第一夜 悠真(前編)
雨上がりの夜空を見上げる。
雨雲の切れ間からは
綺麗な星々が瞬きながら見え隠れ。
手を伸ばしたら届きそうなのに
どれもちっとも届かない。
ひんやりとした雨上がりの空気が
風に乗って優しく頬を撫でるだけ。
頬をつたって流れる小さな一筋の雫を
優しくそっと包んで撫でるだけ…。
――――――塾が終わる午後20時30分
いつもは塾終わりのおしゃべりタイム。
だけど12月の寒空の下
塾終わりのおしゃべりタイムはなく
寒いからみんな早足に帰路につく。
僕とキミの2人を除いては…。
―――――時計の針が午後20時30分を刺す。
「じゃあ、時間なので今日はここまで!起立!」
「ありがとうございましたー!」
午後20時30分
今日の塾の講義が終わった。
「暗いから気をつけて帰って下さいね! 」
「はーい!ありがとうございました~!先生さようなら~」
みんなは教科書や塾で配られたプリントを鞄に手早くしまって、上着を羽織って教室を後にする。
塾の入口前では塾長が一人ひとりに挨拶を交わしながら見送る。
季節は12月。
20時半過ぎの外は塾長が塾生全員に掛ける言葉どおり本当に真っ暗だった。
「わ~っ寒っ!!流石に冬場は溜まれないや~」
「だねぇ~。あ、ウチもう親が迎え来てくれてるから行くね~」
「あ、本当だ~。じゃあね~紗也ばいば~い」
「ばいば~い!華菜また明日学校でね~!」
塾が終わったら、私以外のみんなはいつも塾の入口前の小さな駐輪スペースで、親の送迎組の車が着くまで溜まっておしゃべり。
だけど冬の夜の外は防寒をしていても当然のことながら寒くて、とてもじゃないが駐輪スペースを溜まり場に、迎えの車が着くまでおしゃべりなんてしていられない。
塾長の井出先生が、小さな古民家を借りて開いた学習塾に通うのは、5人の中学一年生。
5人全員が同じ中学校に通っているから、クラスはそれぞれ違えど平日は毎日学校で顔を合わせ、その中でも週に2日は放課後の塾でも顔を合わせる。
男子は元気が取り柄なムードメーカーの晃臣と、晃臣と同じテニス部に所属している悠馬君の2人。
女子は音楽とオシャレが大好きな華菜ちゃんと、華菜ちゃんと同じクラスで同じ合唱部に所属している紗也ちゃん。
そして華菜ちゃんと紗也ちゃんの2人と同じクラスだけど、クラスの中でも地味で目立たない私…真村雪穂の3人。
この5人が週に2日、放課後に井出先生の塾に通っているメンバー。
晃臣と華菜ちゃんと私の3人は幼稚園で出会った時から中学生になった現在までずっと一緒。
悠馬くんと紗也ちゃんの2人が同じ学区同士だけど、私達3人の小学校の学区とは違うから中学生になってから2人の出身小学校の学区と合同になった。
塾は私達3人の学区にあるので、他学区の悠馬くんと紗也ちゃんはそれぞれのお母さんに車で送迎してもらって塾に通っている。
つまり送迎組とはこの2人のことで、晃臣が悠馬くんを、華菜ちゃんが紗也ちゃんを塾に誘って現在の5人メンバーとなった。
と言っても、私以外の4人はみんな仲が良いというか普通に最近の流行等といった会話が成立するけど、私は流行りにも疎くて会話についていけない上に自分の暗い性格もあってみんなの輪になかなか自分から入れないでいた。
私の場合は塾が終わった後は駐輪スペースで溜まっておしゃべりしているみんなに“バイバイ”と別れを告げて早足に塾を後にするだけ。
流行りを覚えたり自分からみんなの輪に入って、話題振ったり話しかけるなんて本当に苦手。
“自分から行動しようと努力していないだけ”と言われれば確かにそうなのかもしれないけど、どうしたら自分を変えられるかとかも分からなかった。
「マジで今日寒いわ~、俺も流石にさっさと帰るわ。じゃあな悠馬、またな!」
「おー、またな」
悠馬くんに別れを告げて晃臣も自転車に乗り、あっという間に見えなくなった。
華菜ちゃん、紗也ちゃんと晃臣が早々に帰り、その場に残ったのは…
私と悠馬くんの2人だけ。
悠馬くんとは、クラスが違うこともあって学校でも塾でも普段からあまり話したことがないだけに、2人っきりは少しどころか結構気まずい…。
「あ、あの…みんな帰っちゃったねっ。
今日特に寒いしねー」
「あぁ、そだね」
「悠馬くんってお迎えまだ来そうにないの?お母さんから連絡とか…」
「あー…向かってはいるみたいだけどもう少しかかるっぽい」
「そっ、そっかぁ…
寒いから早く来てくれるといいねぇ~…
あっ、じゃあ私も帰らないとだし、気をつけて帰ってね?ばいばい」
勇気を出して自分から話しかけてみたものの、緊張して会話があまり思いつかず、手短に会話をして悠馬くんに別れを告げて歩き出した。
「ねぇ、雪穂」
不意に悠馬くんに呼び止められ、歩き出した足を止めた。
悠馬くんに“雪穂”って名前で呼ばれたのも、呼び止められたのも初めてだった。
今までほとんどと話したこともないのに。
「えっ?何、どうしたの?悠馬くん」
悠馬くんが歩きながら私に近づいてくる。
「あのさ、雪穂っていつも歩きで塾通っているの?」
「あぁ…、うん。
そうだね、すぐ近くだし自転車で行く時もあるけど、普通に歩いても行けるから最近はほとんど歩きだね」
「ふーん…そっか…」
なんて言って悠馬くんは私の隣に並ぶ。
そして次に思いがけないことを口にした。
「家までとは言わないけど、途中まで送るから…歩こう?」
「えっ…?悠馬くん、お迎えは?
ここでお母さん来るまで待っててなくていいの?」
「うん。俺の方は大丈夫だから 、行こうよ」
「あ…うん。じゃあ…」
そして2人並んで歩き始めた。
だんだん塾から遠のいていく。
「寒いね…」
「うん。すごく寒いね」
お互い他愛もない会話だけ交わして冬の夜道を歩いていく。
ほとんど話したことがない同級生の男の子と2人で並んで歩いているという状況に、緊張で跳ね上がる自分の心臓の音だけしか聞こえない。
チラッと隣を見れば、真っ直ぐ正面を向いて歩く悠馬くんの姿。
今のこの場が昼間の学校だったら絶対他の同級生達に目撃されて「お前ら付き合ってるの?」って確実に冷やかされる。
…でも、何で急に一緒に帰ろうなんて言ってくれたんだろう?
ほとんど話したこともないのに…。
そんな疑問を抱えたまま、冬の夜空の下を歩いていく。
歩く度に道路脇の街灯が2人を照らし、並んで歩く2人の影を長く伸ばしていった。