第一章 第1話 ズァ=グラナガン
ズァ=グラナガンは、ガーランド国全土に名が知られるフロウラング市の大商家だった。
各都市が独立した都市国家だった時代の長いガーランドでは、都市を跨いだ販路が築きにくい特性があるのだが、グラナガンは別格で、ほぼガーランド全土に渡る販売網を持っている。
秋も半ばを過ぎた頃、グラナガン家の老当主、ムール=ズァ=グラナガンは、最近の奇妙な事態に困惑していた。
近頃急に、よく分からない来客が増えたのだ。
温厚で、誠実な人柄で知られているグラナガンの老いた当主を慕う人間は多く、邸には日頃から来客は絶えなかった。だが珍しい客人達は、ムールに会いたくて来ている様子ではなかった。
次々とやって来る、話と言う程の話もない客人達の相手を一、二週間程した末に、ムールはようやく、彼らの目的に気が付いた。
トーラン家から頼まれて引き取った、使用人の娘。
別の世界から舞い降りて来たかの様なその美しさにムールも驚いたが、一月経つうちに邸の外にまで噂が広まったらしい。
新人のその娘は、まだ客人の目に触れる様な表に出る仕事はしていない。
きょろきょろと辺りを見廻しながら応接室に通された客人達は、気もそぞろに急ぎでもない用件を語りムールの時間を無駄にして、ほとんどの場合、彼女に会えぬままに帰って行った。
だが用もないのに間を置かず再訪して来る者までいて、これは面倒なことになったとムールは困惑した。
「グラナガン殿。このお邸に凄い美人が入ったと、噂になっていますよ。」
中にはずばりと切り出してくる強心臓な者もいた。
「そんなに美しい娘なのですか?ぜひ見てみたい。ここに呼んで下さいよ。」
「そんなことを言われても困る。」
ムールは応じなかった。
裏方の、下働きの仕事をようやくしている娘だった。こんなことで仕事を中断させ表に出して、身分の高い客人の接客などさせたら、使用人の間で揉め事になってしまう。
こんな来客にこの先何度見舞われるのだろうか。
困ったものだ。
ムールは若い男達の軽薄さにただただ呆れていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
その娘がグラナガン家にやって来たのは、一月程前だった。
木々の葉が金色に色付く頃で、邸は直訪れる冬を越すための支度に追われている、慌ただしい時季だった。
街が黄昏に染まり出す時分に到着した新人の女中の姿を見て、邸内は騒めいた。
アミィ=ハルトという名のその娘は、使用人とは思えない華奢な体をしていた。花弁が舞う様に優美に静かに娘が歩くと、ゆるく波打つ金色の髪の周りで光が踊り、彼女の姿だけが周囲から浮き立つ様に見えた。
邸の男達は色めき立った。
恋人のいる者もいない者も、結婚している者までもが彼女に興味津々だった。
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