15話 新生活
ぼくはあれから学園を卒業して、前からの予定通りに冒険者として活動するためにカーレルの街へと向かっていた。
これまでと同じくカタリナとアクアとパーティを組むつもりだ。
カーレルの街までの移動ではこれといったトラブルもなく、後は到着を待つだけとなっていた。
「カタリナ、アクア、これからぼくたちは冒険者になるわけだけど、うまくやっていけると思う?」
「そんなことをあたしに聞いてどうするのよ。ま、あたしがいるんだから、どうとでもなるでしょうけど」
「ユーリもカタリナもアクアが守る。心配しなくていい」
「2人とも頼りにしているよ。これから頑張ろうね」
これから冒険者として活動していくことが楽しみなような、不安なような。
でも、この2人と一緒なら、ぼく1人でやるよりずっといい結果にできる事は間違いない。
それからもう少し経って、カーレルの街に到着した。
ミストの町より明らかに人が多い。この中の多くの人とは関わることはないだろうけど、どのくらい知り合いを増やせばいいんだろう。
さすがに学園の時のようにほとんど決まった人とだけ会話というわけにはいかないかもしれないし、積極的になってみるべきなんだろうか。
まあ、それはもう少し考える時間はあるか。今はステラ先生に借りる家を探そう。
これからぼくたちが暮らす家はすぐに見つかった。
目立つとは聞いていたけど、明らかに周りより大きい。いまさらだけど、こんな家を借りてもいいんだろうか。
「すっごく大きい家だね。ステラ先生ってお金持ちだったりするのかな」
「下世話な話するんじゃないわよ。確かにあたしもびっくりしたけど、ちゃんと気を付けておけばいいでしょ」
「これからはカタリナも一緒。ユーリ、嬉しい?」
そんなことを聞かれても困ってしまう。
まあ、カタリナが近くにいると思うと、同じ部屋ではなかったとしても心強いとは思うけど。やっぱりぼくはカタリナに頼っている部分が多いんだろうな。
「あはは……まあ、これだけ広いなら、一緒の部屋でなくてもいいかもしれないね」
「アクアはユーリと同じ部屋。ペットなんだから、ちゃんと面倒を見るべき」
「あたしと同じ部屋で過ごすつもりだったの? あんた、そういうところはちゃんとしなさいよね」
会話をしながら玄関に近寄っていくと、扉が開いた。
そこからはステラ先生が出てきた。誰もいないのかと思っていたけど。ステラ先生はぼくの驚きを気にした様子もなく話し始める。
「ユーリ君、カタリナさん、アクアちゃん、いらっしゃい。お待ちしていましたよ」
「ステラ先生!? こっちに来ていたんですか? 学園はいいんですか?」
「学園ですが、辞めてきました。これからはユーリ君たちのサポートに専念するつもりです」
びっくりした。ステラ先生には目をかけてもらっているとは思っていたけど、そこまでするのか。
ちょっと期待が重い気がする。いや、嬉しいんだけど。
ぼくはステラ先生の期待に応えられるだろうか。ステラ先生は尊敬できる人だし、失望されたくはないな。指輪を使いこなしてほしいんだっけ。頑張ろう。
「サポートと言うと……? この家を管理してくださるとかですか?」
「もちろんそれもあります。他には、割のいい依頼を紹介したり、あなたを手助けしてくれるような人に紹介したりといったところでしょうか。
ミストの町ではただの一教師でしたが、この街では、私ももっと多くのことができるんです」
ステラ先生は学園にいる時でも相当頼りになったけど、それ以上のことができるのか。やっぱり、ステラ先生はすごい人なんだな。改めて尊敬する。
「それは……助かります、ありがとうございます。ステラ先生にはたくさん支えてもらっているので、きちんと指輪を使いこなしているところを見せられるよう頑張ります」
「あまり急ぎ過ぎないように気を付けてください。ユーリ君が無理をして危ない目にあっては元も子もありませんから。それはさておき、もう私は教師ではないので、ステラで構いませんよ」
さすがに呼び捨てには出来ない。ステラ先生にはこれまで本当にお世話になってきたんだ。ステラさんあたりがいいだろう。
「では、ステラさんと呼ばせていただきますね」
「あたしもステラさんでいいかしら?」
「ステラ、よろしく」
「ふふ。皆さん、これからよろしくお願いしますね」
ステラさんとも一緒に生活することになるんだよな。なんだか緊張してきたような気がする。
ステラさんみたいな大人の人とあまり近くにいた経験はないし、どうしようか。ステラさんとなら、きっとうまくやっていけると思っておこう。
ただ、ステラさんは優しいし頼りになるけど、甘え過ぎないようにしないとな。いくら優しいステラさんといっても、迷惑をかけられて嬉しいはずもないのだし。
「さあ、皆さん、今日は疲れたでしょう。明日から活動できるように連絡しておきますので、今日はゆっくり休んでください」
「わかりました、ステラさん。そうだ、ぼくたちはどの部屋で過ごせばいいですか?」
「ユーリ君とアクアちゃんの部屋、カタリナさんの部屋、それぞれの部屋の扉に名札を設置しているので、そこを利用してください。今日は私が食事を用意しますので、その心配はしなくともかまいません」
ステラさんが料理を用意してくれるのか。
いろいろ手間をかけて申し訳ないと思うと同時に、ステラさんの手料理を食べられるという喜びもある。
最初はびっくりしたけど、ステラさんと一緒に生活できるということはとても嬉しい。
「食事まで用意していただけるんですか。本当にありがとうございます。ステラさんにはお世話になってばかりですね……」
「ふふ、そうですね。ですが、皆さんなら、それに見合う活躍ができると思っていますよ。あなたたちは私が見てきた中でも飛びぬけた才能を持っていますから」
ぼくに才能があるかはともかくとして、アクア水の力は本物で、カタリナもとても優秀な弓使いだ。アクア自身だってとても頼りになる。
ステラさんの期待にこたえたいという思いと同時に、この2人にとってふさわしい仲間でいたいという思いもある。うん。頑張っていこう。
「その期待を裏切らないように頑張ります。ステラさん、見ていてください」
「あたしなんだから当然よね。でも、ステラさんが期待しているよりも活躍してみせるわ。あたしたちなら、それくらいできるでしょ」
「ユーリと一緒なら百人力。アクア、頑張る」
それからぼくたちの部屋を確認した。
この部屋は前に暮らしていた家の部屋のいくつ分くらいの大きさだろう。こんなにすごい家で暮らせるのだと思うと、喜びより緊張の方が大きいかもしれない。
冒険者になると野宿することもあるかもしれないし、あまり慣れ過ぎないようにしないとな。
部屋を確認し終えたくらいの頃、ステラさんから食事の準備ができたと告げられる。
用意されている食事はステラさんが作ったらしい。ステラさんの手料理か。少し楽しみだな。
ステラさんの作った食事は、なんだか優しい味がした。ステラさんの人柄に良く合っている。
「ステラさん、これ、美味しいです。ステラさんは料理も上手なんですね」
「そうね。これならまた食べてもいいかもしれないわね。あたしほどじゃないにしろ、ステラさんは料理上手ね」
「ありがとうございます。人に食べてもらったのはこれが初めてなので、美味しいといってもらえるのは嬉しいです。いつもとはいきませんが、また機会があれば振る舞ってみたいですね」
これが初めてなのか。なんだか特別感があるな。もっと味わって食べても良かったかもしれない。
また食べられるなら嬉しいけど、ステラさんに負担をかけたいわけでは無いからな。できるだけ、自分で食事を用意していこう。
「では、また明日。明日は紹介したい人がいます。楽しみにしていてくださいね」
「ステラさん、今日はありがとうございました。これからよろしくお願いしますね」
それからぼくたちは部屋に戻り、ぼくはアクアと遊んでから寝た。明日はどんな人と会うんだろう。
次の日、ステラさんに連れられて、冒険者の組合へ向かった。紹介したい人はここにいるらしい。
「皆さん、こちらがあなたたちを担当していただく、サーシャさんです。サーシャさん、この人たちが私が推薦するパーティです」
「皆様、お初にお目にかかります。わたくしは、あなたがたのパーティを担当する、カーレル組合のサーシャと申しますわ。どうぞよしなに」
この人はサーシャと言うらしい。
金色の髪を後ろの方で、なんというか四角が織り交ざるかのようにたたんでいる、かわいらしい人だ。ステラさんとそう年の頃が変わっていないように見えるけど、印象はずいぶん違う。
それにしても、この面倒そうな髪形は一体どうやっているんだろう。
「ぼくはユーリといいます。サーシャさん、これからお世話になります」
「あたしはカタリナ。よろしくお願いするわね」
「アクア。よろしく」
サーシャさんにはこれからきっとたくさん会うことになるだろう。いい関係を築けるように、しっかりとやっていかなくちゃね。
「はい。ユーリ様、カタリナ様、アクア様ですわね。では、これから組合の説明に入りたいと思いますわね。よろしいかしら?」
「その前にこれだけ。サーシャさんは、この町の有力者であるエルフィール家のご令嬢です。
多少失礼があったところで無礼打ちするような方ではありませんが、そのことは理解しておいた方が良いかと。ただの組合員はもっていないような権限を多く持っているので、好かれておいて損はありませんよ」
「あなた方くらいの態度でどうこう言うつもりはありませんわ。冒険者というのは、もっとどうしようもない方も大勢おりますし。
それに、ステラ様だけではなく、あのアリシア様やレティ様に目をかけられていると言うではありませんか。そのつながりを安易に逃すほど、わたくしは愚かではありませんわ」
アリシアとレティは有名人だけど、サーシャさんの口ぶりだと、かなり信用されているらしい。
強いとは聞くけど、結局実力は見られなかったんだよな。どれくらい強いんだろう。
「さて、この話はここまででよいでしょう。組合の仕組みについて説明するといたしましょうか。冒険者の受ける依頼というのは、大きく分けて2つありますわ。一般依頼と、指名依頼ですわね」
2種類あるのか。名前の響きからして、一般依頼というのが普通に受ける依頼なんだろう。
指名依頼は、きっと実力のある有名な冒険者が受けるんだろうな。
「一般依頼は、組合でまとめて条件を管理していて、モンスターの討伐や素材の採集を決まった値段で行う形になっておりますわ。
ただし、これまでの実績から依頼達成が困難と判断される場合に、依頼を受けることはできません。その場合に素材などを持ってきても、報酬は支払われないばかりか、ペナルティを受ける場合もありますわ。無鉄砲を褒めるシステムではないということですわね」
なるほど。つまり、評価されようとして無理に強いモンスターを倒しに行ったところで、得られるものは少ない。
なら、そこまで無茶をする冒険者は少ないだろう。
「そして、指名依頼というのは、組合は手数料を受け取るだけで、交渉などは冒険者の方と依頼主の方が行うことですわ。
依頼を受けなくても組合からペナルティなどはありませんが、受けて失敗した場合はその限りではありませんわ。
多くの場合は受けられる一般依頼が減ることになりますわ。自分の実力をきちんと把握することが大事ですわね」
なら、最初は慎重に判断することが正解かな。ある程度どういう依頼がどういう難易度なのかしっかり分かってから受ける事にしたい。
「先ほど、交渉は依頼主と直接行うと言いましたが、あなた方の場合であれば、問題のある依頼はわたくしが弾きますし、ある程度の仲介も行いますわ。
せっかくの有望株を、つまらない依頼でつぶす方が組合にとっても、エルフィール家にとっても損失となるでしょう」
それはありがたい。ぼくたちは交渉に慣れていないから、サーシャさんがサポートしてくれるうちにしっかり学んでおこう。
「あなた方は、しばらくの間こちらの指名依頼を受けていただくことにしますわ。もちろん、断っていただいてもかまいませんわ。
ですが、あなた方を見込んでのことでありますので、直接的なペナルティはなくとも、あなた方の評価を下げることになることは留意してくださいまし。よく考えて選択することをお勧めしますわ」
評価が下がることのデメリットが分からないから、判断が難しいな。
でも、ステラさんも関わっている以上、罠のような依頼ではないはずだ。
「説明はこんな所ですわね。今日のところは、一つだけ依頼を受けていただきたいのですわ。
危険は恐らくありませんし、良い経験になることも保証いたしますわ。いかがなさいます?」
そうだな。ステラさんの顔を立てておきたいし、ステラさんの紹介なら、少なくとも初めは信じるとするか。
「カタリナ、アクア、受けようと思うけど、いいかな?」
「いいわよ。サポートのある状況から慣らしておいた方が良いでしょ」
「アクアはユーリについていく。罠だったとしても、アクアが守ってあげる」
2人とも賛成のようだ。
まあ、そうだよね。右も左も分からない状況だから、ステラさんの紹介ということを置いておいても、サポートがしっかりしてそうなこの依頼を受けておきたいのは当然だ。
「サーシャさん、今日の依頼は受けようと思います。これからは事前に説明していただけないと、受けるとは言えません」
「かしこまりましたわ。では、依頼の内容を説明いたします。アリシア様とレティ様に、冒険者のいろはを教わっていただきますわ。
ある程度実践を行っていきながら、冒険者の頂点の一角ともいえる存在がどれほどなのか感じていただく、いい機会になるでしょう。
アリシア様やレティ様ほどになっていただきたいとは言いませんが、あなた方がこの街を代表できるような存在になることを期待しておりますわ」
「わかりました。ぼくたちも精進したいと思います。それで、アリシアさんとレティさんとはどこで合流すればよいでしょうか?」
「ここで待っていてくださいまし。時間になればいらっしゃいますわ」
そう言われたので、アリシアとレティを待つことにする。初めての依頼が、アリシアとレティとの再会になるなんてね。でも、楽しみだ。




