第68話、空戦
「親父が有名人のくせにっ」
「むかっ、限定解除一回落ちたんでしょっ」
「いっ、言ったな~」
「そちらこそっ」
イナバとヒイラギである。
ヒイラギの父は、空軍のウルトラエース。
父が有名過ぎて陸軍を希望した経緯がある。
イナバは、二度目に受けた限定解除が受かっていなければ、この艦にいなかっただろう。
二人とも十代半ばの若手のホープである。
「どうしたの~」
直属の上司である、メグミとサクラギが駆け付けてきた。
「いや~、それがね」
180センチ近い身長、海軍のブラックオパール出身の整備長、オリガである。
「二人とも自分の機体の整備を手伝ってくれる、いい子たちなんだけどね」
「一番機(ヒイラギ搭乗)より、二番機(イナバ搭乗)の方がジェットエンジンの傷みが早いねって言ったら」
「ヒイラギ少尉が、『操縦が荒いんじゃないの~』」
「イナバ少尉が、『そんなことないっ、サラブレットはこれだから』」
「て感じで言い争いになったんだよ」
「うっう~~~~」
流石に手は出ないが、にらみ合いになっている。
「ふふっ、そうね~、実際にやってみようか、空戦?」
「良い?サクラギ中尉?」
「……そうだな、二人がどれだけ成長しているか見てみたいな」
サクラギが大きくうなずいた。
「はいはいっ、二人ともこの続きは”巴戦技訓練”でしなさい」
メグミがパンパンと手を叩いた。
「アネさんっ」
「先輩っ」
◆
”巴戦技訓練”
本来空戦は、いかに相手に見つからず不意を突いて攻撃するかが重要である。
しかし、対人兵器の所有の禁止、更にミサイルという高価なものを簡単に使うことは出来ず、巴戦で勝負をつける場面が増えてきた。
近い話では、クロッサーを撃退して、艶男になったヒイラギの父、シロー・サカイ少佐。
その為に、巴戦の訓練も重視されるようになった。
◆
ナンバ艦長の許可も取り、次の日の午前中に、訓練は行われることになった。
”呑竜”は錨を下ろして、停泊中である。
甲板の上は、手の空いたクルーで埋め尽くされていた。
「わはは、頑張れヒイラギちゃ~ん」
「いやいや、イナバもがんばってるぞ~」
天才肌のヒイラギと、努力家のイナバの対戦である。
少し離れた所に、”水無月”の一番機(ヒイラギ機)と二番機(イナバ機)が並んで浮かんでいる。
上空には、三点カメラ仕様のレドームを装備した、”満月”が飛んでいる。
カメラによって訓練は記録された。
”満月”の操縦は、オリエとヒビキ、実況に、フランソワ-ズ・オリガミ、解説に、メグミとサクラギが乗っている。
「え~、それでは、先日、キバ様にっ、プロポーズッされたっ、フランソワ-ズ・オリガミが、空中から実況していきたいと思いますわよ~」
「解説は、直属の上司である、メグミ中尉とサクラギ中尉を呼んでおりますわ」
「「よろしくお願いします」」
「で、どんな子たちなのです?」
「ヒイラギ少尉のセンスは良いですよ」
「いやいや、イナバは見えないところでかなり努力してますから」
「「ま、二人とも素直でいい子ですね」」
「ふふふ、おっと、ナンバ艦長が始まりの信号弾を上げるようです」
「はじめえっ」
パアン
白い信号弾が上がる
ドパアアアア
二機の水無月が、水しぶきを上げ海上を疾走していく。
「おや? 見てください」
手元の、タブレット状のメインモニターを見る。
「ヒイラギ少尉は、燃料(海水)を7割くらいしか入れてませんよ」
ふわり
軽い感じで、ヒイラギ機が先に離水。
イナバ機の上を取る。
パパパパン
ヒイラギ機、発砲。
イナバ機の鼻先に水柱が立つ。
「くっ」
イナバが後ろを振り向きながら、水面すれすれを飛ばす。
某赤い飛行艇ではないが、
「水面すれすれの方が狙いにくいぞ」
二機の、群青色をした飛行艇が水面近くをはった。
ドン、ドン、ドン
イナバ機が斜めに飛行しながら、前部垂直離発着用のジェットを吹かして目くらましの水柱を作る。
「今っ」
イナバが機体を上空にひねり上げた。
「逃がさないっ」
ヒイラギが、後ろから離れない。
飛行機は、後ろに攻撃できない。
巴戦は、相手の後ろを奪い合うのだ。
「目くらましに動じない、いいカンね」
「おっと、ヒイラギ機、キルコールですわ」
先に、キルコール(撃墜)を出したのはヒイラギ機だった。
「仕切り直しですわ」
そのまま、仕切りなおされて訓練は続く。
イナバ機が、ヘッドオンから、垂直離発着用のジェットを使った強引なベクタード・スラスト(推力偏向)。
「ジェットで強引に機体の方向を変えましたね」
「体にかかるGがすごいことになりますよっ」
ヒイラギ機にキルコール(撃墜)。
引き続きあらゆる空戦機動を駆使して戦う。
「二人とも、すごいですね」
「あ、インメルマンターン」
曲線のヒイラギと直線のイナバという感じになった。
最初は、ヒイラギが撃墜数をリードしていたが、疲れが出たのか、燃料切れを気にしたのか、後半に追いつかれてくる。
お互いに疲れが見え、キルコールが同数になった時点で訓練は中止された。
イナバは、ヒイラギの機体の動きに、メグミが操った機体の動きを幻視していた。
◆
「ヒイラギ少尉っ、その、親父のことを言って悪かったっ」
イナバが、頭を深く下げている。
”呑竜”に着艦して、機体を下りたところである。
「ふふふっ、私も限定解除のことや、機体の扱いが荒いなんて言ってごめんなさい」
イナバの強引なベクタード・スラスト(推力偏向)。
胸がドキドキした。
「ヒイラギ少尉」
「ヒイラギでいいよっ」
「俺のこともイナバと呼んでくれ」
「うん、イナバ」
「ヒイラギ、メグミ姐さんの二番弟子なっ」
ヒイラギには、随所にメグミの飛行の影響が見える。
「一番弟子は譲らないからなっ」
「ふふふっ、はいはいっ」
お互いに拳を合わせた。
以後、仲良く一緒にいる姿が見られるようになる。
「え~と」
いつの間にか弟子が二人出来ていた、メグミである。




