88話 憩い
カーレルの街が大勢のモンスターから襲われて、カーレルの街には大きな爪痕が残っていた。
それでも、ぼくの周りの人たちが無事でいられたのは嬉しい。
犠牲者もそれなりに出てしまって、悲しさや切なさのようなものが有るけれど、これには慣れるしかないよね。
最初から全力で市民を守ることに神経を傾けていれば助けられた人もいただろう。
けど、だからといって似たような機会があったらぼくは親しい人を優先する。犠牲になった人には申し訳ないけど、これを変えるつもりはない。
だって、今度は仲間たちが大丈夫だという保証は無いからね。ぼくの大切な人を最優先にして、そうじゃない人は余力で助ける。
冒険者をやってきたから分かるけど、優先順位をはっきりさせなければ何も守れないという事態になりかねない。
どのモンスターから倒すかとか、どの攻撃から対処するかとか、しっかり決めておかないとダメだというのはよく分かっている。
どの人を先に守るかというのも同じことだ。出来るだけ大勢助けたくはあるけれど、全員を助けることなんてできはしない。
なら、優先するべき者ははっきりと決まっている。カインとカタリナがどっちも危ないなら当然カタリナを優先する。そういう話だ。
カインの敵討ちにカタリナやアクアを連れて行ったことは今思えば軽率だった。ぼく1人で行けばいいという事ではないけれど、キラータイガーの危険性を知っていてするべき判断ではなかった。
おかげでアリシアさんたちと出会えたんだから、全部が全部間違っていたわけじゃ無い。
でも、似たような機会に似たような判断は今のぼくならしない。これは成長と言えるのだろうか。それとも冷徹さのような物を持ってしまっただけだろうか。
どちらにせよ、今のぼくは大切な人の安全を第一にするつもりだ。ぼくの手の届く範囲はこれ以上広く出来ないだろうし。
それはさておき、ハイディたちはしばらくカーレルの街に滞在するらしい。なので、ハイディたちの屋敷に向かうつもりだ。
あの屋敷はなぜか無事だったみたいなので、遊びに行っても問題はない。エルフィール家の屋敷のようにモンスターに守られていたのかな?
まあ、理由は何でもいいか。ハイディたちと一緒の時間を過ごすのは久しぶりなので、とても楽しみだ。
ハイディたちの屋敷で用件を伝えると、まずリディさんが出迎えてくれた。
「ユーリ殿、お久しぶりです。先日の騒ぎでは結局ほとんど会話もしなかったので、今日は楽しもうと思いますね」
「リディさんがそう言ってくださって嬉しいです。リディさんたちと久しぶりにゆっくり過ごせそうで、とても楽しみです」
「ふふ、そう言っていただけるなら、こちらに来た甲斐があるという物です。殿下もお待ちしていますよ」
ハイディも待ってくれているのか。もっていうあたり、リディさんかイーリスかが待ってくれていたという事になる。
イーリスならそれに言及していてもおかしくないし、リディさんも待っていてくれていたのかな。そうなら嬉しい。
まさか本人に直接聞くわけにもいかないし、確認する手段はないけどね。
そのままリディさんに着いて行って、ハイディの部屋らしきところに案内された。前はこの部屋でハイディと2人きりだったけど、きっと今回は4人でになるよね。新鮮な気分かもしれない。
部屋の中に入ると、ハイディとイーリスが待っていた。2人とも片手をあげて反応するけど、だいぶ2人のイメージは違う。
なんというか、ハイディは気品を感じるというか、偉い人間なんだなって思うけど、イーリスは気安い雰囲気だ。同じような手をあげる動作でここまでイメージが変わるものなのか。
「よく来たな、ユーリよ。そろそろ余の顔が恋しくなったころであろう?」
「そうですね。久しぶりに会えてうれしいです」
ハイディはぼくの言葉に目を見開いている。そんなに意外なことを言っただろうか。ぼくがハイディに会えて嬉しいというのは本当の事だから、おかしなことでは無いと思うけど。
「流石のオリヴィエ様もそんなに素直に好意を示されることに驚くんだな。まあ、俺も驚いてはいるんだがな」
そういえばリディさんは言質を取られないように発言に気を遣うみたいなことを言っていたな。
そうなると、単に好意を示すだけでも、王族にとっては珍しい事なのかもしれない。
ぼくにとっては好意というのははっきりと口にするべきものだけれど、ハイディ達にとってはそうでは無いのかもね。
「ユーリ殿の好意をはっきりと示される姿勢は好ましいものですが、我々のような人間には難しい事ですからね。殿下もお慣れでは無いのでしょう」
リディさんはお茶をぼくたちの前に置きながら話している。マナーの勉強をした限りだと、こういう場面で話すのは良くないんだっけ?
でも、リディさんが話しているという事は問題ないのだろうか。それとも、プライベートな空間だからいいという話なのだろうか。
どちらでもいいか。ぼくが不愉快になったわけでは無いし、ハイディたちも気にした様子を見せていない。
「リディも言うようになったものだな。まあよい。ユーリよ、余の力はしっかりと堪能したか?」
「直接見ることは出来なかったんですけど、あっという間にモンスターが減っていくのは分かりました。本当にハイディの契約技は強いですよね」
「見ていなかったのか……まあよい。余の強大さはよく分かったであろう? 貴様は余の騎士になるのだから、この力に合わせられる様になれよ」
ハイディはまだぼくを騎士にすることを諦めていなかったのか。まあ、以前のように無理矢理にでもぼくを騎士にしようと言う雰囲気は感じないから、別にいいか。
ハイディの騎士になる事が嫌なわけでは無いからな。誘いをかけられること自体は嬉しいんだ。
ただ、ハイディの騎士になる事よりも優先したいことがあるだけで。でも、いずれはハイディの騎士になる事もあるかもしれないな。
みんなある程度冒険者として目標を達成できているし、冒険者でなければできない事は、もうあまりぼくたちの目標の中にはないかもしれない。
そのあたりに折り合いがついたのならば、ぼくは喜んでハイディの騎士になるんだけど。
ハイディならば、きっとぼくの仲間たちの事も大切にしてくれる。そう思えるくらいにはハイディの事を信じているからね。
それはさておき、リディさんが淹れてくれたお茶は前と味が違うから違う茶葉なんだろうけど、これも美味しいな。
リディさんがお茶を楽しむための物だと言っていたことがよく分かる。美味しさだけではなく、違いまで楽しむ事ができるんだね。
「合わせる必要がある敵とは出来れば出会いたくないですね。一緒に連携の訓練ができるのなら楽しそうですけど。話は変わるんですけど、リディさんの淹れてくれたお茶、美味しいです。お茶の楽しみというのが少しわかった気がしますよ」
「それは何よりですね。小生はこれからもユーリ殿にお茶を用意しますから、色々な楽しみ方を覚えてくださいね」
リディさんはふんわりした雰囲気で微笑んでいる。戦っている時はとても勇ましい表情だし、ハイディを窘めている時なんかは固い雰囲気だけど、こういう顔もするんだよね。
これからもリディさんのいろいろな表情を知る事ができると嬉しいな。それはきっと素晴らしい時間になるはずだ。
「余を差し置いてずいぶんよい雰囲気になっているではないか。リディ、貴様もユーリが気に入っているようだが、余を優先することを忘れるなよ」
「当然わきまえておりますよ。殿下の所有物となるべき方に、みだりに手出しはいたしません。ですが、ユーリ殿と友人関係を築くのは構わないでしょう?」
「余の物同士で交友を深めると言うこともある程度必要だからな。良しとしておこうか。ユーリ、貴様も余を一番に考えるのだぞ」
ハイディの事はもちろん大切だけれど、一番というのは難しいな。ぼくにとっての一番がアクアだという事は揺らがないだろう。
でも、それを正直に言ってしまって大丈夫なのだろうか。いや、ハイディの前で嘘を吐く方がまずいか?
少し思案していると、ハイディの方から先に声をかけられることに。
「口に出さずとも今の反応で貴様の考えはよく分かった。貴様でなければ許されんことだが、今は良しとしておいてやるから、精進することだ」
ハイディの言葉はとってもありがたいけど、ちょっと申し訳ないとも思ってしまうな。
これからハイディと過ごしている時間が増えるたび、もっとハイディの事を好きになるとは思うけど、それでハイディが一番になるだろうか。
考えても仕方のない事か。出来ればハイディにアクアの事を受け入れてもらいたいけど、それはぼくのワガママだからな。
でも、ぼくの大切な人たちにできれば順位をつけるような真似はしたくないから、ハイディが一番になるという考えを忘れてくれると一番うれしい。
まあ、流石にありえないよね。その考えでハイディに嫌われても、きっと仕方のない事だ。
でも、そうなってしまったら、ぼくはとっても強い悲しみに襲われるのだろうな。
やめやめ。今この話を考えて暗い雰囲気になるなんて、目の前にいる3人に失礼だよ。
「ユーリの顔に出やすいってところは、基本的には気に入っているけどよ、顔に出過ぎるのも考え物だぜ? 戦闘中ならある程度は隠せるのは俺も知ってるから、隠し方を覚えてみたらどうだ?」
イーリスはぼくを咎めているという雰囲気ではない。たぶん軽い提案くらいの物かな。
ぼくは親しい人の前だとつい気を抜いてしまっているから、顔に出るのはきっとそのせいなんだろうな。ようやく少しわかってきた気がする。
でも、相手を不快にさせるような感情まで顔に出していても良いことは無いし、確かに訓練してみるのもいいかもね。
「表情の制御くらいなら覚えても良いかもしれんが、ユーリが腹に一物抱えて対応してくるというのも腹立たしい光景だ。余としてはそうなる位なら今の方がましだが、リディはどうだ?」
「悩ましい問題ですね。顔に出やすいというのはユーリ殿の魅力の一端ではありますが、現状では王宮に入れば苦労するだけでしょうから」
それからもぼくを置き去りにしてハイディたちの議論は進んでいき、結局ハイディたちと一緒に居る時は顔の制御をしない方向性に決まっていった。
まあ、知らない人が相手ならぼくも気を張っているから、ある程度表情を制御できるはず。人型モンスター相手の時は出来ているわけだし。
「ハイディたちの期待に応えられるように、頑張りますね」
「それでよい。話は変わるが、ユーリ、貴様が此度の異変に対してどの様に立ち回るか、よく考えておけ。こちらでサーシャとも協力して調査するが、厄介な問題が紛れ込んでいるようだ」
厄介な問題とは何だろう。それにしても、今回の異変はやっぱりまだ終わっていないみたいだ。




