裏 オリヴィエ
オリヴィエはかつてアーデルハイドという名でユーリたちが住むアードラを建国した。
アーデルハイドが契約したことによって手に入れた契約技の強大さをもとに、敵対する者たちをすべてねじ伏せてただの庶民から王まで成り上がっていった。
アーデルハイドはその中で何度も裏切られて、やがて自分だけが信頼できる人間だと思うようになっていった。
契約技の力によってどんな状況からでも生き延びる事ができていたが、そんな日々の中でアーデルハイドは王という名は面倒ごとばかり招き寄せると結論付けた。
それから、アーデルハイドは死を装って表舞台から消えて、親族を代理の王として、裏からアードラを支配していた。
そんな日々の中でいつでもたった1人でいたアーデルハイドはいつしか、誰かとふれあうという欲求を思い出していた。
そして気に入った人物を自分の物にするという遊びで日々の退屈を紛らわせていたアーデルハイド。
だが、表舞台に出ないという自身が課した縛りが面白い人間を探す際に邪魔になっていた。
いろいろと考えたアーデルハイドは、オリヴィエという名で王女として表舞台に再び立つことを決める。
その際に近衛として王族の中の異端であったリディとイーリスを自らの傍に置くことにした。
リディとイーリスは良くオリヴィエの期待に応え、オリヴィエを楽しませていた。
そんな日々を過ごすうち、自らが表舞台に立つことにより出会えるような人を探すために、ユーリも出場する事になる大会を計画した。
初めのころはオリヴィエの気に入るような人間もモンスターも現れなかったので、徐々に大会に出場できる人間の幅を広めて、目につく人材を探すことにした。
何度か面白い能力や芸を持つ存在がオリヴィエの前に現れたが、オリヴィエに求めるものが金や権力ばかりであり、オリヴィエを本当の意味で楽しませることは出来なかった。
あまりにもつまらない存在ばかりだったので、また死を装う事を考えだしたころにオリヴィエはユーリとミーナに出会う。
ミーナはユーリに勝つことばかりを考えていて権力にも金にも目を向けないところが面白かったし、ユーリはただの小市民にしか見えないながらも周囲の人間の期待に応えようとする姿が面白かった。
そしてオリヴィエはしばらく表舞台に立ち続けると決めた。ユーリの事は自分の事をだんだんと好きになっている姿が可愛い動物のように思えて気に入っていた。
オリヴィエはユーリとの遊びを何度か繰り返すうちに、王女ではないただのオリヴィエに絆されていくユーリの姿にかつての人を信じる気持ちを思い出そうとしていた。
だが、オリヴィエは人を信じたところで王族である自身は欲に取り付かれた人間に裏切られるだけだと考えていた。
そんなオリヴィエの考えを変えるきっかけになったのが、オリヴィエがユーリを連れて行ったモンスターとの戦いだ。
自身が窮地に追いやられたときに、危険だと言うことは分かっているはずなのに逃げようともせず自分を守るユーリにオリヴィエは希望を見た。
そして、ユーリが金でも名誉でもなく自分との時間を求めたことによって、オリヴィエはアードラを建国してから初めて人を信頼しても良いと思えた。
ただのおもちゃくらいにしか思っていない存在だったはずのユーリに対して執着心が生まれたオリヴィエは、ユーリを自分のもとから離れさせたくないと考えた。
その結果として、ユーリがカーレルの街へ帰ることを妨害した。
オリヴィエのその行動が、アクアにオリヴィエはユーリを自分から奪うものだと認識させた。
だからアクアはオリヴィエを支配することを決めた。
そして王宮に侵入したアクアは、オリヴィエを警護していたリディとイーリスに出会う。
「アクア殿……? ここはオリヴィエ様のおわすところ。ここから先へ進ませるわけにはいきません」
「そう。なら、リディたちも邪魔。オリヴィエはユーリには必要ない」
アクアはオリヴィエを支配するための障害としてリディとイーリスを排除するために、2人を支配しようと動く。
アクアの危険性を察知したイーリスが、まずアクアに対して攻撃を仕掛ける。
「せっかくユーリと楽しく出来そうだったのによ! オリヴィエ様を傷つけようとするものを許すわけにはいかねえよな! せっかくの機会だ。その実力を存分に味わわせてもらうぜ!」
アクアはイーリスの放つ炎も拳も蹴りもまるで意に介することは無く、イーリスを拘束してから支配する。
その姿を見ていたリディは即座に全力の炎をアクアに放つが、それもアクアには通じない。
リディもアクアに拘束されたが、リディはどうしても気になる事をアクアに問いかけた。
「アクア殿、これはユーリ殿が望んだことなのですか? ユーリ殿はオリヴィエ様を裏切ったのですか?」
「これはアクアが決めたこと。ユーリはこれからも何も知らない」
「そうなのですね。良かった……」
最後に微笑みを見せてリディはアクアに支配されていく。
リディは王族として過ごす日々の中で、表だけ取り繕って裏であれこれ画策する人間ばかりを見ていた。
そんな中で出会ったユーリの態度は、自分たちに対する好意をはっきりと表に出していて、それが王族に対する媚びた姿勢ではないとリディには感じられた。
オリヴィエに命じられて自分の正体を明かしたときも、ユーリはその態度を一切変えることなく友人のような存在としてリディを見ていた。
そのユーリの姿に癒しのような物を感じていたリディは、アクアがオリヴィエに敵対する姿を見て、心の底から不安を感じていた。
あの純朴な姿はすべて演技で、このアードラを支配するための道具として自分たちを見ていたのか。
その不安に耐える事ができず、リディは最後のあがきよりアクアに問いかけることを優先していた。
アクアの言葉に嘘はないと感じたリディは、自分の信じたものが偽りでは無いことを喜んでいた。
だから、最後にリディは微笑むことができた。
アクアはそんなリディの様子を見て、ユーリの理解者を1人減らしてしまったのではないかと悩んでしまう。
その考えを雑念だと放棄して、アクアはオリヴィエのもとへと進んでいく。
オリヴィエはやってきたアクアの姿を見て、余裕を見せながら問答に入ろうとする。
「アクア、この余に一体何の用だ? つまらない用件でであれば許さんぞ」
「ユーリを返してもらう。そのためにオリヴィエは邪魔。それともアーデルハイドと呼んだ方が良い?」
「貴様、なぜその名を……まあよい、ならば余の力を味わえ!」
オリヴィエは即座にアクアに対して契約技を使うものの、以前戦った亀型モンスター以上に手ごたえを感じなかった。
そのため、アクアが単なるハイスライムではないと確信する。
「貴様、まさかオメガスライム? プロジェクトU:Reは頓挫したはずでは?」
「オリヴィエ、なぜその名を知っているの? ことと次第によってはただでは済まさない」
アクアはプロジェクトU:Reという名に聞き覚えがあった。アクアに対してユーリの両親が行っていた実験の名前だと記憶していたため、その計画にかかわりのある者に好意的になれないでいた。
それでも、オリヴィエを殺すつもりは無いアクアは、問答によってその情報を手に入れようとする。
「さてな。どうしても知りたいというのなら、余の口を割ってみることだ」
そのままオリヴィエは全力で契約技をアクアに対して行使する。それでも全くアクアに対して効果がないまま、オリヴィエは限界を迎えた。
オリヴィエはアクアに拘束されて、全く抵抗することもできないでいた。
自分がここで終わると考えたオリヴィエが最後に思い出した顔はユーリの物だった。
「ユーリ、なぜ貴様は余の前に現れたのだ。そうでなければ未練など……」
そのままアクアはオリヴィエの体を支配していく。そしてオリヴィエの記憶を読み取っていった。
オリヴィエの記憶によると、プロジェクトU:Reとはかつて王国で行われたオメガスライムを生み出す計画だった。
オメガスライムの力を利用する事によって王国の版図を広げようとする目論見のもと行われていたが、結局上手く行かず取りやめとなったものだ。
オリヴィエは直接関与しておらず、報告によってその存在を知っていただけだった。
仮にオメガスライムが暴走しても自分なら倒せると信じていたオリヴィエは、プロジェクトU:Reの成否がどうであろうと構わなかった。
アクアはオリヴィエが直接プロジェクトU:Reに関与しないと知って安心感を覚えていた。
その安心感で自身がオリヴィエを信じたいと考えていたことを自覚したアクアは深い悲しみに襲われた。
どうしてオリヴィエと話し合う前に敵対する事を選んでしまったのだろう。オリヴィエは自分と似たような孤独を知っていた。だから共感しあう未来もあったかもしれないのに。
オリヴィエもリディもイーリスもユーリの事を大切に思っていた。その人たちとユーリの良さを共有する事だってできたかもしれない。アクアは自分が支配という手段しか取れないことを嘆いた。
アクアはそれでもオリヴィエたちの支配を止めることは無いまま、オリヴィエたちとしてユーリに接する時間を作った。
王都に居る大勢の人間を支配する事によってアードラをユーリの都合のいい国にすることもできたアクアだったが、オリヴィエたちの望み通りの国にすることにした。
その結果としてオリヴィエたちはある程度自由にユーリと出会っても問題ない立場になって、ユーリとの時間を多く作れるようになった。
アクアはユーリがオリヴィエたちの事をとても好きになっている事を感じて、また寂しさを感じた。
ユーリの大切な人たちを結局すべて支配する事になって、結局ユーリの隣にはアクア1人のようなもの。
アクア自身もユーリも他のみんなも、誰一人として望んでいない結末だったのにこうなってしまった。
アクアとユーリとみんなで過ごすことが一番幸せなはずだったのに。アクアは心の底から虚しさを感じていた。




