83話 異常
ぼく達はいつものようにマナナの森でモンスターの討伐依頼を受けていた。
サーシャさんによると、最近新種の発見が増えているらしい。ぼくが前に出会った異変に関係があるかもしれないので、気を付けて調査をするつもりでいた。
マナナの森はいつもと違う雰囲気で、ピリピリした何かをぼくは感じていた。
しばらく森を探索していると何度かモンスターに出会ったが、新種だけではなく妙に強いモンスターもいた。
やはり何か異変が起こっていると確信できたが、原因ははっきりしなかった。
「みんな、どう思う? 原因についてとか、これから何が起こりそうとか、思いつくことがあったら言ってみてくれる?」
「そうね、人型モンスターが現れるとか、モンスターが大量発生とかはこれまでにも有ったじゃない。その延長線としてブラックドラゴンみたいな厄介なモンスターが現れるとかはどうよ?」
カタリナの言う事はこれまでにぼくたちが経験したことから素直に考えを進めたものだ。
ぼくも危険なモンスターが発生する事に警戒しているのだけど、どこに現れるか予想がつきづらいのが問題なんだよね。
強大なモンスター相手だと初動が重要な感じがするから、相手に先手を取られる事態は避けたい。
「既に強いモンスターが現れているってのはどうっすか? 強大なモンスターがいればモンスターが活性化するみたいっすからね」
メルセデスの言う事はとても恐ろしい話だ。その仮説が正しいとすると、ドラゴンよりはるかに強いモンスターが既にいることになる。
ブラックドラゴンはそこらのドラゴンよりよほど強いらしいけど、あのレベルでも相当な大問題だからね。もっと強いとか想像もしたくない事だ。
でも、警戒しておく必要はあると思う。その時にはサーシャさんやステラさんをどう逃がすかが問題になるかもね。
「既にこの状況が異変というのはどうだろう。今起こっている事が前兆ではなくて、本番という事だね。それなら随分と気が楽だけど、楽観視は避けた方が良いかもしれないね」
アリシアさんの意見も納得できることではある。同じ種族なのに明らかに強さの桁が違うモンスターが現れるなんて相当な異変と言っていいからね。
実際にその説が正しいと楽な話ではあるのだけれど、事態が収まるまで油断は出来ないというのが正直なところだ。
アリシアさんの意見も大事な考えではあるけれど、それを前提に行動は出来ないよね。
ぼくが方針をまとめようとすると、ぼくの警戒網にモンスターが引っ掛かる。一瞬キラータイガーかと思ったけど、細かい姿が違う。
つまり、未知のモンスターだ。しっかり警戒しないとね。
「みんな、モンスターの反応があった。念のために警戒しておいて」
みんなは即座に戦闘できる姿勢に入ってくれた。これでモンスターがやってきても対応できる。
そう考えていると、急に似たようなモンスターが一度に発生した。慌ててぼくはアクア水とミア強化を全力で発動する。
すぐにモンスターはこちらへやってきた。キラータイガーの耳と尻尾が狼の物に変わったようなモンスターで、赤地に黒のまだら模様と耳や尻尾の灰色が全然似合っていない。
それよりも、相手の素早さが問題に感じた。キラータイガーよりよほど素早くて、感じる強さからすると、メルセデスたちは守ってあげないといけないかもしれない。
方針をまとめる間もなく、すぐにそのモンスターは襲い掛かってきたので、まずはぼくがアクア水で足止めをする。
その隙にアリシアさんとレティさんが攻撃を仕掛けるけど、風刃では仕留め切れていない。
ハイディに貰った武器なら十分に通じるみたいだけど、防御力は結構高いみたいだ。
「メルセデスたちは自分の身を守ることを優先して! こいつら、相当強い!」
「わかったっす! ユーリさんの邪魔はしないっすよ!」
大体耐久力は分かったので、ノーラやユーリヤもモンスターを仕留めていき、カタリナとフィーナも上手く攻撃できている。
ミーナとヴァネアは余裕をもってモンスターを退治できていたので、そちらは任せてもよさそうだ。
アクアは後衛とメルセデスたちのフォローに入れる位置に居てくれるので、ぼくは安心して攻撃に回る事ができた。
1対1体は強いと言ってもすぐに倒せるくらいのモンスターなんだけど、索敵網にはどんどん増えているモンスターが引っ掛かっている。
今のペースなら十分に倒す速度が上回っているけど、これより早いペースでモンスターが生まれると危ないかもしれない。
ぼくは敵を倒すペースを上げるために、水刃で敵の進行ルートを制限して後衛の攻撃が当たりやすいように誘導した。
カタリナやフィーナはすぐにぼくの意図を察してくれて、どんどん敵の数を減らしていく。
カタリナは契約技をずいぶん使いこなしていて、複数の敵にただの矢を当てるより強い一撃を与えるほどになっていて、今なら前に攻撃が通じなかった敵の大部分を倒せるだろう。
フィーナは相変わらず威力が高い攻撃をしてくれるけど、正確さも随分増したし、連射のスピードも上がった。
2人が攻撃すると1撃で何体ものモンスターが倒れていくけど、それでもモンスターはまだまだいるから倒しきれていない。
「ユーリ、よくやったわね! これなら楽に仕留められるわよ」
「わたしがユーリさんのお役に立てる……なんと心地よいのでしょう」
カタリナたちが討ち漏らした敵は前衛の人たちが素早く倒していく。
カタリナとフィーナがどこを攻撃するかはかなり分かりやすいけど、モンスターは上手く対応できていないから、こちらが一方的に攻撃できていた。
「僕の剣技にはついて来られないようだね! これなら十分に勝てる相手だよ」
「ミーナ、油断するんじゃないわよ。モンスターがどんどん湧いてくる以上、他のモンスターが現れる可能性は否定できないわ」
ミーナとヴァネアは出会ってそう経っていないとは思えないほど優れた連携で敵をどんどん葬っていく。
ミーナの素早い動きにヴァネアがうまく合わせていて、ミーナが動きやすいようにヴァネアが敵を間引いていた。
その効果もあってミーナはほとんど速度を落とすことなく敵を倒し続けていた。
ヴァネアはとてもミーナのサポートがうまい。ミーナが倒しにくい位置の相手をうまくさばいている。
ミーナとヴァネアは2人1組で動いているようなものだったが、2人のいるところは2人に任せておいたら十分対処できるだろう。
「風刃が通じないと面倒ではあるけど、この剣があれば十分そうだ。レティ、合わせて」
「うん、任せて。わたしたちなら一方的に攻撃できるからね」
アリシアさんとレティさんは空中に飛び上がって、ぼくたちの対応の隙間を上手くカバーしてくれている。
多分上空から全体像を見てモンスターを倒す必要があるところを判断してくれているのだろう。
モンスターたちは相当素早いとはいえ、アリシアさんやレティさんの速さにはまるで追いついていない。
上空にモンスターが手出しできないことも手伝って、アリシアさんたちは攻撃を受ける事すら想像できない手際でモンスターを仕留めていく。
何度見てもアリシアさんたちの戦いはすさまじい。これがぼくたちの憧れた冒険者で、今では仲間になってくれている人だ。
アリシアさんたちにはこれからも学ぶことがいっぱいあるだろうな。ぼくももっと精進しないとね。
「うちを忘れてもらっては困るぞ、ご主人。うちの活躍を目に焼き付けていてくれ」
「わたしだって忘れられたくありませんよっ。すぐにやっつけちゃいますからねっ」
ノーラとユーリヤは戦い方が全然違うけれど、上手く連携していると思える。
ノーラが素早く大雑把にモンスターを仕留めていって、ユーリヤが細かい敵を掃除していく。ノーラは固めのモンスターでもものともせず倒していく力があるし、ユーリヤは急所を的確につく器用さがすごい。
ユーリヤが罠を仕掛ける時もあるけど、ノーラは上手く罠に引っかからないように動いているし、ユーリヤはノーラの邪魔をしないように罠を仕掛けている。
いつの間にこんなに連携できるようになったのか気になるけど、それよりも2人に感じる頼もしさが強い。
みんなうまくモンスターを倒せているけど、1体モンスターがメルセデスの方に向かっていった。
ぼくがすぐに倒そうとすると、メルセデスたちが待ったをかける。
「ユーリさん、1体くらいあたいたちで何とかしてみせます! ユーリさんは他の敵に集中していていいっすよ!」
「私たちだって出来るんだって見せちゃうわよ~。大丈夫、うぬぼれじゃないわ~」
「何かあったらアクアが守るから、ユーリは安心してくれていい」
アクアの言葉でこの1体だけモンスターを任せることに決めた。
メルセデスは水の膜を防御にも攻撃にも使って、上手くモンスターの動きを誘導していく。
移動先に水の膜を張って邪魔したり、隙ができた時に水の膜を縦にぶつけて弱い剣のように使ったり。
そしてメーテルが殴って強い一撃を与えたり、メルセデスへ向かう攻撃をかばって防御したり。
だんだんモンスターの動きに慣れてきたメルセデスたちはどんどん一方的に攻撃できるようになり、最後はメルセデスがハイディに貰った剣でとどめを刺す。
その次にモンスターがやってきた時は苦戦せず倒せるようになっていて、だんだん戦う数を増やしていったメルセデスたちだが、最後には5体同時に倒すことまで出来ていた。
メルセデスたちは本当に見違えた。もうメルセデスたちを弱いなんて言う方がおかしい人だろう。
キラータイガー1体に苦戦していたとは思えない強さになっていて、本当にメルセデスたちの勢いはすさまじい。
この2人ならば人型モンスターも倒せるかもしれないと思えるほど成長していて、戦っている最中にもかかわらずこみ上げるものが有った。
それからキラータイガーに似たモンスターをどんどんぼくたちで退治していって、ついにそのモンスターが現れなくなって、最後の1体を今倒した。
異変はこれで終わりかと考えていると、ぼくの背中に寒気が走る。
慌てて索敵を行うと、人型モンスターが複数体いた。今回の異変は本当に大問題かもしれない。




