28話 悩み
ぼくはまた冒険者としての活動を行っていた。
あれから、サーシャさんと一緒にみんなに買ってもらった物を贈ったが、みんなは喜んでくれた。
それを着ているところや着けているところを見せてもらったけど、みんなとてもよく似合っていた。良い光景が見られた気がして気分が良かった。
今日もマナナの森でモンスターの間引きを行っていた。サーシャさんが言うには、いつもよりモンスターが増えるペースが速いらしい。何かの前兆かもしれないので、気を付けるようにとのことだった。
「ユ、ユーリさん。わたしたちだけでの活動にも慣れてきましたねっ。アリシアさんやレティさんがいなくても、ある程度はやれるんじゃないでしょうかっ」
「まあ、異変がなければ大丈夫だとは思うけど、その異変が起こっているかもしれないんだよね。気を付けるに越したことはないよ」
「大丈夫です。あなたのユーリヤが、ユーリさんのことをしっかり守って見せますっ」
「うん。ユーリは何があっても守る。油断はしない方が良いけど、心配しなくていい」
「ユーリがアクアやユーリヤを守ってやるのよ。あんた、それくらいはちゃんとしなさいよ。ま、仕方ないから背中くらいは守ってあげるわ」
みんなしっかりした顔をしていて本当に心強い。何があってもとはいかないかもしれないけど、大抵の事ならみんながいれば乗り切れるような気がした。
それからしばらくモンスターを倒していると、モンスターが不自然に減っているところがあった。もしかしたら、異変の原因かもしれない。
「みんな、気を付けて。何かおかしい。いつでも戦闘に移れるようにしておいて」
「分かってるわよ。ユーリ、あんたこそ気をつけなさいよ。あんたは弱っちいんだからね」
「ユーリさん、その感覚、当たっているみたいです。あそこを見てください」
そう言ってユーリヤは指を指す。目を凝らして見てみるものの、何かあるようには思えない。ついユーリヤの方を見てしまう。
「そうでした。わたし、とっても目が良いんです。あの先に危険なモンスターがいますから、気を付けてくださいね」
「近づいても大丈夫そうかな? どんなモンスターかは分かる?」
「恐らくドリアードです。アクア水が届く位置くらいなら、大丈夫ですよ」
ユーリヤの言葉を信じて、そちらの方へ向かっていく。ぼく、アクア、ユーリヤ、カタリナの順でドリアードだというモンスターに近づいて行った。
ある程度近づくとモンスターが見えてきた。木が人型になったような存在。確かにこれはドリアードだろう。そう思っていると、ドリアードに話しかけられる。
「ようこそ、皆さん。せっかくここまで来てくださったんですから、歓迎しますよ。こちらへどうぞ」
そう言ってドリアードは手招きする。どうしようか迷っていると、ユーリヤが耳元で声をかけてくる。
「ユーリさん、あそこ。落とし穴です。あのドリアード、こちらを罠にはめる気ですよ」
ユーリヤが指さす方を見るが、よくわからない。なので、その地面の中にアクア水を出現させる。
すると、確かに地面は空洞になっている。棘のようなものまであった。確かにこれは罠だろう。ぼくは地面をアクア水で壊す。
そして、地面に穴ができる。それから、その様子を見ていたドリアードが本性を現した。
「ざーんねん。気づかれちゃったか。でも、あなたたち程度じゃ私を倒せるはずがないんだから、さっさと諦めて養分になりなさい」
「あなたごときにあたしたちが負けるわけないでしょ。いいわ。さっさと片付けてあげる」
強気な言葉を発するカタリナだったが、警戒は緩めていない。鋭い顔をしたままだ。
アクアがドリアードに近づくのに合わせて、カタリナは弓を放つ。ドリアードに突き刺さったが、ドリアードは特に気にした様子もなく、こちらに近づこうとしてくる。ぼくたちはいったん距離を取る。
すると、ドリアードが木の根のようなものをこちらに伸ばしてきた。ぼくはアクア水でそれを弾いてその軌道をずらす。
「水を私にくれるなんて、本当はもう諦めてるのかしら? なんにせよ、いい気分だわ。水分までもらえるんだから」
ユーリヤが鉄の糸で攻撃しているようだが、それも効いていない。だが、さっきの言葉でいいことを思いついた。ぼくはアクア水をドリアードに向けて放つ。
「美味しい水ね。わたしの養分になる気になったようね。ほら、こっちに来なさい」
そう言ってドリアードはアクア水を吸収する。ぼくはそこから、ドリアードの体内の水分ごと、アクア水をドリアードの体外へと出した。するとドリアードは苦しみだす。
「どうして、こんな奴なんかに……ねえ、悪かったわ。だから、助けて頂戴よ。ね? お願い」
「そう言って、またぼくたちを狙うつもりなんでしょう。その手は通じませんよ」
不意打ちをしようとしてきた相手の言う事を信じる気にはなれなかったから、そのままとどめを刺す。
「嫌……いやぁ! なんで、なんでなの! 私はただ生きていただけなのに……」
ドリアードは苦しみを顔に浮かべたまま息絶える。とても苦しそうだった。
もしかしたら、ドリアードは本当に反省していたのかもしれない。そう思うと、なんだか心が沈んだ。
「ユ、ユーリさん。うまくやれましたねっ! 大物を退治できましたよっ」
「……そうだね。ユーリヤ、今回はありがとう。おかげで助かったよ」
「ユ、ユーリさん。何か気になることでもあるんですか? あなたのユーリヤが、相談に乗りますよっ」
気になることというか、ちょっと気が重いというだけではある。いずれ通らなくてはいけなかった道だろうし、隠すことでもないか。
「あのドリアード……本当に反省していなかったのかな。少し気になっちゃって」
「そ、そうですね。モンスターというのは凶暴なものが多いので、ユーリさんとアクアちゃん、アリシアさんとレティさんのような関係を築けることはほとんどありません。きっと、反省なんてしていませんよっ」
「そうだよね。そのはずだ」
口ではそう言うけど、納得できてはいない。ぼくのそんな様子を見たカタリナは、少し心配そうな顔をしてからぼくに話しかけてくる。
「なによ、うじうじしちゃって。大きいモンスターを倒せたんだから、さっさと帰りましょ。あんたがそんなざまなら、あたしたちまで危険になっちゃうわ」
「ユーリ、帰ろう。アクアをいっぱい撫でるといい。きっと落ち着く」
「そうだね。なら、帰ろうか」
そしてぼくたちは組合へ戻り、サーシャさんに報告する。サーシャさんは高額の報酬を約束してくれた。
それから、家に帰ったぼくは、ステラさんに先ほどのことを相談する。
「今回初めて人型のモンスターを倒したんですけど、なんだかすごく後味が悪くて。この前、男たちに襲われたとき、殺してもいいかと思っていたんですが、ぼくは簡単に考えていたんですね。こんなに苦しいとは思わなかったです」
「なるほど。モンスターには言葉が通じるものもいますからね。そういうモンスターは人を騙して餌食にすることが多いです」
それはぼくも知っていたし、ドリアードからは怪しさばかりを感じたから、とどめを刺した。
「人と契約するモンスターのほとんどは、テイムしたモンスターが進化したものですから。だから、きっとそうするしかなかったんです」
ステラさんは悲しそうな顔を浮かべて話す。ぼくとしては、本当に和解の道はなかったのだと信じたいけど、つい分かり合えたかもしれないと思ってしまう。
「それに、私はたとえほかの人を犠牲にしてでも、あなたたちには無事に帰ってきてほしい。今回ユーリ君が倒したモンスターと話が通じる余地があったとしても、あなたたちの安全に替えるようなことをして欲しくはありません。
ユーリ君、あなたはカタリナさんやアクアちゃん、ユーリヤさんのためにモンスターを倒したんですよね? それでいいんです。きっと皆さん、あなたの優しさが通じていますよ」
話の最後あたりでステラさんはとても優しい顔になった。
ステラさんの言う通りかもしれない。ぼく1人だったら、きっともっと対話の余地がないか探っていただろう。皆で無事に帰るために、話を打ち切ることに決めた。
でも、それって自分の行動の責任を皆のせいにしているようなものだ。それでいいんだろうか。
「まだ納得がいっていないようですね。初めての事ですから、仕方がありません。
ですが、アリシアさんとレティさんに相談してみるのはいかがでしょう。私はあくまで冒険者とは関係のない人間ですが、彼女たちなら、また別の視点から何かアドバイスを頂けるかもしれません。話は私の方から通しておきますから、彼女たちの話を聞いてみてください」
ステラさんはぼくの相談に本気で応えてくれている。だから、しっかりこの問題を解決したいと感じた。
それからその日はアクアを強く抱きしめて眠った。アクアのそばにいるとやっぱり安心できる。アクアにはいっぱい安心させてもらっているし、アクアに悩みが出来たなら、ぼくが解決してあげたい。
次の日、アリシアさんとレティさんにドリアードの件について相談した。
「人型のモンスターを倒したときの後味の悪さって、なにか軽減させる方法ってありますか?」
「君たちはドリアードを倒したんだったね。ドリアードはとても厄介なモンスターだ。まずは、君たちがドリアードを倒せるようになったことを褒めておこう。本当におめでとう、君たちはよくやった」
「ありがとうございます……」
アリシアさんたちはぼくの姿を見て納得しているような顔をした。もしかしたら、よくある悩みなのかもしれない。
「相当気に病んでいるようだね。でも、それは仕方のないことだ。モンスターと契約するような人間が、モンスターとの対話の可能性を信じていなければ、そのモンスターと契約者は必ず破綻するだろう」
そうだよね。アクアの事を話が通じない相手だなんてとても思えないし、レティさんだってそうだ。だから、他のモンスターにも話が通じると期待したんだ。
「それに、君の感じている罪悪感はとても大切なものだ。人を傷つけることに何も感じていないような人間は、容易に他者を傷つける。その結果として周りに敵がどんどん増えるということは良くある話さ。冒険者が頼れる他者というのは存外少ない。
だから、周りに敵を増やすばかりでは、簡単に立ちいかなくなってしまう」
ぼくは敵に対して容赦したいわけでは無い。他者を傷つけることは苦しかったけど、それでためらった結果としてカタリナやアクアにユーリヤ、他の大切な人たちが傷ついてしまうことの方が怖いから。
でも、敵を増やしてみんなが危険になることも、同じくらい避けないといけないよね。
「結論としては、とても陳腐になるけど、慣れるしかないということになる。それまでの間、君はパーティの皆や、サーシャさん、ステラさんのためだと思って戦うといい。君は君自身のためだと力を発揮できないところがあるからね。
今は周りの人のために、敵を倒すんだ。いずれは自分のためにも出来るようになってほしいけどね。それはおいおいにしていこうか」
うん。結局そうなるよね。でも、アリシアさんも同じ意見だと思うと勇気が湧いてくる。今でも完全に納得はできないけど、そうするしかない事はよくわかる。
「うんうん。それに、わたしが言うのもなんだけれど、わたしやアクアみたいに人と友好的なモンスターって、いないようなものだと思った方が良いよ。
アリシアもわたしがいたから、モンスターと対話しようとして危ない目にあったことは何度もある。わたしは止めたんだけどね。アリシアも通った道だから、あなたの考えてることはよくわかるよ。その上で言うけど、よっぽどいい出会いがない限り、あなたが信じるのは、わたしとアクアだけで良いかな」
そんなものなのか。アリシアさんたちでもうまくいっていないのなら、ぼくたちがうまくやることはとても難しいはずだ。なら、仕方のない事なのかもしれない。
「それを言われると恥ずかしいな……でも、君には私たちがいる。つらいときは、そのことを思い出してほしい」
「ありがとうございます。いますぐ解決はできませんが、アリシアさんとレティさんの言葉、大事にします」
「うん。それでいい。また何かあったら、気軽に相談してくれていいからね」
そう言ってアリシアさんとレティさんは去っていった。もやもやが消えたわけじゃないけど、頑張るための活力が沸いてきた。大丈夫。今度はきっともっとうまくやれる。




