第89話、コウテイダイオウイカ
「こちら一番機、メグミです」
「疾風怒濤の発生を確認」
「すぐに本国に連絡を」
「それと、”深・避難潜水”の許可を」
「許可する」
「メグミッ、帰投は無理なのかっ」
チラリと前方を見た。
もう目の前まで来ている。
「無理よ」
「”呑竜”も早く避難してね」
助けに来ちゃ駄目だよ
「ヒイラギッ」
「無事帰って来いよ、待ってるからなっ」
「イナバッ」
「うんっ」
「……タイチロウ、またね」
台風の影響で通信が切れた。
◆
”疾風怒濤”
5年から10年の周期で、赤道直下に発生する、スーパーハリケーンよりもさらに巨大な台風。
規模の大きさはスーパーハリケーンの約3倍にもなる。
スーパーハリケーンのように突然発生したり、消滅したりしない。
日本の沖縄から北海道まで緩やかなカーブを描いて北上する。
通常のものと違い、海上にビル5階分の高さに匹敵する高波や、海中に巨大な渦巻きや激しい海流を発生させる。
これは、巨大な潜水空母でも危険なものであり、可能な限り深く潜水する必要がある。
幼いころメグミが海で遭難したのは、これが原因である。
家ごと流されたのだ。
◆
「急ぐよっ」
「はいっ」
キャノピーの隙間を、速乾性の硬化充填剤でクルリと埋めていく。
「主翼、パージッ」
バンッ、バババンッ
主翼を、爆炸ボルトで根元から吹き飛ばした。
「空気清浄機、正常に機能してますっ」
「シートベルトはしっかり閉めた?」
お守りと嘔吐袋を手に、
「吐くときは窒息に気を付けるのよ」
「はいっ」
周りはもう真っ暗で海が荒れ始めている。
「急速先行開始っ」
翼を無くした”水無月”は真っ暗な海の底へ真っすぐに沈んで行った。
「これ以上は沈められない」
”水無月”の耐圧限界ギリギリまで沈めた。
それでも激しい海流に、縦、横、斜め、あらゆる方向にひっかき回された。
「くうううう」
「うううっ」
しばらくした後、二人は意識を手放した。
◆
「冷たっ」
メグミは、頬に当たる海水で目が覚めた。
キャノピーの隙間からポタリと海水が落ちる。
すぐに充填剤でふさいだ。
周りは、濃ゆい墨汁の様な暗闇だ。
「嵐は過ぎたか」
ヒイラギの肩を揺さぶり目を覚まさせる。
「大丈夫?」
「ううん」
ヒイラギが目を覚ました。
「先輩」
「痛いところはない?」
「大丈夫ですっ」
「良かった、浮上させるわね」
メグミは、周りを見回した。
「?」
墨汁のような闇の中に、ポツンと白い点が浮かび上がる。
すぐに、列をなして増えた。
うごめきながら近づいてくる。
「まさか」
”水無月”の主電源を入れた。
機械式のメーターにほのかにバックライトが着く。
「うわっ」
キャノピー越しのすぐ横に、巨大な目玉があった。
◆
”コウテイダイオウイカ”
ソダーツXの影響を受け巨大化した、ダイオウイカ。
本来なら、深海を住処にしているのだが台風によって海上に上がってきた模様。
全生物の中で一番大きな眼球を持っている。
よくタイタンホエールと争っている所が目撃されている。
足や体に発光器官あり。
◆
「コウテイダイオウイカッ」
「まずいっ」
メグミは、緊急浮上用のフローター(ネプチューンやコンゴウリキシに装備されているもの)を作動させた。
ゴツッ
フローターの中に水素が満たされ浮き上がる前に、イカの足が機体にくるりと絡む。
そのまま、深海に引きづりこまれた。
「先輩っ」
「駄目ええ」
機体の耐圧限界はとうに過ぎている。
ピシッ
遂に、キャノピーにひびが入る。
「神様っ」
メグミとヒイラギが目をつぶった瞬間、
キュイイイイイイ
巨大なクジラが、イカの胴体に噛みついた。
イカの頭の部分をばらばらに噛みちぎる。
「ああ」
メグミは、クジラの黒い目に見覚えがあった。
「……子クジラを助けたクジラだ……」
バラバラにされ千切れたイカの足を着けたまま、機体は浮上を始める。
キュイッ
一瞬目が合った後、クジラはイカを咥えたまま真っ黒な深海へと消えて行った。




