第一章 第7話 女中部屋の夜
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明かりを落とした真っ暗な部屋のベッドの中で、アミィは明日のことを考えていた。
あれから数日経っていた。
ファゼルが付き添うと言ってくれた時、一人で買い物にすら行けない自分が、情けなくて、申し訳なかった。
だがほっとしてしまっている自分もいて、駄目だな、と思った。
この時のアミィは、男性に周囲を囲まれて身動きが取れないのは自分がおかしいからで、他の女性は上手にやり過ごしているのだろうと思っていた。
邸を出る度に、次々と寄ってくる男性達に囲まれることが現在の大きな障害だったが、実は問題はそれだけではなかった、
アミィはお金を使った経験が、ほとんどなかった。
お金の支払い方も、店の選び方やものの選び方もよく分かっておらず、実は買い物それ自体に勇気が必要だった。
ドウア市で、トーラン家の使いで色々な店に行きはしたが、邸に仕える者は店では邸の名前を言うだけで、支払いは邸と店の間で別に行われている。
使用人は店でお金を払うことがないのだ。
一人で自分の買い物に出掛けたとして、必要な物をちゃんと買える自信がなくて、本当は不安だった。
屋根のない場所を彷徨っていた四年…………いや、それより前から、家を出るよりずっと前から、アミィには人並の生活がなかった。
自分に色々な物が欠けていることを、アミィは自覚している。
人並の家庭に育った人が当たり前に経験していることの多くを、自分は経験していない。
未だに異世界の様に思える「普通の人達」の「普通の生活」に、アミィは焦がれていた。
自分も早く「そこ」に所属したかった。
いつまでも異邦人の様に、独りで世界を外側から眺めているのは、辛かった。
もしかしたら、知識や経験に欠けがあることを告げた方が、助けてくれる人もいるのかもしれなかった。
だが「浮浪者だった」なんて、自分から「普通でない」ことを暴露するようなもので、出来れば誰にも知られたくなかった。
それが「犯罪者だった」と言うのと同じくらい、世間から拒絶される経歴だと分かっている。
「欠落」を誰にも知られずに埋めたくて、アミィは独りで、足掻き続けていた。
独りで足掻くより、仕様がなかった。
暗闇の中で、トーラン家とラルクを思い出した。
堪らなく寂しくなった。
会いたい。
ラルクは今どうしているだろう。
もう眠りに就いただろうか。
一度だけ唇を重ねた時のことが、頭をよぎった。
あまりにも一瞬で、感覚はほとんど分からなかったが、今でも思い出すとどきどきする出来事で、あれがアミィの初めてのキスだった。
そのひとの姿を、心に思い描いた。
あの優しい瞳と声に、もう一度会いたい。
それは叶わないことだった。
つうっと、涙がこぼれて、アミィは慌てて気持ちを切り替えようとした。
泣き声を上げてしまったら、隣で寝ているリディアに聞こえてしまう。
一所懸命、何か眠くなりそうなつまらないことを考えようとした。
第一章 終