17話 モンスター
次の指南が終わると、いよいよ実践らしい。アリシアの最後の指南はどういうものなのだろう。
「まずは聞きたいことがある。初見のモンスターと戦ったことはどれくらいある?」
初見のモンスターか。学園では、まずモンスターの情報を授業で聞いて、それから初めて戦うようになっていたからな。
授業以外でモンスターと戦う機会は2回あったけど、そのどちらも知らないモンスターが相手というわけではなかった。
「全く情報がないモンスターと戦ったことはないですね。図鑑で見たことがある、という程度でしたらキラータイガーの一件がそうですが」
「なるほど。では、これから話すことは君たちの役に立つと思うよ。とにかく、初めて見るモンスターに対する対処がうまくできるかどうかは、生存率に直結するからね」
「確かにそうでしょうね。挑みかかるか、逃げるかの判断を間違えるだけでも、命の危険はありそうですし」
キラータイガーの時は、キラータイガーを知っていたから逃げようと思えた。ただの虎くらいに思っていて、逃げようと思ったかは怪しい。
結局逃げることはできなくて、ぼくたちはキラータイガーに負けたんだけど。あの時は運が良かった。
「その通りだ。今回説明したいのは、モンスターの外見や周囲の状況から、モンスターの強さや、モンスターの性質を計るための基本的な考え方だ。
君たちは、モンスターと動物との関係について、どれくらい知っている?」
「動物に似ているモンスターは、基本的にその動物と同じような動きをして、そこから速くなったり、強くなったりということがあるということでしょうか」
「他にもあるわよ。元の動物にない特徴を持っているモンスターは、その部位を利用してくるものらしいじゃない」
「基本は抑えているようだね。他にも、モンスターはどこから現れるか分かっていないということもある。動物は子孫を残す姿が確認されているけど、モンスターはそうじゃない。
だから、いつも同じモンスターしか現れないと思っているところに、急に別のモンスターが現れて、その結果怪我をしたり、死んだりというのは、冒険者に良くあることだね」
前のキラータイガーにしろ、カタリナが取り残されたモンスターの異常発生にしろ、ぼくたちはそういう危険を経験しているから、その話はよく分かる。
運が悪ければ、そのどちらかで命を落としていてもおかしくはなかった。
「冒険者というのは、学のない人間がなることの方が多いからね。
君たちくらいの知識でも、間違いなく上位1割は超えるんじゃないかな。本当に何も考えず突っ込んでいって死ぬ冒険者というのは、どこにでもいるよ」
冒険者にガラの悪い人間が多いといわれる理由の一つなんだろうな。
基本的に力で成り上がっていくこととも無関係ではないだろうけど、とにかく何も考えていないような奴は、本当によくいるらしい。
「で、ここからが本題だ。モンスターの強さを見分ける時に、とても大事なことがある。
それは、モンスターの外見が、元の動物からどれくらい離れているかということだ。分かりやすいのが、ホーンラビットと、ダブルホーンラビットだね。
角が1本と2本という違いだけれど、それでもその強さはまるで違う。動物に詳しくないような冒険者の方が多いくらいだから、この説明をして意味がある相手はあまりいないんだ。君たちはそうではないよね?」
そういえば、キラータイガーはただの虎とは明らかに色や模様が違ったな。
ラピッドウルフは、あまり違いなんて分からないくらいだった。
これまではあまり気にしていなかったけど、これからはそういうところを意識して見てみよう。
「自信をもってはいとは言い切れませんが、基本的なところは抑えているつもりです。今回わざわざ説明してもらったことで、改めて動物について調べようと思えました」
「ま、そうね。あたしたちはそこまでバカではないわよ。ただの木っ端冒険者とはわけが違うってところ、よく覚えてもらわないとね」
「あなたたちは本当に熱心だね。この説明をアリシアから受けたところで、何の役にも立てられなかった冒険者がどれだけいたことか。
勉強なんて何の役に立つんだって言って、勝手に死んでいくんだもんね。本当に冒険者はつまらない人たちばかりだね。あ、あなたたちは違うと思っているからね」
「レティ。それでユーリ君たちに冒険者なんて嫌だと思われたら、困るのは私たちだよ? 私たちにしか受けられないような依頼がどれほどあることか。ユーリ君たちにはぜひ立派になってもらいところだね」
カタリナなら、他の道を選んでもどうにかできるかもしれないけど、ぼくは冒険者になるしかない。
せっかくアリシアたちが時間を割いてくれているんだから、身につけられるだけ身につけないとな。
「ぼくたちが頑張ることでアリシアさんたちが楽になるなら、頑張りたいと思います」
「あんたってば、本当にどうしようもないお人好しね。こいつらの都合を全部受け入れることなんてないわよ。こいつらが勝手にやってることなんだからね」
「本人の前ですごいことを言うね。でも、間違ってはいないよ。他人の面倒を見ようとし過ぎる人は、簡単につぶれてしまう。
私たちは君たちに期待しているけれど、それは私たちの勝手な都合だ。君たちは君たちのためだけに頑張るといい。それが結果的に私たちの役に立ってくれたら、それで十分以上だよ」
アリシアはそう言ってくれる。
でも、アリシアには今回かなり丁寧に教えてもらっているから、できるだけ役に立てるようになりたい。
まあ、アクアやカタリナと生き延びることが最優先で、それは2の次にしておこう。
「ユーリが何をしても、アクアが守る。でも、ユーリは、アクアと、ついでにカタリナのことを考えているだけでいい」
「おっと、話題がずれてしまったね。それで、動物の姿とは関係のない姿をしているモンスターもいる。アクアもそうだね。そういうモンスターには、さっきの話は役に立たないね。
では、どういう風に考えるか。たとえばアクアと同じスライム種なら、水の性質を持っているよね。見た目も水とかなり近い」
そうだな。でも、アクアはただの水ではできない事もいっぱいできるみたいだけど。
「炎をまとっているようなモンスターなら見た目通り熱いし、電気が見えるなら、感電に気を付けないといけない。こういう時に、基本的な物理法則を知っているだけで、対処法が浮かんでくることもある。
対処法が浮かばないなら、逃げてしまうことも大事な考えだ。依頼を失敗してしまうことを恐れるのは当然の考えだけど、命に代えられるほどじゃないからね」
ぼくだけなら最悪死んでしまっても諦められる。
でも、カタリナやアクアにはそんなことになってほしくはない。引き際を見誤らないことは本当に大切だろう。
「スライムは、水が蒸発するような温度や、凍るような温度に弱いということは知っています。
たとえば、今の話に出てきた燃えているモンスターは、水に弱いということでいいんでしょうか。
あと、電気の流れるモンスターには、金属で攻撃してはいけないとか、そういうことでいいんですか?」
「大きくは間違っていないかな。スライムは打撃にも弱いけど、特に弱いという意味ではそうだね。
炎は水に弱いというのは、正確には違う。温度を下げることが大切なんだ。
他にも、空気が入らないようにできるならそれもいいかな。私たちは、風でどうにか空気を除こうとして、うまく出来なかったことがある」
スライムが打撃に弱いって、信じられない。だったらアクアは何だと言うんだ。
それに、ぼくの家にある資料にもそんなことは書いていなかった。
それはさておき、空気が入らないようにする、ね。アクア水を通して空気を操ることができたら便利かもしれない。1回試してみたいな。
「電気の流れるモンスターの件は、金属ならどれでも駄目だということはないね。
ただ、普通に武器や防具にするようなものだと危険だというのは確かだけれど。
どちらにせよ、さっき挙げたモンスターは、カタリナさんなら遠距離攻撃でいいし、ユーリ君も、契約技をうまく使えばいいかな」
なるほど。今後勉強しないといけないことが増えたかな。
でも、どういう資料を使えば勉強できるだろう。ステラさんや、サーシャさんに相談してみるのもいいかな。
「もう一つ、大切なことがある。人に似た姿をしたモンスターは、なぜかは分かっていないけど、とても危険なことが多い。君たちなら勝てるだろう相手もそれなりにいるけど、どんなモンスターか情報が頭に入っていないときには逃げること。これだけは絶対に守ってくれ」
さすがにぼくでも知っていることだ。今のぼくたちがレティに勝てるとは思わないし、アクアとぼくが戦ったなら、まずぼくが負けるだろう。
「分かりました。人の姿をしたモンスターは、会話ができる事も多いと聞きますが、それも避けた方が良いですか?」
「そうなる。人に友好的なモンスターというのは、思いのほか少ない。会話の中で罠を仕掛けてくるなんて、そう珍しい話でもない。基本的に敵だと思っておいた方が無難かな」
そうなのか。アクアはとても友好的だし、レティもこちらに対してしっかり気づかいしてくれているから、人の言葉を話すモンスターというのはそういうものだと思い込んでいた。
罠か。アクアがやるとするなら、適当なことを言って近づいてから、相手をつかまえて、自分の体の中で溺れさせるとかだろうか。
「参考までにお聞きしたいんですが、アリシアさんは、人の言葉を話すモンスターの罠を受けたことはありますか?」
「受けたことはないけど、倒した後に罠を仕掛けた跡が残っていたモンスターは何体もいるかな。たとえば、落とし穴を掘っていたりだとか、モンスターの巣に誘導しようとして来たりだとかかな」
モンスター特有の能力を使った感じではないのか。普通の悪人と敵対するような感じで警戒するといいんだろうか。
「たとえばレティさんなら、空の方へさらっていったりみたいな、モンスターの能力を使った罠はありましたか? 今の話だと、人間でもできそうなことだと思いますけど」
「良い質問だね。そこが厄介なところなんだよ。モンスターの知性というのは、種族ごとに決まっているわけではない。
かなり高位のモンスターに限って言えば、とても知性の高い物らしいけど、そこまでのモンスターには今のところは出会ったことはないかな。
そんなものが現れたら、もうその周辺はあきらめるしかないことがほとんどだよ」
ドラゴンの上位種とか、伝説のオメガスライムとかかな。
そんなものがいるなら、人間が何人集まったところでどうしようもないことは当然だろう。
「モンスターというのは、いつの間にか現れることもあるし、いつの間にかいなくなることもある。
どちらにせよ、どういう形で現れたり消えたりするのかは、全く分かっていないんだけどね。あまりにも強大なモンスターが現れると、人間には、いなくなってくれることを祈るしかできないんだ」
他にできる事といったら、逃げることくらいか。1度目の前に現れでもしたら、逃げる事すら難しいだろうけど。
「話を戻そう。同じモンスターでも、自分の能力をきちんと理解しているものもいれば、ただ適当に能力を使っているものもいる。人から奪った武器を使っているようなものもいるね。
人型のモンスターの能力は厄介なものが多いから、警戒しすぎるということはないけど、だからといって、モンスターの能力だけに気を取られてはいけないということだね。
私が出会ったモンスターだと、人が使うような罠で相手をとらえた後、養分を吸いつくすような事をしているものがいたかな。アルラウネって言うんだけど」
アルラウネか。植物型のモンスターだっけ? 恐ろしいことをするモンスターみたいだな。ぼくたちも気を付けないと。
「ここまでの話は理解してくれたかな? 次はいよいよ、君たちにモンスターと戦ってもらう。それなりに強いから、気を付けてね」




