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引き立て花の開花  作者: りんりおた
9/42

ベタな彼





 急いで身支度を整え、近くの公園まで走った。

さっきまでは断ろうとしてたのに彼が来てると思うと現金な事に会いたい気持ちが勝った。


 指定した公園の駐車場に行くと、人が乗っている車が一台だけあった。

 外車の大きい車に乗ってると勝手に想像していたが、彼らしき人が乗っているのは国産の量産型ハイブリットカーだった。

 おそるおそるその車に近づいてみると中の人がこちらに気付き、サングラスをかけていたが外してくれて、満面の笑みを浮かべ、私に向かって手を振ってくれた。


 その…笑顔が見たかった……胸がきゅっと苦しくなり、何故か涙が出そうになる。


 涙が出てこないようになんとか耐え、息を大きく吐き、助手席に乗り込む。

 

「こんにちは。遅くなってすみません。」

「俺が待ちきれずに早く来ちゃったのが悪いんだよ。」

 

 そう言うと彼は私に近づき助手席側のシートベルトを取ると私にシートベルトをつけてくれた。

ベタなシチュエーションに呆然とする私をよそに彼は

 

「一回してみたかったんだ」

 

と言いながら顔と耳が真っ赤になっていた。



 ドライブは彼が行きたい所があるらしく、既にナビ設定してあり、早々に出発した。

 しばらくはお互いシートベルトの件があり、恥ずかしくて沈黙だったが、なんだかそれが可笑しくて笑ってしまった。

 

「………ふふ」

「笑わないでよー女の子ってシートベルト留めてもらうの嬉しいって聞いたから…」

「…ふふ…ごめんなさい、誰に聞いたんですか?」

「…仁だよ……練習して合格点貰えたのに…」


 拗ねた様子で運転を続ける彼はとても可愛かった。

 

「練習したんですか?」

「うん……モタモタしてるとカッコ悪いからって……

 」

「…嬉しかったですし、凛さんはいつもカッコいいですよ?」

「ホントっ!?…シオンちゃんがかっこいいって言ってくれた…」

「でもどちらかと言うと可愛いかな?」

「……俺なんかよりもシオンちゃんの方が一億倍可愛いよ。だってこの前帽子被ってるシオンちゃんも――――――」


 と彼は道中ずっと私を褒め散らかした。

彼はEveのMVや出演する番組を欠かさず見てくれているらしく、私にフォーカスが当たるあのシーンが好きだとか、リカコとシンクロダンスの時にリカコを見る目が好きだとか、その他も言っていたが、彼が瞳をキラキラさせて嬉しそうに言うもんだから、ファンの子と話してる気分だった。


 車が目的地に到着すると彼はぎこちなく助手席の後側に手を当て、バックで駐車しようとしたが、私はすかさず彼に辞めるように言った。本当ぎこちなさすぎてまともに駐車出来なさそうだったから…


 向かってる最中に予想はついたが、彼が来たかったのは本当にベタな海だった。寒すぎる海には誰も居らず、貸し切り状態だった。

 

 撮影で海にたまに来る程度で日焼けしないように海水浴なんてしないし、プライベートでゆっくり来る事も今までなかった。

 寒い事を想定して彼はダウンベンチコートを用意してくれていた。ただ彼の愛用品らしく彼の優しくていい匂いが私を包んだ。

 

 寒い澄んだ空気に夕日が海に反射して凄く綺麗だった。




 日中に太陽の日を浴びた浜辺はそこまで冷たくなく、汚れを気にぜず2人で海を眺めてながら座った。


 2人で居ると、彼はただ顔の作りがいい無邪気な少年のようで、雲の上の人だという事を忘れてしまう。

 

 ただ時折、コージの言葉が頭をよぎる。


「凛さん、今度海外ツアー始まるんですよね?」

「あっ!そういえば今日解禁日だ!5月まではツアーに向けて準備期間だからずっと東京だし、シオンちゃんがよければこうやって会いたいな……」

「……………………」

 

 何も答えない私に彼は上目遣いで瞳を揺らめさせながら私を見つめ、首を傾げながら言った。

 

「…………ダメかな?」

 

あざと可愛い過ぎる……夕焼けの反射で赤く染まる私の頬が別の意味で赤くなるが私は疑問に思っている事を口にせずには居られなかった。

 

「……あの……私……なんで私なんですか?」

「なんでって……」

「……わから……ないんです。」

 

 ずっと思っていた事を言葉すると、ケイに言われた事、Eveの事、彼の事、コージの言葉、全てが頭の中でぐちゃぐちゃになって堰止まっていた何かが溢れ出してきた。

 

「私は……Eveでは目立たなく歌唱力もダンススキルもルックスも持ってない……どうしてケイ姐が私を加入させたかもわからない。凛さんは私と違って日本で知らない人は居ないんじゃないかっていう程の人で……本来なら雲の上の存在の人なのに…………どうして…………」

 

彼は優しく私の頬に触れ、いつのまにか溢れていた涙を掬う。

 

「俺さ、ずっと言われた通りに、流されるままに仕事して来てて、正直芸能界ってこんなものかって思ってた。その時もボチボチ人気はあったからね。Eveのデビューの時に共演したんだけど覚えてる?」

 

 私はその当時デビューの緊張と、ちゃんと自分がパフォーマンス出来るか不安で周りなんて見れなかったから、当時の共演者は覚えていない。彼の言葉に首を横に振る。


「初めシオンちゃんを見た時、なんでEveにこの子は居るんだろうって、正直言うと周りのメンバーと比べれば普通過ぎて不思議だっんだ。ごめんね。」

 

 私もそう思うから首を横に振る

 

「ケイに聞いてみたらシオンちゃんの魅力がわからない青二才って足蹴されたよ。それから時間はかかったけど俺気付いたんだ。」

 

彼ははにかみ、私を見つめる。

 

「Eveにシオンちゃんが居ないのを想像してみて?」

 

私は目を瞑り想像するが、全く想像出来なかった。

 

「……ちょっと自分の事なんで想像し難いです。」

「あははは、そうだよね!俺の見解だけどね?俺の見解だけど、彼女達だけだと一人一人個性が強すぎてお互いを殺合うんだよ。」

 

確かに言われてみれば彼女達だけだとなんだか主張が強過ぎるのかもしれない。

 

「私が緩和剤的な?」

「そんな感じかな。」

  

 そういえば歌のパートにしても私の出番が少な過ぎたり、ダンスなんかはメンバーがメインで踊ってる側で必ず寄り添うようにケイに配置される事が多々あった。

 

「………だからケイ姐はそのままでいいって…」

「ケイの思惑はおれには計り知れないけど、シオンちゃんはEveにとって絶対必要で1番欠けてはならない存在だよ。それにね?俺シオンちゃんのお陰で気づけた事があったんだ。」


 彼は少し遠い目をして過去を思い出しているようだった。

 

「私お陰?」

「そう。流されるまま仕事をこなす俺は物事や言われる事の真意を全く理解してなかったけど、シオンちゃんがキッカケでそれを読み解くようになってからは一つ一つの楽曲をみんなで作って行くのが楽しくてね、次第にパフォーマンスに磨きがかかった。そうしたら次第にファンが増えてね、現在に至るんだよ。……だからシオンちゃんは俺のミューズなんだ。」

 

彼はそう言うと私の手を握り締め、「日が暮れて来たね。手が冷たくなってるから車に戻ろうか」と言うと私の手を握ったまま立ち上がりそのまま手を繋いだまま車へと戻った。

 

ただ、彼の手は少ししっとりしていて冷たい風に晒され、私の手よりも冷たかった。


 

 車に戻る前に自販機で温かいコーヒーを買って、彼に手渡す。

きっと仁に女の子と自然に手を繋ぐ口実をレクチャーされたのだろう。流れはごく自然だった。予想外だったのは私の手が思ったよりも暖かかく、握った瞬間彼の顔が『温かい』って顔してたから。

それでも強行突破する彼が凄く可愛かった。


 車に入る前に彼に借りたアウターを返す。自分に少し彼の匂いが移っていてなんだか嬉しかった。



「凛さん…」

「何?シオンちゃん」

「凛さんが私がきっかけで仕事が楽しくなったのは分かったんですが……」


 結局何故彼が私と会いたいのかはふんわりしたままだった。

 

「そうだね……シオンちゃんがテレビに映ってたら、もう癖みたいなものかもしれないけど、ずっと目で追ってしまうんだ。この子はどんな気持ちで、どんな考えで仕事に向き合ってるのか、いつかゆっくり話す機会があれば色々話をしてみたいって思ってた。」


 私は皆に付いて行くので必死で、彼が思う程私の志はそこまで高くないような気がする。

 

「……そうなんですね…私、皆に付いていくのでいっぱいいっぱいで自分の存在意義なんて分かってなかったし………期待はずれでしたよね…」

 

 前を向いていた彼は上半身を助手席の私の方に向き、食い気味で

 

「期待以上だよ!!!!柔らかくていい匂いがするし、顔が凄く可愛い!!!それにシオンちゃんのその声をずっと聞いていたい!!!」

 

あまりの勢いに私は目をパチクリさせるしか無かったが、

 

「ほら!!その顔!!可愛過ぎてダメ!!それに今日の服もラフな感じなのになんでそんな可愛いの!?!?そんな可愛いの反則だよ!!!」

 

 どこでも売ってる裏地にボアが付いた暖かかい白のパーカーにデニムとスニーカーである。実家に行くだけだからと着替えは最低限しか持って来ていなかったので致し方がなかった。

 プリプリした様子で前に向き直り腕組みする彼はラフな格好の私よりも可愛かった。


「凛さん?ありがとう。」

「えっ?」

「なんだか色々あって…Eveに私は居ていいんだろうかって思ってて……この休みが明けてからの仕事が少し楽しみになりました!」

 

 そう私が笑顔で言うと彼はハンドルに項垂れ、小さな声で「だから可愛いすぎる…」と呟いていた。



 それからまた彼は車を走らせ、帰り道に夕食に行こうとしたが今はお正月真っ只中である。開いているはずもなく「俺めっちゃカッコ悪りぃ…」と彼は項垂れていた。

そんな彼が少し可哀想で、私は兼ねてから我慢してた事を彼に言ってみようと思った。


「凛さん?お願いがあるんですけど…」

「なになに?なんでも聞く!!」

先程まで項垂れてた彼は目をキラキラさせ、本当に今ならなんでも叶えてくれそうだなと思った。

「私カップラーメンが食べたいです…」

「えっ?カップラーメン?」

「はい、デビューしてからスタイル維持もあるし、ずっと食べてなかったんです。寒空の下で食べると美味しそうだなって思って……」

「……シオンちゃん…やっぱり天使だ。」



 車はコンビニに到着し、帽子を深く被り一緒にコンビニに入ろうとする彼を必死で止め、彼の帽子を奪い私が被って1人でコンビニに入った。

 

 2人分のお茶と1番メジャーなカップ麺2つと昆布のおにぎりと鮭おにぎりを手に取り、レジへ向かった。

 レジの人は若い女の子で私には気付いてなかったが、もし彼が来ていたら大騒ぎだっただろう。

 お湯を入れ、私が買いに行ってる間にどこか食べれそうな公園を探すようミッションを託していた彼は無事見つけたようでそこに向かう。

 カップ麺の3分は少し過ぎてしまうがそれもいいだろう。


 寒空の中、久々に食べるカップ麺は少し伸びていても最高に美味しかった。彼は本当にこんなのでいいの?としきりに気にしていたが、私が幸せそうに食べる姿を見て納得してくれたようだった。


 車に戻り私の実家方面にまた車を走らせる。

ふと妹にサインをねだられた事を思い出し、ダメ元で聞いてみた。

 

「凛さん?駄目だったら断ってくれていいんですけど…………凛さんのサイン頂けませんか?」

「えっ?俺のサイン?シオンちゃんに?何枚でも書く!!!」


 食い気味で答える彼に少し申し訳なさを感じながら

 

「…あの…私じゃなくて…妹になんです…」

「え…あぁ…妹さんね…シオンちゃんにじゃないんだ…でもシオンちゃんの妹なら全然書く!」

「いいんですか?」

「もちろん!断る理由なんてないよ!」


 初めは私宛てじゃない事に残念がっていたが、快く了承してくれた彼に感謝した。

 

「ありがとうございます。じゃぁ今度書いてもらう物持ってきますね!」

 

 そう言うと彼は何か思い出した様子で、車を道路の脇に停め、後部座席をゴソゴソし始め紙袋を私に渡してきた。

なんだろうと思い中身を見てみると彼の写真集だった。

 

「週明けに発売予定の写真集で、シオンちゃんに渡そうと思って持ってきてたんだけど、これにサイン書くから妹さんに先に渡す?妹さんの名前は?」

 

 彼はそう言うと車のダッシュボードからペンをおもむろに出し、妹の名前を言うとサインを書いてくれた。

 

「えっ?まだ発売されてないのにいいんですか?」

「全然いいよ。ただSNSにアップとか周りの人には内緒にしてて欲しいけど。」

 

 私は首を縦に何回も振り、何度もお礼を言う。

 

「……でも条件があるんだけど……」

 

 サインを書いた写真集を抱き込んで隠し、赤い顔で彼が条件を告げる。

 

「…な…なんですか?」

「………シオンちゃんと手繋ぎたい…」

 

 顔と耳を真っ赤にさせた彼が凄く可愛くて、そんな事ならと私から彼の左手に手を伸ばし握った。

 

 彼の顔が一瞬硬直し、駄目だったかな?と様子を伺っていると真っ赤な顔をしながら握り方を恋人繋ぎに変えてきた。

 彼の手は既に汗でびちょびちょだったけど何故か不快感はなく、そんな所も可愛いと思ってしまう私はもう彼に落ちてしまっているのだろう。



 待ち合わせした公園が見えてきて、実家のネギ畑をあまり見られたくない私はそこで降ろしてもらおうとするが、夜道を歩かせたくない彼は頑なに車を停めてくれなかった。

 

 実家までの道のりを進んでいると「シオンちゃんの実家農家さん?」と聞いてきたので「ネギ農家です」と答えると、彼の実家は北海道にあり、実家は酪農家で牛に囲まれ育った事を教えてくれた。

 自然が多い所に行くと、実家を思い出す様で故郷を懐かしがる彼の横顔に男を感じ、少しドキッとした。


 家の前に車を停めると家族に見られる可能性があるので実家の数メートル手前の所で車を停めてもらった。


「じゃぁ、凛さん今日はありがとうございました。」

 

 私がそう言い手を離そうとすると、繋がった手にもう片方の手を重ねて、少し潤んだ瞳であざとく上目遣いをする。

 きっと私がこの顔に弱いの気付いてるに違いない。

 

「こちらこそありがとう。また会ってくれる?」

 

 そう言うと彼の瞳に熱が帯びていて私の瞳を刺し、私の胸がドクンと音をたてた。

 

 肯定の返事しか求めていない彼の空気に持ってかれる。

 

「………はぃ………」

 

 彼の瞳の熱に侵されるような感覚に落ち入り全身か脈打ち、体温が上昇する。

 

「………可愛い……ずっと一緒に居たい…」

 

 そうつぶやくと、握っている私の手の甲を口元に持っていき、柔らかい感触が一瞬手の甲に触れ、チュっと音を立てて離れていき、そのまま私の掌を彼自身の頬にあてがい、熱を宿した瞳で私を見つめ小さく呟く。


 

「………………好きだよ……」






 ――――――――――――








 あの後タイミングがいいのか、実家の門灯が点き、慌ててお礼を言ってそそくさと車から降りた。

 彼も我に帰ったのか苦笑いしながら『またね』と口が言っていた。

 彼の車を見送り、家の中に入ると母が「もうすぐ帰って来ると思って門灯の電気点けて正解だったわぁ〜」と言っていて、何もかもお見通しな様で一瞬母が得体の知れない大きな物に見えた。


 居間で寛ぐ朱莉にお土産として彼のサイン入り写真集を渡した。SNSに絶対上げない事と発売前に手に入れた事を絶対他人に知られない様に釘を刺しておいた。

 

 昨日の今日で何故手に入れたのか、妹は目の前の写真集と自分の名前入りのサインで頭がいっぱいで疑問にも思って無かったが、様子を眺めていた母は私に意味ありげな視線を寄越しつつ何も聞かないで居てくれた。


 その後、妹と母と3人で彼の写真集を見て妹は大興奮し、母は「ふぅ〜ん。なるほどねぇ〜」と呟きながら見ていた。

 彼の様々な表情やかっこよさを全面に出していて確かに写真集は素晴らしかった。


 ただやっぱり私には先程まで隣に居た生身の取り繕っていない彼の方が素敵だなと思った。






 




 

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