20話 スライム
「ユーリ君、カタリナさん、アクアちゃん、行ってらっしゃい」
「行ってきます。今日は今後の調整の予定ですので、早めに帰れると思います」
「分かりました。では、お気をつけて」
今日もステラさんに見送られて家を出る。
あれからしばらく。ぼくたちは何度か依頼を受けて、そのすべてを順調にこなしていた。
ステラさんの家で過ごすことにも慣れてきたし、ようやく少し落ち着いてきた気がする。
今日はサーシャさんと、今後の予定について話をすることになっている。サーシャさんとも、それなりに打ち解けることができたかな。
冒険者組合に着くと、すぐにサーシャさんが出迎えてくれる。
いつも出迎えてもらっているので、少し申し訳ないような気分になることもあるけど、毎回同じ人とだけ会話していればいいというのは、気が楽でありがたい。
「オーバースカイの皆様方。本日は前から決まっていた通り、今後の予定について話をさせていただきたいと思いますわ。
まずは、ビッグスライムの群れが現れたとのことですので、明日、それを討伐していただきたいと思いますわ。皆さまでしたら容易な依頼であろうと思われますわ。いかがなさいますか?」
「ビッグスライム以外のモンスターはどうなっていますか?」
「特におかしなことになっているとは伺っておりません。マナナの森にいつもいるようなモンスターに気を付けていただければ十分かと思われますわ」
マナナの森というのは、ぼくたちの最初の依頼でも向かったカーレルの街の西にある森だ。
道はしっかり作られているけど、そこから外れると途端に迷いやすくなる、うっそうとした木々の多い森なんだよね。いつものモンスターは弱い物ばかりだから、不意打ちにだけ気を付けていればいい。
「分かりました。では、その依頼を受けたいと思います。他には何かありますか?」
「アリシア様とレティ様ですが、最近依頼が多く入っておりますので、次回の共同依頼は、少し間を開けることになりますわ。最低でも1週間はかかることになるかと。
ですので、その間に、マナナの森の間引きを行っていただきたいと思っておりますわ。
ビッグスライムの依頼のついででも構いませんが、ビッグスライムはかなりの数いるようですので、わたくし個人としては、ビッグスライムを倒すときには、それに専念することをお勧めいたしますわ。急ぎというわけではありませんので、慎重に進めていただければよろしいかと」
「間引きですか。最近は、マナナの森で冒険者があまり活動していないんですか?」
「そうなりますわね。前回、別の場所とはいえ、キラータイガーが大量発生したということで、及び腰になっている冒険者が多いのですわ。
それで資金が尽きて、盗賊まがいの活動をするようになった者もおりますわ。慎重さは冒険者にある程度必要とはいえ、それで犯罪者になられては世話がありませんわね」
盗賊まがいの冒険者か。この街にいる冒険者に、ぼくたちに勝てる人はほとんどいないというのがサーシャさんの弁だけど、できれば人とは戦いたくないな。
ぼくたちに殺し殺されする覚悟が十分にあるとは言い切れないし。
「その冒険者たちの討伐が、ぼくたちに回ってくることはあるでしょうか。人が相手になるなら、モンスター相手と同じようにはいかないでしょうし、できれば事前に知っておきたいのですが」
「その心配はありませんわ。相手との実力差もわからないような手合いが、あなた方に襲い掛かる可能性は否定しきれませんが、我々といたしましても、オーバースカイの皆様には、できるだけ身綺麗でいていただきたいと思っておりますわ。
あなた方のように乱暴でない冒険者というのは、それだけで貴重ですのに、あなた方は実力も兼ねそろえていらっしゃいますわ」
サーシャさんは本当にぼくたちの事をよく褒めてくれる。嬉しいけど、適当に持ち上げられているだけじゃないかと少しだけ不安になる。
「そんな素晴らしい冒険者ですもの。こちらとしては、ある程度売り出していきたいのですわ。
その時に、モンスター相手が多いと、冒険者でないような方々に好感を持たれやすいのですわ。結局冒険者のことを、そこらのごろつきと大差ないと思っている方も多くいらっしゃいますので」
「分かりました。一応他者に対しても、警戒を怠らないようにしたいとは思いますが、わざわざ自分から人と戦おうとは思わないことにします」
「それがよろしいかと。万が一何かトラブルがありましたら、こちらに相談していただければ、こちらで対応を行いますわ。
あなた方にはそういう心配で余計な手間を使ってほしくありませんもの。せっかくの権力です。将来有望な方に投資するというのも悪くありませんわ」
サーシャさんにそう言ってもらえると、本当に相談したくなる。
サーシャさんが話しやすい雰囲気ということと、ぼくがトラブルに慣れていないことがあるから、1回だけ相談してみて、その時のサーシャさんの雰囲気次第で考えることにしよう。
「ありがとうございます。それで、その先の予定はどうしますか?」
「現状、マナナの森の間引きが終われば、すぐにあなた方に受けていただきたい依頼はありませんわ。一般依頼を受けるもよし、休養にあてるのもよしですわね。
まあ、あなた方の金遣いが荒いという話は聞いておりませんので、休養したとしてもすぐに問題が出ることはないかと思いますわ。あなた方は冒険者になられたばかりということもありますし、目に見えないところで疲れがたまっているかもしれませんわ。
最終的には自己判断ということにはなりますが、判断基準がはっきりするほど経験がないという現状でしょうし、一度休養を取って、どれほど疲れていたか確認していただくのもよろしいかと思いますわ」
休養か。ここのところ毎日依頼を受けているし、たまには休むのもいいかもしれないな。
「カタリナ、アクア、どう思う? ぼくは休んでみてもいいと思っているけど」
「そうね。せっかくの機会だし、ゆっくり羽を伸ばすのもいいかもしれないわね。ま、いいんじゃないかしら」
「アクアはどっちでもいい。ユーリと一緒にいるだけ」
「なら、一回休んでみようか。サーシャさん、そういうことですので」
ぼくがそう言うと、サーシャさんは笑顔でうなずく。サーシャさんの笑顔は本当に可愛らしいよね。
それはさておき、しっかり休むことでこれからの依頼でちゃんと活躍できるようにしよう。
「承りましたわ。せっかくですので、1つ提案がありますわ。一度わたくしと、食事に行きませんこと?」
「別にかまいませんけど、ぼくたちはマナーには詳しくないので、そこに配慮していただけるとありがたいんですが」
「ええ。新米冒険者にマナーを要求するつもりはありませんわ。受けていただけるのでしたら、エルフィール家へ招待いたします。わたくし以外の人間は部屋に入れないつもりですので、マナーが心もとなくとも、気にする者はおりませんわ」
エルフィール家って貴族らしいし、そういう人相手の対応なんてどうすればいいか分かったものじゃないから、サーシャさんの言葉はありがたい。サーシャさんが相手だと、安心して話が出来るんだよね。
「でしたら、招待を受けたいと思います。アクア、カタリナ、いいよね?」
「そうね。せっかく誘ってもらってるんだから、受けておいてもいいんじゃない? まさか誘っておいて文句ばかり言うわけでもないでしょうし」
「ユーリが行くなら行く。ユーリが決めていい」
「わかった。では、サーシャさん。よろしくお願いします」
サーシャさんはぼくたちの言葉を受けて笑みを深める。本当に楽しみにしてくれているように見えるおかげで、ぼくはサーシャさんの提案を受けたことを失敗とは思わなかった。
「楽しみにしておいてくださいまし。良い時間にいたしますわ。では、10日後、よろしくお願いいたしますわ。それから後のことは、またの機会にと致しましょう」
「分かりました。では、サーシャさん。また」
そういって冒険者組合から出ようとすると、突然誰かに話しかけられた。
「おいおい。スライム使いのザコが、アリシアとレティに教えを受けたくらいで、調子に乗るんじゃねえぞ。お前なんざ、アリシアとレティの助けがなきゃ、何もできないだろうがよ」
なんだこいつ。よく見ると、そばにビッグスライムを連れている。なんだろう。高度な自虐とかなんだろうか。
「だんまりか? どうせ、アリシアとレティが倒した魔物を、分けてもらってるだけなんだろ? いいねえ。お強い冒険者様に目をつけてもらったら、貴族の支援も得られるってか。やってられねえな」
つまらない難癖だ、適当に無視しておいてもいいかな。
いや、こういう時にサーシャさんに相談した方が良いのだろうか。そう思っていると、別のところから声がかかる。
「それは聞き捨てならないね。私たちがそんなつまらないことをするって思われているとはね」
「ア、アリシア!? どうしてここに!?」
「依頼の帰りでね。要するに、君はユーリ君たちが気に食わないんだ?
なら、こうしようか。ユーリ君と、君が戦うといい。私が場を用意してあげるよ。ユーリ君は一人で、君はそのモンスターとも一緒に戦うといい。サーシャさん、いいかい?」
「はあ、仕方ありませんわね。では、闘技場の準備をしておきますので、そこに集まってくださいまし」
思わずアリシアさんの方を見ると、ウインクをしたあと、首を掻き切る動作をする。たぶん思い切りやってもいいということだよね。
それから闘技場の上で、ぼくとさっきの男は対峙する。めんどくさいし、さっさと終わらせたいな。
「いいのか? こっちにはビッグスライムもいるんだぜ。たった1人なんだ。今から逃げ出してもかまわないんだぜ? ここじゃあ、アリシアは助けに来ちゃくれねえよ。そういうルールだからな」
「はいはい。そう言うのはいいですから、さっさと始めましょうよ。ぼくはさっさと帰りたいんです」
「後悔するなよ。じゃあ、いくぜ!」
そう言ってビッグスライムと共に襲い掛かってくる。
男の顔にアクア水を出現させると、男の動きが鈍くなる。その隙に、ビッグスライムに剣の面をたたきつける。
ビッグスライムの体内に剣が取り込まれたときのために、アクア水を剣にまとわせておいて、取り込まれたときにビッグスライムの行動を妨害するつもりだったが、ビッグスライムは何の抵抗もせず、そのまま吹き飛んでいく。ビッグスライムは震えたまま動かなくなった。
あのビッグスライム、進化しているはずだよな? アクアがただのスライムだったときでも、物理攻撃に対しては、そのまますり抜けさせるか、弾き飛ばすか選んで行動するくらいのことはできたんだけど。ビッグスライムってこんなものなのか? それとも、このビッグスライムが特別弱いのか?
それから残り1人になったので、適当に距離を取りつつ、アクア水で一方的に攻撃していった。すると、相手の男がわめき始める。
「卑怯者! 男なら、正々堂々近づいて来いよ! いつもアリシアとレティに守られてるから、びびってるんだろ!? スライムなんかを使ってるような奴にはお似合いだけどな!」
こいつ、アクアのことをスライムなんかと言いやがった。適当に流すつもりだったけど、少しくらい痛めつけてやるか。そう思っていると、周囲からも似たようなヤジが飛び始める。
「仕方ないな。安い挑発ですけど、付き合ってあげますよ。どうせその動きじゃ、ぼくの敵ではないでしょう」
口ではそう言ったが、いいタイミングでアクア水を使ってやるつもりでいた。こんなやつ相手に、約束を守ってやる義理なんてない。
それからしばらく接近戦をしていたが、ぼくの中には呆れが浮かんできた。エンブラの闘技大会の1回戦で戦ったやつの方がよほど強いくらいだ。マカロフって言ったっけ。
「隙だらけなんだよ!」
そう言いながら、男はポケットに手を突っ込み、こちらに何かしようとする。動き出したところを蹴り飛ばすと、手から砂がこぼれた。目潰しするつもりだったのか。卑怯者呼ばわりしてくる割に、小ずるいな。
そこからは特に何事もなく、ぼくは何度も男を打ち据えた。男は降参だと叫びだした。アリシアの方を見ると、男が駆け寄ろうとしてくる。ぼくはアクア水で相手の口をふさいだ。アリシアは男を止めに入る。男は拘束されたので、アクア水を解除すると、男は半狂乱になって叫びだす。
「何なんだよ……お前、何なんだよ! いくらハイスライムだといっても、スライム使いがそこまで強くなれるわけないだろ! ふざけるなよ……」
そう言って男は組合の人間に連れられて行った。自分から挑みかかってきておいて、負けたらこれか。ぼくはまるで本気を出していないのに。本当につまらないやつだった。
それから、サーシャさんと今回の件について話していた。
「あの男には、それなりのペナルティが与えられることになるでしょう。あなた方は、何も心配する必要はありませんわ。あなた方にこれ以上近づけないように、こちらでそれなりの対応を致しますわ」
「ありがとうございます。結局、あいつは何だったんですかね」
「つまらない嫉妬でしょう。ユーリ様が気にする必要のある相手ではありませんわ。それでは、また」
サーシャさんは笑顔で手を振ってくれる。それからぼくたちは家に帰った。いつも通りステラ先生が迎え入れてくれた。明日からまた依頼だ。




