23話 休日
ぼくたちは今日、ステラさんの家で休んでいた。案外疲れがたまっていたらしく、のんびりするとだいぶ気分が楽になった。そうしていると、ステラさんに話しかけられる。
「ユーリ君、だいぶ疲れているようですね。冒険者としての活動は、大変でしたか?」
「ぼくとしては、今のところは楽なものだと思っていたので、休んでみて、案外疲れていたんだなと思いました」
「そうですか。それでしたら、ユーリ君。提案があるのですが」
このタイミングで提案されるってことは、疲れが取れる何かなんだろうけど、想像がつかない。ステラさんの提案はどんな内容だろう。
「一体なんでしょう? ステラさんの提案なら、できるだけ受けてみたいとは思いますけど」
「そう言っていただけると嬉しいです。それで、提案なんですが、私のマッサージを受けてみませんか」
「マッサージ? ステラさん、そういう事もできたんですか?」
「はい。これはユーリ君には話しましたっけ。私は以前、モンスターと契約したいと思っていたんです」
アリシアさんにそんな話を聞いたな。確か、ステラさんに貰った指輪を、自分で使ってみたかったんだっけ。
「それでですね。契約できるようなモンスターは、人型であることがほとんどです。
だから、仲を深めるための手段の一つとして考えていたんです。結局、モンスターをテイムすることはなかったので、今まで使うことはありませんでした。
ですが、せっかくユーリ君たちにあの指輪を贈ったんですから、ユーリ君に頑張ってもらうために、こういう形のサポートをしてみてもいいかなと思ったんです」
なるほど。ステラさんは本当にあの指輪に思い入れがあるみたいだ。
そんな物を贈ってもらえて嬉しいけれど、ちゃんと期待にこたえられるか不安にもなる。
ステラ先生には失望されたくない。ぼくに今まで優しくしてもらえたし、いろいろアドバイスもしてもらった。本当に尊敬できる先生なんだ。
いや、不安になるより、どうやったら期待にこたえられるか考えよう。
今まで通り冒険者活動を進めるとして、指輪を使いこなすためにはどうしたらいいだろう。アクア水を使う時に楽になった感じはあったし、アクア水を使い続けるのもいいと思う。それ以外に何かあるかな。
ステラ先生は、契約モンスターとの仲が大事だとよく言っている。
だったら、アクアとの仲を深めてみるのもいいかもしれない。これまで通り遊ぶだけじゃだめだよね。何か考えてみよう。
「それで、ユーリ君。どうしますか? 私の腕が不安なら、受けなくてもかまいませんよ」
その言い方はずるい。そんなことを言われたら、受けるしかなくなるじゃないか。よし、覚悟は決まった。せっかく受けるんなら、しっかり受けて、今後の役に立てるようにしよう。
「ステラさん、よろしくお願いします」
「分かりました。では、部屋を移動しましょう。そこでユーリ君は、肌着になっていてください」
言われた通り部屋を移動して肌着になっていると、ステラさんも用意できたようで、こちらに向かってくる。いつもより少し薄い格好だ。そんなステラさんを見るのは新鮮で、少してれくさかった。
「それでは、そこの台にうつぶせになってください。その後、始めますね」
ぼくはうつぶせになったままステラさんを待つ。
すると、ステラさんはぼくの背中に触れ始めた。ゆっくりと力を入れてくる。痛くは無くて、少し気持ちいいかもしれない。
それから、ステラさんはぼくの様々なところをマッサージしてくれた。時々ステラさんの体の一部が当たって、なんだか恥ずかしい気持ちになった。
ステラさんは真剣にマッサージをしてくれているので、ぼくはがんばって無心になろうとしたけど、そこまでうまくいかなかった。
しばらくして、ステラさんがマッサージを終えると、体が軽くなったような感覚があった。でも、ぼくはなんだか疲れてしまった。
「ユーリ君、どうでしたか? 実践するのは初めてでしたが、うまくいっていたでしょうか」
「気持ちよかったです。今も少し体が軽くなったような気がします」
「それは良かった。ユーリ君、また疲れてしまったときには、私に言ってください。今度もマッサージしてあげますね。次はもっとうまくなっていると思いますよ」
マッサージを終えて着替えたぼくはカタリナのところへ向かった。カタリナは弓の手入れをしていた。
「カタリナ、休日でも武器の手入れをするんだね。ぼくも見習った方が良いかな」
「あんたの武器はアクア水じゃない。そこまで手入れは必要ないでしょ。剣だって、最低限の手入れくらいはしているんでしょう?」
「それはそうだけど……だったら、手伝おうか、カタリナ?」
「余計なお世話よ。あたしはあたしが一番使いやすいように弓を調整しているの。あんたには分からないでしょう?」
そんなことをしていたのか。カタリナの弓は頼りになると思っていたけど、こういう地道な努力にも支えられていたんだな。ぼくは改めてカタリナに感謝した。
思えば、カタリナの弓が外れたところなんて見たことない。カタリナの弓が通じない相手は、見てから避けたり弾いたりしてくるか、そもそも弓が刺さらないような相手だけだ。弓が刺さる相手なら、うまく隠れて撃ってくれることも多いし、本当にカタリナの弓の腕はいい。
前の闘技大会で戦ったスタンも弓はうまかったけど、ぼくはカタリナの方が親しいということを抜きにしても、スタンよりカタリナと組みたかった。
「本当にカタリナには助けられてるね。いつもありがとう」
「何よ急に。気持ち悪いわよ。まあ、あんたも見てるだけなんて暇でしょうし、少し解説してあげるわ」
「お願い。実はちょっと気になってたんだ」
「でしょうね。それくらいは分かるわよ。弓ってのはね、とにかく撃てればいいってものじゃないの。1人で活動するなら、そういうことを言う人もいるでしょうけどね。本体のしなりで弓の飛距離はだいぶ変わるし、その勢い次第では狙いと違うところに行くことだってあるんだから」
山なりに飛ばして的に当てるみたいな話だろうか。確かに速度が違えば、同じ角度でも描く放物線は変わる。当たると思った敵に当たらないことがあってもおかしくはないか。
「それに、弦はこまめに張り替えないと、狙いがずれるだけじゃすまないわ。最悪の時なんて、いきなり撃てなくなることもあるんだから」
狙いがずれるのも怖いけど、いきなり撃てなくなるとなったら、弓使いにとっては素手になったも同然だ。それは気を付けないといけないよね。
「ただ放っておいただけでも、撃つときの感触が変わってまともに撃てなくなる時もあるのよ。間違っても誤射なんてするわけにはいかない以上、弓の手入れをきちんとすることなんて、弓使いにとっては当然の事よ。あんたには分かんないかもしれないけど」
カタリナは態度とは裏腹に、本当に仲間のことを考えてくれている。
口の悪さ位で、カタリナの評価を下げるほどもったいないことはない。ぼくだって、口では悪く言われながらも、何度もカタリナに助けられたのだ。
そうじゃなかったら、いくら幼馴染だからって、カタリナと冒険者になろうなんて思えなかった。カタリナになら、ぼくの命を預けてもいいと思える。それくらいには信頼しているのだ。
それから、カタリナが弓の手入れを終えるまで見守っていた。
その後は、ぼくの部屋でアクアと話すことにする。せっかくだし、アクアがやりたいこととか聞いてみるか。
「アクア。アクアの趣味とか、好きなものとか、今まで聞いたことはなかったよね。アクアにはそういうものってあるかな?」
「趣味はユーリと一緒にいること。好きなものはユーリ」
「そっか。なら、改めて、ぼくたちの触れ合い方を見直してみてもいいかもしれないね。そうすれば、今までよりもっと楽しい気分になれるかもしれないし」
「ユーリといられるならいつでも楽しい。ユーリが何かしてくれるなら、それでもいいけど」
そういう事らしいので、試しにアクアと手をつないでみる。
アクアは相変わらず冷たいけど、アクアと手をつないでいると、なんだか心が近寄ったような気がして、少し暖かい気分になった。
「ユーリ、楽しい? 手をつなぐのは初めてかも。こういうのもいい」
アクアは喜んでくれているみたいだ。アクアからは物欲のようなものを感じないので、感謝を形にすることがなかなか難しい。
前にあげたブレスレットは大切にしてくれているみたいだけど、食事に対してもこだわりはないし、おしゃれが嬉しいという様子でもない。
ぼくが何かすることでアクアが喜んでくれるなら、何でもしてあげたいという気分だった。
「そういえば、アクア。この前のビッグスライムはぼくの剣ですぐにやられちゃったけど、アクアは剣ではやられないよね。どうやってるの?」
「水で衝撃をずらしたり、水だから通過させたり。アクアはどんな姿にもなれる」
そうなのか。今は人みたいな姿を取っているけど、普通のスライムの姿にもなれるのだろうか。
まあ、スライムは水なんだから、姿を変えることくらい出来てもおかしくはないか。アクア水だってどんな形にもできるわけだし。
「だとすると、物を取り込んだりもできるの? たとえば、ボールを体の中に入れたりとか」
「ユーリもやってみる? 腕、こっちに出して」
そういわれたので腕をアクアに差し出してみる。アクアは腹の中にぼくの腕を沈めていった。相変わらず冷たいけど、なんとなく心地よい気もする。
アクアだから安心できるのかな。他のスライムにこんなことをされたら、パニックになることは間違いないだろう。
しばらくじっとアクアの感触を味わっていると、アクアは楽しそうな様子で、ぼくに提案してきた。
「これ、すっごくいい。ユーリ、もっとユーリの体を入れさせて」
「どこまで入れるつもりなの? 全身が入っちゃったら、息ができないよね。さすがにそれは勘弁してほしいかな」
「大丈夫。空気を取り込むくらい、なんてことはない。ユーリ、早く」
「わかった。アクア、優しくお願い」
そう言うとアクアは大きくなり、ぼくの体を全部取り込んでいった。
アクアの体の中は冷たくて、何か浮遊感のようなものがあった。明らかに水の中にいるような感じなのに、息は問題なくできる。
少し不安だったが、大丈夫みたいだ。アクアの中でぼくはまどろんだような心地になり、体の疲れがさらに抜けていった。
1時間くらいたったころ、ぼくはアクアに解放された。アクアは明らかに上機嫌になっていた。アクアが喜んでくれたのは嬉しいな。
変な感じだったけど、気持ちよさもあったから、またやってもいいかもしれない。
「ユーリ、ありがとう。最高だった」
「どういたしまして。何かまた思いついたら、言ってみてね。できるだけ叶えてあげるから」
「わかった。ユーリ、また遊ぼう」
それからはいつものように過ごした後、眠りにつくことに。
今日はみんなの意外な一面を知れたな。またこういう機会があってもいいな。




