if サーシャとの未来
ぼくはサーシャさんに頼まれて、王都で行われる闘技大会に出場した。
そこではミーナと再び戦うことができて、自分でもいい勝負だったと思う。
だけど、最後の最後で踏ん張りきれなくて負けてしまった。
悲しいけれど、仕方のないことだ。ただ、とても楽しかったのも事実。
勝てなかったのは残念とはいえ、十分な成果だと考えていた。
「ユーリ、君に勝てて嬉しいよ。最後までどちらが勝つかわからなかったね。また、機会があれば戦いたいよ、僕のライバルである君と」
「そうだね、ミーナ。今回は本当に楽しかったから。ミーナとまた会えて良かったよ」
「僕も同じだ。また、いずれ」
ミーナはそう言ってぼくの元から去っていった。
それにしても、偶然って面白いよね。まさかミーナとこんなところで再会するなんて。
とはいえ、嬉しい偶然だったな。負けたことは悔しいけれど、ミーナと戦えたのは本当に良かった。
さて、サーシャさんにとって、準優勝という結果はどれほど喜ばしいものなのだろう。
サーシャさんはぼくに勝ってほしかったのだろうけど、どの程度を求めていたのかな。
まあ、それは帰ってから分かることか。今はゆっくり休もう。
それから、オリヴィエ様に今回の成果を褒めてもらって、剣をもらって、あとは帰るだけになった。
オリヴィエ様はミーナをかなり気に入っているようなので、大変かもね。
王女であるオリヴィエ様だけど、相応にわがままそうというか。
まあ、ぼくにはあまり関係のないことではあるけれど。ミーナが無事ならそれでいいかな。
ぼくはカーレルの街へと帰る最中、ノーラという新しいペットと出会った。
猫型のモンスターで、賢くて可愛くて強い。とてもいいペットと言える。
ただ、これからオーバースカイとして活動する時、ノーラをどうするのか。よく考えないとね。
サーシャさんに相談してみるのもいいかもしれないな。
他の冒険者がどんな活動をしているかもある程度知っているだろうし、モンスターをどう扱うか、参考になるかも。
それなりに時間をかけて王都からカーレルの街へ帰る。
そして、サーシャさんに結果を報告しに向かっていた。
サーシャさんから頼まれて出た王都での大会だから、まずはサーシャさんに伝えたかった。
冒険者組合へと向かうと、笑顔のサーシャさんが出迎えてくれる。
「ユーリ様、お疲れ様でした。見事な成果、聞き及んでおりますわ。さすがは、わたくしの見込んだ方。ユーリ様と出会えたこと、素晴らしいことだと思いますわ」
サーシャさんはとても明るい顔で褒めてくれて、気分がいい。
とはいえ、ぼくは優勝できなかったのに、そんなに褒められていいものなのだろうか。
よく分からないけれど、サーシャさんが喜んでくれるのならば、それでいいかな。
「ありがとうございます。サーシャさんの役に立てたのなら、嬉しいですね」
「それはもちろん。ユーリ様は想像以上の成果を出してくれましたわ」
なるほど。王女様も見ていた大会だし、強い人が多いのかな。
何にせよ、サーシャさんにとって十分な結果を出せているのなら、満足だ。
「それは良かったです。サーシャさんにお世話になっている分を、少しでも返せたでしょうか」
「ええ、それはもう。ユーリ様のおかげですわ」
サーシャさんは満足そうな雰囲気だ。
それにしても、ぼくが王都での大会で勝つと、サーシャさんにどう役立つのだろう。
まあ、気にしなくてもいいか。サーシャさんがろくでもないことを企むとは思えないし。
「これからも、サーシャさんのお役に立てることがあるなら、言ってくださいね」
「ええ。そうさせていただきますわ。ですが、無理をなさらないように。ユーリ様はわたくしにとっても大切な方ですから、傷ついてほしくはありませんわ」
サーシャさんは本当に心配しているんだなって顔をしてくれている。
だから、できる限りサーシャさんの期待に応えたいって、つい考えちゃうんだよね。
まあ、それもサーシャさんにお世話になっているからこそだろうけど。
これまでの冒険者活動は、間違いなくサーシャさんのおかげで順調に進んだからね。
「気をつけたいと思います。サーシャさんを悲しませたくはないですからね」
「ユーリ様にもしものことがあれば、わたくしはとても悲しいですから。ですから、難しい提案なら、気軽に断ってくださって構いませんわ」
サーシャさんはそう言ってくれるけど、できればサーシャさんの頼みなら達成したいものだ。
まあ、オーバースカイの仲間を危険にさらす訳にはいかないから、気をつけるけれど。
ぼくが大切にしたい人たちの利益が反目した時、きっと悩んじゃうんだろうな。
でも、きっと大丈夫だと信じているから。
「ぼくは仲間の命を預かっているので、申し訳ないですけど、そうします」
「ええ。それでよろしいかと。わたくしも、ユーリ様方の実力を完全に見通せるわけではありませんから」
そういうものか。まあ、サーシャさんは戦っているわけではないだろうし。
モンスターの強さを実感しているわけではないのなら、当たり前といえば当たり前だ。
ぼくだって出会ったことのないモンスターの強さは正確には分からないのだし。
「そうなんですね。なら、無理そうならサーシャさんに伝えます」
「ユーリ様がそうしてくだされば、より的確な依頼をできると思いますわ」
「だったら、もっとサーシャさんに頼っちゃいそうですね」
「ええ。もっと頼ってくださいまし。それが、わたくしの役割ですから」
サーシャさんの言葉はありがたいけれど、負担になっていないかな。
ぼくはとても助けられているから、できれば頼りたいけどね。
だからといって、サーシャさんに迷惑をかけたくないから。
「サーシャさんに頼る分、サーシャさんも頼ってくださいね」
「でしたら、とあるパーティに出席していただけませんか?」
「別に構いませんけど。でも、礼儀作法を知らないので迷惑にならないですか?」
「ええ、問題ありませんわ。わたくしもサポート致しますので」
サーシャさんが手助けしてくれるのなら、安心かもね。
とはいえ、ずっと一緒にいるわけにもいかないんじゃないだろうか。
その辺、どうなっているんだろう。
「サーシャさんの見ていないところで、問題が発生したらどうすればいいですか?」
「大丈夫ですわ。わたくしの部下にも目を光らせさせますので」
「なら、安心してもいいんですかね」
「ええ。さほど緊張なさらなくてもよろしいかと」
サーシャさんの見立てがこういうところで間違っているとは思わないし、きっと大丈夫かな。
もしサーシャさんに迷惑をかけたらと思っていたけど、頼まれたのなら手伝いたい。
ぼくがサーシャさんの役に立てるというのならば、嬉しい限りだから。
「だったら、参加させてもらいますね。準備なんかは必要ですか?」
「いえ、こちらで用意しておきますわ」
「分かりました。色々とお世話になってしまいますね」
「こちらから頼んだことですので。問題ありませんわ。では、当日を楽しみにしていますわ」
それからサーシャさんと別れてその日は終わり、しばらくして。
サーシャさんに頼まれていたパーティに参加する日がやってきた。
待ち合わせ場所に向かうと、着飾ったサーシャさんが出迎えてくれた。
いつもは可愛らしい印象のサーシャさんだけど、今日は気品がある。
「今日はようこそいらっしゃいました。ユーリ様、こちらへどうぞ」
サーシャさんはぼくの手を取って会場であるエルフィール家の屋敷へと連れて行ってくれる。
なんとなく、サーシャさんは浮き足立っているように思えた。
いったいなぜだろう。まあ、そこまで気にする必要もないか。
「今日はよろしくお願いしますね、サーシャさん」
「ええ。どうぞよろしくお願いいたしますわ。さて、衣装に着替えていただきましょうか」
今日は普通の服でいいとサーシャさんに言われていて、ちょっと疑問だった。
でも、納得だ。ぼくが持っている服だとふさわしくないんだろうな。
そのままサーシャさんの手配した服に着替えて、パーティ会場の控室のような場所で待つ。
サーシャさんも隣にいてくれるので、だいぶ落ち着いた心地でいられた。
他に人は見当たらないけど、どうやってこんな環境を作ったのだろう。
結構人が来るらしいけど、ここで待っているわけではないみたいだし。
まあ、サーシャさんと2人なのはとても落ち着くから、ありがたい話ではある。
しばらくサーシャさんと談笑したあと、パーティ会場へと連れて行かれた。
すでに大勢集まっている人の目が一斉にこちらを向いて、かなり緊張する。
ただ、ぼくは黙ってサーシャさんに寄り添っていればいいらしいので、まだ楽だ。
これでみんなの前で話をしなくちゃいけなかったら、もう無理だったかも。
サーシャさんは壇上へとぼくとともに歩き、話し始める。
いつもは可愛らしいサーシャさんの、キリッとした雰囲気に惹きつけられる感じだ。
「ようこそいらっしゃいました、皆様。ここにいるのが、冒険者チーム、オーバースカイのリーダーにして、王都での闘技大会で準優勝した、水刃のユーリですわ」
サーシャさんの言葉に合わせて、周囲がざわめき出した。
これはどういう反応なんだろう。まあ、サーシャさんは余裕がありそうな表情なので、問題はないのかな。
サーシャさんの役に立ちたくてここにいるわけだから、サーシャさんの反応が一番大事かもね。
そのままサーシャさんは壇上で話し終え、ぼくと腕を組んで、ぼくのことをいろいろな人に紹介していった。
基本的にはサーシャさんの言葉にタイミングを合わせて相槌を打ったり頷いたりしているだけだ。
サーシャさんにどうすればいいかわからないと言ったら、今のやり方を提案されたんだよね。
おそらく順調にパーティは進んでいって、そのまま解散となった。
ぼくはサーシャさんと、まだエルフィール家の屋敷にいる。
他の人達がどうしているのかは分からなくて、サーシャさんと2人きり。
おそらく、みんなもう帰ったのだろうけれど。そうじゃないと、サーシャさんは他の人達の対応をしているだろうし。
サーシャさんとしばらく話をしていると、なにか彼女の雰囲気が変わった。
そのまま、真剣な様子でぼくに話しかけてくる。
「ユーリ様、わたくしと共にエルフィール家を発展させていくつもりはありませんか?」
それはどういう意味だろうか。サーシャさんが協力してほしいことなら、できる限り手伝うつもりではあるけれど。
でも、ぼくが貴族の家を発展させるって、どうやって?
そもそも、なぜぼくに助力してほしいのだろう。
色々と考えていると、ぼくの疑問を察したのかサーシャさんは説明に移っていった。
「わたくしは、ユーリ様と共に生きていきたい。わたくし自身がエルフィール家を継ぐわけではありませんから、活動にはある程度の自由が利くのですわ。結婚も、ね?」
サーシャさんはこちらをじっと見つめている。
もしかして、ぼくと結婚したいという意味なのだろうか。
そうだとして、なぜ今言いだしたのだろう。タイミングはまあ良いか。
もっと気になるのが、そもそもサーシャさんがぼくを好きなのかどうかだ。
よく分からないけれど、貴族って利益のために結婚するイメージがあるから。
「えっと……ぼくにはオーバースカイとしての活動があるんですけど、それでもエルフィール家を発展することを手伝えるんですか?」
「ええ、もちろん。ただ、少しばかり活動を縮小していただくことになるかもしれません」
そうなると、少しばかり困ってしまう。
オーバースカイとしての目標は、冒険者の頂点を目指すこと。
だから、活動を縮小すると遠ざかってしまうから。仲間やアリシアさんたちの期待を裏切りかねない。
サーシャさんと仲間たち、どちらの希望を優先すればいいのだろうか。
「だとすると、ぼく1人で決めるわけにはいきません。仲間たちに相談しないと」
「そうですわね。ユーリ様の誠実さが伝わってくるようですわ。ですが、オーバースカイの皆様に飢えさせるつもりはありませんわ。ですので、そのあたりの心配は必要ありませんわ」
つまり、割の良い仕事を振ってくれるとかだろうか。
心配事の1つが消えたので、サーシャさんの提案を受けてもいい理由は増えた。
とはいえ、どうしたものか。そもそもぼくはサーシャさんをどう思っているのだろう。
サーシャさんに答えを返すために、ある程度の時間がほしい気がするな。
「それは助かります。ですが、いったん持ち帰らせてください。心の整理が必要だと思うので」
「ええ、構いませんわ。断るにしろ、受けるにしろ、しっかりと考えてくださいまし」
サーシャさんは断ってもいいんだと伝えてくれているようで。
だから、前向きに考えてみたい気分になった。
できればサーシャさんを悲しませたくはない。とはいえ、冒険者としての活動も大事にしたい。
本当に誰かに相談したいな。どうすればいいのか、悩ましいから。
それからサーシャさんと別れて、みんなに今回の件を相談した。
カタリナにユーリヤ、アクアはどちらでも良い様子。
アリシアさんとレティさん、ステラさんはサーシャさんなら悪いようにはしないだろうと。
なので、もう一度サーシャさんと話をして、それで結論を出そうと考えた。
サーシャさんがどういう思いでこの提案をしたのか、聞きたかったから。
それから、サーシャさんと話をする場を設けることに。
サーシャさんは色々とこちらに伝えてくれるつもりらしい。
一体どんな内容か気になるけれど、すぐにわかることだから。
サーシャさんとエルフィール家の屋敷の一室に入り、2人で向かい合って話をする。
今のサーシャさんは明るい表情で、いつもの可愛らしさが増しているような。
「ユーリ様はある程度前向きに感じてくださっている様子。ありがたいことですわ」
「そうですね。サーシャさんにはお世話になっていますから、その恩を返せるのなら」
「その気持ちは嬉しいですわ。ですが、ユーリ様はわたくしのことをどのように思っていますの……? わたくしは、ユーリ様を慕っていますわ」
サーシャさんは瞳をうるませてこちらを見る。
ぼくがサーシャさんをどう思っているか、か。もちろん大好きではあるけれど。
その気持ちが恋や愛なのかはわからない。
ただ、サーシャさんとなら、きっと試練が待っていても乗り越えられると信じられる。
「この気持ちが恋や愛でないのだとしても、サーシャさんのことは信じられますから。だから、きっとうまくやれるはずです」
「わたくしはあなたを愛しています。ですが、打算があることも事実。そうだとしても、ですか?」
「サーシャさんなら、きっとぼくの大切な人を傷つけないでくれますから。ぼくを利用するくらい、へっちゃらです」
「つまり、わたくしと結ばれてもよいと……?」
サーシャさんのその言葉に、ぼくは頷いた。
すると、サーシャさんは花開くような笑顔をみせてくれたんだ。
そして、サーシャさんはぼくにキスをする。
これからがきっと始まりなのだろう。そう感じる瞬間だった。
アクアにとって、サーシャは打算的ではあるが、ユーリの役に立っている人物という認識であった。
だから、サーシャがユーリに好意を示したとユーリから伝わった時、アクアはこれも打算なのだろうと考える。
ただ、サーシャが打算で行動していたのだとしても、ユーリのことを傷つけることはないだろう。
そう考える程度には、アクアはサーシャに信頼を向けていた。
事実、サーシャとユーリが結ばれてから、サーシャはユーリにとても尽くしていた。
もちろん、ユーリを表舞台に出してエルフィール家の名声を向上させようとはしていたのだが。
とはいえ、ユーリの負担を考慮したとしても、ユーリは十分な幸せを手にしているようにアクアは感じて。
それに、サーシャはアクアを含めたオーバースカイのメンバーも大切にしていた。
無論、オーバースカイとして活動するほうがユーリは活躍できると、サーシャは計算しているのだろう。
ただ、アクアにとってサーシャは十分に親しい相手で。
だから、ユーリとサーシャが仲睦まじく過ごす姿は、アクアには微笑ましかった。
近頃、サーシャの妊娠が判明したらしい。
アクアはそれを知って、ユーリとサーシャの子供をどう可愛がるか、とても楽しみにしていた。
サーシャとユーリと自分で過ごす毎日に、新しい仲間が加わる。
十分に楽しいだろう未来を想像できて、アクアは現状に満足していた。




