19話 頂点
ぼくたちの前にキラータイガーが現れた。
これはいったい何体いるんだ。1目では数えきれそうにない。1体だけでも苦戦したキラータイガーがこんなにいるなんて。ぼくたちはここまでなのか。
「仕方ないね。今回は見ているだけのつもりだったけど、こんな異常事態ならそういうわけにはいかないよね。レティ、準備はいい?」
「いつでもいいよ。あなたたちは、念のために自分の身を守っておいて。
それで、できたらわたしたちの事を見ていてね。いい機会だから、最高の冒険者がどんなものか見せてあげる」
アリシアたちには全く緊張した様子はない。キラータイガーがこんなにいるなら、絶望してもおかしくない状況だけど。
2人はこの数のキラータイガー相手でも、ぼくたちを守りながら戦えるというのだろうか。一体、どれほどの実力があればそんなことができるのだろう。
アリシアたちはキラータイガーに向かっていく。レティはすぐさま1体に向けて飛んでいき、迎撃しようとしたキラータイガーの攻撃を、方向を変えて避け、そのまま足を首に突き立てた。
すぐにキラータイガーは倒れる。あっという間だった。
いったんレティは空中へと上がり、ナイフを投げたり、急降下したりして、隙を見せたキラータイガーを狩っていく。
ぼくたちが戦ったときは矢を弾かれたけど、上からなら、キラータイガーはナイフに対処しきれないようだ。
アリシアはもっとすごかった。
目で追うのがやっとの速度でキラータイガーを切り払い、これまた素早いナイフ投げで、キラータイガーをさらに仕留める。これほど素早ければ、キラータイガーも反応しきれないのか。
さらに、その間に風の刃で切り裂かれたであろうキラータイガーが倒れていく。レティが1体倒すのでさえ素早いのに、アリシアは、レティが1体倒す間に3、4体は倒していく。
何体いるのか分からなかったキラータイガーが、アリシアとレティのたった2人によって、あっという間に片付けられていった。
ぼくは興奮が抑えきれなかった。これが風刃と呼ばれるアリシアさんと、その相棒のレティさんの実力なのか。
これほどの実力ならば、冒険者の頂点の一角に数えられるのも当然だ。
いつか、ぼくたちもこれ位できるようになるんだ。たった今目にした光景を目に焼き付けて、ぼくはそう決意した。
キラータイガーを倒し終えたアリシアさんとレティさんが、こちらに向かってくる。楽しそうな様子のレティさんに話しかけられた。
「どうだった? わたしたちがどれくらいすごいか、よくわかったんじゃない? あなたたちはキラータイガーを倒したことがあるし、他の人たちがこれを見るよりよほど理解できたんじゃないかな」
「すごかったです。レティさんの動きは、地上にいる相手に対して空をとれることがどれだけ有利かよくわかりましたし、噂通りナイフ投げの正確性も確かでした。
アリシアさんは本当に素早くて、目で追うだけでも必死でした。それだけでも素晴らしいのに、同時に複数の風刃も使っているんですから、すごいなんてものじゃありません。本当に最高の冒険者というのも納得です」
「そうね。今のわたしたちじゃ、相手にもならないことが良く分かったわ。でも、絶対に勝てないほどだとは思わないわ。今のところは負けておいてあげるけど、すぐに抜かしてやるんだから」
「ユーリたちの方がきっとすごくなる。アクアも手伝う」
うん。アリシアさんたちは確かに途轍もない強さをしているけど、ぼくたちならきっと超えることができる。カタリナとアクアの顔を見て、そう信じることができた。
ぼくたちの様子を見て楽しそうにしていたアリシアさんが、ぼくたちに質問を投げかけてくる。
「君たちには才能があるとは私たちも思うけど、どうやって私たちを超えるつもりだい? まさか口だけということはないよね」
「今すぐには答えられません。ぼく1人だとしたら、絶対に無理だとも思います。
ただ、ぼくにはアクアがくれたアクア水があります。さっきの戦い方を見て、思いついた戦法もいくつかあります。アクア水なら、レティさんの風刃を超えられる可能性は十分にあると思っています。
それに、ぼくにはアクアがいる。カタリナがいる。ぼく1人ではできないことだって、この2人と一緒ならできるはずです。アリシアさんやレティさんが遠くにいることは分かっていますが、絶対にぼくたちは2人を超える冒険者になります」
ぼくの答えを聞いたアリシアさんは少し考えこむ。何かおかしい回答をしただろうか。
でも、この思いは本物だから、アリシアさんたちが何を言おうと変えるつもりはない。
「……そうか。いつか君たちが私たちに並ぶような冒険者になったときには、一緒にパーティを組んで冒険しよう。
もちろん、今の君たちに何かを教えるためにパーティを組むこともあるだろうけど、そういうのじゃなく、私たちくらいじゃないと挑めない依頼にだ。その日が来ること、本当に楽しみにしているよ」
「そうだね。あなたたちなら、もしかしたらって思っちゃう。期待しないようにとは思っていたけど、あなたたちにはつい期待しちゃう。あなたたち、頑張ってね。わたしたちが見守っているから」
いつかアリシアさんたちと一緒にか。そうできるといいし、そうしたい。いつかをできるだけ近くにできるように、これから頑張ろう。
「ありがとうございます。アリシアさんたちの期待を、きっと裏切りません。楽しみにしておいてください」
「ま、あたしたちならきっとすぐよね。そう待たせるつもりはないから、アリシアさんたちが忘れることもないでしょう」
「ユーリなら大丈夫。アクアも頑張る」
ぼくは本当にいい仲間に出会えた。カタリナとアクアは最高だ。
それに、ステラさんやアリシアさんにレティさん。サーシャさんはまだよく分からないけど、きっといい出会いだと思う。
「うん。これからもよろしくね。私たちも、できる範囲でサポートするつもりだから、本当に強くなってね」
「アリシアがここまで言うなんて、本当にないことなんだ。もちろんわたしも。あなたたちはきっと大成してくれる。そう信じているから」
アリシアさんたちの信頼に応えたい。ぼくたちにここまでしてくれたこともあるし、ぼくに期待してくれる数少ない人だから。アリシアさんたちが喜んでくれることを楽しみにして、成長していこう。
「さて、冒険者組合に戻ろうか。報告しないといけないこともあるからね。ちゃんと帰るまで、気を抜かないようにね。君たちならわかっているとは思うけど、これを忘れて死ぬ冒険者は本当に多い。気を付けておいて」
「分かりました。では、戻りましょうか。カタリナ、アクア、行こう」
そしてぼくたちは冒険者組合へ戻った。サーシャさんがぼくたちを迎え入れてくれた。
「初めての依頼、お疲れ様でございますわ。いかがでしたでしょうか?」
「ええ、ためになった依頼でした。今回の依頼だけで、随分いい経験になったと思います」
「そうですのね。でしたら、今回の依頼を組んだ甲斐がありましたわ。
今回の依頼は、これをもって、達成とさせていただきますわ。今後の依頼におきましては、必要な条件を満たしたか、こちらで確認させていただくことにしますわ。
主に討伐部位などの素材を持ち帰っていただくことですが、持ち帰りが難しいなどの場合、こちらで人を派遣いたしますので、それによって確認が行われてから、達成した扱いになりますわ。
即日に依頼料が支払われない場合もございますので、ご留意くださいまし。
こちら、今回の依頼達成の報酬となりますわ。ご確認くださいまし」
そういって渡されたのはそれなりに大きい額だ。1週間位はこれだけで生活できるだろう。ほとんど教わっていただけなのに、ここまでもらえるなんて。
「不思議そうな顔をしていらっしゃいますわね。今回、あなた方が倒したモンスターは、ただの素人ではとても倒せないモンスターですわ。その報酬としては、少ないくらいですわね」
サーシャさんには何も説明していないのに倒したモンスターが分かっている。
これは、かなり細かいところまで事前に計画されていたな? そんな依頼を断ったら、それは評価が下がるだろう。最初に受けた説明に納得がいった。
「それで、アリシア様、レティ様。ユーリ様方はいかがでしたでしょうか?」
「期待以上といっていい。今後の活躍にも大きく期待できるよ。あなたの目標にも、大きく近づくのではないかな」
「本当にすごかった。とても新人とは思えないくらい。間違いなくこの街でなら上から数えたほうが圧倒的に早いかな」
「それはすばらしいですわ。では、ユーリ様方、今後ともよろしくお願いいたしますわね。ユーリ様方のチーム名もここで決めていきましょうか」
チーム名か。考えたこともなかったし、これから考えようかと思っていると、アリシアさんが割って入る。
「それは少し待ってほしい。一刻を争うほどではないと思うけど、一応先に報告しておきたいことがあるんだ。今回の依頼で向かった先で、キラータイガーが大量に発生していたんだ。キラータイガーはすべて倒したし、他のモンスターは現れてはいなかったけど、少し注意が必要かな」
「そうでしたの。それで、原因は分かっていらっしゃいまして?」
「今のところは分かっていない。今後の調査が必要だろう。念のため、弱い冒険者は、あそこに入れないようにした方が良いんじゃないかな」
アリシアさんの提案は当然のことだよね。万が一キラータイガーが1体現れただけでも、弱い冒険者にとっては危ない事なんだから。
でも、アリシアさんはそこまで真剣に提案しているようには見えない。
「そうですわね。指示しておきますわ。それにしても、キラータイガーの大量発生ですか……」
「何か気になることでも? 私たちも今ここにいることだし、何かできる事があるなら言ってくれてかまわないよ」
「いえ、さすがに心配のし過ぎでしょう。気にする必要はありませんわ」
サーシャさんは何か思いついたことがある様子だ。ぼくたちにも関わりのあることになるかもしれないし、念のため聞いておこう。
「サーシャさん、話していただけませんか? ぼくたちでは解決できないかもしれませんが、ぼくたちが今後活動するうえでも、判断基準は増やしておきたいんです」
「それでしたら……ドラゴンですら霞むほどのモンスターが近くにいると、その周辺のモンスターが活性化するといいますわ。普段は現れないような強いモンスターが現れたり、とても多くのモンスターが発生したりするとされておりますわ。
仮にそんなモンスターが発生していたとすると、アリシア様やレティ様でもかなわないでしょうし、この街どころかこの国全体の危機ですわ。
ですので、さすがに考慮するには値しないでしょうと思いますわ」
そんなことになったら、ステラさんと一緒にぼくたちは逃げよう。ステラさんの故郷だから、ステラさんは複雑な気持ちかもしれないけど、ぼくはステラさんに死んでほしくない。
「ドラゴンですら霞むほどのモンスターか……それなら、確かに私たちであったとしてもどうしようもない。そのモンスターが人に襲い掛からないことを祈るしかないね」
「そうなりますわ。調査の手はずは整えておきますが、何もないことを祈るしかありませんわ。
さあ、話を元に戻しましょう。ユーリ様方のチーム名はいかがいたしますか? 必ずしも今日決める必要はありませんわ。ですが、3人いらっしゃることですし、決めておくと便利ですわよ」
チーム名か。ぼくたちの目標は冒険者の頂点だ。だったら、こういうのはどうかな。
「オーバースカイ。これでどうかな、アクア、カタリナ」
「微妙じゃないかしら。でも、かぶってないのなら別に何でもいいわよ。名前が何であろうとあたしが最高であることには変わりないわ」
「ユーリが決めたならそれでいい。アクアたちはオーバースカイ」
「オーバースカイですわね。よろしいかと。では、今後はそのパーティ名で呼ばせていただきますわ。オーバースカイの皆さん、これからもよろしくお願いいたしますわ」
こうして、ぼくたちの初依頼は終わった。これから本格的に冒険者としての日々が始まる。




