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浮浪者の娘 2  作者: 大久 永里子
第一章 ズァ=グラナガン
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第一章 第3話 窓

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 一月ひとつきった。 


 彼女を巡って浮足立つ周囲を他所よそに、アミィは毎日ただ黙々と働いていた。




 自分をここに紹介したトーラン家の顔に泥を塗る訳にはいかなかったし、自分が立派に勤めることが、ラルクの恩に報いることだと思っていた。





 グラナガン家に来てから、アミィには初めて同室の相手が出来た。




 トーラン家でも使用人部屋は二人一部屋だったのだが、アミィが使用人部屋に移った時は、ほかの女中には全員同室の相手がいたので、トーラン家ではアミィはずっと二人部屋に一人でいたのだ。




 同室になったのはリディアという女性で、三歳年上で、真っ直ぐな明るい栗色の髪をした人だった。




 アミィは今も人と話すことが苦手である。


 それだけではなく、同世代の多くの女性が経験している様なことのほとんどをアミィは経験しておらず、仕事の話以外、何を話していいのか分からなかった。


 ところがリディアはアミィが相槌あいづちくらいしか打てなくても、一人で楽し気に話している様な女性で、それは、アミィには助かった。


 リディアが楽し気なのは仕事でない時に限られたが、仕事ぶりも決して悪い訳ではなく、てきぱきとよくこなす人だった。




 リディアの話を通してアミィは同じ年頃の女性が普段どんなことをしていて、これまでどんなことをして来たのか知ることが出来て、自分の無知を埋めてくれる彼女のお喋りがありがたかった。




 ただ少し胸の痛い時もあった。




 例えば学校を卒業した時に友人同士で開く祝宴とか、いくつかの経験は今からでは取り返しのきかないことだった。


 今からでも経験出来ることはして、ほかの同世代の女性の横に並べる様になりたかったが、取り戻せないこともあった。




 それでもリディアの陽気なお喋りは、アミィにとっては得難い助けだった。






 人並みの女性になりたい。




 毎日必死だった。




 だがアミィはこの頃既に、予想もしなかった問題に突き当たっていた。




◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 まだ暖かい日も多かったが、秋はそろそろ終わりを迎えようとしていた。


 その日、一杯の水を張った木桶を、アミィは廊下の窓の前で降ろした。



 年の瀬を間近に控えて、日頃放置気味の客人の目に触れない様な窓も磨くことになり、みんなで毎日少しずつ手分けして拭いている最中だった。


 台所に通じるその廊下は、使用人以外が通ることはほとんどない場所だ。



 木桶の水に布を浸して絞ると、アミィは幾つも並んだ格子の入った窓を、端から一枚ずつ拭き出した。






 その日執事見習いの青年は、雑多な物が納められた小部屋で、在庫の確認をしていた。


 燃料や洗剤、ちり紙といった物の残りを確認して、執事は帳面の一覧表に数字を書き込んだ。

 作業を終えると、青年は少しいた状態のままにしていた扉を引いて出ようとして、そこで足を止めた。



 扉の外で、アミィが窓を拭いていた。


 黙々と手を動かしている娘は、窓を拭く姿すらまるで絵の様で、そこだけ光が差しているかの様だった。



 廊下で誰かが何かの作業を始めたことには物音で気付いていたのだが、彼女だったとは。



 女中頭のジゼルから、アミィの仕事ぶりは真面目で優秀だと、執事見習いは聞いていた。

 だが、気弱で中々()の使用人に馴染めない様だとも聞いていた。

 


 声を掛けるべきか、迷った。


 アミィがここに来てから一月以上が経つのだが、話をしたことがほとんどなかった。

 この時期のファゼルが邸内にあまりいられないせいもあるのだが、特に男性に話し掛けられた時に、アミィは時折(おび)えた様にすることがあったのだ。


 だが立場上、彼女の人となりをもう少し知っておきたいともファゼルは思っていた。



 語調に気を付けながら話してみよう。



 そう考えて部屋を出掛けたその時。



 予想もしない人物が現れて、ファゼルは咄嗟に、扉の中へ身を引いた。




「お嬢さん、こんにちは。」 

 波を打つ金髪を優美に整えた長身の男が、笑顔でアミィに声を掛けていた。


 声を掛けられたアミィは、ひどく動揺した様子だった。

 狼狽うろたえながらも、手にしていた窓拭きを水を張った桶に掛けると、彼女は慌てて頭を下げていた。


「…いらっしゃいませ……。」

「冷たそうだね。」

「……レディビル様、あの、なぜこちらに………?」

 

 窓に映るアミィの横顔が、困惑していた。

  

 窓超しに廊下の様子を見ながら、ファゼルは奥歯を噛んだ。


 レディビル家は大きな商家である。


 だがこの客人の行動は非常識で、受け入れ難かった。

 ここは客人が入り込む様な所ではなかった。


 一般的な訪問客には、必ず使用人が案内に付く。通常は応接室に通すだけで、邸の中で客人を勝手に一人で歩かせるようなことはしない。


 文句の一つも言ってやりたかったが、ファゼルは躊躇ためらった。

 出来得る限り揉め事を起こさないのが、邸に勤める者の鉄則だった。



 男は自分の無作法を全く意に介していないかの様子で、アミィに笑い掛けていた。

「君に会えるのではないかと思ってね。幸運だった。」


 アミィ目当てでやって来る近頃の客人の多さは使用人達を苛立たせていたが、中でもこのザール=ドゥ=レディビルは、「最近の面倒な客リスト」の筆頭であった。

 一体どれだけ暇なのか、用もないのに頻繁にやって来る。


 商家の男は、にこやかにアミィに歩み寄った。

「名前を覚えてくれて嬉しいよ。もっと会えればいいのに。見(とが)められない内に行くけどね。」

そう言いながら男は、懐から革張りの財布を取り出すと、1ランド紙幣を一枚抜き取っていた。

「これで何か買うといい。」

そう言って、男はアミィの手を取った。

 


 その瞬間、アミィは以前にあった似た様な出来事を思い出した。



 菓子屋の亭主のことを思い出し、その時と同じ様に、ある男のことも思い出した。

 


 弾かれた様に、彼女は後ろに跳び退すさった。


 手を振り払われたザールが、その過剰な反応に鼻白む。


 窓越しに様子を見ていたファゼルも、はっとしていた。



 そんなに嫌がらないでおくれよ――――――――――――――苦笑してそう言おうとして、ザールは黙った。

 

 アミィの左後ろに見えていた扉がひらいて、膝丈の執事のジャケットをまとった黒髪の男が姿を現した。





 そしてその執事は、アミィの横に立った。



読んで頂き、ありがとうございます。


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