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浮浪者の娘 2  作者: 大久 永里子
第一章 ズァ=グラナガン
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第一章 第2話 アミィの秘密

 グラナガン家には老齢の執事頭と、年若い青年の、二人の執事がいた。

 正確には、青年の方はまだ「見習い」という身分だった。



 高齢のムールは家業のほとんどを既に息子のゼスパに任せており、当主が楽隠居状態の「本家」と呼ばれているムールの邸はややのんびりとしていて、二人の執事でなんとか切り盛り出来ていた。

 


 夕暮れに到着した娘の姿を見た時、執事見習いの青年も、すぐには言葉が出なかった。


 とても使用人には見えない娘だった。


 普段は恋人のマリアン以外の女性にほとんど関心を示さない、使用人仲間のロウジーですら「凄い美人だな」と言ったくらいで、周囲の視線を惹かずにはおれない娘だった。



 だが若い執事見習いが抱いたのは、異性としての興味よりも、懸念だった。






◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 


 少し前、朝晩の空気に秋の気配を感じ出していた頃に、執事見習いのファゼル=スチュアートは、執事頭と女中頭と共に、主人の執務室に集められた。 


 丁度女中に一人欠員が出るところだったので、「紹介による女中の採用」の話をムールがし出した時は、特に疑問も持たなかった。



 だが話が始まって数分後には、どうやら厄介な案件であるらしいと知れた。



 娘の紹介者はドウア市の市長の家、トーラン家だった。



 かつて各都市が独立した都市国家であり、現在もほとんどの都市まちでそれぞれの王家の子孫が市長を務めているガーランドでは、王政が廃止され、国家統一が成し遂げられた今でも、市長とは、王に近い存在である。



 その娘は、トーラン家で使用人として働いていたという。



 そしてその時部屋にいた者以外には、娘の経歴は伏せられることになった。


 ムールの意向だった。

 

 

 何か訳ありらしいことは、その時に既に分かっていた。




◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 執事頭のダンと女中頭のジゼルと共に、執事室でファゼルは、新人の娘に挨拶と自己紹介をした。


 応える娘の声は、控え目に過ぎる程小さかった。


 部屋の空気を変えてしまう程に美しい娘は、どこか張り詰めていた。




 憶測で決めつける様な軽薄なことはしなかったが、彼女がここへ来た経緯は、想像しないでもなかった。




 ぎこちなく最初の対面を終えると、ファゼルはすぐに外出した。


 この時期のファゼルはひどく多忙で、新人と打ち解け合っている場合ではなかったのだ。




 彼が「訳あり」らしい彼女の事情に再び思いを馳せたのは、その二日後の夜だった。





 ガーランドでは多くの邸で、使用人の所持金の大半を、邸で預かる仕組みを持っていた。


 大きな邸はほとんどがそうだったが、使用人部屋は基本的に二人一部屋で、使用人部屋のある辺りは日中はほぼ無人になることもあり、大金を部屋に置いておけないからである。


 街まで出掛けて行けば金の預かりや送金を行う両替商も存在しているのだが、遠いのが不便で、グラナガンの使用人達はあまり使いたがらなかった。

 

 グラナガン家では毎日原則夜間の二時間、ファゼルか執事頭のダンのどちらかが執事室に詰め、使用人達の日々の入出金に応じている。


 その預かり額の管理のために、使用人一人一人に個別の入出金の記録帳を作るのだが、この作成と管理も、グラナガン家では執事の仕事だ。



 二日前、ファゼルがすぐに外出したため、記録帳の作成をはじめとしたアミィの受け入れ手続きは、ダンがしてくれていた。

 そしてこの晩、ファゼルは手続きされた書類を自分でも確認しておこうとしたのだ。


 執事室で錠付きの棚の鍵を開け、ファゼルは全員の記録帳の中から、作られたばかりのアミィの記録帳を取り出した。


 表紙に書かれた名前のつづりを確認し、ページを開く。

 そして数秒、彼は瞬きも忘れた様にした。



 何かの間違いではないか、と思った。

 


 そこには、使用人の給金三年分くらいの金額が記載されていた。



 その金額を、アミィが持参して来たということだった。



 それは18歳の娘の所持金としては、だいぶ大きな額だった。



「――――――――――――――――」



 考えないではなかった。


 その手の話は、後を絶たない。


 多くの空き部屋がある中で大勢の男女が生活している邸と言う場所では、そういう事件が起きやすかった。


 この時青年の胸をよぎったのは、「慰謝料」とか、「手切れ金」とか言った言葉だった。

 

 使用人という仕事において、過ぎる美貌はほぼ問題の種でしかなかった。





 それからファゼルは、ただ粛々と、幾つかの書類の確認を済ませた。

 そして全てを元の場所に仕舞った。




 想像で思い決めない様にしたが、記録帳のこの金額のことは心に留め置いた。

 




 それから問題が起きるまでは、早かった。



 一月ひとつきも経たない内にグラナガン家への来客が突然に増え、使用人達を困惑させたのだった。



読んで下さった方、本当にありがとうございます。


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よろしければしてやって下さい。

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