女神降臨
凛サイドのお話です
俺は今走っている。それも全速力で。
あの夏フェスが終わり、シオンのあの泣き腫らした顔が脳裏に焼き付いて離れなかった。謝りたくて居ても立っても居られなかったが、現実はそう甘くなかった。
せめて直接連絡したかったが、一度丁寧に断られた。それでも諦めきれず、靖経由でケイに頼み込んだ。
すると靖とケイが会う日にシオンを連れて来るから直接会える事になった。
だが春から回っていた全国ツアーが秋までスケジュールが埋まっていて、そのツアーが終わるまでは靖とケイは会えるタイミングが無いと言っていた。
ツアーが終わった後、3連休をいつも貰えるがその3日間はケイの方が都合が悪く、そこで会えると思っていた俺は落胆していた。
待ち望んだ日は秋が深まり、少し肌寒く、木々が紅く色付いた頃だった。
セッティングしてくれた店は元事務所関係者が経営していて、MtoMでもよく利用する所だった。
俺と靖で先に店で待ち、彼女が来たらまず今回の事を謝って、怪我の具合を聞いて、あそこの飯は美味しいから沢山美味しい物を食べさせて……と思っていた。
だが思いの外撮影が長引いてしまい、俺の計画は丸潰れだ。スタジオからタクシーで行こうと乗り込んだが途中で渋滞に巻き込まれ、走って行けない距離ではなかったから走って向かう事した。彼女にやっと会える事で頭がいっぱいで、がむしゃらに走った。
店に着くと画面越しじゃなくリラックスした雰囲気を纏った彼女本物の彼女が居て頭が真っ白になった。ふと視線を逸らすと落書きだらけのギブスが見え、まずは謝らなければと思い、全力で謝った。
頭が真っ白な俺はこの先どうして良いかわからず頭を下げたまま固まっていると靖とケイがケラケラ笑いながら何か言っていたが、包み込むような柔らかな声に顔を上げると、待ち望んだ本物の彼女が至近距離居る。さらに水とおしぼりを渡してくれる。え?女神かよ。
それに隣に彼女が居ると思うと走って火照った体と顔の熱が治らず汗が止まらない。臭ってないか凄く気になる。
今まであまり緊張した事なかったけど人生で1番緊張してるかもしれない。
ケイと靖が俺と彼女を置いて2人で出ていこうする。
この状況で2人にするとか……いや、確かに彼女と2人で居たい……でも怪我の原因の元凶といきなり2人にされる彼女の方が気まずいよな………………それでも…彼女とゆっくり話してみたい…………
何も言わず靖とケイを見送る。その時に見たケイの目には『チャンスは今回だけだぞ』と言っていた様に思えた。
彼女が注文してくれ、そのまま帰らず俺と食事をしてくれるというだけでなんだか胸がいっぱいだった。
何か気の利いた事を言わなければ……と思えば思うほど何も言葉が出ず、普段見られる事に慣れているはずなのに彼女の視線を感じるたびに汗と顔の熱が引かない。
彼女が隣に座ってる、香水ではない柔らかな匂いがする。雑念を取り払おうとすればする程余計な事ばっかり考えてしまう。
そうだ。彼女の怪我はいつ治るんだろう。仕事には支障ないのだろうか。と本来の目的でもある事を聞かなければと勇気を出して聞いてみた。
彼女の柔らかで包み込むような声が俺の耳に届く。
ずっと話してて欲しい。ずっと聞いて居たい。
そんな事ばっかり思っていたが、入ってる仕事もそこまで無く、仕事に支障は無いとはいえ罪悪感が拭えない。
それに怪我をさせた俺のファンの事を一切悪く言わない。
痛い思いも不自由な思いもしてるだろうに……女神のような彼女に俺の汚い心が浄化されてるような気がする。
話していると会話の端々に、もうこれっきりで俺と一緒に食事をする事が無いような事を言う。
嫌だ。これで最後だなんて嫌だ。もっと彼女と居たい。彼女の柔らかで包み込むような声をずっと聞いていたい。
今俺を見ている彼女を独り占めしたい……
今まで歴代の彼女にもそんな事想った事が無かったのに、彼女対しては独占欲のようなものが芽生え、俺自身とてもビックリしたが、彼女が好きなんだと一瞬の内に自覚した。
ケイも目で言ってた。
『チャンスは今回限り』
この機会を逃すと彼女とはこうして2人会う事はできない。
カッコ悪くてもいい。次に繋げなければ彼女は他の男のものになってしまう。
彼女の目を見て必死に次会える様に言葉を発するが、彼女の顔を真正面から見て自分が何を言いたいのか分からなくなるくらい引き込まれた。
Eveに居る彼女は平凡な女の子の印象が強かったが、彼女に対する気持ちに気付いた途端、透明感のある白い肌、少し上がった目尻に曇りの無い瞳、ちょこんとついた形の良い鼻、思わず口づけたくなるツンとした唇、彼女が纏う雰囲気、全てが愛おしく感じ、俺を魅了した。
これから先、もしくは現在進行形で彼女の魅力に気付き、彼女に近付く奴は増えるだろう。
尚更カッコなんて付けてる場合じゃない。
彼女に俺という存在を知って欲しい。
もう彼女しか見えない。
――――――――――――
彼女の連絡先を手に入れた俺は〈おはよう〉〈おやすみ〉だけは毎日欠かさずメッセージしている。
テレビ局に置いてあるお弁当の話や、他アーティストの話など他愛ない話も時々する。
彼女と次に仕事場で会うのは年末の音楽番組だろう。
彼女自身も年末に向けてリハビリに励んでいるようだ。また会って2人で食事したいが残念な事にスケジュールが詰まっていて無理だ。
会いたい気持ちが日々募っていく。
「なんか最近凛気合い入ってね?」
「僕も隣で歌っててめっちゃ思う。」
「ダンスのキレもキレッキレだし。」
「……別に…いつも通りだし………」
最近仁と駿と蓮がニヤニヤしながら俺にこんな事ばっか言ってくる。靖は沈黙を守っているが全て筒抜けな気がして気まずい。
今日も音楽番組の収録だ。もしかしたら彼女が見てくれるかも知れないと思うといつもより気合いが入る。
収録スタジオに向かっていると、Eveの兄妹グループのAdamが収録終わりなのかスタジオから出て来た。
正直、兄妹グループといっても実力は雲泥の差があるし、パッとしない印象だ。
軽く挨拶しながらすれ違う。
「っっあの!!」
すれ違う時にアダムの1番ガタイがデカい、確か…コージに声をかけられた。
「…ん?」
「あの、凛さんに聞きたい事あって…」
「…俺?すぐ済む?俺今から収録なんだけど?」
「シオンの事で…」
「…わかった。皆先ちょっと行ってて。すぐ行くから。」
俺がそう言うとメンバーは先にニヤニヤしながらスタジオに入って行った。
残った俺とコージは対面する。シオンの事で何?ってかお前はシオンの何なわけ?呼び捨てすんなよと腹の中では思いながらにこやかに対応する。
「…んでシオンちゃんの事で何か?」
「…いや…あの…夏フェス以降全然姿見てなくて……事務所の人に聞いてもEveのメンバーにもはぐらかされて……でも噂を聞いて…凛さんが原因で怪我したって………凛さんなにか知ってますか?」
確かに彼女の怪我は俺のせいでもあるが、何故コイツに俺が教えてやらなければならないんだ。
「……それが事実だとして君はどうしたいの?」
「……ただ俺は知りたくて………」
「知った所でどうするの?もしシオンちゃんが俺のせいで怪我したとして俺に同じ怪我させるの?」
「…………そういう訳じゃ………」
必死な奴に少し申し訳なく思いながらも俺は教えてやらない。
「どうしても聞きたいなら本人に聞けばいいじゃん。聞ける関係性ならね。俺に聞くのはお門違いだよ。」
「…すみません。」
「じゃ、メンバー待たせてるから。」
きっと彼もシオンの魅力に気付いてる1人だろう。
ただ奴は彼女と連絡を取り合う関係性ではない事がわかって俺は内心ホッとした。でも同じ事務所で兄妹グループだ。接点は多いだろう。すごく嫌だ。
あんなヤツに負けてたまるかと、その後の収録はいつもより気合いが入り、メンバーはニヤニヤしていた。