22話 食事会
ぼくたちはサーシャさんと約束していた食事会の待ち合わせ場所へと向かっていた。そのなかで、今回の食事会の事が話題になる。
「サーシャさん、美味しい物を用意するとは言ってたけど、どんなものを出してくるつもりなんでしょうね? まずかったら、文句を言ってやろうかしら」
「さすがにそれは……まあ、ぼくたちの知らないものかもしれないし、何とも言えないよね」
「美味しかったら、アクアの分も食べていい」
アクアはそう言うけど、ぼくは反対だ。
アクアには食事に対するこだわりなんてなさそうだけど、だからといって食べる必要がないわけでは無いのだろうし、できればしっかり食べることを楽しんでほしい。
「いや、アクアの分はアクアが食べて。アクアにも美味しいものを食べてほしいし、それにそういうことをするのはさすがに失礼じゃないかな」
「わかった。カタリナ、ユーリと手でもつないでみる?」
「何でそんなことをしなくちゃいけないのよ。あたしはそんなことごめんよ。サーシャさんに見られてもいいって言うのかしら?」
カタリナなら当然拒否するよね。アクアは何でそんな提案をしたんだろう。
それからも雑談をしながら待ち合わせ場所に向かうと、サーシャさんはすでに待っていた。
こちらを見つけたサーシャさんは、笑顔で話しかけてくる。
「ようこそいらっしゃいました。さ、こちらの準備はすでにできておりますわ。早速エルフィール家に向かいましょう」
「すみません、お待たせしてしまったみたいで。今日はよろしくお願いします」
「いえ、お気になさらず。今でも予定の時間よりは前ですもの。十分でございますわ。では、着いてきてくださいまし」
サーシャさんはぼくたちを先導する。それなりに時間がかかるということなので、ぼくは気になったことを訊いてみる。
「サーシャさん、前の一件で、サーシャさんがぼくたちに目をかけてくださっているという話がありましたよね。
ですが、エルフィール家の名前を出すということは、ぼくたちが変なことをすると、エルフィール家にも迷惑をかけてしまいかねないですよね。何か気を付けておくべきことってありますか?」
「ふふっ。冒険者の方々にかかわらず、わたくしたちの庇護を得られたと思ったものが、増長して余計なことをするということも、これまでには幾つかあったようですわ。
そういう方々は、自らが得られるメリットばかりに目を向けていらっしゃるばかりでしたので、ユーリ様のようにわたくしたちの都合も考えてくださるというのは、ユーリ様方を信頼してもいいと少しばかり思える材料になりますわね」
少しばかりか。サーシャさんにしっかり信頼してもらえるように精進しよう。
これまでサーシャさんと接してきて、ぼくはサーシャさんに信頼してもらいたいと思うようになっていた。サーシャさんにはこれまで色々と助けられているし、サーシャさんとの関係を大事にしたい。
「ただ、わたくしは大いに期待しておりますが、今のオーバースカイの皆様はあくまで駆け出し。エルフィール家の名前を使って横紙破りをなさろうとしないならば、現状において特に注意するべきところはありませんわ。
ただ、オーバースカイの皆様が大きく躍進された際、エルフィール家の助けあってのことだと言っていただければ、こちらにとっては大きな助けとなりますわ。暫くは無いでしょうけど、そういうことを意識してくださると、こちらは嬉しいですわね」
なるほど。まあ、ぼくたちはあくまでただの一冒険者だ。わざわざエルフィール家の名前を出さなければ、そこまでエルフィール家に注目もいかないのかもしれない。
話の内容を聞いている感じだと、ぼくたちが一流の冒険者になることを期待されていることは確かなようだ。
それはぼくたちの目標とも一致するし、それでサーシャさんの役に立てるのなら、ぼくとしてはありがたい限りだ。
「ぼくたちはできるだけ早くアリシアさんたちを超えることが目標なので、そうなれるように頑張ります」
「そうね。あの人たちが今のあたしたちより強いことは確かだけど、絶対に越えられない差じゃないわ。さっさと超えてやりましょう、ユーリ」
「そうなっていただけたら、わたくしとしても本当に嬉しいですわね。期待して待っておりますわ」
それからしばらくして、エルフィール家の屋敷に到着した。
かなり広い屋敷だし、貴族の家なんだから、兵士が見えてもおかしくないと思ったけど、それは見当たらない。ぼくたちの思い込みなのだろうか。
「サーシャさん、この家って警備とかされていないんですか? 見えるところにそれらしい人がいないんですけど」
「ふふっ、エルフィール家の調査でして? 過度な詮索は身を滅ぼしますわよ。
なんて、冗談ですわ。全く知られていないことではありませんし、説明しておいてもいいかもしれませんわね。こちらをご覧くださいまし」
そういってサーシャさんは胸元を広げる。
急なことに驚いていると、胸のあたりに樹のような模様が見えた。契約の証だ。
「エルフィール家では、皆、とあるモンスターと契約しているのですわ。そのモンスターが家の中への侵入を許さないのですわ。
それこそ軍隊ほどの規模でなくては、家の内部に入ることすらできないでしょう。家自体も頑丈ですし、扉はこの契約の証を通してしか開けられませんので」
モンスターと人との契約は1対1だと聞いていたけど、どうやってこの家の人たちは契約しているんだろう。まさか殺しているわけではないでしょ。
「モンスターとの契約ってどうしているんですか? 契約解除はどちらかの死が条件と聞いていますが、それ以外にもあるんですか?」
「実は、わたくしの家のモンスターは特殊な生態をしておりまして、一家のものが増えるたびに、モンスターも増えているのですわ。接ぎ木のようなイメージがわかりやすいかと」
なるほど。モンスターの数が増えているのか。それなら納得できる。
それにしても、エルフィール家はよくそんなモンスターと契約できたな。
「その話はもういい? サーシャさん、いくらなんでも破廉恥じゃないかしら? 他の人はともかく、ユーリは男なのよ?」
「口で説明しても納得は難しいかと思いまして。それに、ユーリ様でしたらかまいませんわ。誰にでもこんなことをするわけではありませんわよ」
これも期待の証なんだろうか。なんだか少し怖くなってきた。
でも、サーシャさんに頼らないと、冒険者活動で今より苦労することは間違いないだろうし、どうしよう。
いや、サーシャさんがぼくたちを悪いようにしたいわけでは無いだろう。多少利用されるくらいなら、笑って許せると思う。
「それはさておき、今の話は全く知られているわけでは無いと言いましたが、皆が知っているわけでもありません。できれば秘密にしておいてくださいまし。ユーリ様方を信用してお話ししましたのよ?」
「気を付けたいと思います。サーシャさんに迷惑をかけたいわけでは無いので、話すつもりはありません」
「そうしてくださいまし。では、こちらへどうぞ」
そう言ってサーシャさんは屋敷の扉を開ける。屋敷の中は豪華絢爛といった様子だ。
ただ、お金持ちのイメージでよくある、そこらじゅうが金だったり宝石だったりというわけでは無かった。
「なんというか、すごいですね。それ以外の言葉が見つかりません」
「ふふっ。何度も訪れていただければ、それ以外の言葉も浮かぶようになるでしょうか。そういう機会も用意したいものですわね」
また誘ってくれるつもりのようだ。中々緊張するけど、そのうち慣れるのだろうか。
まあ、サーシャさんとはもっと親しくなりたい。お世話になっているし、喜びそうなこととかを知れるといいよね。
そして食事会の部屋に案内された。言っていた通り、サーシャさんとぼくたちの分だけの食事が用意されていた。
「さて、こちらに座ってくださいまし。皆様に気に入っていただけるとよろしいのですが」
そう言ってサーシャさんは席に座る。その様子を見て、ぼくたちも席に着いた。
食事の内容は、ぼくの好きな魚料理や、カタリナの好きな果物のパイなどが用意されていた。アクアの好物はさすがにわからなかったみたいだ。何でも同じような様子で食べているから、ぼくもはっきり分かっているとは言い難い。
それにしても、ぼくたちの好物などどうやって調べたのだろう。貴族はそういうこともできるのだろうか。少なくともぼくはサーシャさんには何も教えていない。
「さ、いただきましょう。たんとお召し上がりになってくださいな」
サーシャさんが食べ始めるのを待って、ぼくたちも食べ始める。
うん。これはかなり美味しい。カタリナも気に入った様子で、楽しそうに食べている。しばらく食べ進めると、サーシャさんが話し出した。
「食事中にする話ではないかもしれませんが、皆様に知らせておいた方が良いことですので、一応話させていただきますわ。
この前ユーリさんに絡んだビッグスライム使いですが、行方不明となっています。痕跡を見る限りですと、危険な地域に行って、自滅したのだと思われますわ。あなた方が活躍しているから、自分でもできるとでも思ったのでしょうが、愚かなことですわね」
そうなんだ。自分が弱いとは自覚していただろうに。なぜわざわざ危険なことをしたのだろう。
まあどうでもいいか。ぼくたちにこれ以上絡んでこないなら。
「もう一つありまして。あなた方が捕えた、ブレンダン兄弟という男たちですが、捕らえておいたのですが、なぜかお互いが悪いのだと言い争いになり、そのままお互いに死ぬまで殴り合っていたようです。一応背後に何かいないか調べておきたかったのですが。せっかく捕らえていただいたのに、申し訳ありませんわ」
あの2人はいかにも乱暴者といった感じだったけど、お互いに死ぬまで殴り合うってどういう事なんだろう。そもそも、片方だけ死ぬとかじゃないんだ。一体どういう状況だったんだろう。
「気にしないでください。ぼくたちに襲い掛かってこないなら、ぼくたちとしては問題ないと考えています。サーシャさんにはお世話になっていますから、迷惑だとは思っていません」
「それは感謝いたしますわ。さ、食事の続きを楽しんでくださいまし。皆様の好物を用意したのですから、楽しんでいただきたいですわ」
それから食事を続けると、サーシャさんはぼくたちが食べる姿をニコニコして見ていた。そういう顔をしてくれると食べていてもいいんだと思えるけど、恥ずかしい気もするな。
「うん。ただ好物だからってだけじゃない。本当に美味しいわ。これならちゃんと食べてあげられるわ」
「本当に美味しいです。こんな機会を用意してくれて、ありがとうございます」
「ユーリ、美味しい? なら良かった」
それからしばらく食事を楽しんで、ぼくたちはすべて食べきってしまった。本当に美味しかったな。
「皆様方、楽しんでいただけたようですわね。この場を準備した甲斐がありましたわ。ふふっ、今度はわたくしの好物も紹介したいですわね」
「それは楽しみです。今日はありがとうございました」
「皆様方、お帰りの前に聞いていただきたいことがありますわ。最近、行方不明者が増えておりますわ。犠牲者はどうしようもない方々ばかりですから、多くの方は気にされていません。
ですが、原因が分かっていないこともあるので、皆様にも気を付けていただきたいのですわ。余裕がありましたら、調査もしていただけると嬉しく思いますわ。
ただ、はっきりした情報がないと報酬を支払うことができませんので、身の安全を第一にお願いいたしますわ。現状では、あなた方の安全に替えるほどの事態ではございませんわ」
サーシャさんがそう言うなら、積極的な調査というより、何かきっかけがあったらしっかり調べるくらいで良いかな。改めて依頼があったらちゃんと積極的に行動しよう。
「わかりました。気にかけておきますね。では、また」
「さ、門までお見送りいたしますわ。こちらへどうぞ」
そして門まで移動する。その間も雑談をしていた。
サーシャさんは話がうまくて、ついついいろいろと話してしまうし、サーシャさんの言う事を聞いていることも楽しい。本当にいい時間だ。
「皆様方、今日はありがとうございましたわ。これからもよろしくお願いいたしますわ」
「はい、こちらこそ。今日は楽しかったです。ありがとうございました」
「ええ。本当に楽しかったわ。ありがとう」
「サーシャ、またね」
そしてぼくたちはステラさんの待つ家へ戻った。今日は楽しかったな。サーシャさんとも、もっと仲良くなれた気がする。




