MtoM
凛サイドのお話です
『きゃーーーーーーー』
『りんーーーーーコッチ向いてぇぇぇーーー!!!』
『MtoM!MtoM!MtoM!MtoM!』
『ぎゃーーーーーーーーーー!!!!』
今日も飛行機を降りるとイヤフォンをしているのにもかかわらずファンの歓声?奇声で耳がおかしくなりそうだ。
そもそもなぜ俺たちがこの時間の飛行機に乗っている事を知っているんだろう。と思いながら俺の周りを囲むスタッフの隙間から軽くファンに手を振る。
あまり長居しすぎると飛行機を利用する他のお客さんに迷惑がかかるのでそそくさと用意してあるハイヤーに乗り込んだ。
「相変わらず凛のファン凄いな。歓声というか悲鳴だよな。」
俺の次に車に乗り込んで来たのはラップ担当の仁だ。
27歳の仁は見つめるだけで女の人を妊娠させてしまいそうな色気を漂わせ、髪をかき上げ無駄にフェロモンを振り撒いている。
「そういう仁こそ。俺だけじゃないよ。」
「いやいや、ご謙遜を。おっ!やっさんお疲れ!」
次に乗り込んで来たのはリーダーでラップ担当の靖28歳だ。靖は高校生ラップバトルで優勝し、その界隈では神童と呼ばれていた人だ。
「相変わらず多かったな。誰も怪我してなかったらいいけど。」
「確かに。」
「そういえばやっさん!Eveも今回のフェス参加してるんだよな?」
思い出したかのように仁が靖に問いかけた。
「あぁ。ケイもさっき到着して今会場向かってるってよ」
「えっ!?靖さん!!Eveも来てんの!?!?」
ケイとは靖の彼女で強烈な美貌とラップスキルでEveを引っ張るリーダーだ。Eveが来ているなら彼女も……
「おっ……おぅ。」
「ナニなに〜凛お前Eveに好きな子でも居んの〜?」
「……そんなんじゃないし。この前出したバラード生で見たいだけだし。」
揶揄うようね仁にジト目を向ける。好きな子ではない。単に応援しているだけだ。
「なんだよ可愛くねーの。折角ウチの末っ子に春がやって来たかと思ったのに〜」
「……俺そんな節操なしじゃないし。」
メンバーの中で一番年下の俺は皆にいつも末っ子扱いされるが、実際グループ結成時は分からない事だらけで色々教えてくれたのはグループの皆だった。
今でも実の兄のようにメンバーを慕ってはいる。
「ねーねー沖縄と言えばソーキそばだよな?」
「いや!タコライスだって!!」
「絶対ソーキそば!!」
「絶対タコライス!!」
言い争いをしながら来たのは俺と同じボーカルの蓮と駿だ。
蓮は27歳で彫刻のような出立でマイワールドを持っていてメンバーの俺たちでさえ時々何考えてるのかわからなくなる。そんな不思議な雰囲気を纏っているのに歌声は男らしいハスキーボイスでファンを魅了する。
駿は俺1つ年上の25歳で、元々バレエダンサー志望だったのをマネージャーが引っ張って来た。さらに声変わり時にそこまで変化が無かったようでとんでもないハイトーンボイスの持ち主だ。
「お前ら不毛な言い争いは辞めろ。」
あまりの騒がしさに靖は蓮と駿に少し怒った口調で言う。
「えぇ〜絶対ソーキそばだって!」
「タコライスだよ!」
「「じゃぁ靖はどっち!!」」
蓮と駿に問い詰められた靖は
「…………島ラッキョだ」
と言い残しイヤフォンを付けて眠る姿勢に入った。
ぽかんとしてる蓮と駿を横目に俺と仁は必死に笑いを堪えていた。
会場へ直行し、リハーサルも無事終わり、後はホテルの客室で明日の出番前まで待機する。
あまり外に出るとファンと遭遇し大変な事になりかねないので夕飯もお弁当だ。
基本する事がないので、こういう時間に動画観る。
見るのはもっぱらEveの動画だ。
彼女達がデビューした時、初お披露目の音楽番組で一緒になり、靖の彼女も居るというのでなんとなく注視していた。
靖の彼女は流石靖の彼女だと言わざる得ないくらい存在感とスキルが凄かった。他のメンバーも強烈な個性や経歴、特異性を持っててよくこれだけの子を集めたなと他事務所でありながら心の中で拍手を送った。
ただそんな強烈なメンバーの中に1人だけ普通の子が混じっていた。
周りのメンバーよりも何故か彼女が凄く気になった。
そこそこダンスが上手で少し歌う程度でスキルも普通で強烈な個性に囲まれた中、果たして彼女はEveに加入して正解だったのか勝手に彼女の存在を疑問視していた。
そんな時に靖の彼女のケイと話す機会があり、思い切って彼女について聞いてみたら『あの子が居なきゃEveは成り立たないわよ。凛もまだまだ青いわね。』と足蹴にされた。
それを横で聞いていた靖は『元々彼女はメンバーから外れてたんだよ。よくEve全体と彼女と他のメンバー注視してみろ。彼女を何故ゴリ押しでケイが加入させたか解るだろう。』と靖にも足蹴にされた。
そこから俺は彼女自身の生い立ちをネット調べたりした。育ちもこの世界に入ったのも本当にありふれたものだった。
次はEveの動画を見たり、彼女自身にフォーカスを当てて見たりもした。見すぎてEveの歌と振り付けを覚えてしまったくらいだ。ただそれでも俺には靖とケイが言った事がイマイチわからなかった。
ある日音楽番組でデビュー時に生で見た以来Eveとの共演した彼女達のパフォーマンスを見てみると俺は驚愕した。
Eveのスタンバイしているのを見ると彼女が居なくて、5人しか居なかった。その時の彼女達は強烈な個性が喧嘩し合ってグループとしてガチャガチャした印象だった。
遅れて彼女がスタンバイ入りし、いつものEveになった所で彼女達のパフォーマンスがはじまった。
彼女が居ることで一人一人の個性を際立たせつつ、ガチャガチャ加減を半透明な柔らかい布で包んでグループ全体を小さな体一つで支えてるように感じた。
隣に居た靖に思わず言った。
「靖……俺わかったよ。彼女が居ないとEveは成り立たないな…」
「…………そうだな。」
それ以外靖は何も言わなかった。
彼女は自分の存在がそんな重要なポジションに居ると自覚しているならば相当なプレッシャーが肩にのしか掛かっているだろう。
自覚してなく、無意識だとしたら彼女の存在を見出したケイは一体何処まで見透してたのか恐怖も感じた。
そんな中俺は今までただ言われるまま、流されるまま仕事をして来た自分を恥じた。
今まで言われる事を淡々とこなしていたが、言われた事のその真意を理解しようとすればするほどパフォーマンスや歌声に深みが出てきた。俺が一皮剥けたターニングポイントだ。
それに感化されるようにMtoMもグループとして脱皮し、元々人気はあったものの伸び悩んでいたのが爆発的に売れはじめ、今では日本でトップを走る存在になった。
それからというもの、あの時の気持ちを忘れないように暇さえあればEveの動画を見ている。
彼女達は皆魅力的だが、やっぱり目で追って見てしまうは彼女、シオンだった。
機会があれば俺の仕事への意識を変えてくれた彼女とゆっくり話してみたいと思っている。
俺たちの出番は大トリだ。Eveの出番を……いや、もはや彼女を生で見たかった俺は隠れて見ようとしたが、靖に会場が混乱するからと止められ、仕方なく控え室のモニターで我慢した。
モニター越しだけど4曲目でバラードも見れたし、最後の5曲目は後半にシオンのソロダンスパートがあり、楽しみにしていたが、彼女は踊らなかった。
最近は彼女自身にも磨きが掛かってきて、あのソロダンスは彼女の魅力を最大限に活かせているのに……
すると隣で一緒にモニターを見ていた靖が呟いた。
「……やっぱな……」
「何が!?シオンちゃんどうかしたの!?」
俺は周りのメンバーも気にせず大きい声で聞いてしまった。
はじめは昨日リハーサル終わりにウチの吉田マネージャーとEveのマネージャーが話していて、元々犬猿の仲でいつもの様に売り言葉に買い言葉の応酬だろうと思っていたが、しきりにウチのマネージャーが謝っているのを見て何かトラブルかと靖が話を聞くと、シオンが昨日空港で俺のファンに正面衝突され、怪我をしてしまったと。
ケイにも連絡し怪我の具合を聞いた所、軽い捻挫という事だったので今日の出演には問題ないと言う事だったが、ただ彼女の性格だと無理を押し通す事もあるから心配だとケイがぼやいていたと。
俺のファンのせいで彼女の大事なソロパートを台無しにしてしまった、謝らなければ。と思い、急いでステージ裏に行くと彼女は泣きながらスタッフにおぶられマネージャーと共に、救護室に入って行った。
彼女の涙を見た瞬間体が動かなくなった。
靖は放心状態の俺に追いつき、立ち尽くす俺に気付いたケイが俺と靖を顎先で『コッチ来い』と人気が少ない所へ誘導する。
「俺…彼女に…シオンちゃんに謝らないと…」
俺は彼女の大事なソロパートを俺のファンのせいで台無しにしてしまった事を一言でもいいから謝りたかった。
「今は辞めときなさい。アンタ達も出番あるんだし、謝罪はそっちのマネージャーから会社経由でしてもらってるみたいだから、今行っても迷惑なだけよ。」
「…でも………」
ケイにそう言われてもどうしても彼女に謝りたかった。
「凛もプロでしょ?今は自分達が最高のパフォーマンスする事だけ考えな。」
「…凛。今謝った所で彼女の怪我が治る訳ではない。今俺達に出来る事は自分達のステージを完遂する事だけだ。」
ケイと靖に言われ、確かに今自分がしなければならないのは彼女への謝罪よりも来てくれているお客さんの為にステージに立つ事だ。
でも彼女にも一言だけでいいから謝りたかった。
「ケイ…後で彼女の連絡先教えてくれる?どうしても直接謝りたい……」
「……分かったわ。」
「…ありがとう……」
渋々了承してくれたケイは最後ガンを飛ばしてきた。
「あんた大トリなんだからシケたパフォーマンスしたら許さないわよ。」
「………」
「…凛行くぞ。ケイすまんかった。」
「…打ち上げで待ってるわ。」
靖はそう言うと俺の腕を引っ張って控え室まで連れて行った。
それから俺は彼女に対する罪悪感と脳裏に焼き付く泣き腫らした顔を一時的に蓋をし、大トリを務め上げた。
打ち上げ会場にEveのメンバーは居るものの、彼女の姿は無かった。