7 屈服させたい男
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後宮の入り口に迎えの近衛が訪れ、女官達がエスメラルダを彼に引き渡した。
月の穢れの二日目というのは女にとってはとても苦しい日だそうだが、エスメラルダはそういった悩みを今まで抱いた事がない。それより、ある程度の自由をフランヴェルジュがくれるのだと思うと、思わずほんの少しだがいつもよりドレスを選ぶ際に気合が入ってしまった位だ。気分が向上していると慣れているからというだけでなく、コルセットの不快感など欠片も覚えない。
何となく選んだドレスは今まで敵と対峙する時に意識的に選んできた緑ではない。白い生地がクリーム色に見える程丁寧に緻密に、しかし決して下品という言葉は当てはまらない金糸の刺繍のドレスだ。無意識に手を伸ばしたアクセサリーは好んで選んできたエメラルドや真珠ではなく、ダイヤモンド。
フランヴェルジュの色である金を纏い、王が象徴として使うダイヤモンドで飾る。見ただけでフランヴェルジュのものであると解るよう、彼の妻だとそう主張したいのかと気付き、エスメラルダはとても愉快で、そして不思議な気持ちになる。
婚姻が、自分が戦うと決めた時に選ぶ色まで変えるのは選んで纏った上で、その姿を姿見に映してやっと気付いた事実だ。
そう、わたくしはもうわたくしだけのものではなく、愛する男に所属する女でもあるのだわ。そして、あの方が選んだ相手を無能と言われる事も内心で思われる事も、わたくしはさせない。
そう思いながら宰相の執務室に案内され、扉が開いた。
近衛が膝を追ってからそっと退出する。
宰相の執務室にはハルシャ・シズリアしかいなかった。彼は優雅な動作でエスメラルダの元へ歩を進めると跪いて左手の甲に手袋越しにキスを落とす。
左手の甲のキスのその意味は尊敬、敬愛。
親愛を表す右手を取ろうとしなかったのはハルシャだが、エスメラルダもほぼ交流がないハルシャに右手の甲を許す心算はなかった。手袋を外し直接の口づけを許せる日が来るのかどうかはしらないが、エスメラルダは必要な時には当たり前に頭を下げる事を知りつつも、此処は一欠片も侮らせない部分も強く彼女自身として根付いている。
「どうぞ中へ。ろくな調度品もない殺風景な部屋ですが」
ハルシャは三日前、遂に前宰相の置き土産というべき悪趣味な調度品を纏めてゴミに出す時間を工面したのだ。尤も指示を出したのはハルシャだが、そこは従僕に頑張ってもらったのではあるが。
お陰で、狭い筈の部屋がハルシャには広く感じていたのだが、人が一人増えると窮屈この上ない。追い出すのが前提でなければ、かなりのストレスを感じる密接感ではある。
「二人きり、ですか」
どういう表情で挑むべきかと色々想像を巡らせていたエスメラルダだが、宰相の部屋にハルシャしかいない事に驚いてしまった。表情には出さないが、少し悔しい。
そうね、とても意地が悪くて賢しらで、男のプライドを爪とぎ板の様に傷めながら、笑顔で戦うわ。
かなり凶暴な気分になったが、驚く事を自分に許した覚えが無いので悔しくて。エスメラルダは八つ当たりを認めるが、認める限りはやれるだけやってやろうとも思う。
とはいえ、密室に二人きりというのをエスメラルダは想定していなかった。補佐が必要なのではないだろうかと思ったのだ。宰相の補佐は美味しい思いが出来る立場としてとても人気な立場だったはずだが、ハルシャという男の補佐は……何となく面倒くさく感じた。
そして面倒な男は下手糞な笑顔でエスメラルダに一件優しく聞こえる声で言葉を紡ぐ。
「王妃様に私めが不埒な真似をすると思われますか? そんな畏れ多い事が出来るように見えますでしょうか」
言いながら、ハルシャはある意味不埒な事を思いっきり考えている。王妃の無知を暴き、王妃自身が王に懇願しながら仕事から逃げ出すようにする。ある意味とても不埒だと言えるのだが、これはどれだけ徹底的にやっても許される不埒であるとハルシャは思う。
エスメラルダは唇を持ち上げて笑った。
「貴方はわたくしになにかする事は出来ないでしょうね。ただ、宰相という身分でありながら秘書と呼べるものも副官と呼べるものも補佐する人間を一人も置いていないのかと、わたくしにはそれが不思議だったのです」
「王妃様に何かを致しましたら、陛下は私を許さぬどころでは済まないでしょうね。秘書なり副官なりはもう少し今のシステムが軌道に乗った時に考えております。今は誰の手も空いていない状態なのですよ。まだ現場は混沌としていると言って良いですし、誰もが猫の手も借りたい程なので」
暗にエスメラルダの相手をする暇が惜しいというニュアンスを籠めた言葉に、エスメラルダは心底面白くなってしまった。
こういう男は、ある意味とても攻略が簡単だが、時間がかかるかもしれない。如何に短時間で攻略するか、考えると楽しくて仕方がない。間違うと取り戻せない失点になるが、攻めるのを躊躇すれば丸め込まれる。
エスメラルダの精神に落ち着きが足りないのは仕方がないのかもしれない。フランヴェルジュと女官達とメリッサ、半月ほど会話が出来る相手がこの狭い範囲に限定され、一日一時間にもならぬ、でっちあげを疑ってしまう程の『公務』とやらが終わるなり当たり前のように後宮の部屋で一人で過ごす事を求められていたエスメラルダにとって、ハルシャは途轍もない刺激に感じてしまう。
諸手を挙げて歓迎されないのは百も承知だ。
スゥ大陸の男が、男の仕事に女が首を突っ込む事に平静でいられる筈がない。ハルシャはよく自制している方だが、良い気持ちがしないどころか、エスメラルダから「わたくしには無理です」という言葉を引きずり出したくて堪らない筈だ。
そして、フランヴェルジュもそれを理解した上でエスメラルダとハルシャを引き合わせたのだと断言出来る。
フランヴェルジュは仕事に関してのアドバイスという物はエスメラルダに欠片も与えなかった。フランヴェルジュはエスメラルダには甘い。甘すぎる位甘いが、自身が王である事はよく解っている。ハルシャの考えている事一つ、そんな事も解らない馬鹿ならば、彼に玉座は相応しくない。単純に、フランヴェルジュはエスメラルダを信用しているのだ。当たり前にハルシャの気持ちをひっくり返す、そう信じてくれているのだ。
だからこそ、わたくしはあの方を失望させたくない。期待以上だと言わせてみたい。
仕事の事をフランヴェルジュは話さない。ただ改革が行われ、皆が走り回っているという噂位は女官達から耳に入る。
カスラから聞くことが出来ただろう情報を手に入れていないのは、二週間、自分の価値は何なのか、孕む為のそれか、悩んで悩んで、そして此処から出して、会いたい人に会わせて、と、そればかり考えていた所為だった。
しかし、情報がない事はこの場合痛手でも何でもない。寧ろ好都合。変に知識があれば、フランヴェルジュへの信頼が崩れるだろう。王が内政を寝物語で聞かせている、そんな誤解をハルシャに抱かれるのは嫌だった。
それに、やはりカスラを呼ばずにいたのは正解だった。カスラにあの時の、今のエスメラルダならおかしくなりかけていた事が解かるあの自分を見せつけていたなら……正直カスラがどんな行動をとるのか想像もつかない。とはいえ、呼ばなくても把握しているのがカスラではあるが。
自分が『女』になってから一度見えた情熱的で饒舌なカスラを想うと、今のあの女はエスメラルダの為ならどんな事でも嬉々としてやると、エスメラルダは本能的に感じている、というか解っている。邪魔なら躊躇いなく壊し、原型すらとどめずに葬り去るだろう。何故かストッパーをなくしたカスラに助けてと一言漏らせば、何となくだが後宮もそこに属する者も当たり前のように屠る気がして、だから呼べなかった。
しかし、お陰で頭は真っさらな状態でエスメラルダはハルシャに向き合える。何でも良い点と悪い点、二面性を孕むもの。
「こちらへ。念の為に椅子だけは運ばせてあったのが役に立ちました。座り心地は良いと思います。その椅子だけが、この執務室で私が持ち込んだ物ですから」
ハルシャが導くままエスメラルダは椅子に腰かけた。桃花心木の椅子は、確かに座り心地の良いものだが、エスメラルダは思わず声を飲み込んだ。
なんという、縁なのかしら。
この椅子をハルシャが何処から手に入れたのかエスメラルダが気付いた事をハルシャは知らない。
座り心地の既視感で気付いた。ひじ掛け部分をこっそりなぞれば懐かしく覚えのある彫刻が施されている。これは緋蝶城のテーブルセットのその椅子に間違いない。
気に入った男にくれてやったとランカスター様は仰っていたけれど、まさか新しい宰相があの方の知己だなんて、なんて出来過ぎていて、驚いてしまうわ。
気付いたから、エスメラルダは解ってしまう。この男がどういう者なのか。
アシュレという男は醜い存在を忌み嫌う男だった。美しいものをひたすら愛する男だったが、彼の目に人や世界がどう映っていたのかエスメラルダにはさっぱり解らないし、想像も出来ない。彼が美しいと判断するのは中身と外見両方で、彼のすこぶる独特な基準をクリアしていなければ駄目なのだ。
おまけに彼の審美眼には中間点が存在しない。基準に達しない時点で醜いもの、となる。アシュレがレイリエを表するのに言った言葉は酷いものだった。
『肥溜めの方が遥かに芸術的で美しさも完全にこちらが勝る。おまけに役にも立つ。肥溜めに手を突っ込む事は何でもない事だが、あれに触るのは絶対にご免被る』
流石にエスメラルダもあの評価だけはレイリエに聞かせるのは出来ないと思ってしまった。この世の総てとアシュレならどちらを選ぶかと聞かれたら一秒の迷いもなくアシュレを選ぶ程に焦がれていたレイリエは、アシュレに対する恋だけは真面目だったと思う。
しかしアシュレにはその恋心に向き合う心算はなく、異母妹であるレイリエに血縁者としての情すらなかった。それどころか、触るのがおぞましいと捨てる事すら出来ぬ人間だった。アシュレのおかしいところは美しく愛おしいものの気持ちは斟酌する大事にもする、なのに醜いと思ったものの気持ちは欠片も心に浮かばないところである。アシュレは有能だが、人としての気持ちが壊れている部分も多分にある男だ。けれど中身も外見も美しく、価値ある人間を探す努力をしていないくせに何故か見つけて来るのだ。
そんなアシュレはレーシアーナの事を『あれほど心が美しい娘はそういない、婚姻後、もし王城で友を探すなら彼女を選ぶべきだ』と絶賛した。
エスメラルダは自分に関してのみアシュレの審美眼は目茶苦茶に曇っていると思っている。曇ってしまったからエスメラルダを描き続ける事で理解しようとしているのかもしれないとも考えた事もあった。だが、エスメラルダ以外に対してアシュレの審美眼は残酷な程確実で美しいものと醜いものを二つに分け、そしてある意味何より信じられる道しるべでもあった。
だから、アシュレがいない世界でまずエスメラルダが求めたのはレーシアーナという存在だった。
アシュレが、ただ美しいという分類に止まらず心の底から褒めた少女、レーシアーナは彼の言葉通り、否、それ以上の娘だった。エスメラルダの知る限りレーシアーナ程綺麗な娘はいない。外見の美しさも、その心の美しさも、彼女の事をエスメラルダは神の手掛けた奇跡だと思う時すらある。
アシュレは泉下の人になってからも随分エスメラルダが今どうすべきかと思った時に影響を齎す。何せ彼は人を見る目は確かだった。良く見え過ぎる、とても極端な視界の持ち主で、生き辛いとしか言えぬ生き方をしたが、ある意味自分の思うままに振舞ってそして死んだ男のその基準を理解出来なくとも、彼が美しいものと分類した人間に外れは今のところ存在しない……画布に閉じ込められた自分以外は。
そしてあのアシュレが本当に気に入って、自分の気に入りの物を下げ渡した相手となると。どうしても逃れられぬ社交の為に従僕や家令などが命じられ適当に手配した値段はするがそれだけの物を下げ渡されたのではない、お気に入りの相手。
つまり、ハルシャはアシュレの審美眼に適う綺麗な心を持っているのだろう。そして、綺麗なだけでなく芯が通っていなければお気に入りにまではならないし、エスメラルダもしょっちゅう腰かけてアシュレとのお茶を楽しんだテーブルセットを下げ渡す筈がない。物に執着しない彼が珍しくはっきりと気に入りとして使っていた懐かしいテーブルセット。
本当に、この男を評価していたのだとしか思えない。だから……そういう綺麗な相手なら、卑怯な手段を千通り知識として持っていたとしても、誠実に振舞ってしまう、そういう人間だろう。
そして、やっとエスメラルダは思い出した。
そう、ランカスター様はこの男をシズと呼んでいらしたわ。ハルシャという男の記憶が無いのは当たり前だわ。わたくしは、シズをファーストネームだと思い込んでいたもの。シズという男はとても優秀で、合理的で無駄というものが嫌いで……。
「どうしましたか?」
自分の机の椅子を、ハルシャは運んできてエスメラルダの前に置いた。
「いいえ、本当に座り心地の良い椅子ですこと」
エスメラルダのその言葉に、ハルシャは笑顔を向けた。けれど、その目は笑ってもいなければ、戦後……いや、ファトナムールの革命が終結した後誰も彼もが見せる異様な熱に冒された崇拝の色はなく、それに気づいたエスメラルダは面白いだけでなく、嬉しくて堪らなかった。
ハルシャはエスメラルダを一人の人間として扱うだろう、そう思うととても気分が良い。アシュレのお気に入りなだけはある、偶像化する事を決してせずにハルシャはエスメラルダと接している。
「気に入って頂けて良かった。さて、社交辞令を知らぬ不作法さを許して頂けるのであれば、早速王の政務、その前につい先日から起動し始めたシステムについてお話したいのですが、長くなりますので座っても?」
にっこりと笑ってエスメラルダは頷く。ドレスの帯に仕込んであった扇を取り出して広げて見せた。今年の淑女の流行りは白檀で作られた扇だがエスメラルダは年季により味わいがにじむ扇を愛用している。白檀の香りは嫌いではないがフランヴェルジュが贈ってくれた香油と喧嘩するので、彼女はそれを選ばない。長年の戦友である扇はアシュレが気まぐれに色を落としたとても美しいそれ。
フランヴェルジュという男の色のドレスを選び、王である象徴であるダイヤモンドを選びながら扇だけはフランヴェルジュを表すものではないのに気付き、それもありかと、寧ろ無意識に選んだ筈なのにとてもいい選択だと思う。
ハルシャが今向き合っている男、かつて影響を与えた男、その縁に繋がる物を身に纏っている偶然。直感的に選んだ衣服に小物だというのに。
ハルシャとは縁があるのだと思いたい……いや、違う。
わたくしは、あったらいいと奇跡を待つより、縁を繋げようと足搔く女でありたい。
それに、今、本当に楽しい。
久しぶりに笑いが止まらないのだけれど余り笑っていて理由を聞かれても困るわ。
扇で口元を隠したエスメラルダに、ハルシャは笑顔のまま腰かける。
笑顔は、獣の場合は威嚇なのだという。
エスメラルダはハルシャが自分を威嚇している事にも気付いたが、気付かない振りをしてやろうと思う。何せ自分も笑顔なのだから。そして、彼女の笑みは目の前の相手の料理方法を何百通りと考えながら、やり過ぎないようにと言い聞かせるその心のままで。
何故こんなに楽しいのかしら。この男はわたくしを招かねざる客だと思って適当にあしらう心算なのでしょうが……でも、ランカスター様が買っていたシズのまま、宰相になっても変わらないままなら、彼の打つ手は……とても真摯で、だからこそ、普通の女なら太刀打ち出来ないでしょうね。
ハルシャは最初の小さな嫌味以外は攻撃らしい攻撃も見せず笑顔のままだ。
嫌味を連発する小物とは違うのね。一言牽制しても、他人が聞いたら嫌味だと認識しない物も大勢いるでしょうし、彼がシズのままなら……ある意味余計な手間を掛けなくてよくてわたくしとしては願ったり叶ったり。
「では、ご説明致しましょうか。そんなに難しい話ではないのですが」
そう言って、ハルシャは話し始めた。
とても真摯に。ただし、スゥ大陸で一般的なろくな学問も納めていない女に対する説明ではなく、同じレベルの男にする話し方で。
スゥ大陸の女は、扱いが低い。隣のリレム大陸ではもう少し女の権利が認められているらしいが、その代わりスゥ大陸の女程、男に守られない。自分の身は自分で守れと言うやつだ。
両方の良いところを取り入れれば、男も女も気持ちよく生活できそうなものだが、因習と言っていいものはそう簡単に覆せない。メルローアは随分女への扱いがマシで、女も少しは活躍の場所が残されているだけ良い方だ。メルローアでは読み書きだけはほぼ全ての人間が出来るが、他国では文字を読めない女は珍しくない。
エスメラルダはハルシャの説明に疑問を挟まず、ただ聞いていた。疑問を覚える余地のない程丁寧に説明している事にハルシャは気付かないだろう。読み書きが精一杯の女なら音を上げただろうが、エスメラルダはそうではなかった。ハルシャは、エスメラルダを追い詰める心算でやっている事だろうに、エスメラルダにとっては彼の今の行いは最上級の誠意をもっての訓育だ。七つの部門についての丁寧な説明は、本当にこちらが口を挟む必要もない。
ハルシャの笑顔は口元だけ。最初からそうだったが、その笑顔を見るとエスメラルダの中に屈服させたいという欲が湧くばかりなのも、これもまたハルシャは知らないだろう。
跪かせたいのではない。単に崇拝の色を見せぬハルシャは自分次第ではとても良い仲間になるだろうと思うのだ。その為に、一度屈服させるべきだとエスメラルダは思う。侮られるのでも、崇め奉るのでもない、家族以外の人間、この国の宰相、それを考えると本当に征服した上で引き上げるのが楽しみになってくる。
これもランカスター様の遺産と言えるかもしれないわね。友にはなれないだろうけれど、ハルシャ・シズリアの本性がシズのままなら友というものに限りなく近い存在になってくれる可能性があるわ。
扇の陰で笑みを隠しながら、エメラルドの瞳だけは真剣にハルシャを見つめ続ける。
「まぁ、こんなものですね。まだ作りかけのこのシステムに説明出来る部分は案外少なくて。何か疑問があれば仰って下さい、王妃様」
「質問の余地のない程、宰相の説明は丁寧かつ解りやすく思いました。微に入り細を穿つそれでしたわ」
説明が終わったなら、わたくしが攻める番だわ。
だからエスメラルダは扇を閉じて膝に置いた。
自分の表情に一つも弱さを見せる事は許す心算はないわ。でも顔を隠して色々と突っ込むのも好みではないわ。
扇はシステムの説明をしている時にも湧いて止まらない笑顔を隠すのに役立ってくれたから暫くはお役御免。次の武器は笑顔と、エスメラルダの中身だ。
そして、ハルシャはエスメラルダの予想通り知ったかぶりをして理解できぬ事柄を理解したふりをしていると、そう思い込んだらしい。彼の笑顔が、少しだけだが壊れかけている。攻撃して叩きのめしたい衝動を、エスメラルダが王妃であるからと飲み込んでいるのだろう。
叩きのめされるのは嫌いではない。屈服はある種の快楽、そう思うエスメラルダもいるが、今は絶対に、彼女が笑う未来へ繋げないと駄目だ。絶対に、何時間たったのか、それとも数分か、時間の経過すら解らない状態で閉じ込められるのは、嫌だ。
ならば答えは一つだ。
「システムに疑問がないのであれば、王妃様がどう思われたか、ご感想をお聞きしても?」
解らぬ事を教えて乞う女を期待していたのか、それとも逃げ出す事を期待していたのだろうか。
どちらにせよ、知ったかぶりだと思い込んでいると思われるハルシャは的確な感想を想像もしていないだろうが、ふとエスメラルダは思った。
感想と言われても、フランヴェルジュ様の事を思えば良い構想を立てて実現してくれましたと言うのが感想だけれども……そんな誰にでもいえる陳腐な言葉ではハルシャの試験には合格できないし、ごくごく当たり前の淑女の受け答えでは、屈服させるどころかに笑顔を張り付けたこの男に、あの部屋に戻されてしまう。
そう、ハルシャは試験しているのだ。少し勉強した事がある身なら、説明の丁寧さで簡単に理解出来るレベルのシステムをエスメラルダには理解出来ていないと思っている。作り立てのシステムはまだとてもシンプルなのに、ハルシャはエスメラルダには難しいと心の底から思っている。
だからエスメラルダは、わざと賢しらな振りで喋る事にした。
王妃として理想的な受け答えでは勝てない。それに自分は意地悪で賢しらで、そんな風に攻める心算だったのだから、それでいい。賢しらさはある意味愚かさ無能さに繋がる事もあるが、自分が理解しているのは公的にほんの暫く王のそばで働く為に、この男を降伏させなくてはならない事でその為にならみっともなくとも良い。意地悪で賢しらな態度が気に食わぬなら、即違う物を演じて目の前に出す。物わかりのいい王妃と縁遠かろうが、そんな事たいした事ではない。




