしょうね。あんたから広まったなんて知られたら、恨まれるどころでは済まないでしょうし。あんたのヘタレさも、こういう時には役に立つのよね。それで? 食事ってのはどんなものだったのよ」
「グロリアカウのスープって言ってた。肉が柔らかくて、スープの味もしっかりしていて、とても美味しかったんだよね」
ぼくがそう言うとカタリナは目を大きく見開く。よほど驚いているみたいだ。何かおかしなことでも言っただろうか。
「いや、あんた、グロリアカウよ? 知らないの? 普通の村人じゃ一生をかけても食べられないっていう高級食材じゃない。よくそんなものを食べさせてもらったわね。サーシャさん、思ってたよりあんたの事を気に入っているのかもね」
「そうだと嬉しいけど。それで、最後の服屋なんだけど、ぼくの服を選んでもらって、サーシャさんの服を選んで、それで、カタリナたちへ贈った服も選んだんだ。全部サーシャさんに支払ってもらったのは申し訳ない気もするけど」
「あんたね……あんまり他人に借りを作るもんじゃないわよ。いくらサーシャさんだって、貴族なんだから、変な形で取り立てに来たらあたしたちも困るんだからね。気をつけなさいよ」
そうかもしれない。ぼくだけの問題じゃ済まないかもしれないってことにまで、思い至ってなかった。今後は気を付けた方が良いかもしれない。
でも、普通に断ればいいんだろうか。そういう作法には詳しくないんだよね。
「ま、いいわ。いまさらだし。それで、ユーリヤさんとはどうだったのよ」
「食べ歩きに行って、ユーリヤに服を選んでもらって、ユーリヤの服を選んで、それくらいかな」
「だいぶサーシャさんの時と被ってるような気がするけど、あんたがそれを決めたの? だとしたら、今後は気を付けた方が良いわよ」
カタリナはずいぶん呆れたような目でこちらを見る。そうだよね。他の人と同じところへ連れていくと何も考えていないように思われるらしいし。
でも、どういう事をすると正解なのかはよく分からない。
「ユーリヤが決めてくれたんだ。ユーリヤの選んだ食事、美味しかったな」
「そ。それにしても、ユーリヤさんはずいぶんあんたのことに詳しいわよね。もしかしたら、サーシャさんのデートについても知ってて、合わせてきたのかしら」
「どうだろう。それでも不思議じゃないくらいだけど」
「ま、いいわ。それで、あんたはあたしもデートしたいって言ったら、連れて行ってくれる……?」
そう言うとカタリナはぼくのことを見上げる。
カタリナとデート。すごい。考えただけでドキドキしてきた。カタリナとデートなんて、考えたこともなかったけど、絶対楽しい時間になる。
なんなら、よほどひどいデートコースでも、カタリナとならいい思い出になるような気がする。
「ふふっ、良い反応ね。冗談よ、冗談。でも、あんたがどうしても行きたいって言うなら、またの機会に考えてあげてもいいわよ」
「冗談か。びっくりした。でも、カタリナとのデートなら、きっと楽しいよ。ぼくは行ってみたいな」
「ま、気が向いたらね。それじゃ、ユーリ。帰りましょ」
そのままぼくたちは家に帰っていった。本当にびっくりした。
でも、さっきのカタリナ、本当に可愛かったな。また見てみたいかも。




