27話 逢引
ぼくは今日、サーシャさんと約束していたお出かけに来ていた。待ち合わせ場所に向かうと、すでにサーシャさんが待っていた。
「すみません、お待たせしてしまったみたいですね」
「いえ、お気になさらず。ユーリ様を待つというのも、楽しい時間でしたわ」
「ありがとうございます、そう言っていただいて。今日は何をする予定なんですか?」
「ふふっ。いろいろ、ですわ。まず向かいたい所がありますわ。着いてきてくださいまし」
そう言ってサーシャさんはぼくの手を取る。
そのままサーシャさんは歩き出した。こういうことはカタリナ位としかしたことがないから、結構ドキドキする。
しばらく歩いて、公園のようなところに着いた。ぼくは組合とステラさんの家、後は最低限の店位しかこの街を知らないので、こういう所もあるのだなと感心していた。
ベンチのようなものが真ん中にあり、サーシャさんはぼくの手を引っ張ったままそこに座った。
それにしても、全く人がいないな。こういう場所にはもっと人がいてもいい物だと思うけど。
「さ、ユーリ様。隣へどうぞ」
そう言われたので隣に座る。少し離れたところに座ると、サーシャさんがすぐ隣にまで寄ってきた。ぼくは照れてうつむいてしまう。
「ふふっ、初々しいですわね。せっかくの機会ですわ。もっとお互いのことを知りたいと思いますわ。ですので、ユーリ様の事を話していただいたり、わたくしに質問があればそちらにもお答えいたしますわ」
急に自分のことを話せと言われても、何を話せばいいのかわからない。そうだな。サーシャさんはモンスターと契約しているらしいし、それについてもう少し聞いてみるか。
「サーシャさんは以前、モンスターと契約しているといいましたが、どんな契約技を使えるんですか?」
「冒険者のユーリ様らしい質問ですわね。ふふっ、それは気になりますわよね。せっかくですから、体感していただきましょう」
そういったサーシャさんは改めてぼくの手を握る。すると、ぼくからサーシャさんに何かが流れ込んだような感覚になった。
ほんの少し流れただけだけど、これを多く失ったらまずい、そう感じた。思わずサーシャさんの方をじっと見てしまう。
「気が付きましたか? わたくしの能力は、生命力のようなものを吸収できるのですわ。今はほんの少しだけですが、これを本気で吸い尽くすと、そのものは命を失ってしまうのですわ。
もちろん、わたくしにユーリ様を傷つけるつもりはありませんわ。ですので、今吸い取ったのは、クッキーの一枚でも食べれば回復する程度。
この能力があれば、ユーリ様ほどの冒険者ならともかく、そこらの冒険者程度には後れは取りませんわ。それが、エルフィール家の一員であるわたくしが、組合で活動できる理由の一つなんですわ。多少乱暴者が寄ってきたところで、どうとでもできますもの」
「そこらの冒険者に遅れは取らないと言いましたけど、相手に触れなければならないなら、運用するのは難しくありませんか? ぼくだったら、対策はいくつも思いつきますけど」
距離を取ればいい能力だとすれば、アクア水があるだけで本当にどうにでもできる。それ以外にも、全身を何かで覆うとか、遠くから武器で攻撃するとか、できる事はいろいろとあるだろう。
「わたくしの能力はエルフィール家で働いているものでも知らない方の方が多いですわ。ですので、対策を取られるということはあまりないかと思いますわ。
それに、そこらの冒険者というのは、ユーリ様が思っているよりはるかにレベルの低い存在ですわよ。
それはさておき、相手の安全を気にしなければ、わたくしの手の届く範囲よりはかなり広い範囲から生命力を吸収できますわ。
先ほどユーリ様と手をつないだのは、触れている方が細かい調整が効くからですわ。間違っても、組合にとっても、エルフィール家にとっても、わたくしにとっても大切なユーリ様に万が一のことがあってはいけませんもの」
なるほど。それは確かにかなり強い能力だな。それだけの範囲から生命力を吸収できるなら、組合で対応している相手から生命力を奪うことは容易だろう。
どれほどの効果なのかは分からないけど、サーシャさんに生命力を奪われたときにはかなりの危機感を覚えた。
生命力というくらいだから体力などにも影響があるだろうし、あの感覚を感じながら冷静に対処できる人がそう多いとは思えない。そこらの冒険者に後れを取らないというのは納得できる。
それにしても、サーシャさんは大事な秘密っぽいことでもかなり教えてくれるな。それだけ信頼してもらえているのだと思うと、嬉しくもあり、怖くもある。
サーシャさんはぼくにいったい何をさせたいのだろう。とんでもない事じゃないといいけど。
まあ、それは今はいい。そんなに強い能力を使えるモンスターを接ぎ木のように増やせるといっていたな。どこでそんなモンスターを手に入れたのだろう。
「ふふっ、気になることが増えたという顔ですわね。いいですわよ。ユーリ様でしたら、何でも、とは言いませんが、それなりに大事なことでも教えて差し上げますわ。答えられないことでしたら断わりますので、どうかお聞きになってくださいまし」
「なら、エルフィール家のモンスターはどうやって契約することに成功したのか、聞きたいですね」
「当然、気になりますわよね。このモンスターの大本は、王家が契約しているモンスターですわ。王家の方々は、わたくしよりはるかに強い能力を使える方が多いのだと聞きますわ」
王家か。またとんでもないところが出どころだな。エルフィール家は王家ともつながりがあるということなのか。それは強い権力を持ち合わせているはずだ。
というか、ただの1冒険者にそんなことを聞かせていいのだろうか。なんだか引き返せないところまで進んでしまったような気もする。
「それで、わたくしの両親の研究成果が、このわたくしの能力なのですわ。かつてこの国を建国したとされる、アーデルハイト様と同種の能力を発現させることに成功したのですわ。
もちろん、アーデルハイド様の足元にも及ばない出力と汎用性ではありますが」
アーデルハイド。ぼくでも知っている。この国史上最強の契約技使いといわれており、生命の活性化や弱体化、それらを自在に操ることで圧倒的な戦果を誇り、それによってこの国を造った女傑である。
今の話を総合すると、アーデルハイドは生命力の操作を行うことでそれらを実現したのだろう。活性化までできるということは、生命力の吸収だけではないのだろうか。
まあ、考えたところでわかるはずもないか。1000年近く前の話なのだから。
「それで、その成果によって、わがエルフィール家は王家から勲章を賜ることが叶ったのですわ。わたくしも、その偉大な両親に並べるほどの成果を残したいものですわね」
サーシャさんは両親のことを本当に尊敬しているみたいだ。そうでないと今のような顔は出来ないだろう。
なんというか、自慢げなような、嬉しげなような、いい顔をしている。ぼくには両親を尊敬するという感覚は分からないけど、きっとサーシャさんの両親は素晴らしい人なのだろう。
「ご両親の事、尊敬しているんですね。良い両親なようで、少し羨ましい気もします」
「当然ですわ。ユーリ様のご両親は……その顔、訊くべきではありませんでしたわね。失礼いたしましたわ」
顔に出ていたのか。両親の事はもう振り切ったつもりでいたけど、案外気にしてしまっているのかもしれない。
「……気にしないでください。ぼくにはアクアがいますし、カタリナも、ステラさんもいます。それに、アリシアさんやレティさん、ユーリヤ、サーシャさんにもたくさん助けられていますから」
「その中にわたくしも含めていただいたこと、本当に嬉しく思いますわ。そうですわ、せっかくですから、わたくしの好物の一つをごちそういたしましょう。ついてきてくださいまし」
そう言ったサーシャさんにまた手を引かれる。相変わらず恥ずかしいけど、少しだけ慣れてきたかな。
そのまま連れていかれた先には、小さな店があった。サーシャさんとともに入ると、店員らしき人に迎え入れられた。
「これは、サーシャ様。いかがなさいましたか?」
「こちら、オーバースカイのユーリ様ですわ。ユーリ様に、いつもの物をごちそうしてくださいまし」
「かしこまりました。すぐにお持ちいたします。ユーリ様、こちらへ」
ぼくはサーシャさんと一緒に連れられて行き、サーシャさんと同じ席に着く。結構高そうな調度品の割には、サーシャさんとぼくのテーブルはそれなりに小さい。どういう店なんだろう。
というか、外でサーシャさんと同じ席についていいのだろうか。
しばらく待っていると、テーブルに料理が並べられた。よくわからないけど、肉の入ったスープのようなものが出てきた。
「これがわたくしの好物の一つ、グロリアカウのスープですわ。さ、お召し上がりになって」
サーシャさんは手を付けることもなく促す。ぼくは困惑しながら、スープを飲み始める。
おいしい。肉に手を付けると、とても驚いた。肉ってこんなに柔らかくなるものなのか。
それに、スープの味と混ざって、肉だけではない美味しさを感じた。なんというか、層がいっぱいあるような感じでいいのかな。複雑な味だった。今までに食べたことがないけど、とても美味しいことは間違いなかった。
サーシャさんはぼくが食べる様子を微笑みながら眺めて満足げにした後、サーシャさんも食べ始めた。
ぼくが食べるより明らかにきれいな手つきで食べ進めていくサーシャさんになんとなく視線を向けてしまった。食べ終えたサーシャさんはこちらに向けて微笑むと、話し出す。
「ふふっ、気に入っていただけたようですわね。ですが、レディの食べる姿をじっと見るというのは、良いマナーとは言えませんわよ。わたくしは構いませんが、相手次第では機嫌を損ねることもありますわ。お気を付けくださいまし。
まあ、わたくしにユーリ様の視線が集中するというのは、いい気分ではありましたわ。わたくしはユーリ様にとって魅力的なようですし」
サーシャさんに好感を覚えているというのは確かだろう。本当に色々助けられているし。
それにしても、そういうことも気を付けないといけないのか。マナーというのは大変だな。
それから、ぼくたちは別のところに移動していた。今度は服屋だ。ぼくはサーシャさんにいろいろと着せられて、どれが似合うか確かめられていた。
「ふふっ。わたくしが着飾るのも楽しくはありますが、ユーリ様の服を自分好みのものにする、というのもなかなか良い気分ですわね。わたくしは、これが一番似合うと思いますわ。
ですので、こちらはユーリ様に差し上げます。冒険者としては着る機会は無いでしょうが、持っていて役に立つこともあると思いますわ」
ぼくが着ているのは、タキシードでいいのだろうか。なんとなく、偉い人が着ているイメージがある服だ。こんなものを貰っても、着る機会があるのだろうか。
まあ、サーシャさんとの食事会がまたあるなら、その時に着ていくとかでもいいか。
「それでは、次はわたくしですわね。ユーリ様、どれがわたくしに似合うと思われますか?」
そう聞かれたので、近くにあるドレスをいくつか眺める。なんとなく目についたのは、青いドレスだった。なんというか、派手過ぎず、地味過ぎず、サーシャさんのイメージに合っているように思えた。
「こちらがお気に入りになりまして? では、今から着替えてまいりますわ」
そう言ってサーシャさんは着替えて戻ってくる。思った通り、サーシャさんに良く似合っている。いつもの可愛らしさと同時に、気品も感じられる。我ながら良い物を選んだな。
「ふふっ、その顔を見れば、ユーリ様がどう思っているかは聞くまでもありませんわね。
では、わたくしはこれを買いましょう。ユーリ様は他の皆様にも何かお贈りになってはいかが? わたくしが支払いますので、お金の心配は無用ですわ」
そこまで支払ってもらっていいのだろうか。
ただ、ここの服を買おうとすると、これまでの報酬がほとんど消えてしまう。そんなことをするより、サーシャさんに支払ってもらった方が、みんなのためにはなるだろう。
「心配しなくとも、この程度、わたくしにとって大した額ではありませんわ。それよりも、わたくしとユーリ様から共同で贈った、という形にしませんこと? わたくしとユーリ様の絆の形、ですわね」
「わかりました。でも、機会があったら何かお返ししたいですね」
「そんなこと、ユーリ様が気にすることはありませんわ。わたくしにも、メリットがありますので」
メリットっていったい何だろう。
まあ、サーシャさんの依頼は優先的に受けるくらいしかぼくには出来そうにない。あまり気にし過ぎても、空回りするだけかもしれないな。
それから、アクアには黒のドレスを。カタリナには白のドレスでステラさんには茶色のドレス、ユーリヤには赤のドレスを選んだ。
アリシアさんやレティさんは、自前の物が余っているくらいらしいのでやめておいた。その代わり、アクセサリーをいくつか選んだ。
「これで全部ですわね。また、わたくしと一緒に彼女たちに渡すことにいたしましょう。ユーリ様、本日は楽しかったですわ。また、こんな機会を用意したいですわね」
それからサーシャさんとぼくは元の待ち合わせ場所に戻った。
「ユーリ様、あなたはあなたが思っている以上に素晴らしい冒険者ですわ。今後も、見守っておりますわ。ですので、安心して冒険者活動をしてくださいな。それでは、また組合で」
そう言ってサーシャさんは去っていく。今日は楽しかったけど、サーシャさんにいろいろ貰い過ぎたような気もする。返していけるように、また頑張ろう。




